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◆ 復讐の刃(2)
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がちゃがちゃと何かをいじる音がイーグル号から聞こえてくる。
…どうやら「リョウ」が、イーグル号の整備をしているらしい。
マメなリョウはいつも機体の整備を欠かさないことはみんな知っていたので、メカニックたちもその光景に何疑うことなく、自分の仕事に精を出している。
…と、リョウがふわっとイーグル号から降り、入り口にすたすたと歩いていく。整備を終えたらしい。
「お疲れ、リョウ君!」
メカニックの一人が声をかける。
「……」
「…?リョウ君?」
「……」
だが、リョウはそれを無視しつづけて歩く。
前だけを見つめて…誰かを無視するなんて、いつもの彼なら、ありえないことだ。
ハヤト君じゃあるまいし…どうかしたんだろうか?
ふとそう思ったメカニックが彼の後を追い、ぐっと肩をつかんだ。
「どうかしたのかい、リョウく…?!」
彼の顔を見たメカニックの背筋に、戦慄が走る。
冷たい表情。凍りついたような、生気のない瞳。…まるで、死人みたいな…
「あ…あ…」
一挙に違和感が噴き出す。
その「ハ虫類」のような冷たい目をしたリョウが、その手をばっと振り払った。メカニックは我にかえり、その疑念が一気に確信に変わったのに気づいた。
「!!き、キサ…?!」
その先は言葉にすることが出来なかった。リョウの右こぶしが鋭く彼の腹にめり込んでいたからだ。
「っがあっ…」
うめき声をあげて倒れるメカニック。その音に、格納庫中の人間がリョウのほうを振り向いた。
「おー、リョウ!ちょうどよかった!オイラもベアー号の整備をさぁ…」
その途端、状況にまったくミスマッチなムサシの明るい声。
いつのまにか、格納庫の入り口に来ていたのだ。
「…しようとおもって。リョウ、お前はもう…」
そこまでいった時だった。思わず息を飲むムサシ。
彼はようやく、目の前に立ち尽くす「リョウ」の異様な雰囲気に気がついた。
「妖気」ともいえそうな、暗く危険な雰囲気が彼の周りに渦巻いている…
「り、リョウ…!ち、違う!お前…!」
ようやくムサシはそれが誰なのか気づいた。瞬時に柔道の構えを取ったが…遅かった。
「……!!」
一気にその「リョウ」の顔に、怒りと憎しみがないまぜになった表情があらわれる。
端正な顔が、鬼神のごとき表情に変貌する。彼の右腕が鞭のようにしなる!
「があっ!」
鋭い手刀がムサシの顔面を叩きのめした。強大な衝撃。
たまらずムサシはもんどりうって格納庫の床に転がる。
刹那、その「リョウ」は背を向け一気に通路へと走り出す!
「…あ、あいつ?!」
「し、所長に連絡だ!」
「ああ…ああ、早乙女博士!!り、リョウ君が、リョウ君が!」
壁に張り付いたインターホンを手に、所員ががなりたてる。
だが、興奮のあまり意味不明な断片のみが言葉になって出てくる。
「リョウ君ならここにいるが…どうしたのかね?!」
その声色の異常さから、彼も異変を察知した。
「リョウ君が…いや、あれは、リョウ君じゃない!リョウ君じゃないリョウ君が、所内に!!」
「?!…エルレーン君か!!」
早乙女の顔に緊張が走る。
「今彼女は何処に?!」
「わ、わかりません!どこかに走っていきました!ムサシ君がやられて…い、イーグル号に何かしていたようですが…」
「?!ば、馬鹿者!!…今すぐ、全員に連絡!そのリョウ君を探せ!」
「は、はい!!」
「さ、早乙女博士!一体どうしたんですか?!」
「本物」のリョウが早乙女博士に問い掛ける。
「エルレーン君が…所内に、侵入している!イーグル号に細工をしていたらしい」
「!!」
ゲッターチームに戦慄が走る。
「ムサシは?!」
「彼女にやられた、といっていたが…!」
「とにかく、まだ所内にいるはずなんでしょう?!」
「ああ、探さなければ!」
リョウ、ハヤト、ミチルはいっせいに司令室を駆け出した。

