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◆ Homo cantans(うたうひと、ひとはうたう、ひとがうたう、うた)
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「…」
冷たい北風が、草原を渡っていく。浅間山のふもとに広がる草原…その片隅に、四人の若者の姿がある。
「とぉっ!…やっ!」
「…!」
そのうち二人は柔道の特訓中だった。
お互いに相手の隙を突いて投げようとしている。
「…うりゃあぁあっ!!」
刹那、ムサシが仕掛けた。
「リョウ」の襟首をつかみ、自分のほうに思いっきり引き寄せる…そして、彼は自分の必殺技・大雪山おろしにもっていこうとする!
「うおぉぉぉぉおぉお!」
だが、相手の身体をぶんぶんと振り回すその体勢に入る前に、「リョウ」が素早くムサシの右足を払った!
「?!」
「はぁっ!…うぉおおぉぉおぉっっ!」
すると、ムサシはバランスを崩し「リョウ」の襟首を離してしまった…
その隙を見逃さず、今度は「リョウ」がムサシの襟首をつかみ、ぶんぶんと振り回し始めた!
「う、うわああぁああぁ?!」
「大・雪・山・おろしぃーーーっっ☆」
状況に不釣合いなかわいらしい声で技の名前を絶叫すると同時に、「リョウ」はムサシの巨体を天高く放り投げる…
ムサシの驚愕の叫び声が草原に響き渡った。
「ああぁああぁぁ…!…ぐえっ?!」
地面に叩きつけられ、押しつぶされたような声をあげるムサシ。
…倒れ伏す彼に慌てて駆けより、助け起こす「リョウ」。
「む、ムサシ君、ごめん…だいじょぶ?」
「お、おう!…オイラ、頑丈だからこのくらいへーきへーき!」
本当は強烈な衝撃で身体が痛いが、あえて虚勢をはるムサシ…
なぜかって、「彼女」が今にも泣きそうなほどすまなそうな顔をして自分を見つめているのだから。
「で、でも…なんで、オイラの大雪山おろしがこうもかわされちまうんだ、エルレーン…?」身体についた土を払いながらムサシは立ち上がる…
自分を心配そうに見つめている「リョウ」に向かって、彼はそう問い掛けた。
「ん…ムサシ君、ね、…身体のバランスが、悪いの」
「身体のバランス?」
「そう」
そう言いながら、こっくりとうなずくエルレーン。
…そう、今日はエルレーンがムサシに格闘の稽古をつけてやっているのだ。
ムサシ自身の必殺技・大雪山おろしを一度見ただけで完全にモノにしてしまったほど格闘術に長けた彼女の指摘は、言葉はつたないながらも的確だ。
「あのねえ、ムサシ君…身体の、右側に、傾くクセがあるみたい。…身体が傾いていれば、転ばすのはカンタンなの」
「そっか…」
「ゲッター3に乗っているときでも、それはおんなじ…だから、気をつけて、ね」
そう言ってにっこりと笑うエルレーン。
…かつて敵として対峙していただけあって、彼女のアドバイスには真実味がある。
「ねえ、ムサシ君、エルレーンさん!…そろそろ、一休みしたら?」
傍らでその特訓の様子を見ていたミチルが二人に声をかける。
その呼びかけに二人はふっと微笑いあい、彼女のほうにやってきた…
吹き渡る風は冷たいが、今まで激しく動いていた身体にはちょうどいいくらいだ。
草原に腰を下ろしたエルレーンはゆっくりと息をつき、空を見上げた…
そこにはいつもどおりの美しい青空。
澄んだ蒼が広がるその空に、ほうきで払ったような筋を描く白い雲がずうっと長く伸びている。
