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◆ 「人間」だけど、「人間」だから
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「な…何ですって?!」
博士の言葉を聞いたミチルが素っ頓狂な声をあげる。
彼女だけではなく、ハヤトもムサシも驚きを隠しきれないようだ。
「…そうだ…もしかすると、うまくいく…かもしれない」
博士は真剣そのものといった顔でつぶやいた。
「…で、でも、博士!」
ムサシが戸惑いながらも博士に問い掛ける。
「い、いくらなんでも…無茶ですよ!…エルレーンを、仲間に引き込むなんて!」
ムサシの意見ももっともだった。
…あの翌日…エルレーンが研究所に現れた、その次の日…博士がムサシ、ハヤト、ミチルを研究所に呼んで彼らに告げた「提案」は、
突拍子もなくそしてとんでもないものだった。彼らを驚かせるには十分すぎるほどに。
「…彼女は…エルレーン君は、明らかに今までの恐竜帝国の者とは違う。…少なくとも、私の目にはそう見えた。
…もしかすると、もしかすれば…彼女を説得することができるかもしれない」
「お、お父様…でも、あの人を説得なんて…!」
「もしそれができたなら…我々は、恐竜帝国についての情報を手に入れられる…!
…我々は、何も知らないのだ…恐竜帝国が何処にあるかすら、わからないままだ。…このまま防衛一方では、やがて攻めきられてしまうだろう」
そこでいったん言葉を切り、三人を見つめて言った。
「…だからこそ、彼女が…糸口になるかもしれない。何しろ、彼女は…『人間』だ。我々と同じ…話は十分…通じる相手だと思う」
「…」
確かに、早乙女博士の言うことは理にかなっている。
…恐竜帝国は自分たちの本拠地、早乙女研究所の位置をとっくに知っている。
挙句の果てには、人間に偽装させたスパイすら送り込んできた。
だが、それに比べてこちら側のもっている情報は皆無といっていいほど少なかった。
恐竜帝国の総力は?メカザウルスの総数は?…いや、それどころか、自分たちは恐竜帝国が何処にあるかということすらまだ知らないのだ。
今までも彼らはメカザウルスとの度重なる闘いに果敢に挑み、そして勝利してきた。だがそれはすべて襲ってきた敵を迎え撃って来たに過ぎない。
このまま恐竜帝国が存在しつづける以上、この戦いは終わらない…
その前に、恐竜帝国自体をつぶさねばならない!
それには何より、彼らの情報が必要なのだ…
そして、今自分たちの前に姿をあらわした「人間」…少なくとも、ハ虫人ではない…エルレーンは、格好のチャンスのように博士には思えたのだ。
「で…でも」
ムサシが困惑気味に言う。
「あいつが…素直に俺たちのもとに来るんでしょうか…?」
「…可能性はゼロではない、と思う。…どうやら…今までの状況を見ている限りでは、彼女は恐竜帝国に完全に忠実というわけではなさそうだからね…」
そう、もしエルレーンが恐竜帝国に真に忠実であったなら、追い詰めたゲッターチームに温情をかけることなどなく、すぐさま殺しただろう。
ましてや自分から(たいした目的もなく)ゲッターチームに近づき、何もしないまま帰るなどというはずがない。
「…彼女は、彼女なりの何らかの理由のために、我々に近づいてきているはずだ。その目的如何によっては、説得は可能だと思う」
「…確かに、もしそうできれば…でも…」
ハヤトは半ば博士の提案に同意を示しつつも、渋い顔を崩さない。…博士の言うことは理解できる。
今まで見てきた恐竜帝国の悪辣なハ虫人の刺客たちに比べれば、エルレーンがはるかに話が通じそうな相手であることも、確かだ。…しかし…
「…でも、あの人は…メカザウルスでゲッターロボを撃墜しようとしたのよ、お父様!」
ミチルがハヤトの思考を代弁するように言った。
「ああ…わかっているよ…彼女と戦った君たちにとっては、…気に喰わない提案だろう、ということはわかっている…」
博士は目の前の三人を、むしろいたわるような口調でそう答えた。
「…で、でも、確かに…もしあいつが味方になってくれれば…」
ムサシがしばし考え込んだ後に、少しうつむいたままでそうつぶやいた。
「オイラたち、恐竜帝国にこっちから仕掛けることが…」
「でもムサシ君…もし、あの人を信用して、あの人が私たちの情報を盗んだらどうするの?!