「いぢぢぢぢ…」
ムサシが痛む顔をさすりながら立ち上がる。強烈な衝撃の余韻でくらくらと星が見える。
「!…エルレーン!」
鼻血が流れている事もかまわず、ムサシも急いで通路を駆けていく。
殴られて吹っ飛ぶあの一瞬、あの表情。
ムサシの脳裏に、エルレーンの見せた凄絶な怒りが浮かぶ。
…本気だ…本気で、オイラ達を…殺すつもりだ…
とうとう来るべき時が来てしまったのか、と思った。
なるべくなら来ないでほしかった時が。
…でも、あいつの友達を殺したのは…オイラ達なんだ…
同時に、エルレーンの見せた様々な彼女の表情が思い浮かぶ。
ネコを抱いて、はにかんで笑っている顔。
「ドウジョウヤブリだ!」といってにやっと不敵に笑った顔。
そして…メカザウルスにのって、泣きながら…ゲッターチームと戦う、決死の顔。
胸の痛みにも似たやりきれなさを感じながら、ムサシは走った。

「こっちだ!」
「向こう側からはさみこむぞ!」
所員達がばたばたと走りこんでくる。
早乙女研究所の二階、廊下にまで逃げて来たエルレーンがじりじりと追い詰められていく。廊下の両方から所員達が近づくのがわかった。最早、逃げ場は、ない。
だが、それでもエルレーンには焦りの色が見えない。
何の感情も、浮かばない目。
「エルレーン!」
鼻血をぬぐいながらやってくるのは、ムサシ!反対側からリョウたちも血相を変えて走ってくる。
「…!」
一瞬、たった一瞬だが、彼女の表情に変化が生まれた。
ムサシの目に映った彼女の表情…それはさきほどの鬼神のようなものではなかった。
そこにあったのは、混乱と…苦悩。
それはまるで、自分のやっている事が信じられない、とでもいうような…
「エルレーーーーン!」
リョウが一直線に彼女に向かっていく。
エルレーンは彼を一瞥し、意味ありげな視線を投げかけた。その視線に一瞬、リョウの心が震える。
…だが、次の瞬間、エルレーンは身を丸め、弾丸のように窓に向かって突進した!
「?!」
予測も出来なかったエルレーンの行動に度肝を抜かれる所員達。
窓ガラスが甲高い音をたて、砕け散り破片となり、その数枚はエルレーンの肌を切り裂き真っ赤な筋を身体に刻んだ。
そして重力に従い堕ちていく彼女。
「くっ…?!」
リョウたちが破られたガラス窓から下を見下ろした時には、もう既に彼女は…まるで背中に羽でも生えているかのように…軽やかに一回転し、地面に着地していた。
そして…まるで操り人形のような硬い動きで、その首が上向く。
その目には、凍りつくような、虚無。うつろな表情。
凄惨なその虚無に、思わずリョウたちの身体に悪寒が走る。
だが、一瞬彼らの心がそのことにとらわれたのもつかの間、彼女は背を向けて一気に何処かへと走り去る。
「!…待て!」
ムサシが叫ぶが、最早彼女を止める事は出来なかった。
彼女の姿が緑の草原の中に消えていくのに、そう時間はかからなかった…

「早乙女博士…」
リョウが不安げに、イーグル号を調べている博士に声をかける。
「…なんと恐ろしい…」
イーグル号から這い出してきた早乙女博士が、思わずつぶやく。
「…強力な時限爆弾とおもわれるものが…取り付けられていた」
「!!」
「そ、それじゃ…」
「ああ。時間がくれば、この格納庫ごと…残りのゲットマシンもろとも吹っ飛んでいただろう」
「博士。それじゃ早く解体しないと!」
ハヤトも焦りの色を隠しきれない。
「もちろんだ。只今より、解体を始める。君達は待機していてくれ!」
「…は、はい」
早乙女博士に促され、何もすることが出来ないゲッターチームは不承不承司令室へ向かう。その足取りは、重い。
「…ムサシ、顔大丈夫か?」
リョウがぽつりと聞いた。
「…ああ。別にどうってことねえよ」
「…」
「やはり…あいつは、本気で俺達を殺すつもりなんだな…」
ハヤトが誰に言うとでもなく、そうつぶやく。
その事実が、重く彼らの心にのしかかる。
…脳裏にまた、エルレーンの姿がよみがえる。
数日前の戦闘。激しく慟哭しながら、自分達を本気で殺そうとした…彼女。
「…」
だが、それだけなら…彼らの心がこんなに重く感じることもなかったのに。
しかし、彼らは知っている。
無邪気に笑うエルレーンを。
人間としての、エルレーンを…
敵同士。ゲッターチームと恐竜帝国。その敵同士の間に、生まれてしまっていた奇妙な「絆」…それを痛いほど感じている。
そして、彼女の友人を殺したのは、自分達だという決定的な事実も…

