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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜accelerando〜
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『こちらは、百鬼帝国百鬼百人集・暗邪鬼。応答せよ』


画面に現れたのは、壮年の男の顔だった。
いや、それはただの男ではない…
異様な男だった。
その額から、3本の尖った「角」が突き出ている。
あしゅらは、確信した―
これが、あの小娘が、あの小僧が言っていた…「鬼」なのだ、と。
「…」
「あ、あしゅら様!」
なおも鳴り響く、その頭に醜い3本の角を生やした男の声。
その男…いや、「鬼」を剣呑な目でにらみつけながら、あしゅらは通信機のマイクを兵士から奪うように手に取った。
「…私は、あしゅら…あしゅら男爵だ、暗邪鬼とやら」
『ほう…』
「答えよ!我らが艦に攻撃を加えたのは、貴様か!」
『ははは、その通りだ』
からから、と、笑い声。
その悪びれもしない回答が、余計にあしゅらの感情を逆なでする。
「何故(なにゆえ)にか、聞かせてもらおうかッ!」
『…なあに、わしらが欲しい<積荷>を、お前さん方が持っておるようなのでね。
それを渡してもらいたいと思ってなあ!』
「…『積荷』、だと?!」
『そうだ』
モニター画面の中、鬼が下卑た笑いを見せた―


『お前さん方の艦にいる…<早乙女元気>という子供と、<エルレーン>という娘を渡してもらおうか』


館内に放送される、暗邪鬼の宣告。
通信回線を通し鮮明さを多少奪われても、その邪悪さははっきりと響き渡る―!
「…?!」
少女の身体に、熱気がこもった。
立ち上がる。まるでばね仕掛けの人形が、突如動き出すように。
ブロッケン伯爵の腕を振り払って。
「…百鬼、帝国…ッ!!」
「お嬢…?!」
格納庫でそれを聞く、エルレーンの瞳に…怒りが燃える!
ブロッケンの制止も聞くことなく、
彼女は、堅い床を思い切り蹴り、宙に舞った―!
少女の身体が矢のように切り裂く空気。
暗邪鬼のだみ声が、格納庫の空気にうわんうわんと反響して鳴っている―
「何?!」
『とぼけても無駄だ!お前さん方が、その二人をその艦に連れ去っていることは承知済みだ!』
「だが、何のために?!」
『早乙女研究所攻撃の際、役立つんでねえ』
モニター画面の中、鬼がそう言って笑った…
至極当然じゃないか、とでも言いたげに。
それを見たあしゅらの胸に生まれた不快、それは果たして同族嫌悪なのか。
―と、その時。
「…?!」
ブリッジの扉が開き、そこから音けたたましく駆け込んでくる人影。
グラウコス、ルーカス、それに…
「!」
その二人に「牢に連れて行け」と命じたはずの、あの小僧…早乙女元気。
突然あらわれた牢にいるはずの「人質」の姿に、あしゅらは一瞬怪訝そうな表情になる。
「小僧…?」
「あ、あいつらだよ…あいつらが、『百鬼帝国』だ!」
息せき切って駆けて来たのか、荒い呼吸を割るようにして。
少年は、目の前の巨大モニターを睨みつけて…そう怒鳴りつけた。
目の前に浮かんだ、邪悪な「鬼」を睨みつけて。
「あいつらが、早乙女研究所を襲ってくる奴らなんだ!」
走査線が形作る、男の額から突き出た醜悪な角。
人外なる者の証明。人の姿をした、人ならぬ者。
「お父さんの作った、ゲッター線増幅装置を狙って…研究所を襲ってくる、鬼どもだ!」
早乙女研究所を付け狙う、魔性ども。
己が野望、世界征服を目指す、化生ども。
「リョウさんたち、ゲッターチームは…今、あいつらと戦ってて!」
幼い少年の叫びには、動揺と恐れ。
幾度となく彼を、彼の父を、彼の姉を、リョウたちを襲ってきた敵に対する動揺と恐れ。
「あいつら、僕らを『人質』にして、研究所を襲うつもりなんだ!」
「…」
元気の絶叫を聞きながら、あしゅら男爵は、なおも暗邪鬼を見据えている。
そそりたつ三本の角。少年の告発する、邪悪の化身。
『あしゅら男爵、返答は如何に?』
「…」
『…よかろう』
あしゅらは、その問いに無言で返した。
返せるべき答えを、瞬時に決意できずに。
数秒のその合間を、あしゅらの惑いととった暗邪鬼は…鷹揚に、そうため息とともに吐き出した。
鷹揚すぎて、反吐が出そうなほどに余裕の笑み。
『10分間待とう。その間に、ゆっくり考えるがよい』
「…」
『わかっておるだろうが…答え如何によっては、先ほど同様に饗応させていただくがな』
そして、ぶつり、と音をたて。
すべてのモニターは暗転し、スピーカーは沈黙した。
一方的に始まった通信は、やはり一方的に断ち切れた。
有無を言わせないやり方、それは己の圧倒的な優位性に裏打ちされたものなのだろう。
…「鬼」の、傲慢。
「…」
「…」
暗邪鬼からの通信が打ち切られた後、ブリッジにはにわかに沈黙が流れる。
思いもしない、予想もしない脅迫に、どうすべきなのか…誰にもわからなかった。
一体誰が予見しよう…
恐喝のために「誘拐」してきた「人質」を、自分たちに寄越せ、とさらに脅迫されるなどとは!
だが、現実問題として、攻撃を受けたグールは機関部に損傷を生じ、森に不時着した。
もし要求に従わなければ、彼奴らは更に直接的な手段に出てくるだろうことは―明白だ。
では、嗚呼、しかし、どうする―?!
「!」
その時。
沈んだブリッジの空気を破るように、甲高い笛のような電子音が連続で鳴り響く。
「格納庫から、通信…?!」
それは、艦内通信の呼び出し音。
「格納庫、だと?」
「い、いえ…正確に言うと、格納庫内…『ミネルヴァダブルエックス』からの通信です!」
「…?!」
「ミネルヴァダブルエックス」。
機械獣「ミネルヴァX(エックス)」のリメイクであり、改良版。
かつて光子力研究所の主・兜十蔵(かぶと・じゅうぞう)が考案した設計図を、ドクター・ヘルが盗み出し、そして具現化した機械獣。
最初のモデルこそ、マジンガーZに同調する「パートナー回路」なるものが備わっていたが故に、研究所攻撃の有効な手段とはなりえなかったものの…
その機能を取り除き、さらに攻撃性能に改良を加え、有人操縦をも可能にした新型だ。
九州の工場から引き上げてきた新型機械獣のうち一体…
だが、何故そこから通信が?
そして、鉄十字兵がそれに応答すると―
『…さん、あしゅらさんッ!』
呼びかけてくるのは、少女の叫び。
何度もあしゅらの名を呼ぶ、その声の主は…
「その声は…?!」
「お姉ちゃん!」