…ゲッターの設計図なんて奪われたら…終わりよ!」
ミチルはどうやら反対らしい。いまだ真意の知れないエルレーンを身内に引き込むのは、あまりに危険性の高い賭けだと考えているようだ。
「う、うん…それはそうだけど…でも、あいつ…もしかしたら、恐竜帝国を逃げたがっているのかもしれない。
…もし、そうなら、…オイラたちの側にきっとついてくれると思う。…そうでなきゃ、どうしてあんなに自分からオイラたちに近づいてきたのか、わかんないよ」
弱々しい、自信が持てないでいる口調ながらもミチルに反論するムサシ。
いつだか、「地上は好き…マシーンランドは嫌い」といっていた彼女の言葉、そして昨日の様子から…エルレーンが恐竜帝国で不遇な状態にあるらしいということがわかる。
…エルレーンは、地上に…「人間」の世界に、逃げたがっているのかもしれない…
「…うむ…」
博士も短くうなずいた。…と、今まで押し黙って彼らの会話を聞いていたハヤトが落ち着いた声でこういった。
「確かに…試してみる価値はあるかもしれない。…あのお嬢さんを味方につけることができりゃ、ずいぶん助かるはずだ。…だが」
ハヤトはふうっとため息をつきながら続ける。
「…リョウはどうするんです?…あいつ、絶対こんなことを認めようとはしないでしょうよ」
「あっ…」
ようやくそのことを思い出したらしいムサシがはっとなる。
「…そうだったわ…そうね…」
「…」
博士も無言で彼の言葉を聞く。
そう、それこそが、今この場にリョウ自身を呼び出さなかった理由だった。
…確かに今までの経緯を見れば、あのリョウがこんな提案に耳を貸そうはずがない。
自分の女性型クローン・エルレーンに対して今まで彼が取ってきた態度は…嫌悪と怒り、強い憎悪で彩られてきた。
昨日にしてもそうだ。窓の外にいる相手に向かって見境なく突進し、叩きのめそうとした…
ハヤトとムサシがそれを止めたが、周りの状況すら見えないほどに怒りに我を忘れていたあの様。
「エルレーンを味方につける」などといっただけで、彼がどう反応するか…目に見えるようだった。
「…リョウ君にはわしから話してみよう。…確かに、彼には酷な事かもしれん…一度よく話し合って、どうするか決めよう。
…彼女を説得してみるか、どうかを…」
だが、そういう早乙女博士の顔にも憂いがあった。
自分の提案を聞いたリョウの反応…それが目に浮かぶだけあって、どう説得すればいいかを決めかねていた。

「な…何ですって?!」
博士の言葉を聞いたリョウが「信じられない」というような声をあげる…
そして、あっけにとられたような顔で、早乙女博士を見つめた。
彼から少し離れたところでハヤト、ムサシ、ミチルがその様子を見ている。
「…あくまで、まだこれは『提案』にすぎない…だから、深刻に受け止めないでくれ」
博士が慌てて付け加える。
だがリョウは、そんなことを言い出した博士を困惑と怒りが入り混じった視線で見ている。
「あの女を…味方につくよう、説得する…ですって…?!」
自分でもそういいながら、そのシ−ンが目に浮かんだのか…彼は嫌悪感であふれるような、苦々しい表情になった。
「リョウ…た、確かにお前に取っちゃ嫌かもしれないけどさあ…」
ムサシがおずおずとリョウの背中に言う。
「エルレーンが味方になれば…オイラたち、恐竜帝国の情報をもっと知ることができるぜ…!」
「…」リョウが無言でふりむいた。
…その瞳はやはり、そんなことを言い出した仲間を「信じられない」というような失望の色を浮かべている。
「…は、ハヤト…お前もなんか言えよッ」
その瞳に射られたムサシは思わずひいてしまい、そばに立つハヤトに小声で助けを求めた。
「…なあ、リョウさんよ。…決して悪い思いつきじゃあねえぜ。試してみる価値はある…そうは思わねえか?」
「…!」
それを聞いたリョウの眼がきっ、と鋭くなった。
「…思わない!俺は絶対に、反対だ!」
ハヤトとムサシを睨み付け、語気荒く猛反発するリョウ。
「り、リョウ〜…」
懸念していたとおり、態度を硬化させてしまったリョウを絶望的な目で見るムサシ。
それでも、何とか説得できないかと言葉を懸命に捜す…
「…お、オイラ…思うんだけど、あいつは…エルレーンは、他のトカゲ野郎とは違って、まだ話がわかる相手だと思う。
…それに、あいつ…ひょっとしたら、恐竜帝国に嫌気がさしてるのかも。…だから、俺たちに近寄ってくるんじゃないかって思うんだ…」
「…」
何も言わず、とつとつと話すムサシを見つめるリョウ。その瞳は真剣というよりも、むしろムサシを冷笑していた。
「だから、俺たちの側についてくれるかもしれない。そうすれば…」
「…バカか、お前は?」
ぴしゃっとそうリョウは言い放つ。もはやそんな愚論など聞きたくもない、とでも言うように。
「?!…ば、バカとは何だ!」
思わずその罵倒にムカッとしてしまうムサシ。
「『話がわかる相手』だって…?お前、今まであの女の何を見てそう思えたんだ?
