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◆ Ride on, Ride on, Ride on!
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「私を…早乙女研究所まで、連れて行って」
唐突にリョウに言われたときは、正直一体何なのかと思った。
だが、ムサシとハヤトの目に映る彼は、至極真剣だった。
それは、浅間学園学園寮の三人部屋で思い思いに時を過ごしていた、ある休日のことだった。
窓際に座ってハーモニカを吹いていたハヤト、ベッドに寝そべってマンガを読んでいたムサシが、思わずそのセリフに振り返る。
…リョウは、いつのまにか部屋の真ん中に立ち…二人をじっと見つめていた。
「私を早乙女研究所まで連れて行って、…ハヤト君、ムサシ君」しかし、二回目にそういわれて気づいた。
…それが、エルレーンであるということに。
よく考えれば、最後にエルレーンが目覚めてから10日ほどはとうに経っている。目覚めの時がちょうど来たというわけだ。
そして、目覚めた彼女は研究所に行きたがっている…ゲッター線ソナーをつくる手伝いをしたいのだろう。
「うん、わかってるよ…エルレーン」
笑顔で応じたムサシ。
彼の言葉に、エルレーンとなった「リョウ」は、うれしそうににっこりと微笑った…

学園寮前。その駐輪場の片隅に、リョウのサイドカーとハヤトのオフロードバイクが止まっている…そこに三人は集まっていた。
研究所までは決して近くない。たいていの場合は、バイクを使って向かうのだ。
「…ねえ、ハヤト君」
鮮やかな黄色に塗装されたリョウのサイドカーの前に立ち尽くすエルレーン。
彼女は自分のオフロードバイクにまたがったハヤトに、ぽつりと問い掛けた。
「これ…どうやって、動かすの?」
「?!…お、お前、バイク…乗れないのか?!」
だが、その問いにエルレーンはゆっくり首をふった。
「ううん…ホバーバイクなら。…でも、地面を走るのに乗るのは…初めて」
そういって、ハヤトをじいっと潤んだ瞳で見つめる…「だから、教えてほしい」と、無言で訴えかける。
…いくら「エルレーン」だとわかっていても、リョウの格好をしたままそんなかわいらしいしぐさをされたのでは、たまらない…
どうしてもどぎまぎしてしまう気持ちを抑えられない。
ハヤトは軽く咳払いをして、自分のその気持ちをごまかした。
「…しょうがねえな」
頭をかきながら、エルレーンに近づいて簡単なレクチャーをするハヤト。
「そのハンドルについてんのがブレーキとアクセルだ。こっちがアクセル、こっちがブレーキ」
「…んーと…こっちが、アクセル、で、こっちが…ブレーキ。…なんだ、ホバーバイクとおんなじだ!これなら大丈夫…かな?」
ぱっとエルレーンの表情が明るくなる。
どうやら、危惧していたよりずっと簡単なようだ。
「そうかよ。それじゃ大丈夫だな。…それじゃ、行こうぜ?」
「あ、あのー…」
だがその時、ムサシが小さな声ですまなそうに問いかけた。
「お、オイラは…どうすればいいんでしょーか…」
そう、バイクどころか自転車にすら乗れないムサシには、研究所まで行く手段がない。
…いや、あることにはあるのだが…それを選ぶにはどうも気が進まなかった。
「何言ってんだ、いつもどおり…ここだろうがよ」
そう言いながら、ハヤトは親指でぴっと「ムサシの指定席」を示した…
そこは、リョウのサイドカーのシート。
「や、やっぱり…?!」
ムサシの声が幾分裏返った。
…もちろん、緊張で。
「(地上を走る)バイクに乗るのははじめて」などというライダーの乗るサイドカーのサイドシートに乗らねばならない…あまりにも、怖すぎる選択肢だった。
「い、いいよ、オイラ…歩いていくよ。その、ホラ、散歩がてらにさぁ」
なんとかそれだけは避けたいと、必死に言いつくろうムサシ。
だが、そんな彼を見て、エルレーンは少々気分を害されたようだった。
「むー!…ムサシ君、一緒に行ってくれないのー?!一緒に行くのが、いやなのー?!」
ぷうっとふくれて、両手を腰に当てて怒るエルレーン。
彼女のその子どもっぽいしぐさは、今本人が「リョウ」の格好をしていることとあいまって、かなり違和感のあるものになっていた。
「い、いや、嫌ってわけじゃ…」
「そう?じゃ、一緒に行こ☆」
と、ムサシのそのあいまいな返答を言いように受け取ったエルレーンがにこっと笑う…
そして、自分の座るシートのすぐ横にあるサイドシートをぽんぽんと叩き、「早く乗って」と促した。
「…うう…お、おい、エルレーン…あ、安全運転で頼むな」
不承不承そのシートに腰をおろすムサシ。
不安げな顔をしたままの彼が、せめてもの願いを口にする。
「うん!」
思いっきり首をこっくりするエルレーン。
その満面の笑顔を見ても、やはりムサシの不安は晴れなかった…
「それじゃ、行こうぜ!」
ハヤトが自分のオフロードバイクのアクセルをふかし、エンジンをスタートさせた。
そして地面を蹴り、バイクを走らせる…!
