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◆ 突然の来訪
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「…オーライ、こっちだ!」
「ハイッ!」
「よし、ラスト一回!」
ユニフォームを着た部員の一人が、ゴールに向かって思いっきりボールを蹴る。
…キーパーの手をするっとすり抜け、そのボールはばさっとゴールに飛び込んだ。
放課後、浅間学園グラウンド。サッカー部の面々が一心不乱に練習をしている。
キャプテンを務めるリョウももちろんその輪の中でみんなの指導に励んでいる。
いったん彼は部員を集め、今後の予定について説明を始めた。
「…よーし、それじゃあ各自いつものようにグループに分かれて…」
と、彼は自分が説明をしているにもかかわらず、
数人の後輩がそれをまったく聞いていない事に気づいた。彼らはグラウンドのあさっての方向を何故か驚いたような顔で見ている。
「こら、高木、松島!どうかしたか?!」
激を飛ばすリョウ。
「!…あ、ああ、すいません。…でも…」
何故か、リョウの顔をじろじろ見つめて不可解そうな顔をする二人。
「?何だ、どうした?」
「…あの…リョウ先輩って、双子のお姉さんとか妹とかいたんですか?」
「?!…はあ?!」
その後輩のわけのわからない言葉に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「いるわけないよ。なんでそんなことを…」
その時、はっと嫌な予感が頭を駆け抜ける。
「!!」
ばっとリョウは彼らの見ていた方向を振り向いた。…そして、その予感が的中している事を知る。
「だって、あそこに…」
二人が視線を移した先…グラウンドの片隅、鉄棒の上に腰をかけてこちらを見ている者がいた。
他の部員達もその姿を見て思わずどよめいた。…自分達のキャプテンと同じ顔をした、女。
しかも、その格好は…短いビスチェにショートパンツと、かなり目立って派手な格好。
思春期の男子生徒には刺激が強すぎる服装だ。露骨にうれしげな顔をしているものさえいる。
「…君達はしばらくグループ練習をしておいてくれ。…俺は、後から行く」
リョウは押し殺した声でそう部員達に指示した。
そして、自分はその女のほうに歩いていく。
「リョウ先輩、あの人やっぱり先輩の…」
「違う!絶対に違う!」
強い否定。問い掛けた部員がびくっと引いてしまうほど、強い口調だった。
キャプテンの異様な様子に気おされ、最早誰も問うものはいない。その後姿を無言で見守っている。
その女の透明な瞳に、こちらに向かってくるリョウの姿が映る。
サッカー部のユニフォームを着たリョウは、厳しい表情でこちらを睨みつけていた。…自分のクローン、エルレーンを。
「…こんにちわ、リョウ」
「…エルレーン…!貴様、一体ここに何をしに来た?!」
自分と同じ顔をした「敵」に問い掛けるリョウ。声に静かな怒気がこもっている。
「用、ってほどではないけど…うふふ、ただ、見に来ただけ」
「見に来た…だと?」
「そうよ。…リョウたちを、ね」
「なんだと…?!」
「ここ、『ガッコウ』っていうんだよね…いろんなことを、勉強する場所…」
「そうだ…恐竜帝国の手先の、お前が来るような所じゃないんだ!…とっとと、ここから出て行け!!」
鋭い口調でエルレーンを責めるリョウ。
だが、それに反して当のエルレーンはいたってのんびりしたものだ。鉄棒に乗ったまま、両足をぶらぶらさせてリョウを見ている。
「冷たいのね、リョウ」
「つ、冷たい?!…敵である、お前なんかに言われたくないなッ!!」
そのあまりに状況を把握していないように思えるエルレーンのセリフに激高してしまう。
むかむかするような怒りを強く感じていた。憎々しげな目をしてエルレーンをねめつけるが、彼女はまったくそんなことも意に介していないようだ。
「…いいもん、リョウがそんなにいうんだったら、ハヤト君やムサシ君のところに行くから」
「は、はあ?!お、お前何考えてるんだ?!」
リョウは、エルレーンのずうずうしさに最早あきれ返るばかりだ。
敵地に乗り込んでおいて、敵のパイロットに会いに行くだと?!…前のときも思ったが、こいつ、一体、何考えていやがるんだ…?!
と、鉄棒からふわっと降り立つエルレーン。リョウは一瞬この女と戦うべきかを迷ったが、ここは見送る事にした。
…部員達を巻き込むようなはめになっては、キャプテンとして無責任すぎると判断したためだ。
エルレーンもリョウが向かってこない事を感じとっているようで、慌てるそぶりもなく校舎の方へと歩いていく。
「……」
だがその前に、エルレーンは不思議だというような目でリョウを見つめた。
…全身、頭からつま先までじろじろと見ている。
「な、何見ていやがる?」
その視線を不快に感じ、怒鳴りつけるリョウ。
と、突然彼女の顔が自分の目の前にすっと近づく。突然の事に一瞬びくっと固まるリョウ。
「な、な…?!」
混乱するリョウの耳元に、そっとエルレーンは一言だけささやいた。
「…リョウは…こうしてみていても、男の子に見えるのに…どうして…」
その先は言わずに、エルレーンは彼の横をすうっと通り過ぎていった。
「?!お、おい!」
リョウは今耳にささやかれた言葉に心臓をわしづかみにされるような感触を感じた。
…あの嫌な出来事が、再び脳裏によみがえる。
(あいつ…あいつ……やっぱり、気づいていやがったのか?!)
