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◆ キャプテン・ルーガ(2)
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「…!…じゃあ、ハヤト、お前もか…!」
「ああ。…この点についちゃ、俺たちの意見は珍しく一致してるようだぜ」
そうハヤトはいい、にやっとムサシに笑いかけた。
草原を行く二人、ハヤトとムサシ。
二人は召集を受け早乙女研究所に向かっているのだが、その道中ムサシは思い切ってハヤトに自分の考えを打ち明けてみたのだ。
…エルレーンを、こちらにくるように説得するべきではないか、と。
いったんその案が出たものの、彼女自身の手によってゲッターナバロン砲が破壊されて以後、早乙女博士もムサシもそのことを口にできなくなっていた。
…だが、エルレーンの事実…恐竜帝国のハ虫人たちに「兵器」として扱われている、
そして彼女にはタイムリミットがあるという酷薄な事実を耳にしてからというもの、彼はもういてもたってもいられなくなったのだ。
そして、今日ハヤトに告げてみたのだ…彼の返答は、思いのほか彼の期待以上のものだった。
…彼もまたエルレーンについて、ムサシと同じように思っていたのだ…
「よかったよ、ハヤトが味方になってくれそうで…」
「!…おい、うわさをすれば、だぜ」
唐突に会話を打ち切り、ハヤトがムサシに向こうを見るように促す…
「何だ?…あ!」
ムサシの目にも、それが映った。
彼女がそこにいた。草の海の中、遠くを見つめてたちつくしていた。
「おーい!」
ムサシが大声を上げ、彼女に声をかける。
…すると、彼女はその声にふりかえる。…すぐに二人に気がついたようだ。
そして、彼女はハヤトとムサシににっこりと笑いかけた…

「まったく、あいつら何処ほっつき歩いてるんだか…」
ぶつぶつと文句をつぶやきながら、リョウがハヤトとムサシを探して草原をさまよっている。
あまりに二人が遅いので、一足早く研究所に付いていたリョウが探しにいくことにしたのだ。
寮に電話したがもう彼らはいないとのことだったので、すでにこちらに向かっているはずなのだが…
…と、その時だった。ハヤトとムサシを探して草原をさまようリョウの目に、認めたくない風景が映った。
…草原に座り込み、あの女と何事をかを話している二人。
…エルレーン!
リョウの胸に、苦々しい思いが広がる。
「二人とも、また…いったい何を考えているんだ?!あの女は敵だぞ!」
思わずその感情がいらついた言葉になって口から出た。
「…そうだな。私もそう思う」
「?!」
唐突に自分の独り言に返された返事に驚き、後ろを振り向くリョウ。
そこには、一人の女性が立っていた。
…白いワンピースを着、レースの日傘をさした、綺麗な若い女の人だった。
豪華な金色の髪が風に揺れ、光を受けてきらめいている。その顔には優しげな笑みを浮かべ、こちらを見ている。
驚くべき事に、背は170cmの自分よりも高い。ハヤトぐらいあるんじゃないだろうか。
「?…あ、あの、あなたは」
思わず聞いてしまうリョウ。
「…お互い、自分のいうことを聞かない仲間には…苦労するな、流竜馬?」
その女性は穏やかな口調でそう言い、ふっと笑いかける。
…リョウは、女性の瞳がきらめく金色の瞳であるのに気づいた。
…人間では、決してありえない…
「!!」
この人は、人間ではない。
瞬時にそう悟ったリョウ。全身に緊張が走る。
だが、目の前に立つ女性からは何の敵意も感じられない。むしろ…優しい目で、自分を見ている。
「あ、あなたは…」
「ふふ…」
リョウの問いには答えず、日傘を閉じ、くるくると巻いて、ぱちっとボタンを留めた。
そして次に瞬間、その日傘をエルレーンたちのほうに向けて思いっきり投げつけた!
