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◆ あたたかな闇〜人間には、「煉獄」と呼ばれる場所〜
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リョウが気がついたとき、まわりは闇だった。
何も見えない。何もない。
落ちているのか、昇っているのか、重力すら定かでない。
ただ、浮かんでいるだけかもしれない。
自分の手のひらを見た。…ぼんやりと、自分の体が白い光を放っている。
暗闇にたった一人、リョウは漂っている。
だが、その空間はあたたかく、心地よかった。
(…ここはどこだろう?)
ふと、そこに思いが至る。
(…確か、俺は…イーグル号に乗っていて…ゲッター1が分離したとき…エルレーンが)
はっ、とそのことに気づいた。
(…エルレーン!)
まわりを見回すリョウ。闇の中に、自分の分身を探す。
『…リョウ』
と、小さな声が自分の背中でした。
ふりむくと…そこには、いつのまにかエルレーンがいた。
闇の中、青白い光をかすかに放ちながらたゆたうエルレーンが。まるで燐光を放つ炎のように。
それは、明らかに生あるもののものではなかった。
『エルレーン…』
リョウは、ようやくわかった。
自分も、エルレーンも…あの時、死んだのだ。
今の自分達は…「魂」と呼ばれるモノなのだ。
だが、不思議とそのことに対し、怒りが湧いてくることはなかった。
ただ、「ああ、そうなのか」と思っただけだ。
…恐ろしいほど、冷静にその事実が受け止められる。
闇の中、対峙するエルレーンは…リョウをどこかすまなそうな、哀しそうな目で見ている。
『…リョウ、…ごめんね…でも、私…』
その唇がかすかに動き、彼女の思いを言葉にする。
『どうしても、一人で行くの、嫌だったの…独りぼっちは、さみしい…から。…私、リョウに<帰り>たかった。リョウと一緒に、いたかった…の…』
『…もう、いいよ…エルレーン』
リョウは、静かな笑みすら浮かべ、そう言ってやる。
それを聞いたエルレーンの顔に驚きがあらわれる。…自分を殺した相手に対し、穏やかに微笑みかける彼の態度に戸惑うエルレーン。
…と、その頬に、リョウの右手がそっと触れた。
あたたかさを感じる。命のあたたかさ。
『…これで、もう…お前は、一人じゃない。…そうだろ、エルレーン…?』
『リョウ…!』
エルレーンの瞳に涙が浮かぶ。涙が光の粒になってこぼれおちる…
次の瞬間、感極まったのか、エルレーンがリョウに抱きついてきた。それを優しく、抱きとめてやるリョウ。
『リョウ…!…うれしい…ありがとう…ごめんね…!』
様々な思いを、ほとばしるままに口にするエルレーン。
リョウの腕の中、彼女は心からうれしそうな表情を見せている…涙を流しながら。
(…ああ…ハヤト、ムサシ…俺は、死んだけれど…)
その涙を見ながら、リョウはふっと微笑って心の中でつぶやいた。
(…こいつが…エルレーンが、こんなにうれしそうにしているなら…かまわないって思うよ…
俺はもう、エルレーンを…独りぼっちにして、苦しませたりしない…俺の分身…俺の、エルレーン…)
それは、彼のまぎれもない本心だった。
己の生死など、最早どうでもいいことだった…
と、エルレーンがリョウから離れ、ふわりと舞い上がった。そしてリョウの手をとり、どこかに導くように軽く引く。
『…リョウ、行こう…?』
『…ああ』
最早、人間と恐竜帝国の戦いのない場所へ。永遠の理想郷(アルカディア)へ。
だが、そのとき突然…あたたかな闇を裂く、一つの光点が開いた。
