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◆ 困惑と、ちょっとの嫉妬
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(…ああもうっ、ずいぶん遅くなっちゃったわ!)
夕暮れの山道を、自宅に向かって慌てて走っていく少女がいる。
早乙女ミチル、早乙女研究所所長・早乙女博士の娘だ。
手首に巻いた腕時計にちらりと目を走らせる…針は、6時をもうすぐで指すところだった。
今日は彼女が食事当番なのだ。そろそろ家に着いていなければ、夕餉の時間が遅れてしまう。
そのため、彼女は急いで家に向かっているのだ。
ようやく、道の向こうに我が家が見えてきた。赤い屋根、白い壁の一軒家。早乙女家だ。
「?!」
彼女の足が思わず止まった。…その早乙女家のそば、近くに立つ大木に…誰かが、いる。
…その太い枝に腰掛けて、遠い空を見つめている者。…沈み行く夕日が、その顔を赤く染めている…
(…え、「エルレーン」…?!…ど、どうして、私の家に?!)
動揺と混乱で鼓動が高鳴る。
恐竜帝国のパイロットが、自分の家に近づいているのだ…一瞬どうすべきか迷ったが、彼女は意を決し、護身用の銃を取り出した。
…そして、夕日を見つめるエルレーンに銃口を向ける…!
「…あれ、ミチル、さん…?」
唐突に自分の名を呼ばれ、びくっと震えるミチル。
いつのまにかエルレーンが自分のほうを見つめていた。…不意打ちする事はもうできないだろう。
…以前銃を向けたときも、いともたやすくナイフでそれを阻止された。
自分の技量では…この女には、勝てない。
悔しいが、それがわからずにそのまま向かっていくほど、ミチルは無鉄砲ではなかった。
「どういうつもり?!…あなた、私の家に何か用でもあるって言うのッ?!」
内心半分怯えながらも、強気な姿勢を崩さずミチルはエルレーンに怒鳴りつける。
…が、かえってきた答えに、ミチルはむしろあっけにとられてしまった。
「…家?…ああ、そうなの…これ、ミチルさんの…家、なのね」
「え、ええっ?!」
この人は、自分の家を襲うつもりでここにきたのではないのか?!
…だが、今の反応は嘘ではないようだ。なおさらわけがわからなくなるミチル。
「じゃ、じゃあ、なんでここに…」
「…んー、お散歩してたら、いつのまにか、ここにいた、の。…ここからは…夕日、が、…とても、きれいに…見えるの、ね…」
そう言いながら、うっとりと夕日に目をやるエルレーン。優しげなその表情からは、まったく敵意が感じられない。
険しい表情を崩さないのは、むしろミチルのほうだ。
「…嘘!そんなの嘘に決まってるわ!…あなた、何を考えているの?!…あなたはいつもそう…
リョウ君たちに近づいたり、研究所や学校の周りをうろついたり…あなた、恐竜帝国のスパイなんでしょう?!一体何を探ってるの!」
しかしそうはいいながらも、ミチルは彼女の行為が明らかに「スパイ行為」からは遥かに逸脱している事は知っていた。
だがそうとでも考えなければ、説明がつかない。
「…」ちょっと首をかしげ、困ったような顔をしてミチルに微笑するエルレーン。
…同じゲッターチームの仲間、リョウとまったく同じ顔ではあるが…彼女の微笑みは、可愛らしい、実に女の子らしいものだった。
…それが、ミチルの癇に障る。
「答えなさいよッ!」
なおも問い詰めるミチル。そんな彼女をしばし見つめ、仕方ない、といった感じでエルレーンはため息をつく。
…と、次の瞬間、彼女はふわりと跳躍した。
「!」
そして軽やかに地面に着地する。ミチルのすぐそばに立つ、エルレーン。
一瞬ミチルは身を強張らせたが、それでも気丈な彼女は果敢に立ち向かおうとする。
「…私、別に…そんなつもりじゃ、ない、わ…ミチルさん」
そういって、もう一度にっこりとミチルに微笑みかける…無邪気な笑み。
ミチルは思わず、目の前に立つエルレーンの全身をしげしげと眺めてしまった。頭のてっぺんからつま先まで…
少しくせっ毛の髪、リョウと同じショートカットのヘアスタイル。透明な瞳を長いまつげが飾り、すっと通った鼻筋に、少し小さめの唇。
白い首筋にはマフラーが巻かれ、彼女の小ぶりな胸を黒いビスチェが覆い隠す。きゅっとしまったウエストはなまめかしく露出され、見る者を魅了する。
…ショートパンツからはすらりと伸びた足。手先と足には、それぞれ黒いガントレットとショートブーツ…彼女の肌を覆い隠すものは、それだけだ。
そこ以外からはなめらかな柔肌、しなやかな肢体が除いている…危うげなほど、無防備に。
同じ女の自分から見てもそうなのだ。…男から見れば、どれほど魅惑的だろう?
