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◆ 夕焼け空、ブランコ
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午後6時半。浅間学園から、寮に帰宅する途中。
町外れにある公園。
子供達はもうとっくに家に帰ってしまったらしく、人気が無い。
オレンジ色の夕日が、ジャングルジムやシーソーを同じ鮮やかなオレンジ色に染めている。
それらは色の濃い影を作り、地面に美しいグラデーションをなしている。
その絵のような美しい風景の中に人が一人いるのが、リョウの目に映った。
きぃ…きぃ…
かすかにきしむ音をたてながら、ブランコがゆれている。
きぃ…きぃ…
ブランコにのっているのは…エルレーン。物憂げなその顔を、夕日が照らし出している。
一瞬、リョウの中に警戒本能が呼び覚まされた。この女をたたきのめさなければ!と。
…だが、なぜかそれは一瞬で消えた。自然に解けてなくなってしまったかのようだ。
そして別の感情がリョウの胸をゆっくりと満たしていく。
それは…今までこの女に感じた事の無い…敵意でもない、戸惑いでもない、恐怖でもない、怒りでもない…
シンパシーだった。
リョウはゆっくりとエルレーンに近づいていく。すうっと地面に伸びていく影を目にしたエルレーンは、ふとその影の主に目をやった…
「…リョウ」
その名をつぶやく。そして、どこか哀しげな微笑。
「……」
リョウは無言で、エルレーンの隣のブランコに腰掛け、ゆっくりと揺らし始める。
きぃ…きぃ…
さび付いた音が、重なり合うように鳴る。
きぃ…きぃ…
二人とも、無言のまま。
しばらくの間、小さな公園にブランコの音だけが響いた。
きぃ…っ。
ブランコのゆれが、二人同時に止まった。
「…あのさ」二人同時に。言葉が重なった。
そしてお互いの顔を見合わせ、ふっと笑いあう二人。まるで双子のように。
「…いいよ。お前から、言えよ」
「…今日は、どうして…私に、優しいの」
「…優しい?…ハッ…」
軽く鼻で笑うリョウ。
「そんなはずあるかよ。…お前と俺は、敵なんだ」
「…」
「…だけど」いったんそこで口をつぐむリョウ。
「…正直、戸惑ってる。…お前は何故、ハヤトやムサシに近づく?…何故、俺に…近づくんだ?」
「…」
「…」
「…うん…変、だよね…」
「ああ…」
「…私、知りたくて…」
「…?」
「…私が、何、なのかっ」
そこで大きくエルレーンはブランコを揺らした。
きぃっ…きぃっ…
「…お前、前もそんなことを言ってたな…何故だ?…お前は、お前だろ?」
「…ううん、そういうことじゃなくて…」
エルレーンはまっすぐ前を向いたまま、ブランコをこぎつづける。
「私、恐竜帝国の『兵器』として…造られた、の。…でもね、リョウ…私ね…『人間』だから…『兵器』なの。
残酷で、冷たくて、恐ろしい同族殺し…それが、『人間』なんだって…」
「…」
「…だから、私は…『兵器』なんだ、って…でも、私には、どうしてもわからなかった。
…『人間』は…私以外の、他の『人間』は、本当にそんな…『バケモノ』なのかって」
「…」
…きぃっ。
エルレーンのブランコがそのゆれを止める。
「だからね…知りたかったの。『人間』って、どんなものなのか…」
「…お前だって、『人間』だろ?」
そのリョウの答えに、ふっと驚き…そして、すぐに哀しげな微笑を浮かべる、エルレーン。
「わからない…だって、私、リョウやハヤト君、ムサシ君を…殺すために、造られた、『兵器』だから…」
「…そういう言い方、するなよ」
今度はリョウが自分のブランコを揺らした。
その口調は、むしろ優しく…エルレーンをいたわっているかのように聞こえた。
きぃっ…きぃっ…
「…あのね、リョウ」
「…なんだ」
「私、ね…友達からも…止められてるんだ、リョウたちに、会うこと…」
「友達…?」
「うん…私の、たった一人の、友達…」
エルレーンは、そう言って穏やかに笑う。
「…わかってるんだ、どうして…そう言うのかも。…いくら敵でも、相手の事を知れば…殺せなく、なってしまうんだって…」
「…」
その言葉を聞いて、リョウがふと思い出したのは…ハヤトとムサシのことだった。
もはや…この女に対して、戦意をほとんど失ってしまった、仲間。
「…私、…信じて、もらえないかもしれないけど…あなたたちのことが、きらいじゃない…」
「…」
