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◆ 「人間」の弟子
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明くる朝。キャプテン・ルーガは沈痛な面持ちでエルレーンの部屋に向かう。
…正直、あの…エルレーンを、私はどう扱えばいいのだろうか…?
考えもまとまらないまま、ドアの前に近づいた。
「…エルレーン。私だ…入るぞ」
声をかけ、ドアを開く。
「…ルーガ!」
「うわっ?!」
突然、どさっと自分の胸に、暖かいものが飛び込んできた。それは、昨日とはまったく雰囲気の違う…エルレーンだった。
「え、エルレーン?!」
「おはよう、ルーガ!」
キャプテン・ルーガの顔を見上げ、にこっと笑う少女。そこには、昨日彼女を支配していた、冷たい無表情さは、かけらもない。
まるで子供のような、無邪気な笑みだった。
「…お、お前…喋れたのか?」
エルレーンをそっと身体から離し、あっけに取られたような表情で問い掛けるキャプテン・ルーガ。
「うん!」
「…そ、そうなのか」
昨日とは打って変わった態度のエルレーン。
そんな彼女を見て、ただただ驚くばかりのキャプテン・ルーガだった。
かたくなに話そうとはしなかった昨日に比べ、今目の前にいる少女は快活に話し掛けてくる。まるで、別人のようだ。
「…あ、ああ…昨日は、よく眠れたか?」
「うん。大丈夫」
「そうか、…それでは、訓練を始めるとするか」
気を取り直してそういうキャプテン・ルーガ。
「クンレン?」
エルレーンはきょとんとした表情を見せる。
「そうだ。…お前には、一応の戦闘術がインプットされていると聞いた。
…だが、実戦において何より頼りとなるのは、鍛え上げられた戦士の技と勘なのだ」
キャプテン・ルーガは厳しい顔で答えた。
「…だから、今からお前に、戦う術を教えよう…メカザウルスの操縦、格闘術…そして、私の、恐竜剣法をな」
「恐竜…剣法」
「ああ。…さあ、いこうか」
「やぁん、待ってえ」
ちょっと不満げな顔を見せるエルレーン。
…ほんとうに、昨日とはぜんぜん違って、その表情はくるくると変わる。
「何だ?」
「お腹すいちゃったの。…何か、食べたい、な」
そう言っておねだりするように、キャプテン・ルーガの腕にしがみつく。
「ふふ…わかった、わかったよ」
そのしぐさに思わず苦笑するキャプテン・ルーガ。
…まるで、小さな子供のようだな。
自分の小さな妹をみるような目で、キャプテン・ルーガは彼女に微笑んだ。

「…おお、キャプテン・ルーガではないか」
食事を済ませ、訓練場へ向かう廊下でガレリイ長官に出くわした。いつもどおりのだみ声が廊下に反響する。
「おはようございます、ガレリイ長官…また、研究ですか」
「その通りだ。…あやつらサルどもの作ったロボットには、負けておれんわ」
そう言って、手にした設計書らしきものを自慢げに示した。
「…ん?No.39ではないか。…ほう、さっそく飼いならすとは、見事だのキャプテン・ルーガ」
「…飼いならす?…まさか。この子はケモノではありません」
キャプテン・ルーガは静かに答える。
だが彼の、エルレーンをモノやケダモノのように扱うような発言に対する不快感は隠しきれていない。
…ふと、隣にたつエルレーンを見る。
…彼女は、先ほどまでの雰囲気が嘘のように、無表情な…昨日と同じ、心を閉ざした表情でガレリイ長官を見ていた。
「まあ、ワシにとってみれば、そのNo.39が命令をちゃんと聞く兵器ならそれでいいんじゃ」
そんなキャプテン・ルーガの感情など気づいてもいないようにガレリイ長官が無神経に笑った。
「…No.39ではありません」
静かに訂正するキャプテン・ルーガ。
「何じゃと?」
「…私が、新しい名前を与えました…この子の名前は、『エルレーン』です」
「…『エルレーン』?」
いぶかしげな顔のガレリイ長官。
