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◆ 「ドウジョウヤブリ」だ!!
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浅間学園に放課後がやってきた。生徒達はクラブをするなり、帰宅するなりとめいめい自由に教室から飛び出していく。
ムサシは今日も柔道部に行く予定であったが、運悪く今週は清掃当番に当たってしまっているため、まずは担当区域である体育館の裏庭に向かった。
「…いやー、そろそろ本格的に夏だなぁ」
竹ぼうきで草むらの落ち葉やゴミをかき集めながら一人ごちるムサシ。
裏庭にはところどころに初夏の日差しが差し込み、さわやかな風がときおり吹き抜けていくのだった。
と、そこにけたたましい足音。一目散に掃除をするムサシのもとに近づいてくる。
「しゅ、しゅ、主将!!」
「たたた、大変なんですー!!」
「?…おう、お前ら、どうかしたのか?」それは柔道部の部員だった。
柔道着を着た後輩達は、何故か泡を食ったような様子で息を切らせている。
「…あ、あ、あの…」
「ど、道場…や、破りが…道場破りが、道場破りが来てるんですっ!!」
「な、何ィ?!」
一瞬でムサシの顔色が変わる。自分が主将を努める柔道部に、道場破り?!
これはゆゆしき一大事、すぐに駆けつけてその道場破りを追い出さねば!
ムサシは慌てて竹ぼうきを放り出し、柔道場に向かって全力疾走する。
「お、おいっ、巴ーー?!」
同じ掃除を担当していた男子生徒がいきなりどこかへ言ってしまうムサシに向かって呼びかけたが、
その背中は振り向きもせずあっという間に消え去ってしまった。

「やいやいどこのどいつだぁ?!このオイラの柔道部に道場破りに来やがったのは?!」
迫力のあるタンカとともに柔道場の扉をばあんと音を立てて開くムサシ。
…と、すでに床には十数人の部員が倒れ伏している。
どの部員も立ち上がれないらしく、その様子からは既に道場破りにやられてしまった事が明白だ。
…中には、道場の壁を突き破ってぐったりとしているものもおり、その道場破りの実力の高さを暗喩していた。
…そして、道場の中央に一人、柔道着を着た人間がこちらに背を向けて立っている。
その全身からは「闘気」と言えるような、強烈な力の磁場を漂わせている…こいつが、道場破りだ!
「…お前が道場破りか!一体キサマ、何者だ?!」
一瞬でそれを察知したムサシが、ゆっくりとその道場破りに近づく。
すると、ムサシの声にその道場破りがくるりと振り返った…
「?!」ムサシの全身に衝撃が走る。
「…あら、ようやく来たのね。…遅いぞ、ムサシ君☆」
…それは、にっくき恐竜帝国のパイロット、エルレーン!
「?!…お、あ、お、お前、い、一体これはどういうことだっ?!」
動転するムサシ。
そんなムサシの目の前に立つエルレーンは真っ白い柔道着を着て、こちらに向かって不敵に微笑みかけた。
「『ドウジョウヤブリ』だよ☆」
「な、何ィ?!」
「あのねえ、前ムサシ君が言ってた『ドウジョウヤブリ』って何なのか、調べたの」
「?!」
…そういえば、数日前、いきなりここに現れたエルレーンに対して…そのようなことを言った覚えが、確かにあった。
「『ドウジョウヤブリ』は…格闘技の道場に行って、そこの全員を倒して、で、そのカンバンを持って帰る儀式、なんだよね?」
「お、お前、まさか…」
「うふふ…面白そうだったから、やってみたく、なったの…だから、今日は、『ドウジョウヤブリ』に来たの!」
そういってにっこりと両手を広げ、ポーズをとるエルレーン。
「ふ、ふざけんなー!そんなこと認められるかー!」
「あれ?でも…ここにいる人たち…もうみんな私が、倒しちゃった、よ。私の勝ち、よね…
みんな、ぜんぜん相手にならなくて、つまんなかった、わ…それとも、ムサシ君…私と、闘うの…怖い?」
「!!」
エルレーンの挑発に、かあっと血が上るムサシ。
だが、それより早くムサシの後ろに立っていた最後の二人が反応した。
「い、いくら美人でもいっていい事と悪いことがあるぞー!」
「主将の前に、俺達が…!!」
二人は一斉にエルレーンに向かって駆けて行く!
「うおおぉぉぉっっ!!」
「てぇりゃあぁぁぁぁっ!」
勇ましいかけ声とともにその腕がエルレーンに襲い掛かる…!