El-raine(エルレーン)!


『聞こえる?!あしゅらさん!』
「小娘、お前…」
何をしている、と、あしゅらが問うより速く。
スピーカーの向こう、少女が叫んだ―
『お願い!この子を、貸して!』
「…はあ?!」
『この子を貸して、あしゅらさんッ!』
「何を言っている、小娘?!『この子』とは、一体…」
しきりに「この子」を貸して、と、小娘はあしゅらに繰り返す。
その言葉が指し示す対象が皆目わからず、あしゅら男爵は困惑する―
だが、しかし。
少女が放った次の台詞が、あしゅらをさらに激しく混乱させた。
『この子を…<ミネルヴァダブルエックス>を、私に貸してッ!』
「?!」
通信機を突き破るほどの鋭さで、スピーカーコーンを貫き通すほどの鋭さで。
エルレーンははっきりとそう言った。
この機械獣を自分に貸し与えろ、と―!
思いもしない少女の申し出は、半男半女の怪人を面喰らわせた。
「…な、何のつもりだ?!お前、何をするつもりなんだ?!」
『そんなの、決まってるッ!』
けれども、少女は、エルレーンは…決然として、こう答え返す!
当然の答え、彼女にとっては決まりきった答え、
すなわち―
『あいつらと…百鬼帝国と、戦うんだッ!』
「?!」
『この、<ミネルヴァダブルエックス>…マジンガーと、よく似てる!
この子はきっと、マジンガーの兄弟、イモウト…ねえ、そうでしょあしゅらさん!』
「あ、…ああ」
『…だったら!』
矢継ぎ早に飛んでくるエルレーンの問いかけに押され、あしゅらは思わず素に返してしまう。
少女の意気込んだ声が、かぶさるように跳ね返ってくる。
『私、前にマジンガーZのせえびもお手伝いしてた!だから、どうやったら動くのか、大体ならわかるッ!』
「な…だ、だが、だからと言って!何故お前が行こうというのだ、小娘!」
『…だって!』
あしゅら男爵の半ば呆れたような、だがもっともな問い。
何故、「人質」のお前が、それも敵側もが付け狙っているお前が出撃しようというのか?
それに対して、少女は…やはり、決然と答え返す。
『あの人たち、百鬼帝国は…研究所を襲って、みんなを殺そうとするッ!』
怒鳴るようにそう答えたエルレーンの声音に、焦燥じみた決意の色。
彼女の堅い想いは、ただその悪意から愛する人たちを守るため。
『そんなこと、させない…リョウたちを殺そうとするなんて!』
「…」
『だから、戦わなきゃ!私が、戦わなきゃ!』
「…小娘、」
軽い、舌打ち。
こちらの言うことなど聞きはしないで、戦わんと猛る小娘。
あしゅらは内心彼女のかたくなさにいらつきを感じながらも、それを留めようとする。
「お前、自分が何を言っているかわかっておるのか?!」
『当たり前だよ!』
「確かに、その機械獣『ミネルヴァダブルエックス』は自動操縦だけではなく、パイロットとして乗り込み操縦することもできる…だが!」
そう、「ミネルヴァダブルエックス」は有人操縦も可能な新型だ。
しかし、だからと言って、何故「人質」がそれに乗って出撃する必要がある?!
…それに、あしゅらにとって気に喰わないことは、加えてもう一つあった。
「お前、わかっているのか?!それに乗って戦う、ということは…怪我を負う、いや、下手をすれば死んでしまうかもしれんのだぞ!」
『…そんなこと、わかってるッ!』
小娘のくせに。
子どものくせに。
何故、そこまでして戦いたがる?
何故、そこまで死をも覚悟せねばならぬ戦場に出たがる?
『大丈夫だよ、あしゅらさん!』
何故、そこまで強くいきり立つ?
何故、そこまで真っ直ぐに尖る?
小娘のくせに。
子どものくせに―
『私、強いんだから…誰にも、負けないッ!』
「小娘!」
『だって、私―』
それでも、その小娘は…困惑するあしゅら男爵に向かい、こう言い放ったのだ。


