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◆ Mensch oder Scheusal, wer ist jeweils wer...?
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「…ルーガ!」
ばたん、とドアを開けるが、そこにもキャプテン・ルーガの姿はない。
エルレーンは思い当たるところを片っ端から捜し歩いているのだが、キャプテン・ルーガはどこかにいっているらしく、何処にも見当たらない。
訓練所にも、自室にも…
「……」
エルレーンの表情が曇る。不快な鼓動の高鳴りを感じる。また、あの感覚がよみがえってくる…
キャプテン・ルーガといない時、痛烈に感じる、あの嫌な感覚が。
…廊下を通りすがるハ虫人たちが、皆自分に冷たい一瞥をくれていく。
誰も自分には話し掛けない。ただ、凍てついたまなざしで自分をじろじろとみるだけ。
(『人間』が…)
(…『バケモノ』め…)
その視線は、何も言わずとも彼らの彼女に対する不快感をあらわにする。
…だが、それが一体何故なのか、何故彼らが彼女を冷たく扱うのか、それはまだ生まれてまもない彼女には思い至らない事であった。
(…怖い…)
ぞくっ、と背筋を不快な恐怖が駆け上がっていくのがわかった。
…ハ虫人たちの、自分をみる目。その目が、たまらなく怖かった。
それは、自分が生まれてからずっとそうだった…
自分を作ったガレリイ長官。
自分を露骨に避けようとするキャプテンたち。
自分に近寄りすらしない、恐竜兵士たち。
みんなあの、冷たい目で自分を睨みつけている…
「……!」
早く、早くルーガを探さなきゃ。早く、ルーガのところに…!
彼女は思わず駆け出していた。早くその場から離れて、大好きな友達…彼女だけが、自分をあんな冷たい目で見ない…のもとに行かねば、という思いに駆られて。
いつのまにかその足は基地エリアを離れ、居住エリアへと向かっていた。