だがエルレーンはまず一人の懐に素早く入り込み、袖をとって一気に一本背負いに投げ飛ばす!
そしてその光景に一瞬気をとられたもう一人の足を払った。
と同時にバランスを崩して倒れこむ彼の衿をとり、そのまま後ろに身をそらし、その勢いのまま相手を放り出す…!
「ぬごぅ!」
「げふっ?!」あっという間にそれぞれ壁、畳に打ち付けられ、悶絶する部員。…いっぺんに静まり返る柔道場。
後に残っているのは、最早主将のムサシだけになった。
「きゃはははははは!」高らかに、無邪気な笑い声を上げるエルレーン。その声がムサシの癇に障る。
「…よ、よくも、みんなをやってくれたなっ!!」
後輩達がことごとく無残にやられてしまったムサシの身体に無限の怒りが湧き上がる。
その怒りの燃えた瞳で、不敵な「ドウジョウヤブリ」エルレーンを睨みつける。
「…お前が何を企んでこんな事をしてるのかはわからんけど…とにかく、このままではすまさん!…オイラが、相手だ!!」
学ランを脱ぎ捨て、ばさっと床に放り投げる。気合十分のムサシを見て、エルレーンも…にやり、と笑った。

柔道部の中央に対峙する、ムサシとエルレーン。
柔道着に着替え、勇ましく黒帯を締めたムサシが構えをとったまま相手の出方をさぐっている。
…ムサシのその様子を見つめ、何の構えもとらないまま不敵に微笑むエルレーン。
その二人の姿を、部員達が固唾を飲んで見守っている…。二人の間に横たわる2メートルほどの距離には、既に無数の火花が散っている。
「…いっくぞぉぉぉっっ!うおおおおっっっ!!」
と、ムサシが雄たけびを上げながら一気に駆け出した!
そして、まっすぐエルレーンに向かっていく!
「!」
瞬時にその軌道を読みかわすエルレーン。今度は彼女のほうから仕掛けていく。
「…っとぉ!」
かろうじて袖を取られるのを回避し、いったん一歩引いて体勢を整えなおすムサシ。
…かつてこの女に負けているだけあって、かなり慎重な体勢を崩さない。
「…へぇ、今日は、ずいぶん、慎重…なんだ?…私が、…怖い…?」
そのことに気づいたエルレーンがムサシを軽く挑発する。
…だが、武蔵はニヤリと笑っただけで、その挑発にはのってこなかった。
「その手にはのらねぇぜ!お前には一回痛い目にあってるからな!…今日は、そのお返しをさせてもらう!」
「…!」決して慌てることなくエルレーンに向かうムサシ。
エルレーンは一瞬そんなムサシらしくないムサシに驚いたようだったが、すぐにまた不敵な微笑を口元に浮かべる。
「じゃあ、こっちから…いくわ、ね…」
…と、驚くべき事に今度はエルレーンのほうから仕掛けてきた。
しかも、彼女はまったく構えを取ることなく、普通に一歩ずつムサシに近づいてくる…!
まるで、「投げる隙ならいくらでもあるでしょう?」とでもいうように。
「…な、なめやがってぇ!」
さすがのエルレーンの自信過剰さにムサシも限界が来た。
「そういうつもりなら、お望みどおり投げてやろうじゃねえかっ!」ムサシの両腕がエルレーンの柔道着の襟をがっ、とわしづかむ。
その瞬間、彼女の体ががくりと激しく揺さぶられる。
「…うおぉぉぉおぉぉぉっっ!!」
そして、ムサシは必殺技「大雪山おろし」をかけるため、エルレーンを思いっきり振り回す…はずだった。
「?!」彼女を振り回そうと腕に力を入れた瞬間だった。彼女の右手が素早くムサシの襟首をつかむ。
同時に左手がムサシの両腕をぱしっと払い落とす。
くるりとスレンダーな身体が反転し、彼の背中に回りこむ…そして、いつのまにかムサシの腕からエルレーンは抜け出しており、
彼の柔道着の襟首はエルレーンの両手にしっかりと捕まえられていた。
「え…?!」
状況が読めないまま後ろを振り向こうとするムサシ。
…が、彼が見たものは、満面の笑みを…天使のような笑みを浮かべた、エルレーン。
「…うおぉぉぉおおぉおおぉおぉぉっっ!!」
再び柔道場に雄たけびが響き渡る。
だが、今度の雄たけびは…自分の二倍はあろうかという体重のムサシをぶんぶん振り回す、エルレーンのものだった!
