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◆ 音楽、人が奏でるモノ
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初夏の心地よい夜風が草原を渡っていく。その風とシンクロするように、もの哀しげな音が何処からともなく響いている…
ハヤトは一人、寮から少し離れた草原でハーモニカを吹いていた。
夜の静けさを愛する彼は、よくこうして一人で草原に出ては、ハーモニカを吹くのだった。
やわらかい草むらに寝転ぶハヤトの瞳に、満天の星空が歌いかける。まるで、彼のハーモニカの音に合わせ、音楽を奏でるように。
とても静かな夜だった。風の音、葉ずれのかすかな音、そして自分のハーモニカの音…
心地いい静寂の中、ハヤトはその静けさを楽しみながら、物思いにふける…
…と、そのときだった。その静寂の中に、別の音が混じりこんだ。
かさっ、かさっ、という音。何かが、草を踏む音。…そして、その音が次第に自分のほうに近づいてくる事に彼は気づいた。
(…誰かが、こちらに来る…?…こんな夜中、こんな人気もない山に…?!)
がばっと身を起こすハヤト。素早く視線をその音の主のほうに走らせる…
「?!」
驚きで一瞬息を飲む。…その足音の主は、自分から少しはなれた場所にいた。
その姿を認めたハヤトの身体を、アドレナリンが一気に駆け巡り、戦闘体制をとるよう告げる。
…恐竜帝国のパイロット、エルレーン!
自分の親友、リョウと同じ姿をした女がそこに立っていた。ハヤトは素早く彼女に向き直り、空手の構えを取った。
…エルレーンのほうも、そこにいるのがハヤトだと気づく。きゅっと眉が上がって、驚いた風を見せる。
「…こんばんわ、ハヤト…君」
その唇がなめらかに動き、ハヤトに呼びかける。
「…またお前か…!…こんなところに何をしにきた!…俺たちの学校にも来たそうだな。一体お前の目的は何だ?!」
数日前、浅間学園に彼女がふらりとやってきたことはリョウやムサシから聞いていた。しかし、そのくせに何もせず帰っていったそうだ…
まったく目的の読めない行動だった。学校なんて見にきても、ゲッターの情報は得られないだろう。スパイ行動でもなさそうだ。
ゲッターのパイロットであるリョウやムサシの命を狙いにきたというならわかるが、そうでもない…では、何のためだ?!
ゲッターチームの面々は、彼女の行動に混乱させられっぱなしだった。
…そして、そのエルレーンが…今、自分の目の前に、いる。…腹の立つ事に、彼女にはまったく悪びれた様子もない。
敵方のパイロットを目の前にしており、しかもその相手は闘志を剥き出しにしているというのに…彼女はまるで自然体だ。
静かに微笑を浮かべ、ハヤトを見つめている。
「…目的?…別に、ない、よ」
「ない…だと?!…フン、それじゃあ、どうして今時分、こんなところにいる?」
「…んーん、お散歩、かな」
「は、はぁ?!」
その人を喰った答えに、あきれ返るハヤト。
「…私、夜って…好き。ここでは、星が…たくさん見えるもの。…それに、月も見えるから…」
そう言いながらエルレーンはうっとりと頭上にまたたく星空を見上げた。
…と、はっと気づいたような顔をして、今度は彼女のほうからハヤトに問い掛ける。
「そうだ、それじゃあ…ハヤト君は、どうして、ここにいるの?」
「…そんなこと、お前に言う義理はないぜ」
冷たく言い放つハヤト。…そういいながら、じりじりしているのが自分でもわかった。
少しづつ間合いを、相手に気づかれないようにつめていってるのだ。
…ハヤトは、この女、恐竜帝国の手先であるエルレーンを捕まえ、彼らの情報を聞き出すことをあきらめてはいなかったのだ。
…そして、今がその絶好のチャンスだ。
(前は油断したが…今度は、逃がさん!)ハヤトの目が、ぎらっと光る。
彼は、夜空に再び魅入ったエルレーンの一瞬の隙をつき、思い切り彼女に突進した!
エルレーンの強さは前回で身をもって思い知った。…今度は、初めから全力で殴りかかる!
「!」
いきなり自分のほうに向かってきたハヤトに一瞬慌てるエルレーン。
だが、彼のこぶしが彼女を捕らえる寸前、エルレーンは両腕をクロスさせ、そのパンチを受け流した!
「くっ?!」
不意打ちの一撃がかわされ、動揺を隠せないハヤト。しかしあきらめることなく彼女をさらに攻めにはいる。
…しかし、もはやエルレーンも隙をまったく見せず、それを的確に受け流していく。
「…うっ?!」
不意に足払いをかけられ、揺らめくハヤト。転びはしないが、その身体が衝撃に大きくかしぐ。
…と、唐突に自分の首を何かにがしっと捕らえられた。
「?!」
それが、エルレーンの両足である事に気づいた次の瞬間。
「はあっ!」
気合一閃、逆立ちするような体勢から、エルレーンが両足ではさんだハヤトを首から一気に地面に投げる…フランケンシュタイナーだ!
