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◆ リョウの「妹」、エルレーン(2)
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「…ふうん、水…が、流れてる…」
それは「噴水」だった。
エルレーンはその噴水のふちに腰掛け、ぱしゃぱしゃと手のひらで流れつづける水をもてあそんでいる。太陽に熱せられた水は、生ぬるい…
今ごろ、キャプテン・ルーガが必死で自分を探していることなどにまったく思いはいたらないようだ。
モーターの力で循環しつづけ、いつまでも止まらない水の流れ、三角錐の頂点から噴出す水を面白そうに見つめている。
…と、その時だった。
(…?)
誰かがこちらをじっと見ている。そんな、視線を肌で感じた…
ばっ、とその視線の主を見やるエルレーン。
噴水から少し離れた場所でたちつくし、彼女をじっと見つめていたのは…若い女性だった。
両手を口に当て、心底驚いた様子でエルレーンをまじまじと見つめている。
「…流…竜馬、君…?」
エルレーンがこっちを見たことに気づき、彼女はおずおずと声をかけた…だが、その名は彼女のものではない。
彼女のオリジナルの名前…「流竜馬」だ。
エルレーンはその女性の顔をじっと見つめた。
…その顔に似た顔を、彼女は知っていた。そして、彼女のことも資料で見たことがあった…
「…ち、違うわよね、ごめんなさい…あの、あまりに…その、知り合いの男の子に似ていたものだから…で、でも、あなたは…女の子だもんね、ごめんなさい」
彼女は慌てて謝る…しかし、そうはいいながらも視線はエルレーンの顔からそらさない。
…他人の空似とは思えないほど、その顔は…「流竜馬」に似ていた。いや、というより…彼の顔そのものだ。
「…じん、あすか、さん…」
その時だった。ぽつり、とエルレーンがその女性の名前を呼んだ。
…恐竜帝国が調べたゲッターチームの資料の中に、彼女…「神明日香」の名と写真があったのだ。
…そう、彼女は早乙女研究所ゲッターチームの神隼人の姉なのだ。
「!…どうして、私のこと…?!…や、やっぱり、あなた、リョウ君の…」
相手が自分の名を呼んだことで確信が持てたのか、ぱっと笑顔になって近づいてくる明日香。
…近くから見るその少女の顔は、やはりまちがいなく弟の親友、流竜馬のものであった…
聞いてはいなかったが、彼女はおそらく彼の姉妹…双子の姉妹なのだろう、と明日香は推測した。
「ねえ、あなた…リョウ君の…妹さん?双子なの、あなたたち?」
「ん…まあ、そんな感じ…」
あいまいな答えを返すエルレーン。
優しそうな微笑を浮かべたハヤトの姉がその答えにうれしそうにうなずく。
「そうなの…!知らなかったわ、あなたたちが双子だったなんて…!
