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◆ what makes a monster, what makes a man...?
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研究所に夜の帳が訪れる。所長室でくつろぐゲッターチームと早乙女博士。
「ミチルさん!オイラ、砂糖三つね」
「もう、ムサシ君、そんな三つも入れたらすごい味になるわよ」
「いいのいいの。オイラ、コーヒー苦いの嫌いだし」
「ミチルさん、手伝うよ」
好青年らしく、リョウが申し出る。
「あら、お願いね」
そういってカップの乗ったトレイをわたすミチル。
「リョウさん、オイラはブラックね!」
「元気君、ブラックコーヒーなんて飲んで大丈夫なのかい?」
「当たり前だよ、ムサシさんじゃあるまいし」
「…ちぇー、元気君まで」
そういってむくれるムサシ。
「博士、どうぞ」
リョウはソーサーを博士に手渡した。
「ああ。ありがとう…」
それを受け取り、その香りを楽しむ博士。ふと…その視線が、窓の外に向けられた。
「…?!」
がちゃあぁぁあん!
博士の手からカップが滑り落ちた。ぶちまけられたコーヒーが床に広がり、かすかな湯気を立てる。
「…どうかしたんですか、博士?」
その音に振り向き、リョウが問う。だが博士は無言のままで、答えない。
じっと、「信じられない」という目をして外を見ている。トレイをテーブルに置き、心配そうにそばに駆け寄るリョウ。
「窓の外に何か……あ、あれは?!」
リョウの顔にも驚愕の色が広がる。
「どうしたんだよ……っ?!」
同じく駆け寄ってきたムサシたちの目に、映ったもの…
それは…「リョウ」…いや、「エルレーン」!
研究所から少しはなれた立木の枝に腰をかけ、空を見上げている。その姿を月の光がうすぼんやりと照らし出している。
あの、ビスチェとショートパンツという、バトルスーツの格好をして。
「あ、あいつ、研究所にまで?!」
「何をたくらんでいやがるんだ?!」
「と、とにかく、下に!」
一挙に緊張感が高まるゲッターチーム。急いで所長室を駆け出した。
元気とミチル、早乙女博士もそれに続く。

月を、見ている。今宵の月は、半月だ。
エルレーンは、これから満ちていこうとしていく月を…見ている。
枝に腰をかけ、足をぶらぶらと振りながら。
ふと、目の前にそびえ立つ研究所からリョウたちが走り出してくるのに気が付いた。
彼らは、エルレーンのいる木の元に駆け寄ってきた。みな、一様に硬い表情をしている。
敵地にいるはずのエルレーンが穏やかな表情をしているのとは、対照的だ。
ふわっと枝から飛び降り、地面に着地するエルレーン。彼女からある程度の空間を置いて、リョウたちが対峙する。
「…こんばんわ、ゲッターチーム…それに、早乙女、はかせ」
「エルレーン!ここで、何をしている!」
詰問するリョウ。
「…月を、見ていた、の」
攻撃的なリョウの様子をいぶかしげに見ながら、エルレーンは答えた。
「月…だと?!」
「そう」ふっと視線を空に移し、ささやくように答える。
「地下には…無い。…とても…好き、なの」
「ここは…研究所の敷地内だぜ。…捕まりたいのか、お嬢さん」
ハヤトがぴしゃっという。
「捕まる?…私、が?」
「おうそうだぜ!ここであったが百年目!おとなしくしやがれ!」
「…この間私が言ったこと、まだわかって、くれないの?」
ゲッターチームのそんな様子を見て、少し哀しげに答えるエルレーン。ふうっとため息をついて言う。
「私、ゲッターにのっていないあなたたちとは戦わないって言ってるじゃない」
