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◆ 一人きりの生還、そして告白
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とある病院の一室。
その真っ白いベッドには、先ほどの戦闘で気を失ったまま意識を取り戻さない、ゲッターチームのリーダー、流竜馬が横たわっている…
そのベッドの周りを取り囲む仲間たち…ムサシ、ハヤト、ミチル、早乙女博士。
だんだんと彼らの表情にも、否定しようとして否定しきれない、あきらめの色が混じり始めた。
病院に搬送してから、既に2時間はたつ…外傷はほとんどなく、脳波にも異常がないにもかかわらず目を覚まさないリョウ。
まるで、本当にエルレーンに「連れて行か」れてしまったかのように…眠りつづける。
ムサシが止まらない涙をぬぐう。その目に映ったリョウは、見た目には何の変化もない。
今にも目を開き、自分に対して笑いかけてきそうなほどだ…いつものように。
「…?!」
と、そのときだった。彼のまつげが、ぴくりと動いたような気がした。
慌てて彼に顔を近づけ、今見たものが錯覚でない事を確かめようとする。
「…ムサシ?」ハヤトたちも、ムサシの反応を見て同様にリョウのまわりに近づいてきた。
…そして、リョウのまぶたがもういちどぴくりと動いた。
…と、その両目がすうっと開いていき…黒曜石のような輝きを持つ瞳が姿をあらわす。
「…り、リョウ!」
「リョウ君ッ!」
リョウがようやく目を覚ましたことに、一挙に安堵の感情があふれる。
口々に帰ってきた仲間の名を呼ぶムサシたち。
リョウはしばしその声にも反応を見せなかったが…やがて、彼らをゆっくりと見回していく。
涙のあとをぬぐいながら、笑いかけるムサシ。
いつものクールさで、でも少し赤い目をしたままにやっと笑うハヤト。
嬉し涙を流して、自分に微笑むミチル。
目じりに浮かんだ涙を指でぬぐいながら、安堵の表情を浮かべる早乙女博士…
だから、自分も笑顔でうなずいた…それは、とても弱々しいものだったけれど。
「リョウ…!よかったぜ…!…本当によかった…!」
「…俺…」
ぽつり、とささやくようにつぶやかれたその言葉に、ムサシは思わず耳をそばだてた。
「…?…どうした、リョウ…?…しんどいのか?」
「…」
無言でゆっくりと首をふるリョウ。…と、ぱたりと涙が彼の瞳からこぼれおちた。
「?!…リョウ…?」
「…ムサシ、…エルレーン…は…?」
「!!……」
その問いに、彼はやはり何もいえないまま、口ごもってしまう。
わかりきっていた答えだ。
リョウはそれでも、聞かずにはいられなかった。
エルレーン。
リョウの中で、彼女の笑顔が浮かんだ。最後に見せた、あの哀しげな笑顔…
先ほど…いや、もっとずっと前のことのようにも思える…まで、そばにいたはずなのに。
じっと右手を見つめてみた。
エルレーンの手をつかんでいたはずの右手…
だがもはやそこには、何もなかった。
そのことを認識すると同時に、どっと悲しみが彼の中であふれだす。
「…!!」
両目から涙があふれ出す。
まるで子供のように泣きじゃくるリョウ…
「り、リョウ?!」
「…リョウ君?!」
「…えなかった…!」
「…?!」
「…救えなかった、俺は…あいつを…救えなかった…!!」
「…!」
その言葉に、はっと虚を突かれるムサシたち。
リョウは泣いていた。己の無力さを呪いながら、深い罪悪感で打ちのめされながら…
彼は泣きつづけていた。彼の瞳からは、とめどなく涙があふれつづける…
「リョウ君…君は、最後まで…よくやったよ。…彼女もきっと、そのことをうれしく思っているはずだ…」
早乙女博士の言葉が、胸にしみた。
「そうだよ、リョウ…」
ムサシも泣きはらした目をこすりながら、そう付け加えた。ハヤトも静かに、うなずいた。
「…」リョウはゆっくりと半身を起こした。
そして、頬につたい流れる涙を、手の甲で乱暴にぬぐう…
その時だった。
…自分の上半身に、軽い違和感を感じた。
いつもとは違う、軽い違和感。
「…!」
彼の目がはっと見開かれる。その視線は…自分の胸元に落ちている。
…普段身につけているサポーターの、軽い圧迫感が感じられない。
体が動いた拍子に、シャツの下でやわらかなふくらみが揺れ動いたのを感じた。
その動きが、シャツのうえから容易に見てとれる。
一瞬、戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに…それが、諦めの色を帯びる。
リョウはかすかに微笑すら浮かべた。
ようやくその時が来たのか、といったような、覚悟を決めていたような、そんな顔をして。
「…そう、か…とうとう、バレちまった、のか…」
その言葉に、ムサシたちの顔がはっとなる。
「り、リョウ…お前、本当に…」
「ああ、そうだ」