「だ、だ、だぁぁぁあああっっ!!」
再びムサシの脳裏に嫌な予感がよぎる…
こ、これは、あの時と同じ…?!
「大・雪・山・おろーーーーしぃっっ☆」
エルレーンがその技の名を叫ぶのと、ムサシの巨体が空中に舞うのは、まったく同時であった。
「…っがあっっ!!」
道場の壁にムサシの身体がしこたま叩きつけられる。
上下反転した目の前の景色がずるずると伸び上がる…そしてムサシは頭から床にくずおれた。
「?!」
部員達の顔に一斉に驚愕の色が走る。自分達の主将が、女に投げられた…しかも、主将自身の必殺技、「大雪山おろし」で…!!
「…やったあ、勝っちゃったぁ☆」
ムサシをふっ飛ばしたエルレーンがきゃらきゃらと笑い、自分の身を抱きしめて喜んでいる。
…その笑い声が、ムサシの耳に屈辱的に響く…
「…それじゃあ、これで全員倒したし、…カンバンもらってくね!」
エルレーンはしゃっと身を翻し、部員達に魅力的なウインクを(そして、今の彼らには実に屈辱的なウインクを)投げ、柔道場から喜々として出て行った…
後に残ったのは、今起きた真実を受け入れられず呆然とする部員達と、そして打ちのめされた主将のムサシ。
「しゅ、主将…」
やっとといった感じで、一人がムサシに声をかける。
「!」
途端にがばっと跳ね起き、まだ衝撃に痛む頭をふり意識をはっきりさせようとするムサシ。
…と、急に気づいたように慌てて柔道場の入り口に走る。
「…おわーーーーーーーーーーー?!」
ムサシの驚愕と衝撃の絶叫。
…入り口横に掲げてあった、伝統ある浅間学園柔道部のカンバンは…すでにそこには、かかっていなかった…

「〜♪」
うれしげにてふてふと浅間山中へと戻っていくエルレーン。
…その背には、柔道場から持ってきたカンバン…彼女の背ほどもある大きさの木でできたカンバンが背負われている。
…するとその時、目の前に一人の女性の姿が現れる。
「!」
その姿を見つけたエルレーンの顔に笑みが浮かぶ。…それは、擬装用外皮で変装したキャプテン・ルーガだった。
「ルーガ!」
彼女のほうに向かって、駆け出すエルレーン。
「…!…エルレーン!…?!」
キャプテン・ルーガのほうも彼女がわかったらしく、小走りに駆けてくる。
…と、その目が、エルレーンが背負っている奇妙なモノに止まった。
「え、エルレーン…何だ、それは?」
エルレーンが背負うその看板を指差し問い掛ける。
「これ?カンバンなの」
「…か、カンバン?」
その唐突な答えに、思わず眉をひそめるキャプテン・ルーガ。
「カンバンなんて、何処から持ってきたんだ?」
「『ガッコウ』からー☆」
屈託なく答えるエルレーン。
「…??」
なおさらわけがわからなくなる。こんなものを持ってきて、この子は一体何をしたんだ??
「…あ、あのな、エルレーン」
戸惑いながらも、何とか彼女を諭そうとするキャプテン・ルーガ。
「それは、もとあった場所に返してくるんだ」
「えー?!やなのー!せっかく持ってきたのにー!」
その命令に口をとんがらせて不服をとなえるエルレーン。
せっかく勝ち取って持ってきたカンバンなのに、「返して来い」とは…
「…し、しかし…お前、それをどうするんだ?何に使うんだ?」
「…!」
至極まっとうな、そして本質的な質問をされ、エルレーンはやっとそのことに気づく。
「…そういえば、どうするんだろう、これ?」
そう、彼女は『ドウジョウヤブリ』の形式は知っていても、そのカンバンをどうするのか…
その道場主を倒した証として奪い、燃やすなり割るなりするものだが…を、まったく考えてはいなかったのだ。
…しばらくそのカンバンをためつすがめつしながら、いろいろと思案するエルレーン。
「…んーと、わかんない」
しばし考えた後、彼女はそう答えた。
「…そ、それなら…持ち主に返してやるがいい。それに、そんなもの恐竜ジェット機には乗せられんぞ」
そのあっけらかんとした答えに苦笑しながら、キャプテン・ルーガは言い添えた。
「うん、わかった…」
とは答えたものの、エルレーンはちょっとそれには気が進まなかった。
(今行ったら、ムサシ君、きっとものすごっく怒ってるだろうなぁ…)
思いっきり彼を投げ飛ばしてカンバンを奪っておきながら、そのついさっきで返しに行くというのは、さすがに…
彼の怒りに火を注ぐ行為でしかない、と言う事くらいは予想がついた。
「どうしよっかな…」
そう一人ごちながら、考えをめぐらせるエルレーン。
そんな彼女を、未だその経緯すら知らないキャプテン・ルーガが不思議そうに見ていた…

それから30分後。世界発明研究所で一人留守番をしていたジョーホーは、誰かが発明所の扉をノックする音に気がついた。
「はいはーい、書留でーすかーあ」
はんこを片手に、ガチャリと扉を開く。…と、その表情が来訪者の姿を見た途端、石のように強張った。
…恐竜帝国の手先(らしい)、リョウのクローン、エルレーン!