「…エルレーン君、といったな。…それはどういうつもりかね」
早乙女博士が慎重に聞く。
「…私、今ここではあなたたちを殺すつもりは無い、っていうこと…」
「…ふ、ふざけるな!」
「ふざけてなんていない、わ。…それとも」
すうっと無表情になったエルレーンが、感情的抑揚の無い口調で言い放った。
「今、死にたいってわけ、かしら?」
「!!」
三人の表情がこわばる。
場の空気が一挙に張り詰めたものになった、その瞬間だった。
「きゃあっ!!」
エルレーンが短い悲鳴をあげる。
彼女の頭が、突然何かにはじかれたように少し後ろに揺らめく。
「…と、とっととここから出て行け!この…『バケモノ』めッ!!」
それは、元気だった。
元気が、そばに落ちていた小石を、思いっきりエルレーンの顔めがけて投げつけたのだ。
「元気!ダメっ!」
急いで自分の胸に弟をかばうミチル。おそるおそる、エルレーンの反応を見つめる。
ゲッターチーム、早乙女博士も…いざというときに備え、素早く構えを取った。険しい視線の先に…エルレーン。
…だが、エルレーンは…激高して攻撃を仕掛けてこようとは、しなかった。
額から頬へ、赤い血がつうっと流れ落ちていく。
その血の一滴が、ぽたりとエルレーンの左手に落ちる。
それを…あっけにとられたように、見つめるエルレーン。
まるで、機械仕掛けの人形のようにその動きは硬く、先ほどまでの様子が嘘のようだ。
「…?!」
異常な雰囲気のエルレーンに、思わず気を取られるリョウ。
「…あ……」
エルレーンの唇から、ちいさな叫びがこぼれ出た。呼吸が荒い。
手のひらを染めた自分の血を見つめるその目に、ありありと恐怖の色が浮かんでいる。
「…わ、私…」
ふらふらと後ずさるエルレーン。その目は…小石を投げた、元気を見ていた。
元気は…そんなエルレーンに気おされながらも、彼女を睨みつけている。
…『バケモノ』を。
「…う…うあ…」
震えている。それは…恐怖のゆえか?それとも…
唐突に、その透明な瞳から、涙がこぼれおちる。頬をつたいぽろぽろと落ちていく、涙。
「わ、…私、私…っ、…ば、『バケモノ』…じゃっ、ない…」
小さな声が響いた。
ゲッターチームの耳に響く、その…言葉。
今のエルレーンは、つい先ほどまでの、不敵な女戦士ではなかった。
…何かに、何者かに追いつめられ、その恐怖のあまり…怯えきっている、小さな女の子のようだった。
「…私、……『バケモノ』じゃ、ないっ…!」
その悲痛な叫び。
と同時に、エルレーンはもはやその感情の昂ぶりに耐えられないかのように、闇の草原の中に駆け出す。
「…ま、待て!」
リョウの声にも振り返らない。
まっすぐ走っていく彼女の姿はやがて闇に溶け、見えなくなった。
「…?!…ど、どうしたんだ…?!」
ムサシが突然の展開にあっけに取られて言う。
「……」
無言のリョウ。
「…ねえ…お姉ちゃん…オイラ…わ、悪いことを言ったのかな」
元気がいたたまれないような表情で問い掛ける。
「…」
何も言わずに首を振るミチル。
「…」
ハヤトがエルレーンが走り去った闇を睨みつける。
そこにはもはや、何も見えなかった。

エルレーンは何も見ずに、ただ走りつづけている。月の光、星の光だけがそれを見ている。
丈の短い草がその足を時折切りつけるが、彼女にはその痛みも今は感じられない。
「…〜っっ!!…」
こみ上げる涙をぬぐおうともせず、彼女はただ走りつづける。
心臓の鼓動の音が激しく鳴り響く。人間の身体。でも、私は恐竜帝国の兵器。
だから、人間じゃない。
額から流れ落ちてきた血。赤い、血。
だから、ハ虫人じゃない。
…そして、また自分に投げつけられた…あの「言葉」。
…私は…私は…!!
