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◆ かなわぬゆえに、美しい「理想」
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恐竜帝国マシーンランド。エルレーンに与えられた、質素な自室。
くすくすという忍び笑いが聞こえる。…ベッドに寝転んだエルレーンが、何事かを思い出しながら微笑っているのだ。
彼女が思うのはつい先ほどのこと…ハヤトと偶然地上で会ったとき、彼もまた自分にやさしくしてくれた、そのことを思い出しているのだ。
(…うふふ、ハヤト君…私のいうこと、わかってくれた…私の『シャシン』を、とってくれた…)
彼女は目を閉じ、彼の顔を思い浮かべる。
…「敵」である自分にやさしくしてくれた、神隼人の照れたような笑顔。
(やさしい…やっぱり「人間」はやさしいイキモノだ…!
…リョウは、私に冷たいけど…でも、ムサシ君も、ハヤト君も、やさしい…!)
彼女は思い描く。ハヤト。ムサシ。そして自分のオリジナル、リョウを。
と、エルレーンははっとあることを思い出した。
自分の造られた理由。自分の使命。
(私…あの人たちを、いつか…殺す、のか…)
その時感じたのは「哀しい」という感情。そして、根本的な疑問。
(…どうして、「人間」を…「ハ虫人」は、殺さなきゃならないのかな…
「人間」は、あんなにやさしいイキモノなのに…「ハ虫人」にも、きっとやさしくしてくれる…)
すると、彼女の心にある思いつきがぱっと浮かんだ。
「そうだ…一緒に、地上で暮らせばいいんだ…!」
その思いつきは、言葉になって彼女の唇から漏れた。
(そうだ、そうだよ…!…そうすれば、あのキレイな地上で…ルーガや、ハヤト君や、ムサシ君と…一緒に暮らせる!
…そうしたら、もう戦う必要なんてない…!)
それは素晴らしい考えのように思えた。エルレーンは早速この思いつきを、大好きな友人に伝えようと心に決めた…

「…よし!次で、最後、だッ!」
キャプテン・ルーガが勢いよく剣を振り上げ、エルレーンめがけて渾身の力で打ち下ろす。
二人以外は誰もいない訓練場で、今日もキャプテン・ルーガはエルレーンに剣の稽古をつけていた。
「…はあっ!」
エルレーンは的確にその軌道を読み、両手で剣を構え、その打ち込みを受け流した…!
「いいぞ、エルレーン…!…前より、ずっとよくなっている」
受け流された剣をひゅんと自分の方に戻し、笑顔でエルレーンに声をかけるキャプテン・ルーガ。
「うふふ…あ、ありがとう…」
荒い呼吸を整えながら、エルレーンはにこりと笑って応じた。どさりとその場に座り込む。
…その時、あのことを思い出した。
(そうだ、ルーガにあのことを言うんだった…忘れないうちに、言わなきゃ)
エルレーンはゆっくりと額の汗をぬぐいながら、キャプテン・ルーガを見上げた。
「…ねえ、ルーガ!」
「何だ?」
「あのね…」
エルレーンは満面の笑みを浮かべながら、友人にあの素敵なアイデアを告げようとした…

「な、何だと?!…エルレーン、お前…何を言っている?!」
キャプテン・ルーガの声が驚愕で震えている。…その反応に、エルレーンの笑顔が消え、戸惑いが浮かぶ…
「ハ虫人」も、「人間」と一緒に地上で暮らせばいい。
彼女の素朴な思いつきを聞いたキャプテン・ルーガは、そのあまりにとんでもない考えにショックを受け、顔色が真っ青になっている。
…こんなことを他の恐竜兵士が聞けば、直ちにエルレーンは反逆罪で「処分」されるだろう。
…それほど過激で恐ろしい考えだったのだ、エルレーンのその素朴な思いつきは。
「エルレーン…わ、我々が何故戦っているのか、忘れたのか?!」
「わ、忘れてない…よ。…で、でも」
エルレーンは一生懸命言う。
「でも、『人間』を滅ぼさなくても…地上で、一緒に…」
「…いいや、それは無理だ!…彼らと我々は、共に生きることなど、できない…!」
苦々しい思いを感じながら、それでもキャプテン・ルーガは必死に言い聞かせようとする。
「人間」が自分たち「ハ虫人」の不倶戴天の敵であることを。
一瞬エルレーンは臆したが、それでも重ねて問い掛ける。
「わ、私…わからない…!…に、『人間』は、そんなに残酷で冷たいイキモノなの?