最初見たとき、あんまりに似てたからきっとそうじゃないかって思ったの…!…弟がいつも、お兄さんにはお世話になっているわね」
「お兄さん…?」
軽く首をかしげるしぐさをするエルレーン。
一瞬の空白の後、はっと気づいたような表情になる。
「ああ…リョウのことを、いっているの、ね…」
「え、ええ…」
変わった反応を示すエルレーンに少し戸惑いを見せる明日香。…どうやら彼女は、兄とはだいぶ性格が違うようだ。
いつも礼儀正しく冷静な青年である竜馬に対して、同じ顔をした彼女は…むしろ、おっとりとした女の子に思える。
…そのしゃべり方はまるで小さい子供のように幼いものだった。
「…私、神明日香…私のこと、知ってるのよね?」
「うん」
「あなたは?あなたは、何ていうの?」
「…エルレーン」
少女は微笑を浮かべ、そう答えた。
(…「エルレーン」?…変わった、名前ね…)
まるで外国人のような名前だ、と明日香は思った。…と、ふとエルレーンの着ているものが改めて目に入る。
黒いショートパンツにビスチェ、ショートブーツ…今の日本では明らかに過激で、変わった格好だ。
そのこととこの名前から考えると、彼女は海外生活をしていたのかもしれないと明日香は自分の中で結論付けた。
「…ねえ、こんなところで何してるの?リョウ君に会いに行くところだったの?」
「ん…違うの」
ゆっくり首をふるエルレーン。
そうして、明日香を長いまつげに縁取られた、透明な瞳でじっと見つめる…まるで子猫のような、人を惹きつけずにはおれないひたむきな瞳。
(…ふふ、あのきりっとしたリョウ君の妹だなんて信じられない…なんだか、とっても可愛い子ね…)
明日香はすっかり、この不思議なたたずまいを見せるリョウの「妹」が気に入ってしまった。
…と、ぱっと気づいて、腕時計に目を走らせる…まだ十分、時間はありそうだ。
「ねえ、それじゃ…せっかく偶然会った事だし、…一緒に、ケーキでも食べにいかない?」
「…?」
そういわれたエルレーンはきょとんとした顔になった。大きな目をぱちぱちさせて、明日香を見あげる。
「『けーき』…って、なあに…?」
彼女は明日香にそう問い掛けた。子供が親に聞くような口調で。
「?…あ、ああ、そっか、知らない?…うふふ、じゃあちょうどいいわね…おごるわよ、だから行きましょ?」
そういいながら、噴水に腰掛けて座るエルレーンの右手を取った…彼女は一瞬驚いたようだったが、笑顔の明日香を見てにっこり微笑した。
「うん…!」
ぱっと立ち上がり、微笑みかける少女。明日香も無邪気に喜ぶ彼女の様子に目を細めるのだった。

「…?」
喫茶店のテーブルについたエルレーン。周りにあるものを興味深げに見回している。
…周りのテーブルにいる客も、変わった衣装を身に着けたその美少女に視線を走らせ、何事かをうわさしているのが明日香の目に入った。
「ねえ、どうする?…あ、そっか、ケーキ知らないんだっけ…じゃあ、私とおんなじのでいい?」
いつのまにか、エルレーンに対する口調がまるで幼稚園児に話し掛けるようなものになってしまう。
しかし、それが不自然には思えないほど、目の前に座っている少女はかわいらしい女の子のようだった。
「…☆
」にっこり笑ってうなずくエルレーン。それを受けて、明日香は店員にチョコレートケーキを二つオーダーした。
「…ねえ、エルレーンさんは…何処で暮らしてたの?」
注文の様子を真顔で見ていたエルレーンに、明日香が声をかける。
「…何処?…ん…と…」
エルレーンはいったん口ごもる。
眉根をひそめて少々考えるようなそぶりを見せる…そして、つたない口調でこう答えた。
「…ここじゃ、ないところ…日本、じゃ、ないところ…だよ」
「日本じゃない…?じゃあ、やっぱり外国に住んでたんだ?」
「うん、そう…」
「ふうん、それじゃあ、今日は久しぶりに日本に来たんだ…ねえ、今日はリョウ君に会いに行かないの?」
「りょ、リョウに…?」
一瞬困った表情になるエルレーン。
「…うん、そう。…私ね、これからフランスに留学するの。…それで、その前に…隼人に会いに行こうと思って。
今日これから早乙女研究所に行くの。…よかったら、一緒に来ない?」
にこにこと優しげな笑みを浮かべた明日香がそうもちかける。
…が、エルレーンにそんなことができるはずもない。…この間のリョウの剣幕が、目に浮かんだ。
「…ダメ。いけない…行っちゃ、いけない…」
哀しげな顔をしてそうぽつりとつぶやくのみだ。
「どうして?…リョウ君だって、きっとエルレーンさんに会いたがってると思うな」
彼女やリョウ、恐竜帝国のことなど何も知らない明日香が素直にそう口にする。
…もし、エルレーンが本当にリョウの「妹」なら、きっとそうだろう。そう信じ込んでいる明日香には、それは当然のセリフだった。