「…!」
その様をみていたエルレーンも、同じくエンジンをかけた。
動きはじめたサイドカーのシートが、エンジンの振動を伝えてくる。
…と、その次の瞬間だった。
ムサシは、自分の不安が現実のものになったのを、全身で感じた。
「?!」
突然、何かが自分の横を弾丸のようにかっとんでいったのに驚き、思わずハヤトはハンドルを逆側にきってしまった。
軽く地面をえぐり、ハヤトのバイクがその場に止まる。
「…お、おい、エルレーンッ?!」
彼は目を見張った。
…目の前の砂利道を高速で突っ走っていく「何か」…エルレーンの運転する、リョウのサイドカー。
とんでもないスピードでかっとんでいく。その後姿は見る見るうちに小さくなっていく!
「きゃははははははは…!」
スピードを出しているため、がたがたとサイドカーは激しく上下に震動する。
それにもかかわらず、エルレーンは満面の笑みを浮かべ、きゃらきゃらと笑っている…
どうやら、地面を走るそのはじめての感触が楽しくて仕方ないようだ。
なおも彼女は思いっきりアクセルを入れた…!
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁっ!やめて、止めて、とめてくれぇぇぇええぇぇ〜〜〜?!」
だが、隣に座るムサシの顔はそれとは対照的に引きつりっぱなしだ。
…リョウの運転とは違い、エルレーンの運転は…とんでもなく恐ろしかった。
バイクの全力を使い切るようなフルスピードで砂利道を突っ走るサイドカー。
びゅんびゅんと景色が、まるで矢のように過ぎ去っていく…風ががんがん顔に吹き付け、呼吸すら苦しい。
こんなスピードで転んだりすれば、大怪我間違いなしだ!
…だが、何よりも恐ろしいのは…エルレーンがこんな状態にもかかわらず、めちゃくちゃ楽しそうだということだった。
スピード狂の気があるのかもしれない…
「え、エルレーン!」
慌ててその後を追うハヤト。
だが恐るべきことに、ハヤトのオフロードバイクがかなりのスピードを出しているにもかかわらず、その差は一向に縮まらない…
そして、点のようになったその影から、エルレーンの無邪気な笑い声と…そして、ムサシの恐怖の絶叫が流れていく。
「きゃはははは…!」
「お、おわあぁぁぁぁっっ!!…え、エルレーーーーーーーーーンッ!…と、止めてぇええぇぇぇえぇ〜〜…?!」

エルレーンの駆るサイドカーは草原を矢のように駆け抜けていく。
そしてやがて、切り立った崖沿いのくねる道に差し掛かった…
ガードレールがあるものの、その先はすとんとなくなっており、かなり下の地面との落差があることがわかる。
ところが…そんな危険な道すら、彼女はエンジン全開で突き進む。
「きゃははははは!…た〜のし〜いっ☆」
「おがぁぁああぁぁっっ!いやあぁぁあああぁぁああっっ?!」
心底楽しそうな様子のエルレーンの隣で、ムサシはもはやまともな言葉すら発せないほど追い詰められていた。
強烈なスピードでかっとぶサイドカー…ちょっとでもエルレーンが運転をミスすれば、この危険な道のこと、どんなひどい目にあうのだろうと気が気でない…
「まがりま〜す!」
「?!…おわっ、ああっ、ひいいぃぃぃぃっっっ?!」
エルレーンの陽気な声とともに、がくんと身体が左…それはカーブの外側…に揺さぶられた。
カーブを曲がる勢いで全身にGがかかり、ムサシは一瞬自分の身体が宙に浮くのを感じた。
遠心力で浮き上がった彼の視界に、深い崖が見えた…
ガードレールの先、切り立った崖が。
「?!…っと、おおおっっ?!」
慌ててサイドシートを両手でがっしりつかみ、振り落とされないように必死になって