「…浅間学園柔道部の主将も形無しだな、ムサシ殿?」
そのそばに寝転び、ハーモニカを吹いていたハヤトがそんなことを言って、にやっと笑う。
皮肉られたムサシは思わずむくれてしまい、不服げな顔でそれでも言い返す。
「ちぇー、オイラが弱いんじゃないやい、エルレーンが強すぎるんだ…ならハヤトもやってみろよ」
「きゃははは!…じゃあ、今度はハヤト君、一緒にやろっか?」
ぺたんとムサシの隣に座り込んだエルレーンがきゃらきゃらと笑いながら応じる。
「いや、やめとくぜ…二回もコテンパンにやられてりゃあ、自分の力量がかなう相手かどうか、十分わかってるってもんさ」
ふっと鼻で笑いながら、ハヤトはそう言った…
そして、ハーモニカをまた唇に当て、透明な旋律を奏ではじめる。
エルレーンはその音に聞き入った。ハヤトの奏でるその音の連なりは、何故か…心に響く。
それは単なる音の連続ではないような気がした。
もっと何か、違うもののように思えた…
「あ、それってあの歌でしょう?…『変わってしまった君 戻ることはない…』」そういいながら、ハヤトのハーモニカが奏でるその歌の一節を口ずさむミチル。
…それをエルレーンが、興味深げなまなざしで見つめている。
…彼女はハーモニカの旋律にあわせて、「言葉」を語っていた。
その「言葉」も高く低く変わる声で紡がれ、不思議な旋律に変わっていく。
それは、「歌」だった。音になった言葉。
「…うた…」
「あ、オイラも知ってる、その歌…なんてったっけ、…そうそう」
その曲のタイトルを思い出したムサシが、にっと笑って言った。
「…"Dear my friend"…だったよな」
「そう、さ」ハヤトも一旦ハーモニカを吹くのをやめ、それに応じた。
「…ねえ、ミチルさん。…それは、うた…だよね」
と、おずおずとエルレーンはミチルに問いかけた。
「そうよ」
「…『人間』も…うたを、つくれるんだね」
彼女は「歌」がどのようなものであるかは知っていた。
…だが、それ自体を知らない。
彼女は「歌」を知らない。誰からも教わることがなかったからだ。
…あの友人、キャプテン・ルーガも…あえて彼女に戦い以外の事を教えようとはしなかった。
6ヶ月というリミットを持ったエルレーンの規定された死を、少しでもつらいものにしないために。
何かを得れば、失う。それこそが死の恐怖だからだ。
だから、彼女は「歌」を知らなかった…
「…ええ、そうよ…エルレーンさん」
「…ねえ、ミチルさん。…私にも、…うた、…歌える、かなあ…」
少しもじもじしながら、はにかんだように彼女は言った。
…そんな彼女に、3人は笑いかける…
「もちろんだよ」
「うふふ、何なら…歌って、みる?」
「…できるかなあ…?」
「できるさ。…難しいことじゃない。…歌ってみろよ、エルレーン」
そういうなり、ハヤトは再びハーモニカに口をあて、その曲を吹き始めた…
澄んだ音を奏でる、銀色のハーモニカ。
「…『思い出はいつの時も 僕を捕らえて離さない』…」
まずムサシがその旋律にあわせ、歌う…
少し調子っぱずれだが、低音のよく響く彼の声が草原に広がる。
「…『ふと思い出す あの日の僕たちを』…」
それに続くようにミチルも歌い出した。
ソプラノのよく伸びる、きれいな彼女の声。ムサシの声と合わさって、ハーモニーをつくりだす。
ハヤトはハーモニカを吹く…そしてその合間で、にっと笑ってエルレーンにウインクを投げた。
ミチルとムサシも、歌いながら彼女に微笑みかける…
…ハヤトに促されたエルレーン。彼女はしばしの間その様を見つめ、迷っていたが…やがて、彼女もにこっと微笑んだ。