絡みつくやるせなさを振り切ろうとするように彼女はただ走る。だが、あの人の声がそれを断ち切った。
「…エルレーン?!探したぞ!」
その声に立ち止まるエルレーン。…目の前の闇から、月光に照らされたキャプテン・ルーガがその姿をあらわした。
擬装用の人間型外皮は身につけておらず、深いエメラルド色の皮膚が白い光に美しく光っている。
「……」
キャプテン・ルーガを、透明な瞳で見つめるエルレーン。その瞳からは、いまだ涙がとめどなく流れていた。
「?!…ど、どうかしたのか?!」
「…!!」
何も言わず、エルレーンは黙って彼女の胸の中に飛び込んだ。
必死でよりどころを求める子供のように、ぎゅっとその身体を抱きしめる。
「え、エルレーン…」
「…ルーガ…ルーガ…」
その胸に顔を埋めたまま、エルレーンが名を呼ぶ。
「…何か、あったのか…?」
キャプテン・ルーガが優しく問い掛ける。
ガタガタと震えが止まらない、エルレーンの肩を優しくなでてやる。
「ルーガ…私は何」
小さな声で、エルレーンがつぶやいた。
「?!」
「わ…私、ば…『バケモノ』って、い、言われた…っ…に、『人間』にまでっ…ば、『バケモノ』…って…!!」
エルレーンはまたしゃくりあげる。
「…」
「ねえ、ルーガ!…私、私、何なの?!」
胸によどんだ思いが一気に噴出する。
エルレーンは堰を切ったように、キャプテン・ルーガに必死で問いかける。
「わ、私…身体は人間だけど、りょ、リョウたちの…な、仲間じゃない。私は、人間を滅ぼす…
だ、だけど、きょ、恐竜帝国にいても…みんな、私を、敵だって…いう、目でみる…ハ虫人じゃない…『人間』の見掛けをしているから」
「…」
「…が、ガレリイ長官の言う通り…わ、私がただの…『兵器』なら…ど、どうしてこんなに苦しいの?!
どうしてこんなに苦しまなきゃいけないの?!…どうして私に、心があるのッ?!」そして、キャプテン・ルーガの顔を見上げて、涙を流しながら、答えを求める。
「…ルーガ!わ、私…やっぱり、『バケモノ』なの?!…それとも、『人間』なの、『ハ虫人』なの、…『兵器』なの?!」
「エルレーン…」
目の前で絶叫する少女をキャプテン・ルーガは、自分の胸が引き裂かれるような思いで見ていた。
人間でありながら、人間を殺す我々ハ虫人の側に造られた。
それでいながら、仲間であるはずのハ虫人にはうとまれる。
純粋な兵器でないがゆえに、感情を持ち、苦しむ。
…なんと、無情な…宿命だろう。
自分の答えを、必死の思いで求めているエルレーン。…だが、その答えは…キャプテン・ルーガにも知る由はない。
だから。そのかわりに。
キャプテン・ルーガは、しっかりとエルレーンの肩をつかみ、その瞳をしっかりと、見つめていった。
金色の瞳が、逃げることなくエルレーンの問いを真正面から受け止める。
「…エルレーン…その答えは、私にもわからない」
「…!」
その瞬間、エルレーンの表情に落胆と絶望が浮かぶ。だが、キャプテン・ルーガはエルレーンを揺さぶり、重ねていった。
「…聞け!エルレーン…今の私には、お前が何であるか…それを…教えてやる事は出来ない。だが、これだけは言える」
「…」
「その答えは、お前が決めるのだ」
キャプテン・ルーガは力強く言った。
「…私が…?」
「…そうだ。お前が…何をこれから知り、何を受け入れ、どう行動していくか…
その結果こそが、お前の望む…答えになるだろう。
…だから、これからお前が死ぬまでの…その短い時間で…お前自身が、答えを見つけるんだ」
「…」
「…案ずるな。…その時が来るまで、私が…お前のそばにいてやる。その答えが…でるのを、お前のそばで見ている…」
そう言って、キャプテン・ルーガはエルレーンを再び自分の胸に抱き寄せた。
「…っく…っ…」
静かに、泣きじゃくるエルレーン。
「…泣きたければ、泣くがいい。…エルレーン」
優しく、その小さな少女を抱きしめてやる。まるで、母親が子供にするように。
キャプテン・ルーガの胸の中で、エルレーンはいつまでも泣きじゃくっていた。
いつまでも、いつまでも。
月の光と、星の光だけが、それを見ていた…


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