…滅ぼさなきゃ、いけないくらい…一緒に、地上で…暮らすわけにはいかないの?!」
「エルレーン…!」キャプテン・ルーガの目に映るエルレーン。
彼女はまっすぐ自分を見返している。『人間』の瞳。
キャプテン・ルーガの胸中を苦い思いが満たしていく。
『人間』と何故戦わなければならないかを問うエルレーン。何故殺さねばならないかを問うエルレーン。
…それは『兵器』として造られたモノとしては、言語道断の態度だった。
「敵を殺す意思なくて、何の『兵器』か」と、作成者のあのガレリイ長官なら言うだろう。
だが、単にそれを怒鳴りつけたところで、彼女の心は変えられまい。
…なぜなら、それはエルレーンの存在が持つ、根源的な矛盾から生じたものだから。恐竜帝国に造られた『人間』、『人間』の敵…
だが自分以外のハ虫人こそがむしろ彼女を『敵』扱いする…
だから、キャプテン・ルーガはエルレーンに己の信念を語る。
ハ虫人の戦士、恐竜帝国のキャプテンとして。
「…エルレーン、その答えは…何度聞かれても変わらない。我々『ハ虫人』と『人間』は…決して共には暮らせない!」
それは断言だった。説得できる隙もないくらいに…
「…!で、でも…!…でも、『人間』は、やさしい…やさしいイキモノだよ!…だ、だからっ…!」
それでもエルレーンはキャプテン・ルーガに必死に言う。
『人間』はおぞましい残酷な同族殺しなどではない、だから一緒に生きていくことができるはずだ、戦うことなどなしに…と。
しかし、キャプテン・ルーガは知っていた。
そうではない、そうはならないだろう…ということを。
それは美しい理想だ。
…美しいが、理想は理想。現実ではない。
キャプテン・ルーガはすっとエルレーンの頭に手を伸ばした。そして、やさしく髪をかきなぜる…
「…そうだな、『人間』はやさしいイキモノかもしれない」
「!…そ、そうだよ!…だからっ…」
彼女の同意の言葉に、エルレーンは一瞬目を輝かせた。
だが、キャプテン・ルーガの顔は哀しげな微笑を浮かべたままだ。
「…ただし、それはお前にだけだ」
「…?!」
目をかっと見開くエルレーン。キャプテン・ルーガは続けて言う。
「お前にだけだ…同じ『人間』の、お前にだけだ!…私や他の恐竜帝国のハ虫人にではない」
「…そ、そんなことない、きっと…」
「いいやそうだ!…エルレーン、それはお前が『人間』だからだ!」
強い口調で否定するキャプテン・ルーガ。エルレーンの透明な瞳を覗き込み、何度もその事実を言い聞かせる。
「…お前も、逆の立場ならわかるだろう…この恐竜帝国で、『人間』のお前が…どんな目で見られているか、を」
いいづらそうな口調で、キャプテン・ルーガがとうとうそう口にした。
「…!」
エルレーンの表情が変わる。彼女の言うことを理解したのだ…
『人間』の自分を、『ハ虫人』たちは嫌悪と恐怖の目で見る。
キャプテン・ルーガは、『人間』も同じだというのだ…!