「…」
エルレーンは、無言のまま。…ふっとその顔に哀しげな微笑が浮かぶ。
神明日香は、自分をリョウの「妹」だと信じきっている。…だから、こうして自分に優しくしてくれる…今も。
…でも、私は、リョウの「妹」じゃない…
私は恐竜帝国の「兵器」、リョウの、ゲッターチームの、「人間」の…「敵」。
(…そのことを知ったら、きっと…明日香さんも、私を、「バケモノ」っていうんだろう…な)
そんな考えが浮かんだ。そう、早乙女研究所のあの子供のように。
(…やだな…このまま、やさしく…してほしいな…この人、やさしい…「人間」の、リョウの「妹」になら…やさしくして、くれるみたい…だし)
キャプテン・ルーガ以外で、こんなに自分にやさしくしてくれるものは他にはいない。
だから、エルレーンはしばらく明日香の誤解を…自分がリョウの「妹」と思われていることを…このままにしておくことにした。
…それが「敵」である「人間」でも。
「…ん、と…」
「お待たせしました」
ちょうどエルレーンが重い口を開いたその時、店員がケーキののった皿を持ってテーブルにあらわれた。
かちゃかちゃと音をたて、それを二人の前に置き、一礼してまた去っていく。
「あ、来たわね。…それじゃ、食べましょう?」
エルレーンの葛藤にまったく気づかなかった明日香は、フォークを手にしてそう笑いかけた…
「…?」
だが、エルレーンは目の前に置かれた、茶色くて四角い、そして同じ色の粉がかかっている「それ」をじっと見つめたまま、動かない。
どうしていいか、わからないようだ。
「……うん、おいしいわよ?」
明日香が自分のケーキにフォークを入れ、ひとすくいとって口に入れた…
その明日香のやったとおりにフォークを握り、おずおずとエルレーンもそれに習う。
銀色のフォークで茶色いそれを少し断ち割り、真中を刺して口に入れる…
「…!!」
信じられないくらい、それは甘かった。今まで食べたどの果物よりも甘く、そしてやわらかくてなめらかだ。
ふわふわの部分と、その間に挟まっているなめらかな部分が一緒になって、噛むたびにうれしい快感がこみ上げてくる。
その「ケーキ」というものは、とんでもなく美味しかった…
「…☆」
ぱあっとエルレーンの顔中に喜びが満ちあふれる。それを見た明日香の顔にも…
「うふふ、…おいしい?」
「…うん!…すっごくすっごく、おいしいの…!」
夢中でケーキをほおばるエルレーン。慌てて食べるものだから、唇のはしにクリームがついている。
明日香はそれをそっと紙ナプキンでぬぐってやった。
一瞬エルレーンは目をぱちくりさせたが、やがて幸せそうに目を細め、明日香に笑いかけた…
「よかったわ、気に入ってもらえて…」
自分もケーキを食べながら、明日香が心底うれしそうに言った。
無邪気にケーキに喜ぶエルレーン。本当に子供のような素直なリアクションを見せる。
エルレーンが本当に美味しそうにケーキを食べているのを見ると、自分までなんだかうれしくなった。
…と、その時だった。
さっ、と二人のテーブルに影がさした。同時に、どんどん、という音が、通りに面したガラス窓に響く…
「…?」
「…!」
二人が目をやったそこには、驚くほど大きなブロンドの女性が立っていた…
走ってきたのだろうか、肩で大きく息をしている。ガラス越しにエルレーンを「やっと見つけた」というような目で見ている…
「…る、ルーガ!」
エルレーンがその友の名を呼ぶ。
「し、知り合い?…エルレーンさんの」
明日香も一瞬その女性の体躯の大きさにあっけにとられていたが、
どうやら彼女もその女性がエルレーンの知り合いらしいということがわかったようだ。
慌てて席を立ち、彼女のもとに走り出すエルレーン…明日香も急いでその後を追おうとする。
「ルーガ!」
「え、エルレーン…お前、急に…さ、探したぞ」
キャプテン・ルーガの息は荒い。
通りを方々走って彼女を捜し歩いたのだ、真夏の太陽に照らされた彼女の身体は…
変温動物であるハ虫人の彼女の身体は、焼けつくような不快な熱で一気に体温が上がっていた。
さすがに屈強な彼女もこの地上の太陽熱には負けてしまう。
「ご、ごめんなさいなの…」
友人のその様子に、申し訳なさそうにそうつぶやくエルレーン。
「…まったく、私から…離れるなと…言ったのに」
ゆっくりと息を整えながら、それでもエルレーンを見つけた安堵を顔に浮かべ、キャプテン・ルーガはそういった。
「…あ、あの…」
会計を急いで済ませ、店からようやく出てきた明日香が、おずおずとキャプテン・ルーガに声をかけた。
「…?!」
その声にふりむいたキャプテン・ルーガの顔がこわばる。
…そこに立っているのは、ゲッターチーム神隼人の姉、神明日香ではないか…?!