…この男心をひきつけずにはおれない格好で、ムサシたちが篭絡されたのかと思うと…何故か、むかむかと怒りが湧いてきた。
だから、彼女の不審な行動を問いただす言葉より先に、思わずその言葉が先に出てきてしまった。
「…だ、大体、何よその格好!…いやらしい!」
「…いやら、しい…?」
その言葉の意味がわからないらしいエルレーン。きょとんとして、ミチルを見つめる。その反応にイライラがさらに募ってしまう。
「もう!…そんな格好して恥ずかしくないの?!…そんなんでムサシ君たちをどうこうしようたって、無駄なんだから!!」
興奮で顔が真っ赤だ。美しく整った顔が怒りに燃えている。
「え、ええ…?!」
急に自分に対して怒り出したミチルに、ただおろおろするしかないエルレーン…
と、その見事にくびれたウエストが…ミチルの目に入った。
…自分より、当然のように細く、すんなりしたウエスト。
「…何さ、ちょっとウエストが細いからって!」
「……??」
エルレーンは怒鳴るミチルに怯え、その理由もわからず困り果てているようだ。
ミチルもそんなことはわかっていたが、既に自分でも理由のわからないこのイライラは止まらない。
「…フン!…でも、胸は私のほうがあるんだから!」
確かに、バストは自分のほうが遥かに豊かなボリュームを保っていた。自信を持って言い放つミチル。
「……?!」
またよくわからないことを言い出す、といった目でエルレーンがミチルを見る。
その視線を受け、ミチルが…学園のマドンナが、対抗心剥き出しの目できっと睨み返した。
…思わずその勢いと迫力に、あとずさるエルレーン。
「……」
「……」
唐突に、無言になる二人。
ミチルも、一時の興奮がちょっと冷めたようだ。
自分が今言ったセリフの内容に、自分でも…驚き、少し恥じ入った。
…が、謝る気はさらさらない。
「…ん、んーと…」
ようやく、といった感じで、おずおずとエルレーンがつぶやく。
「よくわからないけど…わたしの、この服が…変、なのね…?」
「…そ・う・よ!…フンだ、ムサシ君やハヤト君はそんな派手なだけの格好にデレデレしてるみたいだけどっ!」
「…うーん」
眉をひそめ、しばし考え込む。
ミチルがそう言う理由が、今もってわからないようだ…実は、彼女の嫉妬心…ゲッターチームの男どもを魅了するエルレーンに対する、
女性としての…が言わせたセリフなのだが。
「…でも、これ…バトルスーツなんだけど、な。…闘う時に、邪魔にならないように、って…」
そう言いながら少し身をひねって見せるエルレーン。
…彼女のスレンダーな身体が強調されるそのバトルスーツは、確かに動きやすそうではあった。
…だが、ミチルの目には男を惑わすセクシークイーンのドレスにしか、見えない。
「…まったく、…そんな、恥ずかしくないの?!…もっと普通の服、着なさいよ!」
もはや相手が人類の敵、恐竜帝国の人間であるという事以前に、「女」として対決しているミチル。
びしっとエルレーンを指差し、言い放った。
「…あ、う、うん、…まあ…や、やってみる…わ…」
その勢いにおされ、もはや言うなりにうなずいてしまうエルレーン。
完全にあっけにとられてしまっている。
「フン!わかればいいのよッ!」