「爆弾は無事処理したよ。安心してくれたまえ」
数時間後、ぐったり疲れた様子で司令室に帰ってきた博士が、額に浮かんだ汗をぬぐいながらゲッターチームに言った。
「…よかった…」
その言葉で、張り詰めていた緊張がほっとほぐれる。
「ゲットマシンを破壊するつもりだったんだ…」
ムサシが呆然とその事実をかみしめる。
「…ああ…だが…」
何か言いかけ、くちごもる早乙女博士。
「何かあったの、お父様…?」
ミチルがその様子を見、心配そうに問い掛ける。
「…時限爆弾…彼女が逃げるための時間を稼ぐためだけのものならば、もっと早く…爆発していてもおかしくないのに…」
「…?」
いぶかしげな顔をして、それを聞くゲッターチーム。
「…どういうことですか、博士?」
「あの時限爆弾は…今日の夜中、午前…2時に爆発するよう、セットされていた」
「真夜中…?」
「!…研究所が、ほとんど無人になる…から?!」
ハヤトがはっとそのことに気づいた。
「!!」はっと息を飲むリョウ、ムサシ、ミチル。
「…俺達を、研究所の人たちを巻き込まないため?」
「…俺にはわからねえぜ、そんなこと」
だが、ハヤトも…不安げながら、そう思って…いや、そう信じたかった。
彼らの間に、居心地の悪い沈黙が漂う。誰も、何も言えないでいた。彼らの中に再びあの迷いがあらわれる。
エルレーンは、本気で自分達を殺すつもりなのだろうか?
…そして、自分達は、そんな彼女を…殺すのだろうか?
危機をすれすれで回避した研究所に、夕闇が訪れようとしていた。

肌寒い秋風が草原を渡っていく。エルレーンは一人、草原に寝転び、じっとそのときを待っている。
…だが、爆弾をセットした午前2時を過ぎても、何の異変も伝わってこない。どうやら、彼らは時限爆弾の除去に成功したらしい。
「…よかった」
ふっと微笑が彼女の顔に浮かぶ。
だが、同時に戸惑いと混乱が薄暗い雲のように一気にわいてきた。
…「よかった」?…あいつらを殺せないで、何が「よかった」の?!
ルーガを殺した、あいつらを…
だが、また別の思いが胸をかすめる。…それは、彼らゲッターチームとすごした、思い出…
ハヤト。ムサシ。ミチル。
…リョウ。
自分の中に確かにあるその思いは、いくら否定しても否定しても…わいてくる。
…ルーガの…言ったとおりだよ。
そう彼女は、今は亡き友人の名を呼び、彼女の言葉をかみしめていた。
相手の事を知れば…殺せなく、なる…
涙がすうっとこぼれおちてきた。潤んだ目には星の光が痛すぎる。思わず目を閉じた。
私がリョウたちに近づかなければ、私…あの人たちを、好きにならずにいられたのに!
あの人たちを、簡単に殺せたのに…!
苦い後悔と、「だが、これでよかったんだ」と必死で言う誰かの声が自分の中で何度も反響する。
いたたまれなくなった彼女は寝返りを打ち、ぎゅっと目を閉じた。
その刹那だった。唐突に、彼女の心臓が異常な拍動を打ち始めた。
「…?!」
異常なほど早い鼓動。その苦しさに息がつげない。必死で息を吐き出し、空気を胸一杯に吸おうとする。
汗がどっと流れ出す。胸をかきむしるようにしながらエルレーンは必死でその異常に耐えた。
「…!!」
そして、始まったとき同様、唐突にその異常も消えうせた。
心臓の鼓動はゆったりとしたものに戻ったが、つい先ほどまで続いていた苦しさとその恐怖に、その激しい息遣いはまだ収まらない。
「あ…」
がくがくと手が震える。
彼女は悟った。
最期の時が、近いのだ。
その事実が彼女に痛いほどのしかかる。
彼女のリミットは、後十数日にまで迫っていた…


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