「?!」
ざくっと日傘の先端がエルレーンの真横に突き刺さる。突然矢のように飛んできた日傘。
その日傘を投げた相手は…
「る、ルーガ?!」
エルレーンが思わず立ち上がり、その…人間に偽装した友の名を呼ぶ。明らかに狼狽しているようだ。
…敵方のパイロット達と、一緒にいるところを見られたのだから。
「うわ、でっけえ…」
素直な感想をムサシが思わず漏らしてしまう。
「知り合いか?」
だが、ハヤトのその質問にもエルレーンは答えない。
草原に立ち、こちらを見ている女性を呆然と見つめ、固まってしまっている。
「…エルレーン。探したぞ」
彼女達に近づき、日傘を抜き取って再び手中にした女性がエルレーンを見下ろして言う。
「ルーガ…あ、あの、ね…」
「…そこにいるのは、神隼人と…巴武蔵だな。…ゲッターチームのパイロットだ。…何故、お前達が一緒にいる?」
いきなり核心を突くキャプテン・ルーガ。隠し事を見つけられた子供のように、エルレーンはその言葉にびくっと怯えてしまう。
「う…」
口ごもったまま目を伏せてしまうエルレーン。
…とうとう、キャプテン・ルーガにその現場を抑えられてしまった…
全面戦争をしている敵のパイロットと親しく話していたなんて、到底許される事ではない。
それくらいはエルレーンもわかっていた。
…そして、それをキャプテン・ルーガに知られれば、呆れて自分を見捨てるかもしれない、ということも…
「…この地上でお前が誰か『人間』に会っていることは薄々気づいてはいたが…
まさかそれがゲッターチームのパイロットだとは、な…怖い子だな、お前は」
…だが、奇妙な事に、キャプテン・ルーガの表情は厳しいものではなかった。
むしろ…自分の許されざる行動が見つかってしまい、慌てる彼女を興味深いといった感じでみている。
リョウやハヤト、ムサシも状況が飲み込めないままに二人の会話を聞いている。
「お前の使命は何だ、エルレーン?」
「…ゲッターロボの破壊、そしてゲッターチームの抹殺…」
一瞬の空白の後、ぽつりと答えるエルレーン。
「そうだ。…絶好の機会にもかかわらず…何故、殺さない…?」
責めるような口調でも、諭すような口調でもなかった。
この意地悪な質問に、エルレーンがどう答えるのかを楽しみにしているような、そんな口調。
「あ…っ…あの…」
目を伏せ、しばし逡巡するエルレーン。緊張とショックで身体が強張って、うまく口が動かない。
…だが、一瞬の躊躇の後、きっと真剣な目をしてキャプテン・ルーガを見返す。
「…私、私っ…この地上で、メカザウルスに乗っていないときは…誰とも、戦いたく…ない…!」
「…ほう?」
片眉をきゅっと上げ、自分に懸命に抗弁するエルレーンを見つめるキャプテン・ルーガ。
「だって、ここは、地上は…こんなに、キレイな、場所だもの…」
「…」
「だから、出撃命令が出ていない間は、私…」
「…だからといって、それが何故…よりにもよって、ゲッターチームなのだ、エルレーン…?」
「…っ…」
エルレーンは何とか理由を説明しようとした。だが、言葉が出てこない。
キャプテン・ルーガを説得するに足るだけの言葉が、どうしても出てこない…
とうとう、彼女は何もいえなくなってしまい、うつむいてしまった…
キャプテン・ルーガはエルレーンを無言で見つめている。
初めて自らの意志を貫こうとし、自分の言うことに逆らおうとする少女を。
エルレーンはちらっとだけ、目の前に立つ友人の表情をうかがった…
その表情はほんの少しだけ寂しげで、しかし…どこかうれしそうに見えた。
それが何故だか、わからない。自分に対して怒っているようでもない、あきれているようでもない…
エルレーンはその理由がわからず、いぶかしむ…
ほんの少し、空白の時間が流れた。
ハヤトもムサシも、そしてリョウも…唐突にあらわれたこの背の高い美女とエルレーンのやり取りをぽかんと見つめている…
「…はは…まあ、いいさ」
…と、ぽんぽんと日傘を手で弄びながら、キャプテン・ルーガが穏やかに言った。
「…?…」
予想に反して自分を叱ったりしようとしないキャプテン・ルーガに首をかしげるエルレーン。
すると、彼女は思いもしないことをいったのだ。
「好きにするがいい…確かに出撃命令が出ていない以上、メカザウルスにのってない以上…戦う許可は出ていないのだからな」
「?!」
「この地上では、問題を起こさない限りお前の好きにするがいい…私の知ったことではない」
「…ルーガ!」
思わぬ許しをもらえたエルレーンの顔に、ぱあっと笑みが広がる。
「だが、気をつけることだ。…ゴール様に知られたら、殺されても仕方ないぞ」
釘をさすように低い声。厳しい顔でキャプテン・ルーガはそう言い添えた。
「う、うん…」
その忠告にびくっと震え、息を飲むエルレーン。
「…それではな。私はそろそろ帰るぞ。…お前は、どうする?」
そして、あっけに取られるゲッターチームを尻目に、キャプテン・ルーガは優雅に振り返り、立ち去ろうとする…
ふわりと金色の髪をなびかせて、エルレーンに微笑いかける…金色の瞳が、やさしく微笑いかける。
「待ってえルーガ!私も一緒に帰る!」
急いでその後を追いかけるエルレーン。
「じゃあね、ハヤト君ムサシ君!…またね!」
一瞬振り返って二人にそう大きな声で言う。傍らに立つ女性がそれを見て…静かに苦笑した。