「ご、ごめんなさい…私が、エルレーンさんを連れ出しちゃったから…」
自分がエルレーンをかってに連れてきてしまったために、この女性が今まで彼女を探しつづけていたのだということに気づき、恐縮してしまっている。
「…あ、ああ…」
その言葉を、あっけにとられたような表情で聞くキャプテン・ルーガ。
「…る、ルーガ…」
エルレーンがそのキャプテン・ルーガの袖をひき、一生懸命に言う。
「…明日香さんは、悪くないの、っ。…私に、やさしくしてくれてっ、…で、…私に、『ケーキ』を食べさせてくれたの…」
「…?…『けーき』?…何だ、それは?」
聞いたこともないものの名前に、真顔で聞き返すキャプテン・ルーガ。
「あのねえ、甘くって、すっごくおいしいものなの!…なんかねえ、よくわからないけど、とにかくおいしいの!」
途端にまたあの美味なるものを思い出したのか、満面の笑みを浮かべるエルレーン。
つたない語彙ながら、「ケーキ」のおいしさを伝えようと、懸命に言葉をつなぐ。
「…ふうん、そう…か」
その様子から、どうやらエルレーンが神明日香に手厚く扱われていたことがわかる。
…いくら「敵」であるとはいえ、エルレーンがここまで喜んでいるのだ…手をかけるのは失礼というものだろう…
「…あ、あの…」
目の前に立つ、エルレーンの保護者らしき女性のあまりの大きさにすっかり恐縮してしまった神明日香。
小さな声で…半ば怯えたような口調で、それでもそう声をかけた。
「…」
だが、その女性はそんな彼女に対し、ふっと微笑んだ…それはとてもやさしそうな、慈愛に満ちた笑みだった…
「…神明日香。この子が…エルレーンが世話をかけてしまったようだな」
一瞬、その古武士のような口調に戸惑ったが、どうやら彼女が自分に対して礼を言っているらしいということがわかり、明日香は思わずほっとした。
…やはり、その外見や口調からしても、彼女たちは外国人のようだ。
「…い、いえ!…エルレーンさんが、あんまり…リョウ君に似てて、それで…思わず声を」
「リョウ…流竜馬に、か…ふふ、そうだな…」
心底おかしそうに、くすくす微笑うキャプテン・ルーガ。
その傍らに立つエルレーンも、こちらを見てにこにこしている。
「…ふふ、礼を言うぞ、神明日香…あなたのおかげで、エルレーンが喜んでいるようだ」
穏やかな笑みを瞳に浮かべ、その女性は重ねて礼を言う。
「いえ…エルレーンさんがあまりにかわいかったから、連れて行っちゃいました」
同じようにくすくす微笑いながら、明日香も応じた。
「いや…本当に、ありがとう、神明日香…」
キャプテン・ルーガは丁重にそう繰り返す。
…相手が「敵」である「人間」、しかもゲッターチームの家族であるとはいえ、エルレーンが世話になったのだ。
きちんと礼を尽くし、その親切にこたえるキャプテン・ルーガ。
常に誠実で律儀な、彼女らしい価値判断だった。