居住エリアに入りかけたエルレーン。…彼女の目に、捜し求めていた女(ひと)の姿が映った。
…ルーガ!
うれしさのあまり駆け寄ろうとしたエルレーン。だが、思わずその足が止まった。
彼女のそばに、一人のハ虫人の少女がいる。笑いながらキャプテン・ルーガと親しげに話している。
キャプテン・ルーガも微笑っている。その少女に対して見せているその表情は、とてもやわらかい。
…それは、自分に優しくしてくれる時、キャプテン・ルーガが見せるものと同じものだった。
(…あれ…?…なんだか…)
一瞬、奇妙な感じがした。…自分以外の子と、あんなに楽しそうにしゃべってるルーガを、はじめて見た。
(なんだろう…なんで、なんか…いやな、カンジ…)
エルレーンは胸にわきおこる感覚に自分でも理解ができない。
だが、その不愉快な感覚だけはわかる。そんな自分自身の感情に戸惑ったまま、彼女はルーガと少女を見つめていた。
…と、ハ虫人の少女がその視線を彼女のほうに向けた…瞬時、彼女の顔に驚愕と恐怖の色がさあっと浮かぶ。
「?!」
「…る、ルーガ姉様!あ、あれ…『人間』よ!『バケモノ』よ!」
少女はキャプテン・ルーガにしっかりとしがみつき、そう叫んだ。
…彼女の言葉がエルレーンの耳に反響する。『人間』…『バケモノ』という言葉が、否応なくリフレインする。
「?!…エルレーン!」
エルレーンの存在に気づいたキャプテン・ルーガ。
…自分を追ってきたのか、いつのまにかそこにいたエルレーン。
…ショックのあまり、立ちつくしている。
「…違う、リーア。あの子は、エルレーン…私の部下だ」
妹のリーアに慌てて説明するキャプテン・ルーガ。
だが、リーアは彼女たちハ虫人たちにとっての「バケモノ」である「人間」エルレーンを目の前にして、まったく怯えきっている。
キャプテン・ルーガにしっかりしがみついたまま、エルレーンをこわごわと見ている。
「……」
エルレーンは、彼女の目を見つめた。
そこには、自分に対する恐怖と、嫌悪があった…「バケモノ」を見る目で、彼女は自分を見ている。
(…わたし、は、…「人間」…「バケモノ」…なんだ…!)
その時、今までハ虫人たちが自分に向けていた冷たい視線の理由が、はじめてはっきりとエルレーンの中で形を為した。
「…!!」
エルレーンの瞳から、涙があふれだす。後から後から、こぼれおちていく。両手で顔を覆ったまま、しゃくりあげる…
「え、エルレーン!」
彼女の元に駆け寄ろうとしたキャプテン・ルーガの腕をリーアがつかんで言う。
「ダメよ姉様!あいつら『人間』にだまされちゃダメ!
…あいつらはね、ああやって相手の同情を買って、そしてそのくせ気に喰わないと殺すの!
…仲間である『人間』どうしだって殺すみたいな、同族殺しの『バケモノ』なんだからっ!」
「…リーア、あの子は違う。あの子はそんな子じゃない」
「姉様!」
必死に妹を諭そうとするキャプテン・ルーガ。だが、彼女は頑として聞き入れない。
姉がこの恐ろしい『バケモノ』に近づこうとするのを、必死で止めようとする。
全身の力で、ぎゅうっとその腕をつかんで放さない。
「リーア、本当だ。エルレーンは…勇敢な戦士、私たちの仲間だ」
恐怖に固まり自分の手を離さない妹と、妹の放った言葉にショックを受け泣き続けるエルレーンの間に挟まり、狼狽するキャプテン・ルーガ。
ともかく妹を落ち着かせ、そっと引き離した。
「姉様…なんで、そんな『バケモノ』の味方するの…」
「『バケモノ』じゃないよ、リーア…」
心配げに姉を見つめるリーアに、微笑して答えるキャプテン・ルーガ。
「…それでは、私はそろそろ行かねば。エルレーンが迎えに来たようだしな」
「…姉様」
「…父上と母上にもよろしくいっておいてくれ、リーア」
「わかったわ…」
「ああ。それではな」
リーアににっこりと笑いかけ、キャプテン・ルーガはきびすを返し、エルレーンのほうに向かう。
「…ほら、どうした…いつまで泣いている?行くぞ」
「……」
ようやく自分のそばにきてくれたキャプテン・ルーガに安心したのか、やっとエルレーンは泣き止んだ。
だが、まだその表情は暗く、悲しげなままだ。
キャプテンルーガは彼女を促し、基地エリアのほうに歩いていく。その後ろ姿を、リーアはじっと見ていた。
…いや、彼女はあの「バケモノ」を見ていた。あの汚わらしい「人間」の女を…
冷たいハ虫人の目で。自分たちの「敵」を見る目で。

