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◆ 「捨て駒」
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恐竜帝国マシーンランド、その中の質素な自室で…エルレーンはベッドの上に座り込み、じっと考えこんでいる。
三角座りになり、顔をふせたままで。
…どうやら、自分と替わるようにあらわれたあのキャプテンは、ゲッターチームに負けたらしい。
閉ざされた扉から漏れ聞こえてくる兵士たちの慌てた声は、彼女にそんなことを感じ取らせていた。
(…よかった…まだ、まだダメだもの…まだ、あの人たちに…死んでもらうことはない)
エルレーンの胸に、あの思いがよみがえる。
自分がゲッターロボを破壊し、ゲッターチームを抹殺するために造られた存在であることは、いやというほどわかっている。
魂に刻み込まれたように、その事実は彼女の胸を離れない。
…しかし、彼らは…自分と同じ、「人間」だ。
…「人間」というものがどのようなものであるか。それをエルレーンは知りたかった。
あの日、ハ虫人の少女リーアに投げつけられた言葉。「バケモノ」という言葉。
…その言葉で、ようやく知った。ここでは、この恐竜帝国では…自分は恐れられ、罵られ、冷遇されるものなのだと。
だが、いったん地上に出れば…そこは「人間」の世界。自分と同じモノたちの。
…そして、ゲッターチーム…初めて会った、「人間」。リョウ、自分のオリジナル…
彼らは、自分と同じ「バケモノ」なのだろうか。
最初に思ったのは、そんな素朴な疑問。
私は、彼らと同じなのだろうか。「人間」とは、ハ虫人と違う彼らは、一体どんなイキモノなのか…?
それを知りたかった。だから、近づいた。
彼らを追いつめながらも、簡単には殺さなかったのは…そんな理由があったからかもしれない。
それはあまりに漠然とした感情だったので、エルレーン自身にもはっきりとは自覚できなかったのだが。
「…エルレーン」
その時だった。
一人たたずみ、思いをはせていたエルレーンに声をかけたものがいる。
…とはいっても、この恐竜帝国で、彼女の「エルレーン」という名を呼ぶのは、たった一人だ。
他はすべて、彼女をナンバーで呼ぶ…「No.39」という、無機質な数字で。
…キャプテン・ルーガ。
彼女はいつのまにか、部屋の扉をあけ、目の前に立っていた。
「ルーガ…なあに?」
憂いの表情がぱっと消える。キャプテン・ルーガに微笑みかけるエルレーン。
「…いや、用というほどのものではないが…今日は、よくやってくれたな。
…ゲッターロボを破壊することはできなかったが、バリア装置を破壊することはできた。…お前の、お陰だ」
キャプテン・ルーガはエルレーンの横に座り、静かにそういった。
「えへへ…ありがとう、ルーガ!」
キャプテン・ルーガにほめられた事がよほど嬉しいのか、その顔がぱあっと明るくなる。
先ほどまでの物思いに沈んでいた顔とは、大違いだ。
…しかし、そんな笑顔のエルレーンを前に…キャプテン・ルーガの微笑は、どこかぎこちない。
(…本当なら…)
キャプテン・ルーガは胸の中で、苦々しい独り言をつぶやいた。
(本当なら、お前があの時そのままゲッターロボを倒し…英雄となれるはずだったのに、な…
お前の実力とあの戦いぶりなら、それができたはずだ…)
キャプテン・ルーガは知っていた。何故、エルレーンがそのような命令を受けなかったかを…
…それも、彼女が「人間」であったからだ。
自分以外のほかのキャプテンたち、兵士たちは、「人間」であるエルレーンを明らかに「邪魔者」として見ている。
それはあからさまな彼らの態度だけではなく、エルレーンに下された命令自体からも感じ取れる
(…とはいっても、当の本人は気がついていないようだが…それが、唯一の慰めともいえた)。
