--------------------------------------------------
◆ Forget-Me-Not(「私を忘れないで」)
--------------------------------------------------
夕暮れの草原。静かに風が吹き渡るその草原の中、一人の少女が立ちつくしている。
少女は待っていた。やがて、戦場で相対するであろう青年たちを。
彼女は待った。長い間待っていた。その場からじっと動かずに。
時折、彼女はひどく咳き込み、その場に座り込んでしまう。だが、それでも発作が去ると同時に立ち上がり、彼らを待ちつづける…
そして、とうとう彼らの姿が目に入った。

「…!」
「エルレーン…!」
それは、ムサシとハヤト。彼らもすぐに、道の真ん中に立ちつくすその少女に気がついた。
…そして彼女も。彼らの姿を認めたエルレーンは、ゆったりとした足取りで彼らのほうに近づいてくる…
そして、二人の前でその歩みを止めた。
彼女はハヤトとムサシを見つめている。憔悴してはいるが、穏やかな微笑を浮かべて…
彼らも何もいえないまま、彼女を見つめている。
…しばらくの間、三人の間で無言の時が流れていった。
そして、ようやく彼女の口が開いた…
「…明後日は…早乙女研究所から、離れないで」
「…それは、どういう意味だ?」
彼女の謎めいた言葉に問い返すハヤト。
「…」
エルレーンの唇の端にかすかな笑みが浮かぶ。哀しげな笑み。
「私は、メカザウルス・ラルで…早乙女研究所を、攻撃する」
「…!!」
ムサシの表情に絶望が浮かぶ。
その表情の変化を見たエルレーンが、彼をみつめ、ゆっくりと首を横に振った…
「エルレーン…!オイラたち、お前と戦うなんて…やっぱり嫌だよ!」
それでもムサシは言う。
目の前に立つ少女に向かって。自分たちが心の支えを奪い、孤独に突き落としてしまった少女に向かって。
「ムサシ君…!…お願い、聞いて…!」
エルレーンは穏やかな、だがきっぱりとした口調で言う。
ムサシは思わず口をつぐんだ…その表情が、あまりに真剣だったから…
「…私、メカザウルスで…本気で、戦う…!…だから、ムサシ君、ハヤト君…あなたたちも、ゲッターで私と本気で戦って!…そう、しないと」
そこでいったん彼女は言葉を止めた。一瞬、ほんの一瞬だけ彼女の顔に惑いが浮かんだ。
だがそれを打ち消し、エルレーンは続ける。
「私…リョウを、連れていく…!」
「…!」
「リョウを…?!」
二人は思わず自分の耳を疑った。
…だが、エルレーンの表情は真剣そのものだ。
…本気でリョウを連れて行こうというのか…?!
そして、また無言。風の凪ぐ音だけが響き渡る。
「わかった…」
ハヤトは、とうとう…ぽつりと一言、そう答えた。
ムサシはうつむいたまま、目に涙を浮かべたまま…それでも、一回だけこくりとうなずいた。
もう誰もエルレーンの運命を変えられない。エルレーンを救えない。
彼女は、自分たちへの戦い、そして避けられない死に向かって突き進んでいく。
自分たちにできるのは、彼女の望みに答える事だけ。
エルレーンと本気で戦うことだけ。メカザウルス・ラルにのったエルレーンと…
二人の返答を受け取ったエルレーン。…すると、彼女の瞳に…見る見るうちに涙があふれだした。
透明な瞳から、涙が一滴、また一滴落ちていく。
「…!」
いきなり彼女は、ムサシをその腕に抱きしめた。強く強く、抱きしめた。
いきなり抱きつかれたムサシは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、やがて自分もそっとエルレーンを抱きしめた…
「…エルレーン…!」
「ムサシ君…ありがとう…!…私に、やさしくしてくれて、ありがとう…!」
「…!!」
泣きじゃくりながらエルレーンは礼の言葉を繰り返す。
それを聞くムサシの胸中に、彼女との思い出が駆け巡る…ムサシの目からも、止まらない涙がいつのまにかこぼれおちていた。
「ば、馬鹿野郎…!オイラだって、オイラだって…!!」
涙混じりの声で、言葉にならない言葉をつぶやくムサシ。
エルレーンも泣いている。いとおしげに、いとおしげにムサシを抱きしめて。
やがて彼女はそっとムサシから離れる…そして、ハヤトに抱きつき、その胸にぎゅうっと顔を押し当てた。