「あ、あわわ…」
腰が一気に抜けてしまったジョーホーはぺたんとその場に座り込んでしまう。逃げようにも逃げられない。
だが、目の前のエルレーンは自分をどうこうしようという気はまったくないらしく、そんな腰の抜けたジョーホーを不思議そうに見ている。
「大丈夫、ジョーホー君?」
「ひえっ!…え?」
自分のほうにすっと彼女の右手が伸びてきたのを殴られると勘違いした彼は一瞬身をすくめた。
しかしその手は彼の右手をつかみ、そっと引っ張って彼を立ち上がらせてやった。思わずぽかんとエルレーンを見つめるジョーホー。
…彼女はやわらかな微笑を浮かべ、自分を見ている。
「あ、あの…」
「あのね、ジョーホー君に、お願いがあるの…☆」
おねだりをするような甘い声で、エルレーンは彼に笑いかけた…

その頃、早乙女研究所に来ていたリョウたちはあっけに取られた様子でムサシを遠巻きに見ていた。
…先ほど、急に駆け込んできてから、ずっとオイオイ泣きどおしなのである。
その泣きっぷりのすごさに、むしろリョウたち三人は完全にひいてしまっていた。
「…む、ムサシ君、一体どうしたのかしら…」
「相当な何かがあったようだが…」
「…リョウ、こういうのはお前の役目だろ。お前…聞けよ」
「え?!俺かよ…!」気の乗らない風情のリョウだったが、ちょっと逡巡した後、おずおずと号泣するムサシに近づき、そっと声をかけてやる。
「む、ムサシ…一体お前、どうしたんだ?何か…あったのか」
「…り、り、リョウ〜〜〜!!…聞いてくれるのか〜〜〜!!うおおぉぉ〜〜っっ!!」
「う、うわっっ?!」
いきなり自分に抱きつき泣き喚くムサシにひるむリョウ。
無理やりその身体を引き離し、とりあえず彼を落ち着かせようとする。
「一体どうしたんだ、お前がそこまでなっちまうなんて?」
「あのよぅ、あのよぅ…!」
ムサシが思いっきり鼻をすすり上げ、先ほどおこった忌まわしい事件を話そうと口を開く。
「え、エルレーンの野郎に、エルレーンの野郎に…」
「?!エルレーン?!あいつが、どうかしたのか!」
一挙に気色ばむリョウ、ハヤト。
「あの人が、ムサシ君に何かしたのね?!」
ミチルもその名を聞いて顔色を変える。
「カンバンを、柔道部のカンバンをとられちまったんだ…!」
「か、カンバン?!」
「なんでまた…」
「道場破りだ!オイラの柔道部が、道場破りされちまったんだよぉぉおおっッ!!後輩達もみんな、あいつにやられちまったんだッ!!」
「まあ!なんてこと!」驚きの声をあげるミチル。
「…って事はお前も、あの女に負けたのか!」
ハヤトがムサシの認めたくない事実を口にする。ムサシの表情が哀しそうに歪む。
そして、ハヤトがお得意の皮肉っぽい口調で先を続けようとした矢先だった。
「…ハッ、ムサ…」
「…ハッ!何が主将だ!よくお前そんなんで今まで主将なんてやってこられたな!」
「?!…り、リョウ?!」
その辛辣な言葉は、リョウが発したものだった。
自分がいおうと思っていたことより遥かに残酷で冷たい言葉を吐いたリョウを驚きの顔で見つめるハヤト。
…そしてムサシも、普段ならそんなハヤトから自分をかばってくれるリョウ自身がそんな冷たい言葉を自分にぶつけた事に驚き、戸惑ったような目で彼を見ている。
リョウはなおも続ける。
「だいたい、女一人に負けるか、柔道部全員が?!情けないやつらだぜ!」
リョウの目は鋭く、ムサシを冷笑するかのように見下ろしている。
「り、リョウ〜…」
ずばずばと真実をつくリョウの舌鋒に、最早彼は立ち上がる気力すら奪われてしまう。
がっくりとうなだれて、ただそれを聞く。
「それでお前、負けて帰ってきてここでビービー泣いてんのかよ?!アホかお前は!」
「り、リョウ!いくらなんでも…」
「そ、それはいいすぎよ、リョウ君…」
勢い収まらないと言った感じのリョウをなだめるミチル。
いつもはむしろその口の悪さからトラブルメーカーになるハヤトも、さすがに今回はミチルと一緒になってリョウをいさめる。
と、そこに、ジョーホーがやってきた。頭上になにやら大きなものをかかげている。
「ムサシしぇんぱ〜い!」
「じょ、ジョーホーかよ…?!…そ、それは?!」
ジョーホーがもつそれに目が行くと同時に、ムサシの目に生気がよみがえる。
…それは、まぎれもなく、エルレーンに奪われた浅間学園柔道部のカンバンだった!
