--------------------------------------------------
◆ Der Tag, der das Dinosaurier Reich zugrunde geht(2)
--------------------------------------------------
イーグル号、ジャガー号、ベアー号。
三機のゲットマシンは編隊を組み、違うことなくあの場所に向かっている…
向かう先はただ一つ、東京湾。
恐竜帝国最大最強のメカザウルス・無敵戦艦ダイの待つ…
ゲットマシンの底部には、ゲッター線エネルギーを限界ぎりぎりまでチャージした三段式ゲッターロケット弾がくくりつけられている。
ゲットマシンの合体形態であるゲッターロボの武装が無敵戦艦ダイに対してほとんど無力だということがわかった今、
この巨大なロケットミサイル弾こそが早乙女博士の起死回生の策だった。
リョウも、ハヤトも、ムサシも、無言のまま各々のゲットマシンを駆り続ける。
今は遠く離れた早乙女研究所の地下シェルターで彼らを見ている早乙女博士やミチル、元気、所員たちも…何も言わないまま。
少しずつ日が沈んでいく。
夕日に変わった太陽の光に照らされ、真下を流れていく街々の風景もオレンジ色に染まっている…
だが、やがてその風景は「街」から「焦土」へと変わる。
…それは、あの無敵戦艦ダイから飛び出した恐竜ジェット機隊の攻撃によって破壊された場所だ。
空襲は情け容赦なく行われたらしく、鉄筋のビル群はおろか、地面のコンクリートすらあちこちがひび割れ、砕け、無残な様相を呈している。
その焦土の向こう、夕日にきらめく東京湾の海面に…あの、忌まわしい巨大な影が姿をあらわした。
…無敵戦艦ダイ!
「…よし!…それでは、三段式ゲッターロケット弾の合体に入る!」
時を見計らった早乙女博士が、ゲッターチームについにその指令を下した…!
『はい!』
応じる三人の声。
幾分緊張で強張ってはいるが、同時にそれは計り知れない戦士の力強さを持っている…!
「…いくぞッ、ハヤト、ムサシ!」
『おおッ!』
「よし!…ジャガー号、イーグル号にドッキングだ!」
「はいッ!」
早乙女博士はゲットマシン群とダイとの距離を測りながら、ミサイル弾ドッキングの合図を出す…
まずは、ハヤトのジャガー号とリョウのイーグル号。
博士の合図を聞くと同時に、ハヤトは慎重に狙いを定めながらイーグル号の背後に機体を進める…
そして、機体を水平に保ちながら、そのまま前にゆっくりと動く。
…軽い衝撃。
その衝撃を感じた途端、どっと全身の緊張が緩むのをハヤトは感じた。
…ふうっ、と大きな安堵のため息をつきながら…彼は、モニター越しに見えるリョウににやっと微笑ってみせた。
そのままイーグル号とジャガー号は近接したまま飛行しつづける。
底部のミサイル弾は頭部と胴体部がドッキングされ、後はベアー号の尾部がそこにくっつけば完成だ。
「…よし!…次…ベアー号、ジャガー号にドッキングだ!」
そして、次はムサシのベアー号とハヤトのジャガー号。
早乙女博士がムサシに合図を送る。
「…!」
その言葉を聞いた途端だった。
一瞬、呼吸が止まった。
(…?!)
同時に、ざあっと自分を何か奇妙な空気が包み込むような感覚。
耳に届いているはずの全ての音が…まるで、薄皮を隔てたようにぼやけて聞こえる。
そのかわりに聞こえるモノ…それは、鈍く響く、身体を揺るがすビート。
それが極度の緊張のため、異常に強く脈打つ自分の心臓の音だと気づくのに、彼は数秒かかってしまった。
「…ムサシ君?!どうしたんだ?!」
博士の命令に返事を返さないまま、強張った顔でまっすぐ前を見ているムサシ。
そのムサシの耳に、ようやく心配げな博士の声が届いた。
はっ、と我にかえるムサシ。
「は、はい…!」
何とかムサシは渇いた喉から返事をしぼり出した…
そして、操縦桿を軽く引く。
するとベアー号は近接して飛ぶイーグル号、ジャガー号の真後ろに移動した…
そのまま彼は、細心の注意を払いながらベアー号をまっすぐ前に進めていく…!