「…わかるだろう…我々『ハ虫人』は…彼らとは違う世界に生きてきた。…交わらないのだ、それは…
『人間』の感情は我々とは違う。彼らはそれこそ、我々『ハ虫人』を『バケモノ』としてみているはずだ。
だから…彼らはおそらく、『ハ虫人』を…平気で、殺すだろう。何の罪の意識も感じずに」
「…」
違う、といいたかった。
だが、「そうでない」などと、どうしていえようか。
「…エルレーン」
とうとう黙り込んでしまったエルレーンを複雑な感情が入り混じった瞳で見つめ、キャプテン・ルーガが穏やかに言う。
彼女の両肩に手をおき、すっと片ひざをつき…うつむいたエルレーンの顔を、下から見上げる。
「頼むから…もう、そんなことを、言わないでくれ…お前がそう思いたいのはわかる。…お前は『人間』だから」
「…」
「だが…お前は、その前にこの恐竜帝国の戦士なのだ。
お前には、使命がある。ゲッターロボを破壊し、ゲッターチームを抹殺するという…」
「…っ!…」
その時だった。『ゲッターチーム』という言葉を口にしたとき、エルレーンが一瞬びくっと身を震わせたのが見えた。
(…!)
キャプテン・ルーガの胸にある「予感」が走る。
…だが、その「予感」は押し隠し、言葉の続きを口にする。
「…だから、もうそんなことを言うな。…もし他のものに聞かれれば、きっとそいつらは、お前を…」
その先はおぞましくて、とても言葉にできなかった。エルレーンもその意味は十分に理解しているらしく、力なくうなずく。
「わかったな、エルレーン…さあ、今日の訓練はこれでおしまいだ。…部屋に帰って、休むがいい」
話をそこで無理やり打ち切り、キャプテン・ルーガはすっくと立ち上がった。エルレーンの頭をぽんぽんと軽くたたいて促す。
…だが、エルレーンはうつむいたまま、その場に立ちつくしている。
淡い希望がいともたやすく打ち砕かれたことにショックを受けているようだ…
キャプテン・ルーガはそれを感じ取り、何も言わないまま訓練場を後にした…
入り口でもう一度、彼女のほうをふりかえってみる。
エルレーンはやはり、まったくその場から動かないまま、立ちつくしていた…その痛々しい姿が、胸を打つ。
キャプテン・ルーガはそっとその場から離れた。その表情は硬いままだ…

(エルレーン…あの子は、やはり…「人間」と、今も会っている!)
とうとうそれがキャプテン・ルーガのなかで、拭い去れない確信と変わった。
以前エルレーンがうっかり口を滑らせたとき、はじめて彼女が地上で「人間」と会っていた事がわかった。
自分はそれを止めた。それは恐竜帝国のキャプテンとして、当然のことだった。
「敵」である「人間」に(スパイ目的でもなく)近づくなどというのは明らかに問題行動以外の何者でもない。
…それに、エルレーンはかつてこういって泣き叫んでいたこともあったからだ。
…「『人間』にまで、『バケモノ』と言われた」と。
「『人間』にまで」…ハ虫人だけではなく、自分と同種のイキモノにすらそう呼ばれたことはエルレーンにひどく衝撃を与えた。
彼女はむせび泣き、自分に問うた…「私は何」と。
「人間」に近づけば、またそのような残酷な言葉が彼女を傷つけるかもしれない…
だから、自分はエルレーンに禁じた。「人間」に近づくことを。
しかし、明らかにエルレーンの態度は変わっている。「人間」をむしろ、好ましいものとして見出し始めている…!
それは本来「人間」であるエルレーンにとって当たり前のことかもしれない。
だが、キャプテン・ルーガにはそれだけが原因ではないように思えて仕方なかった。
やはり、彼女が会っているであろう「人間」…それがエルレーンの心を変えた大きな原因だろう。
(あの時、「ゲッターチーム」という言葉を聞いたとき…あの子は、一瞬妙な反応を見せていた…!…まさか、信じがたいが…!)
胸の中でその疑念を何度も否定しようとするが、どうしても彼女のあの反応が気になる。
(エルレーン…お前は、お前が倒すべき「敵」であるはずのゲッターチームと会っているのか…?!)
信じたくない。
だが、もしかすると、場合によってはそうかもしれない…
「…」
調べなくてはなるまい。大事になる前に…エルレーンが会っている「人間」が誰なのか、を。
キャプテン・ルーガはゆっくりと、深いため息をついた…
今しがた浮かんだこの「予感」が、杞憂であってくれることを切に望みながら。


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