あいつは研究所を攻撃し、ゲッターを破壊しようとしているんだぜ」
「で、でも!…だ、だけどよぅ…あいつは、俺たちを…殺さないじゃないか!」
「…『殺さない』?…どうだかな。…メカザウルスで研究所を攻撃してきたときのあいつの顔を見たか?!
…あの女、とんでもなく残酷な目をしていたぜ。あれがあの女の本性なんだ…ハ虫人みたいな目をした、あのメカザウルスに乗ったときのあの女が!」
リョウは彼女の名前を…「エルレーン」という名前を呼ぶことなく、「あの女」という指示語を繰り返す。
まるでその名を呼ぶことすら汚らわしいとでも言うように。
「…」
その舌鋒の鋭さに、とうとうムサシは黙り込んでしまった。が、ハヤトが後を継ぐ。
「…だが、逆に言えば…あれだけの技量を持ったパイロットがこっちについてくれれば、こっちだってかなり有利になるだろうよ」
「ハヤト?!…お前、ゲッターにあの女を乗せるつもりか?!」
「そこまで言ってねえよ。ただ、あのお嬢さんが味方になれば、心強いってことを俺は言いたいだけさ」
「…いいや、そんな必要はない!…あの女は俺たちの敵なんだ!」
「…か、かもしれないけど…」
と、再びムサシが言葉をつなぐ。
「味方になってくれたら…」
「…ムサシ!」
リョウの表情が、その時複雑な感情を…様々な感情が入り乱れた彼の内心を示すかのように、かすかにゆがんだ。
あの女を「味方」にしようと必死で自分に呼びかけるゲッターチームの仲間、ハヤトとムサシ。
自分が何よりも憎み嫌悪している、あの女を…!
(…!!)
俺の気も知らないで、という言葉がもう少しでのどから出るところだった。
だが、彼は無理やりそれを押さえつけ、そのかわりに押し殺したような声で低くつぶやいた。
「…きるってのかよ」
かすかに響いたその声はあまりに小さすぎたので、ハヤトたちには聞き取ることができなかった。
「…?…何だって、リョウ?」
「…お前ら、信用できるってのかよ」
その声は震えていた。仲間への怒りで。
「…?!…あ、ああ、エルレーンを…ってことか…?」
立ちつくし、自分たちをまっすぐにらみつけたままそういったリョウに、ムサシが気圧されながらも答える。
「そうだ…お前ら、あの女を…信用できるってのかよ?!」
激しい口調でハヤトとムサシを問い詰めるリョウ。
…その様子は明らかに尋常ではない。
昨日と…エルレーンを前にしたときにあの錯乱ぶりと一緒だ。早乙女博士は彼の後姿にそれを感じた。
「え…」
「…」
一瞬黙り込む二人。
「どうなんだよ?!…答えろッ!」
「…」
ハヤトは一瞬視線をさまよわせた。
自分はエルレーンを…恐竜帝国のパイロットを、信用できるのだろうか…?