リョウから血の気が引いていく。
実に嫌な感覚が胸一杯に広がった。

「もういっちょー!」
「トリャー!」
グラウンドの端にある柔道場では、ムサシ率いる浅間学園柔道部の面々が懸命に稽古に打ちこんでいる。
受け身をとる音、投げの練習をする音など、木の床を揺さぶる鈍い音が断続的に響いている。
…と、部員の一人が、柔道場の入り口のところにいつのまにか誰かが立っている事に気がついた。
瞬時にその目が釘付けになる。
「…?!」
そうこうしているうちに他の部員たちもそれに気づいたようだ。
…ムサシがふとそれに気がつくと、いつのまにか柔道場にいる部員たち全員が練習を止めぼーっとそちらをみていた。
「こ、コラ!どうし…」
その言葉が驚きのあまり途中で飲みこまれた。
…入り口に立ってこちらに微笑えみかけているのは、あの女…恐竜帝国の、エルレーン!
「え、エルレーン?!て、テメエなんでここに…」
「うふふ、リョウと、同じこと聞くのね、ムサシ君?」
にこりと笑うエルレーン。
その美少女のかわいらしい微笑みに、柔道部員たちはうっとりと見惚れている。
しかも彼女は惜しげもなくスタイルのよいその身体がはえるような、派手でセクシーな格好をしているのだ。
「お、おいお前ら!ぼーっとしてないで練習練習!」
魂を抜かれたような様子でエルレーンに見とれている部員たちに怒鳴りつけるムサシ。
数人ははっとしたようにまた練習をはじめたが、それでも何人かはエルレーンのほうにちらちらと視線をやって、仲間どうしうれしげに何やらささやきあっている。
「お前、ここに何しに来やがった?!…道場破りのつもりかよ?!」
「…?」
一瞬、「?」という表情をするエルレーン。
ちょっと腕を組んで考えた後、ムサシにこう問いかけた。
「…『ドウジョウヤブリ』って、なあに?」
「?!ま、またそれかよ?!」
また以前と同じようなことを聞く彼女にあきれ顔のムサシ。
「…と、とにかく!ここに何しに来たかってんだよ!!」
「んーん、別、に…ただ、ムサシ君たちを、見に来ただけ☆」
そういって柔らかな微笑を返すエルレーン。
「…!!で、出てけ出てけ!お前オイラたちを馬鹿にしてんのか?!」
その人をくったエルレーンの発言に怒ったムサシが彼女を道場の外に押しやろうと近づいてきた。
「んもう、リョウも、ムサシ君も冷たぁい…」
「あ、アホかー!!」
「主将、そんなこと言わないでさぁ、いれてあげればいいじゃないっすかぁ」
「そーっすよ!」
エルレーンの色香に惑わされた、恐竜帝国の脅威など何も知らない後輩がそんなことを言う。
「ダメだ!お前らは知らないかもしれないけどなぁ、こいつはとんでもない奴なんだ!」
「え、でも、この人サッカー部の流先輩のお姉さんか妹さんなんじゃ?」
「おんなじ顔だから、双子かも」
「…ふふ、だいたい、そんな感じ…よ」
エルレーンがそれに応じ、彼らに笑いかける。その笑みに魅了された部員たちは思わずやにさがってしまう。
「と、とにかく!痛い目見たくなかったらとっとと出てけ!」
「…痛い、目?…うふふ、ムサシ君、…まだ私に、生身で勝てると思ってるんだ?」
ちょっといたずらっぽい目をして挑発的なセリフを吐くエルレーン。
そのセリフがかちんとムサシの気に触った。
「な、何だと?!」
だが、怒りを燃やすムサシに一瞥をくれると、急にエルレーンはふいっと道場に背中を向け、あさっての方向に歩き出した。
「?!お、おい?!」
「…今はお邪魔みたいだから…また、来るね…それじゃあ、ね、ムサシ君…☆」
くるっとふりむき、極上の笑みを最後に投げるエルレーン。
…敵だということは嫌というほど知っていたにもかかわらず、ムサシは部員ともどもそのかわいらしさに一瞬見とれた。
「……」
ぽかんと口をあけたまま彼女を追いかけることもせず、その後ろ姿を見送るムサシ。
「…あーあ、主将ったら…主将らしくないッすよ、あんな美人を邪険に扱うなんてぇ」
事情を知らない後輩がのんきな文句を言っている。
「お、お前なぁ!」
「すっげえ色っぺえカッコしてたなぁ、あの人!」
「なんて名前なのかな」
「流先輩に聞いてみようか」
わやわやとついさっきまでそこにいた美女についてしゃべりあう部員たち。
「だ、ダメだ!絶対リョウに、そんなこと聞くな!…と、とにかく、あいつは危険な奴なんだ!絶対に、絶対に近寄るなよ!」
ムサシは必死に部員たちを諭すが、そんなことを彼らは聞いちゃいない。
しかし、それも無理はないだろう。彼らは、悪魔のような強さを見せる、あのエルレーンを知らないのだから。
(…だけど)
ため息をつきながら、胸に残った謎を思うムサシ。
(…あいつ、なんだってこの学校に…オイラたちに、近づいてきたんだ…?なにか、思惑があるのかよ…?)
しかし、考えても答えなど想像もつきはしなかった。


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