『戦うために、造られたんだからッ!』


「―?!」
少女の台詞は、瞬間、あしゅらの脳髄に染み渡っていかなかった。
その意図することがわからなかったのだ。
だが、その意味を理解する前に、少女はなおも畳み掛けてくる。
『それに!あしゅらさんたちは、あの人たちのことを知らないよね?!百鬼帝国のこと、知らないよね?!』
「あ、ああ」
『だったら…あの人たちのことを知ってる私が戦ったほうが、ずっといいはずッ!』
「…」
『お願い!この子を貸して!』
「だ…だがな、小娘」
熱気はやる少女。
その勢いであしゅらを気圧すものの…だが、男爵は疑いを呈してそれを止める。
「お前にその『ミネルヴァダブルエックス』を渡して…お前がそのままどこかに逃げてしまわないという保障は、何処にある?」
『…』
あしゅらの発した疑念。
…少女が、黙り込んだ。
即答することなく。
「お前が我らに剣を向けないという保障は何処にある?」
『…』
それは、もっともな言葉だった。
強大な力を持つ機械獣。
もともとここから脱出を図り、そのために、機械獣を得てこのグールから逃亡する為に格納庫に向かったであろう小娘…
その小娘にわざわざ機械獣を進呈してやるようなことは、あまりにも間抜けな選択だとしか思えない。
「…そんな危険な賭けは、出来ないな」
『…ない』
「ん…?」
『しない、よ』
「…」
『少なくとも、あの人たちと戦って、倒すまでは…そんなことは、しない』
と。
あしゅらの不信に、割り込んで。
かすかな声が、スピーカーからこぼれだした。
エルレーンが、ゆっくりと、言葉を紡いでいる。
彼女の誓いを、紡いでいる。
とぎれとぎれに聞こえてくる言葉は、彼女の誠心の表れか。
「ふん…お前を信用しろ、とでも言うのか?先ほども、ここから逃げ出したお前を?」
『…そうだよ』
「…」
茶化しかえし混ぜ返すあしゅらの皮肉にも、彼女は動じない。
そして、こう言うのだ―
『私を…信じて』
「…」
『信じて、あしゅらさんッ!』
必死に呼びかけてくる少女。自分がさらってきた「人質」の小娘。
自ら機械獣に乗って出撃し、敵を倒そうというのか―
だが、信じられるか?
「信じて」と言われて、信じられるのか?
…あしゅらの脳裏に、ブリッジで見た少女の姿がよぎる。
刹那、どす黒い闇の焔を放った、邪悪な、透明な瞳をした少女―


―その時。
軽く、服が引っ張られるような感覚。


ふと、視線を落とす。
小さな、小さな少年が、コートの裾を引っ張っている。
すがるような目で、自分を見上げながら。
「あ…あしゅらさん、」
「小僧…」
必死に呼びかけてくる少年。自分がさらってきた「人質」の小僧。
「お姉ちゃんに、あのロボットを貸してあげてよ」
「だ…だが!」
「大丈夫」
元気は、しっかりとうなずいた。
確信を込めて。
「お姉ちゃんは、強いんだ」
確信を込めて、そう言った。
その瞳の光は強く、嘘やでまかせを言っているようには到底思えなかった。
嗚呼、だが、だからと言って。
「そうだよ…強いんだ!」
「…」
「あんな鬼どもなんて、きっと軽くぶちのめしてくれるよ!」
必死に呼びかけてくる少年。自分がさらってきた「人質」の小僧。
『ねえ、お願い!私、戦わなきゃ!あの人たちを、倒さなきゃ!』
「…」
『お願い、あしゅらさん…ッ!』
必死に呼びかけてくる少女。自分がさらってきた「人質」の小娘。
篭絡され、おびえきって震えていなければならない子どもたちが、戦うことを迫っている。
戦わせろと、戦わせろと、請うて来る…!




混乱した思考の末。
とうとう、あしゅら男爵ははっきりと言った―!





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