「…それでは、行くぞエルレーン…そろそろ、帰らなければ」
そういって、キャプテン・ルーガはエルレーンを促した。
…そして、ゆったりと神明日香に背を向け、いずこかに歩き出す。
「…うん!…じゃあね、明日香さん…!…『ケーキ』、ありがとう…!」
「うふふ、どういたしまして…!」
「それではな、神明日香…!」
金髪の女性も笑顔でふりかえる。金色の瞳に、優しい笑み。
「ええ!…それじゃあね、エルレーンさん…また会いましょうね!」
エルレーンに手を振る神明日香。エルレーンもそれに応じ、大きく手をふり返す…
そうして無邪気な天使は金髪の女性に伴われ、だんだんと人の海の中へ消えていった。

「…ほう、それではしばらく日本を離れるのですね」
「ええ。隼人の事、どうぞよろしくお願いします」
そのすぐ後、早乙女研究所にまっすぐ向かった神明日香は早乙女博士に挨拶をしていた。
と、そこにゲッターチームの面々が入ってくる。姉の姿を認めるなり、ハヤトの表情に笑みが浮かぶ。
「…姉さん!」
「隼人!久しぶりね」
笑顔で弟に近づく明日香。
「しばらく留学で会えなくなるから、その前に顔見ておこうと思って」
「ああ…そうだったな」
「へえ、お姉さん留学すんですかー?」
ムサシが屈託なく問い掛ける。
「ええ。フランスに1年…」
「フランスかあー!」
「フランスですか!遠いですね」
リョウが思わずそう漏らす。
…と、明日香の視線が彼を捉えると、彼女はぱっと思い出したようにこういった。
「…あ、そうそう!…リョウ君、あなたの妹さんにさっき会ったわ…なんだか、おっとりしてかわいい子ね」
「…?!」
唐突にわけのわからないことを言われたリョウが、ぽかんとした顔で明日香を見つめ返す。
ムサシもハヤトも、当然そんなことを聞いたことなどなかった。
「ね、姉さん…リョウの『妹』に…会った、だって?」
「ええ、ついさっき。…変わってるけど、すごくかわいい感じの…」
「…?」
眉根をひそめるリョウ。
だが、その表情は、神明日香の次の言葉で一気に強張った。
「エルレーンさんっていうのね。…なんだか、とても変わった名前ね?」
「…何ですって!!」
その言葉に、かっと目を見開くリョウ。思わずその口調に怒号が入り混じる。
「…?!」
そのリョウの変化に、はっと戸惑う明日香。
「ね、姉さん!…あ、あいつに会ったのか?!」
ハヤトも慌てた口調で姉を問い詰める。
「え、ええ…」
弟の狼狽振り…いや、弟だけではない、リョウはいうまでもなく、ムサシも博士も自分が今言ったこと…
リョウの「妹」エルレーンに会ったということ…を聞き、驚いているようだ…に、明日香は困惑しきっている。
「…あの女…!」
リョウの表情が見る見る変わっていく。自分が最も嫌悪し、憎悪している「あの女」…
エルレーンが、よりにもよって…自分の「妹」だと?!