思わずそれをひったくるように彼から受け取り、まじまじと確かめてしまった。
「?!…そ、それ、ムサシ君の柔道部のカンバン?!」
「ジョーホー!お前、これどうしたんだよ?!」
「あ、ハイ、あのですねぇ…えーと」
何故かくちごもるジョーホー。ムサシのほうをちらちら見て、いっていいものかどうかを迷っている様子だ。
「何だよ、いってくれよ!」
先を促すムサシ。
「あ、あの、エルレーン…さんから、ことづかりまして」
「?!」
思わぬ彼の答えに、ムサシたち4人の顔に驚きの色が走る。
「ど、どーいうことだよ?!」
「は、はぁ…さ、先ほど研究所のほうに来られましてですねぇハイ、これをムサシ先輩に返しておいてくれと」
「か、返す?!」
「は、ハイです…『ムサシ君がかわいそうだから、返してあげる☆』っていっておいてくれと…」
「……?!」
カンバンが自分の手に戻った安堵より、遥かに大きな衝撃がムサシの全身に荒れ狂う。
…そして、ことのなりいきを黙って聞いていた、リョウの冷たい一言が彼を決定的に叩き落した。
「…敵に同情されてんのか…お前、本っ当に情けない奴だな、ムサシ!!」
「…うおおおぉぉぉぉおおおっっ!!」
「ああっ?!先輩、しぇんぱ〜〜〜いい!」
また地面に顔を伏せオイオイと泣き出すムサシ。
それを慰めようとするジョーホー。ミチルもなんとか彼を慰めようとする。
と、いうだけいって不機嫌そうにその場を立ち去ろうとするリョウの姿が見える。
彼らしからぬ残酷なセリフをはいたリョウに、彼女はさすがに一言いえずにはおれなかった。
「…ちょっと!リョウ君、一体今日はどうしたの?!いくらなんでもひどすぎるわ!」
「…ミチルさん、俺は別に間違った事を言っちゃいないよ…!」
だが彼女のセリフにそう短く言っただけで、彼は振り返りもせず部屋を出て行った。
その後姿を呆然と見送るミチル、そしてハヤト。
「…もう…どうしたっていうのかしら、リョウ君…」
「…さあ」
ハヤトもわかりかねるといった感じでつぶやく。
彼も、あそこまでムサシに対して…いや、誰か他の人間に対して…つらく当たるリョウをみることなど、はじめてだったのだ。
その尋常でないいらつきの原因…それはやはり、エルレーンがからんでいたせいだろう、とハヤトは自分の中で結論付けた。
(自分と同じ姿をした女…さすがに、リョウも平常心ではおれないだろう。
俺だって、きっとそうだろうな…しかし、…災難だったな、ムサシ)
号泣しっぱなしのムサシを見ながら、思わず同情してしまう。
(それにしても)と、ハヤトの胸に再びあの時感じた謎が浮かぶ。
(殺すでもなく、カンバンを奪うだけ…しかもその後、返しに来させるだと…?あの時と同じだ…あの女、一体何を考えていやがる…?)
エルレーンの行動の不審さ、その目的の謎…それがしばらくハヤトの胸に残って、離れなかった。


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