その強烈な光は、一挙に大きくなり、あっという間に二人の周りの闇をぬぐいさった。
『…?!』
その光の眩しさに、思わず目を一瞬閉じる。
…そして、次に目を開いたとき、そこはまったく違う場所になっていた。
『…?!…お、俺…?!』
そこは、病室らしき場所だった。
自分たちが浮かんでいる空中から見下ろすベッドには、流竜馬の「身体」が横たわっている。抜け殻となった「身体」。
そして、その脇には…ムサシ、ハヤト、ミチル、博士が心配そうにすがっている。
ちょうど医者らしき人物がドアを閉め、病室から出て行くところだった。…カラカラと音を立て、扉が閉ざされる。
…そして、病室には4人。
『おい!ハヤト!ムサシ!…ミチルさん!博士!』
リョウが思わず彼らに向かって呼びかける。
だが、彼の声は当然のごとく、彼らに伝わらないままだ。それでもなお、必死に呼びかけるリョウ。
…エルレーンがそれを、まっすぐな瞳で見ていることにも気づかないで。
リョウの目に、仲間たちが映る。
…ムサシの目からは止まることなく涙が流れつづけ、リョウの「身体」にとりすがりゆさぶっている。
ハヤトの目も赤い。やりきれない感情を隠し切れず、「身体」を見つめて立ちつくしている…
ミチルはすすり泣きつづけている。早乙女博士も瞳を閉じ、ただ…何も出来ずにいる。
「リョウ…ッッ!!…死ぬな!…そんなの早すぎるぜ!…お、俺は…お前が女だろうが男だろうが、そんなことどうでもいいよ!
…仲間じゃねえか!…だから、頼むよッ…死なないでくれよォッ!」
ムサシが慟哭する。
涙がこぼれおち、握りしめたリョウの腕にふりかかる。
「…そうだ!…お前、こんな簡単に死ぬようなタマじゃねえだろうが…!」
ハヤトも必死に「身体」に呼びかける。
その中に眠るであろうと信じる、リョウの「魂」に向けて…
「リョウ君…!お願い、死なないで…!」
ミチルの双眸から涙が流れ落ちる。ぎゅっと両手を握りしめ、祈るようにして…
隣に立つ博士も思いはまったく同じだ。リョウの「身体」を、真剣な目で、希望を捨てない目で見ている…
『ムサシ…ハヤト…』
リョウは、自分の「身体」にとりすがる仲間たちを見ていた。
必死に自分の生還を願い、呼びかける仲間たち。
リョウが帰ってくることを信じて。
必ず帰ってくると信じて。
(…ごめんな、ムサシ、ハヤト…でも、俺…もう、決めたんだ)
仲間たちの姿に心が痛んだ。
しかし、リョウの心は既に決まっていた…
エルレーンを、もう一人にはしないと。
彼女と一緒に行くのだ、と。
…だが、ふと彼女のほうをふりむいたとき、リョウはエルレーンの様子がおかしい事に気がついた。
いつのまにかつないでいた手を離し、リョウを真剣な目で見つめている…
『…?…エルレーン…?』
いぶかしむリョウ。そんなリョウに、エルレーンはにこっと笑って見せた…
だが、その笑みが…作れそうで、作りきれないでいる…
笑おうと、笑顔を見せようとしていても…どうしてもそこに、哀しみが浮き上がってくる…
『エルレーン、どうした…?』
心配げなリョウの声。
『…やっぱり、ダメだ…』
『…?』
ぽつり、とつぶやかれたその言葉。
リョウの瞳をじっと見つめて、エルレーンはもう一度笑った。
つうっと涙が頬を伝う…
『…やっぱり、ダメだ、ね…リョウを、連れて行っちゃ、ダメ、なんだ…』
声が震える。だが、強い決意が無理やりそれを押し殺させる。
『エルレーン…何、言ってるんだ…?』
『…私、やっぱり…一人で、行くよ…リョウは、帰らなくちゃ、ダメなんだ』
『?!』
唐突なエルレーンの言葉に虚を突かれるリョウ。
『お、お前…どうしてだよ?!…俺は、お前と…』