「ハヤト君も、ムサシ君も、ミチルさんも……リョウも」
「…」
エルレーンの横顔を見つめるリョウ。その瞳が…リョウの胸に焼きつく。
「…でも…いつか、殺す…の、よね…」
「…」
…きぃっ。ブランコがきしんだ音を立てる。
「…それに…私には…あと、1月半ほどしかない…」
「…ムサシが言った事、本当だったのか…?」
「…」
無言のエルレーン。
「…ねえ、リョウの、お話、して。…さっき、何か、言いかけてたでしょ」
唐突にエルレーンが微笑いかけた。
「…俺の?」
「うん」
「…」
リョウが足を地面につけ、ブランコをそっと止める。
「…お前、どうしてハヤトやムサシに黙っていたんだ?」
「…?」
「…俺が…女、だってこと」
「…」
「何故だ?…一体何故、あいつらにそれを言わない…?」
「リョウが、嫌そうに、してたから」エルレーンがぽつりと答える。
「…」
「なんでかは、わからないけど…リョウが嫌がるなら、しない、よ」
「…ありがとう」
素直な気持ちで、礼が言えた。
夕日が少しずつ、沈んでいく。
夕焼けに照らされているせいか、リョウは気持ちがだんだん素直になっていくのを感じていた。
…だから、いつもは心の奥底に…無理やり封じ込めていた、あの感情が…湧きあがってくるのを、隠せなかった。
「俺…お前を見てると、…つらく、なるんだ」
「…?…私が…嫌い、だから…?」
「違う、そうじゃない」
かぶりを振るリョウ。
ぎゅっとブランコの手すりをにぎりしめる。
もはやこみ上げる感情を抑えきれない。
「お、俺…本当は…女なのに、『男』として今まで生きてきたんだ」
「…」
「じ、自分でも…こんなのおかしいって思ってる。…でも、いまさらどうしようもなくて、今更…女に戻るなんて出来なくて」
「…」
「これからも俺は『男』として生きていく。ずっと、そのつもりだ」
「…」
「そ、そう思っていても…やっぱり…女っぽい格好している、自分の…お前の姿を見ていると…」
「…」
「…わ、わからないんだ。…自分でも、何でこんな…なんでこんな事…思っちまうのかっ」
堰を切って溢れ出す言葉。今まで押し込めてきた…どす黒いわだかまりを、全て言葉にするかのように吐き出すリョウ。
「…リョウ」
きぃっ、と音を立て、エルレーンはブランコから立ち上がった。
「リョウは、リョウだよ」
リョウに背を向け、彼女は言った。
「…エルレーン」
「リョウが…『男』か『女』か、そんなことよりも前に…」
リョウもすっとブランコから立ち上がる。
エルレーンの背中を見つめる。
自分の背中。自分と同じモノの…
「…みんな、リョウが好きなんだよ。…ね」
振り向いて、にっこりと笑うエルレーン。
「あ…」
とくん、とリョウの心臓が響いた。
エルレーンの言葉…なぜか、それは…ずっと前から、自分がずっと望んでいた言葉のように思えた。
「救われた」という感覚が、なぜか身体中に満ちていく。
そしてそれは、一筋の涙となってリョウの瞳から流れ出した。自分でも不思議だった。
手のひらでぬぐってもぬぐっても、流れ落ちる涙は止まらない…
「リョウ…?」
突然泣き出したリョウに戸惑うエルレーン。
だが、一瞬躊躇した後、彼女はリョウを…そっと自分の胸の中に抱きしめた。
リョウはそれを振り払わなかった。その…自分が押し隠している、やわらかな胸の中に、静かに抱かれていた。
不思議な、一体感とも言うような感覚だった。
お互いの触れ合っている部分が溶け…ひとつのものへとかえっていくような感覚。
リョウは、エルレーンに。エルレーンは、リョウに…
夕日が沈んでいく。もうすぐ夜がやってくる。
しばしの間リョウを優しく抱擁した少女は…無言のまますうっと腕を引き、にこっとリョウに笑いかけた。リョウもてれ笑いを返す。
ぱっときびすを返し、エルレーンは夕焼け空の下どこかへと駆けていく。恐竜帝国に帰るのかもしれない。
だが、そんなことは今のリョウにはどうでもよくなっていた。
胸に残ったあの優しい感覚が、まだ感じられる。
リョウはその後姿をそっと見送っている。
しばらく後、エルレーンがくるりとこちらを振り向き、手を振った。笑顔で。
リョウも、手を振った。笑顔で。
夕焼けの下、二人ののっていたブランコは…また無人に戻った。
風が誰ものっていないブランコを小さく揺らす。
きぃ…きぃ…
その音が、リョウの耳に静かに響いていた。


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