すがりつく。その手が緊張の汗ですべるが、それでも決死の思いでぎゅっと握りしめる。
…何しろ、振り落とされれば一巻の終わりだろうから。
「もっかいいくよ〜!」
「?!…ぎょぅあぁああぁぁぁああ!」
今度は逆に、右側に身体が押し付けられる。
急なGの変化に、頭ががくがく揺さぶられる。恐怖のあまり流れる涙が、風にちぎれて飛んでいく。
顔面蒼白のムサシの目に映る絶望的な景色…それは、研究所へと向かうこのルート…延々と続く蛇行した崖道。
後何回この地獄のようなカーブがあるのか、考えたくもなかった。
「もう一回〜!」と、また新たなカーブに差し掛かり、強烈な遠心力がサイドカーにかかる。
かなりのスピードにもかかわらず、エルレーンはカーブでもまったく減速しない…タイヤが激しく地面をする音が、ムサシの耳に恐ろしく響く。
「のぅあぁあぁぁぁあああああぁぁ〜〜〜っっ?!」
ムサシの絶叫は止むことなく、浅間山中に響き渡った…

「…!」早乙女研究所、司令室。そこで早乙女博士の手伝いをしていたミチルの耳に、聞き覚えのある音がかすかに聞こえた。
(あら…?…バイクの音…リョウ君たちだわ)
そのことに気づいたミチルは、ひょいと窓から外をのぞいてみた。
…すると、遠くにぽつん、と、こちらに向かって猛スピードで近づいてくる黒い点が見えた。
それは見る見るうちに、リョウのサイドカーの形になる。
(リョウ君…あ、あら?!)
ミチルはしかし、おかしな事に気づく…
いくらなんでも、そのスピードが速すぎる。
それどころか、リョウのサイドカーはまるで暴走族のような爆音をたててかっとばしている…
リョウ君はどうかしたんじゃないかしら、と思いながら、それでもミチルは彼を迎えに司令室を出た。
生真面目なリョウは当然交通ルールにも厳しく、緊急時でもなければあんなふうに飛ばしたりはしない
(しかし緊急ならば容赦なく何でもやってしまうのが、彼の実行力と勇気のあるところでもあり、また怖いところでもある)。
ちょうどミチルが研究所玄関に出たときに、リョウのサイドカーがまっすぐこちらに向かってきた。
…だが、彼はまったくスピードを落とす気配がない。
「…ちょ、ちょっと?!…きゃあ!」
フルスピードのまま自分に向かってくるサイドカー…
恐怖にかられたミチルが身を縮めるのと、サイドカーが甲高いブレーキ音と土煙とともに彼女の目の前で停車するのは、ほぼ同時だった。
「…な、な…」
驚きと恐怖感のあまり、声の出ないミチル…
それでも、非難の目つきで、そんな危険なことをしたリョウをぎろっとにらみつける。
だが、「リョウ」の次の反応を見た瞬間…その目が点になった。
「…きゃははは、きゃはは、あははははは!」
彼は、まったく愉快そうにころころと笑ったのだ。
…まるで子どものように…
「…え、エルレーンさん?!」
ようやくそれが「エルレーン」であることに気づいたミチル。
思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。
「うん!…ミチルさん、久しぶりなの!」
笑いながらサイドカーから降りるエルレーン…そして、彼女はサイドシートのほうに駆け寄った。
「ム・サ・シ・君!ついたのー!」
にこにこ笑いながら彼にそう呼びかけるエルレーン。
…だが、ムサシは何の返答もしない。
「?!…む、ムサシ君…」
驚きに目を見開くミチル。
サイドシートのムサシは…天を仰いだまま、白目をむいて気絶していた。
…エルレーンのさっきの様子からすると、道中もこうであったに違いない。