「どういうわけか知らんが、不吉な名をつけたもんじゃのお。…まあ、兵器に名前を付けるとは、
あの恐竜帝国きっての猛者キャプテン・ルーガも案外に感傷的じゃのお」
「…恐れ入ります。では私たちはこれで」
その嫌味を聞き流し、通り過ぎようとするキャプテン・ルーガ。
「どこにいくんじゃー?」背中越しになおも呼びかけるガレリイ長官。
「訓練所です。エルレーンに、剣を教えるつもりです」
キャプテン・ルーガが振り返って答える。
「その兵器に、剣?…ふひゃひゃひゃひゃ!!」
その答えを聞いて、さぞおかしそうに笑うガレリイ長官。
「無駄じゃ無駄じゃ!しょせん6ヶ月しかないんじゃぞ!そんな短期間で剣を学ぶなど!」
「…さあ、それはわかりませんよ」
それだけ言い放って、足早にその場を後にするキャプテン・ルーガ。
反吐が出るようないらつきを感じた。エルレーンの顔は、硬くこわばったままだ。
「…気にするな、エルレーン」
だが、その声にも、彼女は答えを返さなかった。

二人が訓練所に入ったとき、そこにはまだ誰もいなかった。恐竜帝国軍の中でも、定期の訓練以外でも自ら鍛錬を行おうとするものは少ないのだ。
「…エルレーン!…これを持て」
キャプテン・ルーガが、木で出来た訓練用の剣を手渡す。エルレーンは、興味深そうにその剣をあちこちいらっている。
「エルレーン。…お前に今から、恐竜剣法を教えてやる」
自分も訓練用の剣を手にしたキャプテン・ルーガが彼女に言った。
「…うん」
うなずくエルレーン。
エルレーンから少し距離をおき、ゆらり、と剣を構えるキャプテン・ルーガ。右手に持った剣は切っ先をまっすぐエルレーンに向け、
空いた左手はバランスを取るように伸ばされ、ぴたりと空中で静止した。状態はまっすぐ保たれ、両足はしっかりと大地をつかむ。
「私と同じように構えてみろ、エルレーン」
「こ…こう…?」
おっかなびっくりながら、鏡に映ったようにキャプテン・ルーガと同じポーズをとるエルレーン。…だが、剣を持っているのは、左手だ。
「おいおい、お前は左手で剣を使うのか?」
「あ」
それに気づいたエルレーンは右手に剣を持ち、再びキャプテン・ルーガと同じ構えを取る。
『…ほう…』
キャプテン・ルーガの心に驚きが生まれる。
それは自分の構えとまったく寸分たがわぬ形を取っていた。ぴたりとその構えはぶれることなく決まり、隙を見せていない。
「…ふむ、いいぞ。…お前は、基本的な戦闘術を知っているようだが…昨日の戦いぶりを見ていても、まだ少し危なっかしい。あまりに防御が甘すぎる」
「むー…」
眉をひそめるエルレーン。
「まず、防御を学ぶのだ、エルレーン。…相手の攻撃を受け流し、見えた隙を逃さず叩く。そこにこそ勝機があるのだからな」
「どうすればいいの?」
「なに、簡単な事だ。…こういうように、敵が上から打ち下ろしてきたら…上で受ける。下からなぎ払ってきたら…下で受ける。
横から襲ってきたら…横で、受ける」
剣をその通り動かしながら、説明するキャプテン・ルーガ。
「…」
「さあ、わかったな?それでは、いくぞ」
「え?!な、何?!」
「言った通りに、今から私の攻撃を受け流してみるんだ」
「え、え?」
「ほら、行くぞ!」
戸惑うエルレーンにかまわず、キャプテン・ルーガが剣をびゅんと振り下ろす!
「きゃあ!」
なんとか剣を頭上に掲げて受け止めたが、思わず勢いに負けてしゃがみこんでしまう。
「顔を伏せるな!相手から目を離してはダメだ!」
続けて打ち込むキャプテン・ルーガ。風を切る音が訓練所に響く。
「く…ああっ!…ていっ!…はぁ…っ!!」
始めは怯えていたエルレーンも、次第にその目に力が戻ってきた。
キャプテン・ルーガから目を離さず、その攻撃を予測し正確に剣で受け止める。
「いいぞ!エルレーン!」
剣を振るいながらも、キャプテン・ルーガはエルレーンの上達の早さに目を見張っていた。
ほんの10分程度打ち込みを続けているだけで、もはや自分の攻撃を完全に受け流せるようになっているとは!