「があっ!」
頭から地面に打ち付けられ、気が遠くなる。…が、何とか気を失う寸前でとどまっている。
くらくらするハヤトのかすむ目に、エルレーンの姿が見えた。
「…んもう、びっくりしたぁ」
すうっとその美脚をハヤトから放し、立ち上がるエルレーン。
身体についた土をぱんぱんとはたきながら、倒れ伏すハヤトを見つめる。
「…もう、変な気、起こさないでね、ハヤト君…まあ、しばらくは動けないと思うけど…ゲッターロボ無しで私と戦っても、ハヤト君たちじゃ勝てないよ」
「く…くそ…」
罵りの言葉がハヤトの口から漏れる。…だが、悔しいがこの女の言うとおりだった。
先ほどの投げの衝撃で、身体が言うことを聞いてくれない。立ち上がることすらできない…
せめてもの抵抗で、エルレーンをギリギリと睨みつける。…しかし、その視線にさらされても…なお、エルレーンは微笑を崩さない。
「それに、前もいったけど…私、ゲッターに乗っていない、あなた達とは、戦わない、わ。…そのつもり、ないの」
「…な、何故だ…?!…それが、おかしいってんだよ…」
「…」
その問いに、エルレーンは無言でハヤトに微笑み返すだけだった。…と、その目が何かに止まる。
何かを見つけたらしいエルレーン…ついっと倒れ伏すハヤトのそばに歩み寄る。
「…!」
それが自分のとどめを刺すつもりだと感じたハヤトは、思わず目を伏せ身を固くする。
…だが、いつまでたってもその時は来ない。それをいぶかしんだハヤトは…そっと目を開けてみた。
…目の前に、地面にぺたんと座り込むエルレーンが見えた。…彼女は、手に何かを持ち、それをしげしげと見つめている。
「…!…そ、それは…」
それは、ハヤトのハーモニカだった。
先ほど彼女とやりあったとき、ポケットからこぼれおちたらしい。
…銀色に輝くそれを、エルレーンは興味深げに見つめている。
「…これ、ハヤト君…の?…これ、なあに…?」
エルレーンがハヤトのほうに向き直り、問い掛ける。
「ど、どうだっていいだろう…返せ、よ…!」
敵のくせに、そんなことをいけしゃあしゃあと言ってのけるエルレーンに怒りの感情が募るハヤト。
ぶっきらぼうに言い放つ。…その言葉に気を悪くしたのか、エルレーンはちょっと口をとんがらせて不満げな顔をした。
「…いいもん、教えてくれないなら、返さない、からっ」
そういってハーモニカをひらひらとハヤトの目の前でふって見せる。
…ハヤトの体がいまだ自由にならないのを知っていてやっているのだ。
「…くそっ、この女…」
彼女のからかいに、ハヤトの怒りはもはやぐつぐつと煮えたぎるかのようだった。
…だが、半ばやけになりながらも、答えを返すハヤト。
「…ハーモニカ、だ」
「『ハーモニカ』?…何に、使う、の…?」
「…それは、楽器だ。音楽を鳴らすんだよ、それで…」
もうあきらめたのか、その問いを無視する事も止め、適当に答えるハヤト。
…が、その答えに、エルレーンの顔がぱっと輝くのが見えた。その表情の変化に、ちょっとハヤトは戸惑った。
「…楽器?…これ、が?…へえ、そうなんだ!…どうやって、鳴らすんだろう…」
面白いおもちゃを見つけたというような、まるで子供のような無邪気な笑みを浮かべ…エルレーンはハーモニカをいらいはじめた。
…その邪気の無さに、ハヤトは一瞬、あっけに取られた。
…と、エルレーンがハーモニカの側面にある、一列に並ぶたくさんの穴に気づいた。…ようやく正解にたどりついたようだ。
彼女はそっと唇を当て、そこに息を吹き込む。
…と、草原を…ハーモニカの済んだ高い音が、裂いた。
「…きゃあ、鳴ったぁ!」
にこっと笑い、エルレーンが大喜びする。両手でハーモニカをぎゅっと抱き、嬉しそうに飛び跳ねている。
…そのしぐさの可愛さに…思わず、ハヤトも見とれてしまった。
…もちろん、それに気づくと同時に、一時の気の迷いを振り払うかのように頭をぶんぶんふる。
「…そうか、さっき聞こえた音はこれかあ!…ハヤト君が、鳴らしてたんだね!…ねえねえ、もう一度、聞かせて!」
ハヤトの目の前に座り込み、笑顔を向けるエルレーン。…いきなり顔を近づけられたので、どきまぎしてしまうハヤト…
リョウの顔に、セクシーなバトルスーツをつけた、スレンダーな身体。それが今、目の前にある。
「…む、無茶言うんじゃ、ねえ…!」
興奮で昂ぶる鼓動を無理やり押さえ込むように、強い口調でハヤトはそう言い、そっぽを向いた。
拒絶されたエルレーンはきょとんとしていたが、はっと気づいたような顔をして、立ち上がる。
「…そっか、さっき私が…動けなくしちゃったもんね。…ごめん、ね?」
首を軽くかしげ、素直に謝るエルレーン。
…あまりに素直なので、むしろ拒絶したハヤトのほうが罪悪感を感じざるを得ないほどだった。
「はい、これ、返す、ね」
そう言いながらハヤトの胸ポケットに、ハーモニカをすっと差し込んだ。
あっけにとられた顔で彼女を見上げるハヤトに…エルレーンは、可愛らしい微笑みを浮かべ、笑い返した。
「…『人間』も…音楽を、作れるんだね…今度、ハヤト君の音楽…聞かせて、ね…」
彼女は最後にそう言った。
そしてエルレーンはハヤトに背を向け…夜の草原の中に、消えていった。
…草原に、また静寂がよみがえる。風の音。いまだ動けないままのハヤトは…緊張が一気に解けたのか、ふうっと大きなため息を吐いた。
相手を捕まえることはできなかった。
でも、殺されもしなかった。
…ただ、ぶちのめされてはしまったが。
そんな自分のふがいなさを責める気持ちもあったが、それよりも先に…ハヤトの心を占めていったモノがあった。
先ほどまで、自分のそばにいた、あの女の姿。
エルレーン。
彼女の笑顔が、何故かハヤトの胸に鮮やかに残っている。
振り払おうとしても振り払おうとしても、それはなかなか消えてくれなかった…


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