よほどとんでもない目にあったのだろう…ミチルは彼に同情せざるをえなかった。
「ムサシ君、起きてぇ…研究所についたのー!」
エルレーンはムサシの頬をぺちぺち叩いて彼を起こそうとする。
その頬には、痛々しい恐怖の涙の後がくっきりと残っている。
「…!」
と、彼のまぶたがぴくっと動き…ムサシがようやく気を取り戻した。
…彼はぼんやりとまわりを見回し、そこが研究所であること…そして、そこにエルレーンとミチルがいることに気づいたようだ。
途端に彼の顔が安堵にゆるみ、両目からぶわっと涙が滝のように溢れ出した…
「…うおおぉぉぉおぉぉぉぉおおおぉぉ!…ミチルさ〜ん!…生きて会えてよかったよ〜〜〜っ!!」
突然彼はミチルの両手をぎゅっと握り、泣きながらそう叫んだ…
「む、ムサシ君…」
「し、死ぬかと思った…本気で死ぬかと思ったよぉおおぉぉ〜〜〜っっ!」
オイオイと泣き崩れるムサシ。ミチルは泣く彼をなんともいえないまま困惑の目で見ている…
が、当のエルレーンは何故彼が泣いているのかわからないらしく、小首をかしげている。
「…あ、ハヤト君!」
と、そこにハヤトのオフロードバイクが到着した。
きゅっと音を立てて止まったバイクから、ハヤトが降りてこちらに駆けて来る。
「!…は、ハヤト〜〜っ!…お、オイラ、オイラ、生きてた…生きてたよぉぉぉおぉおぉ〜〜〜っ!!」
「あ、ああ…よ、よかったな…」
泣き喚くムサシを前に、思わずハヤトも間の抜けた返答を返してしまう。
…しかし、彼のこの様子も無理からぬことだ。何しろ、あんなとんでもない運転につきあわされたのだから。
「きゃはははは、地面を走るバイクも、楽しいねえ?…また乗ろうねえ、ムサシ君…☆」
だが、その状況をまったくわかっていないのは、その暴走サイドカーを運転していたスピード狂のエルレーンばかり…
彼女は、こんなすっとんきょうなコメントを無邪気な笑顔で述べるのだった。
「?!…もうやだ!もうやだ!…もうオイラは乗らないぞッ!…うおおぉぉぉぉおおぉぉん…」
その恐怖の申し出を耳にしたムサシの血の気が、再びさあっとひいていく…
そして、研究所前に彼の泣き声がひときわ高く響き渡るのだった。

「…う、ん…」
研究所の控え室。かすかに響いたその声に、まわりにいた仲間たちが思わずふりむく。
…見ると、ソファに横たえられていたリョウが、ちょうど目を覚ましたようだった。
「お、リョウ…起きた?」
「あ…俺…?…なんで、ここに…」
ふらつく頭で何とか自分の状況を確認しようとするリョウ。
…だが、すぐに何が起こったのかは察しがついた。
また自分はふっと寝込んでしまったらしい。
「…またかよ…」
思わずそんな独り言がでた。
…確か、自分は寮の部屋にいたはずだ…なのに、どうやらここは研究所らしい。
その間の記憶は飛んでいるし、そしていつものように…頭が、痛い。
「あら、またなの?…本当に一回、病院に行ったほうがいいかもね」
何も知らないふりをして、しれっとそう言うミチル。
彼を心配するそのそぶりはあまりにも自然だった。先ほどまで「エルレーン」だった彼と話していたなどということがまったく嘘のようだ。
「あ、ああ…そうだな」
ゆっくりとソファから立ち上がる。
頭の痛みに軽く顔をしかめたが、動けないほどではない。
「それじゃあそろそろ帰ろうぜー?オイラ、腹へっちゃったよ」
にかっと笑いながらリョウを促すムサシ。
ハヤトも苦笑しながら、読みかけの雑誌を片付けた…

「それじゃあミチルさん、またな」
自分のバイクにまたがったハヤトが、見送るミチルに軽く手を振る。
彼女も笑ってそれに応じる…そして彼はバイクを発進させた。