「…ふ…っ!」
ちょっといたずら心が湧いてきたキャプテン・ルーガが、あることを思いついた。
突然今までの打ち込みの嵐が止む。それを不審に感じたエルレーンの目の前には、両手をゆらりと真横に伸ばしたキャプテン・ルーガ。
妖気にも似た異様な空気が漂う。
「…?!」
突然の事に、戸惑うエルレーン。
「恐竜剣法・必殺!火龍剣!」
キャプテン・ルーガの声が響く。と同時にエルレーンめがけ、光速のごとき速さで駆け抜ける!
「!!」
エルレーンの目にその太刀筋が一瞬見えた。左から襲う強烈な一閃!
思わず剣で受け止めようと右手を突き出したが、瞬時、思わぬ衝撃の大きさにどうっとはじかれた。
「きゃあっ!!」
悲鳴をあげて倒れるエルレーン。右手に握った剣は、柄と刃元だけを残して…はじけとんでいた。
それに気づいたエルレーンは、ぽかんとした顔でその剣を見つめている。
「ははは…すまなかったな、大丈夫か?」
からからとキャプテン・ルーガが笑い、エルレーンの手をもって助け起こした。
「…い、今のは…?」
「恐竜剣法の必殺剣の一つ、火龍剣だ」
「カリュウ…ケン」
「そうだ。恐竜剣法には5つの必殺剣がある。そのうちの一つだ」
「…私にも、できる?」
「ああ、できるさ」
力をこめてキャプテン・ルーガが答える。
「…お前は上達が早い。すぐに他の必殺剣も使えるようになるだろう。…さあ、続きだ」
新しい剣をエルレーンに渡し、キャプテン・ルーガは再び構える。
「…行くぞ!」
「うん!」
力強く答え、受けの構えを取るエルレーン。再び二人の間で剣がひらめく。
しばらくキャプテン・ルーガの攻撃を受け流していたエルレーンの目が、ある時きらりと光った。
「…?!」
ずざっと一歩あとずさるキャプテン・ルーガ。
エルレーンが両手をすうっと伸ばし、ある構えを取った。…それは、先ほど自分がやって見せたばかりの、恐竜剣法必殺剣、火龍剣の構え!
「恐竜剣法・必殺!火龍剣!」自分が聞いたそのままに、エルレーンは技の名を絶叫した!
そしてキャプテン・ルーガが見せた剣の軌跡を正確にトレースしていく…!!
「…くっ!!」
その太刀を受け、衝撃に耐えるキャプテン・ルーガ。
…なんとか体勢を崩さず倒れずにもすんだが、攻撃を受けた右腕には強烈な痺れが残る。
「…むー、やっぱり受けられちゃったかあ」
底抜けに明るい声。エルレーンが笑っている。
「お、お前、どうして…?」
「え、何が?」
「か、火龍剣を…」
「ああ、うーんとね…見たまんま、まねっこしてみたの!」屈託もなくいうエルレーン。
「ま、まね?!」キャプテン・ルーガは驚きのあまり、開いた口がふさがらない。
恐竜剣法の必殺剣を、一度見ただけで寸分たがわず再現してみせた…だと?!
「フ…フフ…」思わず笑いがこみ上げる。
「ルーガ?」
「…はっはっはっは!…お前、すごいじゃないか!…ひょっとしたらあっという間に私を追い越してしまうかもしれない」
そう言ってにやっとエルレーンに笑いかけた。つられて自分も笑うエルレーン。
「フフ…お前は…私が思っているより、ずっと優秀な逸材かもしれん」
「イツザイ?」
「ああ、そうだ」
キャプテン・ルーガが快活な笑みを向けて、こう宣言した。
「お前は、きっと私の教えた中でも…もっとも優秀な弟子になるだろうよ!」


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