そして、彼女の声も、奏ではじめる…その歌を。
バリトンに近い、女性にしては幾分低く、男性にしては幾分高いエルレーンの声。
はじめは小さかった彼女の声も、ミチルやムサシの声、ハヤトのハーモニカに合わせ、少しづつ大きな声になっていく…
そして、ざわざわと凪ぐ風の中で、その「うた」が…エルレーンと、ミチルと、ムサシの歌が、ハヤトのハーモニカが、お互い絡み合い、調和しあって静かに流れていった。


思い出はいつの時も 僕を捕らえて離さない ふと思い出す あの日の僕たちを
君は思い出の中で いつも笑っていたんだ 僕の心には そんな君がいる
変わってしまった君 戻ることはない それは僕たちをほんの少し変える
君と同じくらいに 僕も変わるだろう けれどそれで そのままでいい
僕たちを包んでいる 全てがみな…
good bye my friend good luck my friend

変わってしまった君が はにかんだように笑う その中にまだ あの日の君がいる
時には人をうらやみ 苦しむこともあるだろう その時にまた きっと君と会える
君と僕 同じように きっといつの日か 一緒に笑える そんな日々のために
変わってしまった君 戻ることはない けれどそれで そのままでいい
幾億もの人の中 会えた君と…
good bye my friend good luck my friend


やがて、その歌声が止む。
…そして、彼らは顔を見合わせ、お互い照れたように笑いあった…
「…」
ふっ、とエルレーンは微笑んだ。
…そして、ハヤトやムサシ、ミチルのほうを見て…にっこりと笑った。
可憐さと無邪気さが混ざり合ったその微笑みが、彼らの心に美しく焼きつく。
「うた…これが、うたなんだ…」
そうエルレーンはうれしそうに一人ごちた。
「そうさ、エルレーン…さて、そろそろ行くか?」
笑顔で応じるハヤト。
…すっと立ち上がり、身体についた草を払った。
それを見たムサシたちも立ち上がり、ゆっくりと身体を伸ばす。
「あッ、ハヤトさん、ムサシさん!」
…と、その時だった。甲高い声が彼らに投げかけられる。
見ると、それは元気だった。研究所のほうから小走りに駆けて来る彼の姿が見えた。
「!」
その瞬間、エルレーンの笑みが凍りついた。
笑顔がすっと消え、強張った顔に恐怖の色が浮かぶ…
「元気ちゃん!どうしたの?」
その元気に向かって声をかけるムサシ。
「お父さんが呼んでるんだ。研究所に来てくれって…」
息を弾ませながら、ゲッターチームに近づく元気。
その姿が、エルレーンの目に入る…
「!…え、エルレーンさん…」
隣に立つエルレーンの様子がおかしいことをみてとったミチルが、そっと彼女に声をかける。
しかし、エルレーンは返事をしない…
下を向いたまま、立ち尽くしている。
彼女もわかっている。
…もう、彼は自分を傷つけたりはしないと。
…だが、元気の…小さな子どもの姿を見た途端、やはりエルレーンの身体は、恐怖で凍てついたかのように動かなくなってしまう。
今はゲッターチームの味方としてここにいる以上、もう彼が自分を傷つけることはないと説明されても…
それでも、心の奥底からあの記憶が、そしてあの「言葉」が甦り、彼女を怯えさせる。
「…!」
思わずエルレーンは一歩あとずさる。
目を伏せてしまったその「リョウ」の様子を見た元気もはっと気づいた…
この人は、「エルレーン」だ。
自分が傷つけてしまった、あの人だ…!
