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◆ 月光の下で
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静かな旋律が、草原に流れている。
物悲しげな、ハーモニカの音…満天の星空の下、一人の青年が草原に寝転び、ハーモニカを奏でている…神隼人。
彼の目を、月の白い光が射た。…今日は、かなり真円に近い形をしている。
もうすぐ満月になるだろう。
…と、その時…「月が好きだ」といった、あの女のことを思い出した。
…エルレーン。
(…ムサシが聞いたことは、本当なのだろうか…あの女は、本当に…後2ヶ月ほどで死ぬというのか…?)
答えの帰るはずのない問いが、また彼の胸に浮かぶ。
彼の仲間は…ムサシは、どうやらあの女に対する戦意をまったく失ってしまったようだ。
…そんなムサシをリョウは手酷く責めたが…自分だって、彼のことを責められはしない。
…最初のうちは、捕まえて恐竜帝国の情報を聞き出してやろうとした。
…だが、今はもう、そんな目的はとっくに忘れてしまっていた。
ハーモニカを吹いて、笑っていた。
自分の母親の写真を興味深げに見ていた。
そんなあの女の姿は、まぎれもなく…「人間」だった。無邪気に笑う、子供のような女。
俺たちは、あの女と闘えるだろうか。そんな自問が、今度は浮かぶ。
だが、それを考えるのはやめにした。思慮深い彼にしては珍しく、「そのときがきたら考えよう」と思ったのだ。
…エルレーンと敵対するということを、今は考えたくなかった。
「……」
ハヤトは月を見上げる。エルレーンが好きな、月。
と、静かな草を踏む音が、自分のほうに近づいてくるのがわかった…今度は、すぐに誰だかわかる。
「…エルレーン。…こんな夜中に出歩くたぁ、ちょっとした不良だな」
冗談まじりの口調で、そう自分から呼びかけた。
「…『フリョウ』?…ふふ、何それ…?…ハヤト君こそ、こんな夜中にこんなところにいる…いけないん、だ」
彼の思った通り、それは…エルレーンだった。自分が寝転んでいる場所のすぐそばに、穏やかな微笑を浮かべて立っている。
…ハヤトが以前のように敵意を見せていないのに気づき、少し不思議がっているようだ。
「…」
ハヤトはそんな彼女の様子を見、軽い微笑をかえした。
…そして、ハーモニカをまた静かに吹き鳴らす。
透き通ったメロディーが、また草原に流れ出す。
「…」
やがて、エルレーンはハヤトのそばに近寄り…その隣に腰を下ろす。そして、ひざを抱え…ハヤトのハーモニカに聞き入った。
そして、しばらく…ハーモニカの静かな旋律だけが、二人の間に流れた。
…どれくらい、そうしていただろうか。
ふと、ハヤトがハーモニカから唇を離し、エルレーンのほうに向き直った。エルレーンも、ハヤトを見つめる。
「…お前、ムサシと…会ってたんだってな」
「うん…いろんなことを、教えてもらったの」
「…スパイ、ってことでも、なさそうだな…あいつに聞く限り、そんなたいしたことを聞かれちゃあいないみたいだ」
そこでハヤトは身を起こし、改めてエルレーンの目を見つめ、問いただす。
「お前…一体、何を考えてるんだ?…どうして、俺たちに近づく?…殺すでもない、情報をさぐるでもない…お前の目的は、一体何なんだ?」
「…」
エルレーンは一瞬戸惑った。ハヤトはなおも言う。
「お前…ムサシに、生まれつき半年しか生きられない命だ、って言ったらしいな…本当なのか?