『ダメ…!…だって、リョウは…あんなに、待っている人が、いるじゃない!』
『…!』
きっぱりとした口調でエルレーンが言った。
…そして、彼女の目が…ハヤトたちに向けられる。リョウの「身体」に、必死で呼びかける彼らに。
『ハヤト君も、ムサシ君も、ミチルさんも、博士も…ううん、もっとたくさんの人たちが…リョウを、待ってるんだ…だから、リョウは…帰って。あの人たちの、所に…』
『で、でも…それじゃ、お前は?!お前はどうするんだ!』
『私は…行く、わ。…だって、私を…待ってくれている人なんて、…もう、いないもの…』
そういって、エルレーンはさみしげに微笑った。その微笑が、リョウの胸に痛いほど突き刺さる。
『だから…さよなら。…ごめんね、リョウ…私のせいで、苦しめて…』
『…!!』
『…じゃあ、ね…リョウ、…ずっと、見守ってる。リョウのこと…大好き、だよ…!』
そう最後に彼女は言った。そして優しげな微笑を見せる。
視線をそらし、遠い場所を見つめるエルレーン。
…それはおそらく、別の世界への道…
彼女の体がふわりと動く。その遠い場所へ向かう…
『…!』
が、そのエルレーンの身体がぐいっと引き止められた。
彼女の左手を…リョウの右手が、しっかりとつかんでいる。
その手はとても強い力で、彼女を阻んだ…
『り、リョウ…?!』
少なからずその声には戸惑いが混じる。
見つめる先には、真剣な表情をした自分の分身、リョウ…!
『行くな!…行くな、エルレーン!』
『…?!』
『行かないでくれ…生きるんだ、エルレーン!』
リョウの瞳。炎の燃えるような強い瞳。
自分に対して「行くな」と言ってくれるその目はとても強い光を宿していた。
『リョウ…!…で、でも…!』
自分を信じてくれるリョウ。自分に「生きろ」といってくれるリョウ。
自分は生きていても、いい存在なのだろうか…?ふと彼女の心に迷いが生まれる。
リョウと一緒に、いたい。だが、それは最早不可能だ…もう、自分は死んだのだから。
『…リョウ…!…でも、私は…!』
その言葉をさえぎって、必死に言い聞かせるように、半ば哀願するようにリョウが言う。
エルレーンを握る手に、ぎゅっと力をこめて。
『エルレーン!行かせない…俺は、絶対に…!』
『…!!』
エルレーンの瞳が揺れる。涙が浮かんできた。心の中に、あたたかいものがあふれる…
『ダメだ…!…エルレーン、お前は、俺と一緒に…!』
彼の言葉は、そこで突然断ち切れた。
エルレーンは、その言葉の先を聞く事ができなかった。
その瞬間、彼らの周りを強烈な光が渦巻いたからだ。
その光は彼らを一挙に取り巻き、彼らの「魂」にからみつき、そして溶け込んでいく…視界が光にとらわれる。
お互いの姿すら見えなくなる。光のシャワーが自分たちに降りかかる…!
『?!』
『…!!』
痛みはなかった。
あたたかさを感じるだけだ。
その光が熱に変わり、自分の中に入っていく…
リョウは、その光の渦の中で意識を失っていくのを感じた。
だが、それでも…最後の一瞬まで、彼はエルレーンの手を離すまいとしていた。
エルレーンの手を必死で握りしめる…放せばそのまま、失ってしまいそうだったから。
気を失う一瞬、その一瞬だけ、奇妙な感覚が彼を襲った。
決死で握りしめていた、彼女の、その手。エルレーンの手のひらがすうっと溶けていく感触。
(…エルレーン?!)
その異変に驚き、彼女の名を呼ぼうとした。だが、それすらできぬまま、彼の意識は失せていった。
人間には「煉獄」と呼ばれる世界から、彼の「魂」は再び堕ちていった…


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