ゲッター線バリア装置を破壊するという今回の任務。それは…要するに、成功率の低い任務だった。
今までメカザウルスが何度も早乙女研究所に攻撃を仕掛けた。
だがやはり、バリア装置を破壊し、研究所を破壊する前に、ゲッターロボに返り討ちにされていたのだ。
だから、彼らはその役目を…エルレーンに任せた。
別に失っても惜しくはない、いやむしろその方がありがたい…そんな醜い意図が透けて見える。
そのくせ、自分の大手柄につながるだろう、ゲッターロボの破壊はさせなかった。
そんなことを「人間」風情にやられては、自分たちの面子にかかわるとでも言うのだろう。
…だが、見事にゲッターチームにやられてしまったようだが。
それは、彼女の初陣の時もそうだった。
あの時、キャプテン・ザンキが…功を焦ってあの場に現れなければ、とっくにエルレーンはゲッターチームに勝利していたはずだ。
…とはいえ、エルレーンの立場からいけば、それが許されるはずもない。だから、自分も彼女を退却させたのだが…
つまりは、彼らはエルレーンを…完璧な「捨て駒」として扱っているのだ。
それが、キャプテン・ルーガには許せないことだった。
…実力の上でもエルレーンに及ばず、研究所のサポートを失ったゲッターロボにすら簡単に撃墜されるような自分の同僚たち…
そして、そんな彼らの言い分をやすやすと通したバット将軍や帝王ゴール様…その全てが、エルレーンにとっては実質的な「敵」と等しい…
彼女もまた、勇敢な恐竜帝国の戦士である事には変わりないというのに…!!
むかむかするような怒りが胸の奥で渦巻いている。…だが、自分とて、彼らになにが言えようか?
…この子を受け入れるように言っても無駄だろう。
彼らは「人間」というだけで、エルレーンを受け付けないでいる。
(…無理もない。…私だって、そうだった…)
そう、自分自身も、かつては「人間」をただの「敵」としてしか見ていなかった。
恐竜帝国の繁栄を邪魔する憎き「敵」。
(…だが、エルレーンは…違う。この子は…私の、大切な部下、仲間…そう、「友人」ではないか…)
キャプテン・ルーガの中で、はっきりと「友人」という言葉が浮かんだ。
と同時に、彼女への思いがはっきりと形をなす。
(そうだ。種族は違っていても…お前は、私の…「友人」だ!)
「…ルーガ?どうしたの?」自分を見つめたまま、深刻な顔をして黙りこくってしまったキャプテン・ルーガに、心配そうに声をかけるエルレーン。
…その声で、キャプテン・ルーガははっと我を取り戻す。
慌てて表情をとりつくろう。
「…ああ、何でもない…エルレーン、疲れただろう?…今日は、ゆっくり休むんだな…
ゲッターチームを破れなかった以上、またお前が出撃する時も来よう。そのときがいつきてもいいように、身体を休めておくんだ」
キャプテン・ルーガは立ち上がり、そう言いながら彼女に笑いかける。
…そっと、その手を彼女の頭に置いた。そして、親が小さな子供をほめる時のように、優しくなぜてやった。
「はあい…☆」
くすくすと微笑いながら、エルレーンは応じた。無邪気な笑み。
「…それではな…エルレーン」
そして、部屋の扉を後ろ手に閉めるキャプテン・ルーガ。
…だが、扉が閉まると同時に、再び彼女の顔に深い憂いが戻る。
(エルレーン…我々、ハ虫人の「心の弱さ」を…許してくれ…)
キャプテン・ルーガの心を、罪悪感が責める。
あの可憐な少女を追い込んでいく、自分たちの種族ハ虫人類の一員としての…
(…だが、エルレーン…私は、絶対に…お前を見捨てない。私が、お前を守ってやる…)
ぎりっ、と両手を握り締める。強い決意。




(…お前は、私の…大切な、「友人」なのだから…!)





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