「…」
無言で彼女の頭をなでてやるハヤト。
「ハヤト君、ありがとう…本当に、本当に…ありがとう…あなたたちのおかげで、私、信じられた…
『人間』が、やさしい…本当はやさしいイキモノだって、信じられた…!」
「そうだぜ、エルレーン…!お前だって、やさしい女だったぜ。…やさしい、『人間』の女だった…!」
ハヤトは夕暮れ空をまっすぐに見上げている。自分を抱きしめ泣くエルレーンを見れば、目に浮かんだ涙がこぼれてしまいそうだったから…
…そして、彼女はその腕をすっとほどいた。涙で光る瞳で、二人を見つめる…
明後日にはお互い、敵同士として相対するであろう二人を。たまらなくいとおしい、大好きな「人間」たちを。
「ハヤト君、ムサシ君…忘れないで」
「何をだよ、エルレーン…」
「何だ…?」
エルレーンは二人に向かって微笑いかけた。そして言う。
「私が、いたこと」
「!」
「…」
「恐竜帝国の『兵器』じゃなくて、『エルレーン』として、私が、確かに生きていたってこと……?!…く、がはっ!…げほっ、はぁっ!」
エルレーンの笑顔が苦痛でゆがむ。身体を丸め、激しく咳き込むエルレーン。
…そして、びしゃっ、ばしゃっ、という水のはじけるような音が彼女の喉からほとばしった。
…それは地面に落ち、赤黒いしみになる。
エルレーンの口から、真っ赤な鮮血が大量に流れ出るのをハヤトとムサシは見た。
「え、エルレーン!」
「こ、来ないでッ!」
自分に駆け寄ろうとする二人を制し、よろよろと後ずさるエルレーン。
右手で唇をぬぐう。荒い呼吸を繰り返す…激痛と度重なる吐血のためか、彼女の顔には玉のような汗が浮かび、顔色は真っ青だった。
「だ、大丈夫…『限界』が…近い、だけ…」
「…!」その痛々しい様を見ていたムサシの目から、また涙が流れ出す。
こんなにも苦しむエルレーンを目の前にしていながら、何もできない無力さを呪いながら…
「…む、ムサシ君…ハヤト君…忘れない、で…」
「忘れない!忘れないよ…!」
「忘れるもんか!…忘れられる、もんか…!」
「…」
エルレーンは微笑った。それは、いつか見た、無邪気でやさしい、あの微笑み…
「ありがとう…ムサシ君、ハヤト君…二人とも、大好きだよ…大好き…」
発作の苦しみに耐えながら、それでもエルレーンは微笑った。
そして、くるりとふりかえり、よろよろと二人から離れていく…だが、最後に彼らにふりむき、こう問いかけた…
「…ねえ、ハヤト君、ムサシ君…もし、もし…ね…」
「何だ…?」
「もし、私が…今度は、『人間』として…恐竜帝国に、じゃなくて、…みんなのところ、この地上に、生まれたら…」
エルレーンは静かに言った。その遠い日を夢見るような瞳で。
「今度は…私を、みんなの…『トモダチ』にしてね…」
「!」一瞬そのセリフにはっと虚を突かれた二人。だが、すぐに笑顔を浮かべ、答えた。
「…何いってんだよ、オイラたち、とっくの昔に…『トモダチ』じゃないか!」
「そうだぜ、ずっと前から『トモダチ』だったじゃねえか…!」
「…!」
二人の答えを聞いたエルレーンはうれしそうに微笑した…
そして、すうっと背を向け、草原の中に消えていく…
二人はその後姿を無言のまま見送った。
風切り音。夕日が止まることなく沈んでいく。
いつのまにか、またムサシはむせび泣いていた。
声を出さずに、泣いていた。
ハヤトも夕暮れ空を見つめたまま、片目をじっと閉じている…
「…ハヤト、オイラたち…結局、エルレーンを救えなかったんだなあ…!」
ムサシが声を震わせ言う。
「ああ…!…だけど、まだ残ってる…!…あいつの、あいつの最後の望み…」
ハヤトがきっと彼を見返す。
ハヤトの頬にも、涙が流れている…
「…ゲッターで、あいつと本気で戦うんだ…!…リョウを、恐竜帝国に連れて行かせるわけにはいかない…!」
「ああ、そうだな…!」
ムサシもうなずいた。流れる涙を乱暴にぬぐい、しっかりとハヤトの瞳を見つめ、うなずき返した…
そして、彼らはのろのろと歩き始める…早乙女研究所に向かって。
明後日になれば、再びエルレーンに合間見える。
メカザウルス・ラルにのって、最後の戦いを挑みに。リョウを連れに…
ハヤトとムサシは早乙女研究所に向かう。何も言葉を交わさないまま。
今しがた橙色の草原に消えた、彼らの『トモダチ』を思いながら。


back