だが、彼がその答えを口にするより早く、ムサシが答えを出した。
「……お、オイラは…信用できる、と思う」
「…!!」
かあっとリョウの顔が怒りで朱に染まる。だが、ムサシはひるまずに続けた。
「だ、だって、そうじゃねえか…あ、あいつは、エルレーンは…『人間』じゃねえか!…オイラたちと同じ…!」
ムサシの心の中には、様々な彼女の姿が浮かんでいる。
…笑う顔も、泣く顔も、それはすべて自分たちと同じ「人間」のものだった。
同じ「人間」どうしなら、わかりあえるはずだ。ムサシはそう信じたかった。
「……」
しばらくの間、リョウはムサシをにらみつけ、その場に立ち尽くしていた。
両こぶしは、つめが手のひらに喰い込むぐらい強く握られている…
ムサシ、ハヤト、そして博士は何も言わないまま…何も言えないまま、そんなリョウを見つめる。
すると、突然、リョウが軽く微笑した。だがそれは嘲笑の笑みだ。そしてムサシに向かって言い放つ。
「…おめでたい奴だな、お前…
あの女に柔道部のカンバンをとられてビービー泣いてた分際で、それでもあの女を『信用できる』だって…?!
おめでたいにもほどがあるぜ!」
「なッ…?!」
痛いところを突かれたムサシは真っ赤になって屈辱に耐える。
怒りがむらむらと湧いてきたが、言い返そうとする前にハヤトに制された。
リョウはすっと真顔になってふりかえり、博士に対してこう告げる。
「博士…俺はやっぱり、あの女を仲間にするなんて賛成できません。
絶対無理に決まってます。あの女を説得するなんて…」
「うむ…」
半ば予測していた回答だった。早乙女博士は、仕方ない、というような顔でうなずいた。
「あの女は必ず俺たちの邪魔をするはずです。…あんな奴、信用なんてできません」
その時、彼がちらりとムサシのほうを見たような気がしたが、ムサシはそれを見なかったことにした。
「…賭けてもいいですよ…あの女は」
リョウは言う。その声には静かだが重く、暗い情念がこもっている。
「絶対に…俺たちゲッターチームにとんでもない害を為すはずです…だから、俺は絶対に反対です。……それじゃ、失礼します」
そう一気に言い放ち、彼はすっと司令室を出て行こうとした。
と、その時リョウの背中にかけられた言葉。ハヤトの声。
「…『俺たち』じゃなくて、『お前に』だろう、リョウ…?」
「…どういう意味だッ?!」
「意味?…お前さんのほうがよくわかっているだろう…?」
ハヤトはリョウの怒号も意に介さないふりをし、軽く受け流した。
「…フン…」
リョウはしばらくハヤトをぎりぎりとねめつけていたが、やがて足音も荒く司令室を後にした。
「…ふう…」
途端に、重苦しかった空気がどっと弛緩する。博士は思わずため息をついた。
「…やはり、無理だったな」
「…ですね」
ハヤトが短く応じた。
「……」
ムサシはうつむいたまま、呆然と立ち尽くしている。
「…どうした、ムサシ?…さっき言われたことか?…そんなに気にするな」
彼の様子を見たハヤトが、彼にしては珍しく慰めのセリフを口にする。
「ハヤト…違うんだ。オイラは…おかしいんだろうか?」
すると、ムサシは顔を上げる。そしてこう続けた。
「あいつは敵なのに…確かに、リョウの言うように、恐竜帝国の敵なのに…
…エルレーンは、『人間』だから信用できる、って思うのは…おかしいんだろうか…?」
「…!」
ハヤトがはっと虚をつかれたような表情をする。
…が、次の瞬間、彼は悩むムサシの肩を軽くたたき、こういってやった。
「…おかしくねえさ。…だから、俺たちはあのお嬢さんにいいように翻弄されちまうんだろうよ。…な、ムサシ?」
「…ハヤト…」
そのセリフに、ムサシは困惑した顔のままながらも弱々しく笑った。

「…っくしゅん!」
一方、その頃の恐竜帝国マシーンランド。
キャプテン・ルーガの自室で本を読んでいたエルレーンは、突然くしゃみをした。
その声に思わず机に向かっていたキャプテン・ルーガが半身ふりかえる。
「…おいおい、どうした?…身体の調子でも悪いのか?」
どこか心配げな、それでいてあたたかな優しさのこもった口調で、キャプテン・ルーガが問いかけた。
「…んー、なんでも、ないの」
エルレーンは鼻をこすりながら、にこっと微笑ってみせた。
…そして、再びひざの上に置かれた本に目を落とす。
キャプテン・ルーガは彼女のその様子を見て、安心したような顔をする…そして、また彼女も自分の書き物の作業に戻っていった。
静かな夜のひと時を共に過ごす二人。そこには、穏やかで安らいだ空間が広がっている…


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