「…お、おい、エルレーンっ!」
はっと我に返ったリョウが、自分のそばを通り過ぎるエルレーンに鋭い声で言い放つ。
だが、エルレーンはそんなリョウににこりと微笑んだだけで、足を止めようとはしなかった。
「…!!」
その後姿に突進しようとした、その瞬間。
「!!」
突然目の前に日傘の先端が突きつけられ、リョウは身動きが取れなくなった。
それは剣を振るうがごとく、素早く鋭い動きだった。
まるでリョウの動きを見透かしていたかのように。
「…すまないな、流竜馬。我々は行かせてもらうぞ。…お前達と戦うのは…今ではない、ようだからな…そうだろう、エルレーン」
女性がその日傘をひゅんと音をたて再び自分のほうに戻す。無言でうなずくエルレーン。
威圧され動けないままでいるリョウを尻目に、二人は草原の中に消え去っていった。
「…お、おい、リョウ?!」
こわばったまま動けないリョウに駆けより、心配そうに言葉をかけるムサシ。
「…!お前ら〜、一体何考えてるんだ!」
それをきっかけにペースを取り戻したリョウが、逆にムサシとハヤトに詰め寄っていく。
「な、何って…」
「何、あの女と仲良くおしゃべりなんかしてやがるんだ?!」
「ああ〜…そのぅ」
あまりのリョウの剣幕のすごさに思わずあとずさるムサシ。
「まあそう興奮するなリョウ。…どうやら、俺達は殺されずにすんだようだしな」
間にハヤトが割って入った。
エルレーンとともにどこかへいってしまった、あの女性の言葉を思い出す。
「…あの女の人…人間じゃなかったぜ」
「え?た、確かに女にしちゃデカい人だったけど、人間だったじゃんか」
ムサシがそう言うが、リョウは静かに首を振った。
「…いや、あの…人は、目が…人間のものじゃなかった…」
「…それじゃあ何か、恐竜帝国の奴らとでも?」
「ああ…多分、そうだと思う…」
だが、リョウにはわからなかった。
それなら何故、エルレーンに自分達を殺すように命じなかったのか、と。
それに、あの女性が見せた微笑。エルレーンに向けていた、あたたかい目。
…あれは、本当に…冷酷で残忍な自分達の敵、ハ虫人のものなのだろうか…
その印象的な微笑がリョウの心に残る。
自分に向けられていた、優しげな瞳。…金色の瞳。
その瞳が胸のどこかに、焼きついて離れなかった。

草原を行くキャプテン・ルーガ。そのすぐ後ろをエルレーンがとことことついていく。
「…なあ、エルレーン」
出し抜けに問い掛けるキャプテン・ルーガ。
「何?ルーガ」
「…私はさっき、地上ではお前の好きにするがいい、といった」
歩みを止め、どこか心配げな表情を浮かべてキャプテン・ルーガがエルレーンに向き直る。
「だが、ゲッターチームと…あまり親しくするのは…」
「……」
哀しげな顔でエルレーンが下を向いてしまう。
「…お前、殺せるのか?」
「…?!」
「どんな敵であれ、相手と一緒にいれば…相手のことを知らざるをえなくなる。相手の事情、相手の心…
それを知って、お前は…まだ、ゲッターチームを殺せるのか?」
真剣な瞳がエルレーンを射る。
ざわざわと風が凪ぐ。
エルレーンは彼女の言葉をかみしめるかのように、ぎゅっと瞳を閉じてそれを聞いた。
「…できる、きっと」
ぽつりとエルレーンがつぶやいた。
だが、その顔には…迷いの色がありありとあらわれていた。
「…そうか…」
しかし、キャプテン・ルーガはもうそのことには触れず、無言のまままた歩き出した。
エルレーンもその後についていく。
キャプテン・ルーガの胸の中に、先ほど神隼人や巴武蔵と共にいた時のエルレーンの顔が浮かぶ。
彼女は、楽しそうに笑っていた。
それを見たキャプテン・ルーガは、だからこそエルレーンの無茶とも言える行動を黙認したのだ。
…ハ虫人、自分とは違うものたちに囲まれ、兵器として扱われるエルレーン。
彼女は恐竜帝国にいるときは…自分がいなければ、一人で黙々と本を読むか、剣の訓練ばかりしている。
たった一人で。誰も寄せ付けないままで。
自分には甘えてもくるし、ころころとよく笑いもする。
だが…他の仲間には、一切心を開かない。初めて会った日、あの日のままだ。
だから、エルレーンが彼らに惹かれるのもよく理解出来た。
彼らは…「人間」だから。エルレーンと同じ…
ゲッターチームは、この娘に何かを与えてくれているかもしれない…
そう思うと、エルレーンを止める気はなくなってしまったのだ。
誰にもばれなければいいが、と思いつつ、ふとキャプテン・ルーガは笑ってしまった。
…この私が、軍規違反を喜んで犯すとはな。
しかも、この小さな少女のために…
不思議な感じがした。だが、悪い気はしない。
それどころか、むしろそのことが愉快で仕方ない。
「エルレーン…お前は不思議な子だ」
その思いを、声に出してつぶやいた。
「?何かいった?ルーガ」
思わず問い返すエルレーン。
「…いや」
微笑んでそう答え、いとおしいその友人に笑いかける。
…お前は、戦う事にしか心を動かさなかった、私を…変えてしまったのだな。
軽くそのことに戸惑いながらも、キャプテン・ルーガは心に静かな喜びが広がっていくのを感じた。


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