そんなしおらしい態度をとるエルレーンに満足した様子のミチル。
胸を張って…エルレーンに対抗するように…そう答えた。
と、ミチルから離れ、彼女が先ほど座っていた木の元に走るエルレーン。…そこには、高速ホバーバイク。
彼女はひらりとそれに飛び乗り、エンジンをかけた。…山中に響くエンジン音。ひゅん、と風を切る音をたて、ホバーバイクが空に浮く。
ミチルが驚きの目でそれを見つめているうちに、その姿は天空高く…ミチルの上空にまで舞い上がった。
そのバイクの巻き起こす風がミチルの髪をばさばさとひるがえしていく。
「…んー、でもね、…無理、かもしれない」
エルレーンが自分を見上げるミチルを見下ろしていう。
「…無理?」
エンジン音に負けないくらい大きな声で聞きかえした。
「…私…『兵器』だから。…服とか、新しく作ってもらえるかなあ…?」
「!!」
その言葉に、ミチルの胸が、震えた。
その衝撃的な言葉を言った本人は…全く事実を述べただけ、といった風情であったが…いや、まったくそのことに何のひっかかりも感じていないようであった。
(『兵器』…!…この人は、恐竜帝国に…『兵器』として、扱われているの…?!…『人間』なのに?!)
ミチルの胸に、言いようのない感情があふれていく。だが、それを言葉にする前に…エルレーンが彼女に手を振るのが見えた。
「え、エルレーンさん…?!」
「一度、頼んでみる、ね。…でも、そんなにこの服、変かなあ…?私は、気に入ってるんだけど、な☆」
そういって、また可愛らしい無邪気な笑みをミチルに投げた…そして、バイクのアクセルを全開にする。
「…じゃあね、ミチルさん!」
「ちょ、ちょっと…!」
ミチルの呼びかけも聞こえないかのように、エルレーンの高速ホバーバイクは夕焼け空を切り裂いて遠くへ、遠くへと飛んでいった…
そしてその姿は点になり、やがてまったく見えなくなった。
「……」
あとには、つむじ風。…それが止むと、夕日に染まる早乙女家前に、静寂が訪れる。
「…あっ、お姉ちゃん!…あんまり遅いから、迎えにいこうと思ってたんだよ!…ねえねえ、今日はご飯何にすんの?」
元気がガチャリと玄関をあけ、そこから飛び出してきた。ミチルの姿を認めた彼は、一目散にそちらに駆けて行く。
だが、ミチルは…夕焼け空を見つめたままだ。エルレーンが飛び去った夕焼けを、夕日を…見つめている。
(エルレーンさん…自分を、『兵器』だって言った…)
かすかな困惑だった。
敵であるあの女の人が、どうであろうと…恐竜帝国でどうであろうと、本来なら関係がないはずだ。
だが、今ミチルの胸のなかには、彼女のセリフ…それはきっと、事実なのだろう…が生んだ戸惑いが巻き起こっていた。
星を見つめていた、エルレーン。
「…」
それは同情なのか、とも思った。しかし、今胸に湧き上がっているこの困惑は、それだけが理由じゃないようにも思えた…
「お、お姉ちゃん…?」
自分の言葉に返事もせず、遠い空を見つめているミチルに、元気がおずおずと声をかける。
しかし、思いにふけるミチルの心に、その言葉はなかなか届かなかった…


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