エンジン音が夕方の草原に鳴り響く。
「…?」
だが、リョウがついてこないことに気づき、彼はその走りを止めた。
180度方向を転換させ、研究所玄関に戻る。
「何やってんだリョウ?」
「あ…な、なんか…エンジンが、かからないんだ…」
困惑しきった顔を向けて、リョウは困ったようにそう言った…
何度も彼はキーを回すのだが、一向にエンジンがかかる気配がない。
エンジンはかすかにくぐもった唸り声を立てるのみ。
「おかしいな…」
いぶかしんだリョウが、一旦バイクから降りてエンジンを点検する…と、彼の目に驚くべきものが飛び込んできた。
「?!…な、なんだこりゃ?!」
…何と、エンジンのあちこちから不吉な黒い煙が出ている…
おまけに、いくつかのパーツには見るも無残な擦り傷がつき、その美しい銀の表面が台無しになっている。
よく見れば、リョウがいつも丁寧に手入れしていた黄色の塗装も、砂や砂利でいつのまにそうなったのか、いくつものかすり傷ではげている個所がある…
「!…あ、あーあ…」
ハヤトもその有様を見て思わず声をあげてしまう…
学園寮から研究所までの比較的長い距離、しかも砂利道といった悪路をあれだけのスピードを出したままでかっとばした挙句、無茶苦茶乱暴な運転をしていたのだ…
それだけ急に酷使すれば、エンジンがやられてもおかしくはないだろう。
「お、俺のサイドカー…な、なんで急に?!」自分の愛車の哀れな様子に、悲痛な声をあげるリョウ。
…突然(彼にとっては「突然」だ)、自分の愛車に降りかかった悲劇に、ショックもあらわな様子だ。
「り、リョウ君…動きそう?」
「ダメだ…な、何でだ?!」
「…こりゃダメだな。今日はここにおいていくしかないぜ」
ハヤトもそうつぶやく。
「…!」
「…は、はは…ま、まあ…いいじゃねえかリョウ。…お、オイラも…今日はなんか、もうバイクに乗りたくない気分だし」
ムサシがショックを隠し切れないリョウの肩をぽんぽんと叩き、慰めのせりふを口にする。
…だが、それには多分に安堵の口調が混じっていた。
「そうか?…すまんな、ムサシ…歩いて帰るはめになっちまったぜ」
「い、いーのいーの…はは」
すまなそうに言うリョウに対して、ムサシは弱々しく笑い返す。
その様子を、苦笑しながらハヤトとミチルは見ている。
「それじゃあな、お二人さん!俺は先に行くぜ」
無情にもハヤトは、さっさと一人だけ自分のバイクに飛び乗ってエンジンをかけた…あっという間にその背中が小さくなっていく。
「すまないな、ミチルさん…悪いけど、これ今日はここにおいてっていいかな?」
「え、ええ」
「ハヤトめー、自分だけ行っちゃってさあ」
ムサシがつい悪態をつく。
それを聞いたリョウが、やはり申し訳なさそうな顔をして言った。
「本当、悪いなムサシ…だけど、なんなら…お前もバイク、乗れるようになればいいのに。そうだ、俺が教えてやろうか?」
そう笑顔で申し出るリョウ…完全なる善意の言葉。
…だが、先ほどの忌まわしい記憶を思い出してしまったムサシは、その言葉に思わず総毛だってしまった…
「…い、いい!いい!と、当分、バイクはいい!」
ぶんぶん首をふって断るムサシ。
「そうかい?でも、前乗りたいって」
「いい!…も、もう…バイクにゃこりごりだッ!こりごりなんだよぅっ?!」
「…??」
半ば泣きそうになりながら拒絶するムサシのその様子を見たリョウは、不可解そうに首をかしげる…
その後ろで、その理由を知るミチルが一人苦笑していた。


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