…お前、本当に…後、2か月で死んじまうのか…?」
ハヤトの目に、寂しげな微笑みを浮かべたエルレーンが映る。
彼女は静かに…うなずいた。
「!……そうかよ…」
ハヤトの中で、「やはりそうなのか」という確信と…そして何故か、「悲しい」という気持ちが…ないまぜになった。
そのことに気づき、軽く自嘲するような笑みが口元に浮かぶ。
(…俺も、ムサシと…同じ、か)
ようやく、自分自身でもそのことを素直に認めることが出来た。
…エルレーンに対する、友情といえるような…ほのかな、だが確実にある、思い。
「…そうよ…だから、それまでは…」
その先を言いかけて、エルレーンは口をつぐんだ。
その先は、言わずともわかっていた。
「…ああ。そのときは、俺たちも…きっと、容赦しない」
だから、ハヤトはその後を続けていった。エルレーンはその言葉を少し驚いた様子で聞き…やがて、ふっと微笑んだ。
(…こんなところを見られたら、またリョウが…ぶち切れやがるだろうな)
そう思うと、ハヤトは思わずくすっと笑いをこぼしてしまった。
…何しろ、ゲッターチームの仲間二人ともが、自分の不倶戴天の敵とこんなふうに会っているのだから。
そう思いながら隣にいるエルレーンに目をやる。
…リョウと同じ顔、だが…凛々しい彼とはまったく違う、明るく可憐な少女…そのエルレーンが、ハヤトの視線に気づき、にっこりと笑みで返した。ハヤトもつられて笑う。
「…だから、今は…勘弁してやるよ」
「…?」
ハヤトの言葉の意味がわからないらしいエルレーン。
「…鈍い奴だな。…見逃してやる、って言ってるんだよ。…本当なら、おまえは俺に捕まって、捕虜にされてるところなんだぜ」
そう言いながら、にやっとエルレーンに笑って見せた。
「…!……ふふ、そうかも…ね。…ありがとう、ハヤト君」
ようやく意味がわかったらしいエルレーン。そして彼女は嬉しげに微笑む…
「ああ。決着は、ゲッターロボでつけてやる…そうだろ?」
今までエルレーンが再三告げてきたセリフを、今度はハヤトが代弁した。エルレーンもそれにうなずく。
「…うん…!……ハヤト君は、やさしい、ね…」
「…俺が?どうして?」
唐突に自分をほめられ、少し戸惑うハヤト。
「やさしい…『人間』だから、やさしい…の?…ねえ、『人間』は…やさしい、イキモノ…だよね?」
「…?」わけのわからないことを言い出すエルレーンに困惑する。エルレーンもそんなハヤトに気づいたらしく、慌てて話をそらす。
「…う、ううん、なんでもない。…ねえ、もう一度…ハヤト君の『音楽』…聞かせて…ほしい、な」
やわらかな微笑を浮かべ、ハヤトにハーモニカを吹いてほしいとおねだりするエルレーン。
…ハヤトも、笑って応じてやろうとする…と、何かを思い出したように、ポケットをごそごそとさぐりだした。
「…?」
「…ああ、あった」
そして彼が取り出したものは…ちいさなカメラ。
「?」
その小さな物体を興味深そうに見ているエルレーン。
「お前…前に『写真』、面白そうに見てたろ。…ほら、笑えよ。…取ってやるぜ」
そう言いながら、エルレーンを手で促すハヤト。ファインダー越しに、きょとんとしているエルレーンが見える。
「…?」
「ほら、取るぞ」
言うなりハヤトはシャッターを押した。フラッシュがぱっと光り、思わずエルレーンは目をしばたかせた。
「?!…何?…何、したの…?」
強烈な光に、頭がくらくらする。戸惑いながら、エルレーンが聞く。
「これはカメラ…『写真』を撮るための、道具だ。…こうやって、『写真』を撮るってわけだ」
そう言いながら、もう一度エルレーンに向け、シャッターを押す…もう一度、フラッシュがたかれる。
今度は、軽く首をかしげ、不思議そうにこちらを見ているエルレーンが撮れた。
「…それで?今ので、『写真』が撮れるんだ?…不思議、だね」
まだ完全に意味を飲み込めてはいないらしいが、エルレーンもその機械と今の光が何なのかがわかったようだ。嬉しそうに、ハヤトににこっと笑いかけた。
「ああ。…笑えよ、エルレーン。…その方が、いいだろ?」
ハヤトも笑って、エルレーンを促す。
そしてハヤトはもう一度、エルレーンにカメラを向け…シャッターを切った。
すると、無邪気な微笑を浮かべたエルレーン…
やわらかな月光の下、白い光に照らされて微笑うエルレーンの姿が、フィルムにしっかりと焼き付けられた。


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