と、エルレーンはぱっときびすを返し、ハヤトたちのほうに駆けて行こうとする。
その後姿に慌てて声をかける元気…
「ま、待って!」
「…」
その声に足を止めるエルレーン。…だが、決して元気のほうを振り返ろうとはしない。
握られた拳が、かすかに震えているのが元気の目に映る…
「…え、エルレーンのお姉ちゃん…ボク…ボク…」
その様が…自分より遥かに大きな身体をした「リョウ」…「エルレーン」が、こんなちっぽけな自分に怯えているその様が、あまりにも痛々しかった。
それも全て自分のせいかと思うと、どうしようもなく心が痛む…
だから、元気はとうとう言った。
「ごめんなさい…」
「…!」
その言葉に、はっと目を見開くエルレーン。
…振り返った彼女が見たもの…それは、罪悪感に打ちのめされ、立ちつくす元気の姿だった。
彼の大きな目からはぽろぽろと涙が流れている…
「ひ、ひどいこといって、ごめんなさい…!」
「…」
エルレーンは泣きじゃくる元気を呆然と見ている。その顔に困惑の色が浮かぶ…
「…ううっ…ひっく…!」
流れる涙を手の甲で何度もぬぐうが、元気の涙は収まらない…
「…な…泣かない、で…泣かないで…」
エルレーンの口から、そんな言葉がすべりでた。
…そして次の瞬間、元気は…何かあたたかいものが、自分をふわっと包み込むのを感じた。
「!」それは、エルレーン。ひざ立ちになったエルレーンが、小さな元気を抱きしめていた。
一瞬戸惑いを見せる元気。
…エルレーンは、そんな彼にふっと微笑んだ。
「泣かないで…あなたが、哀しくなくなるまで…こうやって、ぎゅうってしてて、あげるから…」
そして、やさしく彼を抱きしめる…
そのあたたかさが、やさしさが元気のこころにしみとおる。
…彼女は、自分を許してくれたのだ…あんなにも残酷な仕打ちをした、自分を…
「お、お姉ちゃん…ご、ごめん、なさい…!」
涙は止まらない。
元気は何度も何度も詫びの言葉を口にし、エルレーンの胸で泣きじゃくる。
「ううん…もう、いいの…だから、もう…泣かないで…」
だが、元気は一向に泣き止まない。顔を伏せ、涙を流すばかりだ…
困り果てた彼女は泣き止まない元気の頭をそっとかきなでながら、そっと唇を開いた。
そこから、静かな旋律が穏やかにつむがれていく…
それはまるで、泣く子を慰める、子守歌のように。
「…『君と僕 同じように きっといつの日か 一緒に笑える そんな日々のために』…」
「…エルレーンのお姉ちゃん、それ…?」その歌声に…思わず元気は顔を上げる。
ようやく泣き止んだ彼をみて、エルレーンはにっこりと笑って答えた…
「うん、うた…歌だよ。…ハヤト君たちに、教えてもらった…人間が歌う、うただよ…」
「お姉ちゃんは…歌を、知らなかったの?」
「…うん…うたを教えてくれた人は…いなかった、から…」
少し哀しげな目をして、エルレーンはそう答えた。
…元気にとって、それはとてもおかしなことに思えた。
まだほんの子どもの自分だって、たくさんの歌を知っている…
なのにこのお姉ちゃんは、「歌を知らない」…「教えてくれる人がいなかった」というのだ。
その時、彼はぱっと思った。
自分がこのお姉ちゃんにしてあげられる償い…このお姉ちゃんのために、してあげられること。
元気はにっこりと笑って、明るい声で言った。
「…なあんだ!…それなら、ボクが教えてあげるよ!」
「…あなたが?」
その申し出を聞いたエルレーン。不思議そうな顔をして答える。
「うん!」
元気は力強くうなずいた。そして、なおも言う…
「ボク、たくさん歌を知ってるよ…だから、お姉ちゃんに教えてあげる…!」
そういって、にっとエルレーンに笑いかける。
いたずらっぽい、彼本来の快活な笑い顔で。
「…!」
彼女は一瞬きょとんとした顔を見せたが、やがてふっと微笑んだ…
元気の両肩に手を置き、彼の目をまっすぐのぞきこんで、穏やかに言った。
透明な瞳の中に、小さな少年の姿を…「人間」の姿を映しこんで。
その向かい合う二人の姿を、ハヤトたちがあたたかい目で見守っている…
「…そうだね…教えて、私に。…人間が歌う、うたを…」
後の言葉は、心の中だけでつぶやいた。
口に出して言えば、きっとまた哀しみがあふれてしまうから。
きっとこの子にはわからないだろうから。
きっと自分にしか…「兵器」と「人間」、そして「バケモノ」の狭間で揺らぐ、自分にしかわからないだろうから…
(…私が、『人間』に、なれるように…)


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