最早シラをきってもしょうがないと感じたのだろう、リョウの顔はむしろきっぱりとしていた。
おずおずと問い掛けたムサシの目をまっすぐ見つめ返し、そう言った。
「…俺は、だけど…本当に、『男』なんだ。…身体は、『女』だけど…」
「リョウ、君…でも、一体、どうして…?」
ミチルが困惑を隠し切れない様子で聞く。
「…」
いったん、リョウは黙り込む。だが、何とか言葉をつむぎだし、淡々と口にした…
その口調は穏やかなもので、何の同様も感じさせなかった。
彼の表情も、沈んではいるものの平静そのものだ。
自らの秘密を、告白するにもかかわらず。
「俺の父親は…九州で剣道の道場をやってる。…だから、後継ぎが…どうしても必要だったんだ。だから、『息子』がどうしても欲しかった」
「…」
自分の過去を、まるで他人事のように冷静に語るリョウ。仲間たちは、彼の告白をじっと聞いている。
「…でも、なかなか子供ができなかった。…だから、お父さんは…生まれてきた子供を、とにかく『息子』として育てようとした。
…それが例え、『女』でも」
「…」
「…そして、最初に生まれた子供に…『竜馬』という名前を付けた」
「…」
「…だから…俺は…『男』なんだ。昔から、子供のころから、ずっとそうだった…
そしてこれからだって、俺は…『男』だ…それだけだ」
最後に、ぽつりとそう言った。
まるで自分に言い聞かせるかのように。
「…学校とかは、どうしてたんだよ」
「…俺、戸籍上も『男』になってるんだ。…だから、学校でも…俺は、『男子生徒』だ。そうだろ?」
「あ、ああ…」
衝撃的な事実を彼自身の口から聞いたムサシは、さすがにショックを隠しきれない様子だ。
それはハヤトもミチルも、早乙女博士とて同じだった。
「リョウ…」
「…ムサシ、ハヤト…ミチルさん…」
その時、その事実を明かしたばかりのリョウの表情に変化が生まれた。
その表情に深い憂いと半ば哀願じみた自嘲が混ざりこむ。
「…お、俺は…おかしいか?…俺は、今まで、お前たちを…」
声が震える。抑えきれない涙が瞳に浮かぶ。
…拒絶の恐怖が、途端にリョウの心を覆い尽くす。
「…」
「…気持ち悪いと思うか…?!…俺は、でも…!」
「…リョウ!」
その言葉の続きを、ムサシの声がかき消した。
その口調は思いのほか強く、リョウは思わずはじかれたようにムサシに視線をうつす…
彼の目は、真剣そのものだった。
「オイラは、お前が『男』でも『女』でも、どっちだってかまわねえよ!…そ、そりゃあ、ちょっとは確かに驚いたけどよ、
…でも、お前はオイラの大事な『友達』だし、…同じゲッターチームの仲間じゃねえか!」
「…!」
「…そうだぜ、リョウ。お前みたいなケンカ友達がいなくなるのは、さびしいぜ…
それに、お前は…融通の聞かない、まじめすぎるくらい真面目な、ゲッターチームのリーダーだろう…
それに変わりなんてねえだろ、…お前が『女』だろうと『男』だろうと、よ」
ハヤトもそう言い添える。
口調こそぶっきらぼうだが、その声には心底リョウを思いやるあたたかさが感じられる。
「リョウ君…確かにびっくりしたけど…あなたがそう言うのなら、これからだって何も変わりはないわ。…何も」
ミチルの言葉。
ムサシ、ハヤト、ミチル。仲間たちの優しさに満ち溢れる言葉が、リョウの心に染みとおる。
「…あ…」
彼らは、自分を…世間の常識から、かけ離れた自分の存在を…受け入れてくれるというのか?
そのままの自分を。『女』の身体、『男』の心をもつ自分を。
その時、突然ある言葉がリョウの中ではじけた。
いつか、夕焼けに染まる公園で、あの女が自分に言ってくれた言葉…




『…リョウは、リョウだよ』
『…リョウが、<男>か<女>か、そんなことよりも前に…みんな、リョウが好きなんだよ…』




(エルレーン…!)
自分の分身の名を心で呼ぶ。あの哀しみがまた涙となってこぼれおちる…
「お、おい、リョウ…?!」
また泣き出したリョウに、おろおろしながら声をかけるムサシ。
慰めてくれようとする彼に、涙を流しながらリョウは軽く首を振る。
(エルレーン…そうだな、お前の…言ったとおりだ…みんな、俺を…!)
彼は、エルレーンの名を心で呼びつづけた。
今はもういない、自分の分身の名を。
かつての彼女の言葉をかみしめながら。
恐れる事なんてなかった。
自分たちの仲間は…そのままの、自分を受け入れてくれた。
ただ。
ただ、そこにはもう…そのことを見通していた、彼女だけが…いない。
ムサシたちが心配げに声をかけているにもかかわらず、リョウは答えないまま泣きつづけた。
身を引き裂かれるような別離の哀しみ…後悔…そして、深い自責の念。
(それなのに、俺は…俺は、エルレーンを…救えなかった…!)
リョウはただひたすら、自分を責めつづけた。ただひたすらに、涙を流しつづけていた…


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