「…は、隼人…私、何か悪いことを…?」
リョウのその表情のあまりの険しさに、明日香は戸惑いを隠しきれない…小声でハヤトに短くそう問い掛ける。
「わ、悪いことっていうより…」
だが、ハヤトもどう姉に説明していいのか、口ごもるばかりだ。
「…!…も、もしかして、リョウ君と…彼女、家族仲があんまりよくないのかしら…?!」
そういえば、エルレーンも「リョウに一緒に会いに行かないか」と自分が持ちかけたとき、困ったような表情をしていた…
それに、彼女の名前…「エルレーン」という名前。兄の「竜馬」という日本名とはあまりに違っている。
…家族間で何か激しいいさかいがあって、反目しあってきたのかもしれない…だから、別れて暮らしていたのかもしれない。
神明日香はリョウの激烈な反応から、そのように考えてしまった。
「と、ともかく…こっちに」
とにかくリョウから姉を引き離そうと、彼女を伴い司令室を出て行くハヤト。
…そして司令室に残されたムサシと博士は、今まさにリョウのすさまじい怒りぶりをまのあたりにしていた…
「…あの女…!…あの女が、俺の…俺の…『妹』だって…!…気持ち悪い!」
吐き捨てるようにそう言い放つリョウ。ぎゅっとこぶしを握り、立ち尽くしてそうつぶやく…その口調の端々から、エルレーンへの憎悪が漏れ出す。
「…」
声をかけようにも、そんなリョウが怖すぎて何もいえないままでいるムサシ。博士もまったく同じだ。
彼らはただ、リョウがエルレーンに対する嫌悪を剥き出しにしている様を、遠巻きに見ている…まるで、はれものには触らないでおこうとでも言うように…

「…リョウにすまないことをした、謝っておいてくれ…と、言われたぜ」
明日香を送り出したハヤトが司令室に戻ってきて、そうリョウに告げる。だが、リョウの表情は今だ硬い。
「…あの女、明日香さんに何か…?」
静かに問い掛けるリョウ。
先ほどまでの激烈な怒りぶりはもう見えないが、それでもその声は明るいとはいえない。
「…いや、なんでも…偶然街で会って、声をかけたらしい。背の高い金髪の女と一緒にどこかにいっちまったってさ」
「…」
「喫茶店でケーキを食べさせたんだとさ。…エルレーン、別に姉さんに何もしちゃいねえみたいだな」
「け、ケーキ…?」ムサシが思わずそうつぶやく。
「…相変わらず、ふざけた奴だ…!」
リョウは嫌悪を顔中に表し、そう言った。…するとまた、神明日香のあの言葉が心によみがえる。
『…リョウ君、あなたの妹さんにさっき会ったわ…なんだか、おっとりしてかわいい子ね』
「…『妹』だと…?…ふざけやがって…!」
あの女と兄弟だ、などと思われたことが心底嫌で仕方なかった。
同時に、あの女がいけしゃあしゃあと明日香に「リョウの『妹』だ」と告げたのかと思うと、吐き気がするくらい怒りが込み上げる。
たとえ遺伝子上はまったく同じクローンであっても…あの女とそんな関係など持ちたくない!
あいつは俺の「妹」なんかじゃない、あいつは俺の「敵」だ…!
リョウは何度も何度も、自分の中でそうつぶやきつづけた…

…その頃、恐竜帝国マシーンランド。エルレーンの自室。
「〜♪」
うれしそうに買ってもらった服の入ったペーパーバッグを開けようとしているエルレーン。
…封を切り、中身をばさばさとベッドの上にぶちまけた…と、その目が驚きで丸くなった。
…そこには、リョウの服以外に、あの服も…黒のニット、スカート、パーカー…エルレーンが試着したすべての服があった。
「…る、ルーガ…これ…」
「ああ、…ついでだから、な」
その様子をくすくすと笑いながら見ているキャプテン・ルーガ。
彼女はエルレーンが決めたリョウと同じ服以外にも、彼女が試着したすべての服を買い取ったのだ。
「…!」
ぱあっとエルレーンの表情が喜びで輝く。うれしさのあまり、思わずキャプテン・ルーガに飛びついた。
「ありがとう、ルーガッ☆」
「うわ!…はは、まあ…大事にするといい」
「ありがとうルーガ…!…うん、大事にするの…!」
彼女の胸に身をすりよせながら、エルレーンは心底うれしそうにそう繰り返すのだった。


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