基地エリアに向かう道中もエルレーンはずっと黙り込んだままだった。
下を向いたまま、重い足を引きずってキャプテン・ルーガについていく。
「…エルレーン。私の、妹が…すまないことをしたな」
そんな彼女を見かね、とうとうキャプテン・ルーガは自分から声をかけた。
「……イモウト」
「…ああ。私の妹、リーアだ。…少し時間が出来たので会いに行っていたのだ。…お前に伝えていなかったな。すまなかった」
「…」
だが、その言葉も彼女の耳には届いていないかのようだ。
何かを深く考え込んでいるような、重い表情。
…その歩みが、ふと、止まった。
「…?どうした?」
「わたしは…私、は、『バケモノ』なの…?」
「?!」
その言葉にどきりとするキャプテン・ルーガ。
思わず立ち止まり、エルレーンに目を向ける…泣き止んだ彼女の顔。涙の後が頬に残っている。
…だが、その表情は最早何の感情もうつしていなかった。
からっぽの顔。初めて出会ったとき見せていた、あの空虚さ。
「あの子…ううん、あの子だけじゃ、ない…みんな、私を、あの目で、見る…!…
…冷たい目で、『バケモノ』を見るような目で、私を見るの…!!」
しかしその口調は段々と激しさを増していく。よどんだ思い、感情を吐き出すかのように。
「…エルレーン!」
「に、『人間』だから!私が、『人間』だから…!!
だから、みんな、私に優しくしてくれない、私を…私を、まるで…じ、自分たちの敵みたいに…!」
「そんなことはない!私たちは…」
だがキャプテンルーガはそれ以上慰めのセリフなど言えなくなってしまった。
…この子を『兵器』としてしか扱わないガレリイ長官、
『人間』であるエルレーンを恐れ近寄ろうとすらせず、ただ冷たい視線を投げつけるだけの兵士たち、
そして妹の言葉…自分達ハ虫人が、この子にやっている事は、何だ…?!
この子の言うとおり、エルレーンを『仲間』ではなく、『バケモノ』としてしか見ていないのはないか…!
「ルーガ…!」
感極まったのか、突然キャプテン・ルーガに抱きつき、その胸にぎゅうっと顔を押し当てるエルレーン。
まるで溺れかけた者が藁にでもすがるかのように、必死で。
「エルレーン…」
「…お、お願い、ルーガ…わ、私を一人にしないで。…私、私に…優しくしてくれるの、ルーガしかいないの!
お願い!一人でいるのは嫌ッ!…怖いようッ!…お願い、だから…私を、一人にしないでぇッ!!」
その必死の叫び。最後は最早絶叫に近かった。
よりどころを求めようとする孤独な少女の魂の、心からの渇望…
それがキャプテン・ルーガの心に強く響き渡る。
…だから、彼女はエルレーンを強く強く抱きしめた。
エメラルドグリーンの腕で、少女をしっかりその中に守りこむように。
「…ああ…!!いてやるとも、私が…お前のそばにいてやる。…だから、恐れるな!」
この子を、護る。最後が来る日まで。キャプテン・ルーガの胸に、その決意がはっきりと生まれた。
この小さな少女がその短い人生をまっとうできるように、彼女が天に召される日まで…
「…ルーガ…!」
透明な瞳にみるみる涙が浮かびだす。そしてまた、頬をつたい落ちていく…
キャプテン・ルーガの胸の中で、エルレーンはすすり泣く。
「エルレーン…我々ハ虫人を、許してやって欲しい…
みんな、怖いだけなのだ、『人間』が…決して、お前が悪いわけじゃない」
「……」
「お前も…地上にいれば、『人間』たちの仲間であるはずなのにな…」
「…!」
その言葉が、エルレーンの胸のどこかにかつんとひっかかった。




『お前も…地上にいれば、『人間』たちの仲間であるはずなのにな…』




地上にいれば…私は、『人間』たちの…『仲間』…
地上にいれば…私は、もしかしたら、……一人じゃ、ない…?
ぼんやりとそんな思いがエルレーンの胸に馳せる。すると、またあの思いが暗雲のように湧きあがる。
…『人間』。ハ虫人たちにとっての、『バケモノ』…
私は、『バケモノ』…。
兵士達やルーガの妹の、あの冷たい目がまたよみがえる。
一瞬、わきおこる悲しみに流されそうになったが、エルレーンはそれを何とか押しとどめた。
…私には、ルーガがいてくれる。
私は、一人じゃない…
その事実が、そしてそう誓ってくれたキャプテン・ルーガの存在自体が、彼女の心を護っている。…もう、恐れる事はないのだ。
エルレーンは、すうっと顔を上げてキャプテン・ルーガに微笑った。キャプテン・ルーガも、ふっと微笑い返した。
「屈強な女戦士」という前評判からはとても想像もできないような、優しい…そして、慈愛あふれる笑みだった。
まるで、母親のように…


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