「?!」
「うぐうッ!」
だが、次の瞬間。
ゲットマシン三機に不快な激しい衝撃。
同時に、お互いはじかれたように姿勢を崩すイーグル・ジャガー号とベアー号…
ハヤトの悲鳴が通信機を介して響く。
…そして、当然のようにベアー号のミサイル弾尾部はジャガー号のミサイル弾胴体部に合体してはいない!
どくっ、と心臓が脈打った。
全身が悪寒に包まれた。
ムサシは何とか高ぶる心臓を落ち着かせようとする…
しかし、彼の意思に反してその速い鼓動はおさまってはくれない。
ぞっとする寒さを感じた。
それは…ミサイル弾ドッキング訓練の時感じた、あの「嫌な予感」だった。
「す、すまんハヤトッ…!」
「お、落ち着けムサシ!…もう一度だ!」
イーグル号のリョウからの通信。
モニター越しに見える彼の表情にも、焦りの色が浮かんでいる。
…こうしている間にも、刻一刻とゲットマシンは無敵戦艦ダイに近づいているのだ。
ダイの射程距離内、2000m…そこに近づくまでにゲッターロケット弾を合体させねば、作戦は失敗してしまう!
「あ、ああ…ッ!」
がくがくと頭を揺さぶり、うなずくムサシ…
そして、再び彼はミサイル段のドッキング作業に入る…
落ち着け。
落ち着くんだ。
あの訓練でも…一回は失敗したけど、その後うまくいったじゃねえか。
落ち着いてやれば大丈夫だ…
落ち着け。
落ち着け…ッ!!
何度も何度もその言葉を自分に言い聞かせる。
そうしなければ、「嫌な予感」に押しつぶされてしまいそうになる。
ムサシは再びベアー号をジャガー号の背後に位置付けた…
そして、注意深くロケット弾のドッキング部分を確認しながら、静かにベアー号をまっすぐ進めていく…
操縦桿を握る手は緊張の汗でかすかにすべる…
心臓の鼓動が鳴り響いている。
他の音など、聞こえないくらいに大きく。うるさいぐらいに。
ムサシは気づかなかった。
その高ぶる鼓動、強すぎる心臓の脈動に揺さぶられる彼の身体が…ほんのわずか、だが操縦桿を微細に動かすほどには大きく…震えてしまっていた、ということに。
「があッ?!」
ハヤトの悲鳴。
その悲鳴にはっとムサシが気づいた瞬間…ベアー号はまたもやはじかれ、衝突の衝撃で後方に吹っ飛んでいた。
イーグル・ジャガー号も前方につんのめるように吹っ飛ばされている…
「…〜〜ッッ!!」
その光景が、吹っ飛んでベアー号から離れていくイーグル号・ジャガー号の姿が、まるでスローモーションのように映った。
ゆっくりと、ゆっくりとはじかれていく二機のゲットマシンの姿を…ムサシは、絶望的な思いで見送っていた。
「ムサシ!どうしたっ?!」
リョウの通信。
だが、もはやムサシはそれに返事を返せるような精神状況になかった。
「…あ…あ、ああ…!!」
いまや、彼の全身ははたから見てもわかるくらいに、がたがたと震えていた。
二度の失敗、三段式ロケット弾のドッキングに失敗したという事実…その事実が、とうとう彼の最後の冷静さをも打ち砕いてしまった。
ムサシの口からは、無意味な声がもれるばかり…
その、小さな叫び。
そして、ムサシが冷静さを取り戻す前に、無情にも状況は取り返しのつかないところに陥ってしまった。
「!…クッ、…ヤバい!ダイの射程距離内に入った!」
ハヤトが叫ぶ。
「?!」
ムサシはその叫びの意味を理解した…
自分たちのゲットマシンはダイの射程距離内、2000mに入ってしまった、つまりそれは…
自分たちの作戦が失敗したということだ!
ムサシは見た。
無敵戦艦ダイのデッキから、無数の砲台が伸び上がっていくのを。
そのすべてはまっすぐ自分たちに向けられていく…
そして、いっせいにすべての砲門が解放された。
「ろ、ロケット弾を切り離せッ!」
リョウが絶叫する。
ゲッター線エネルギーの塊のようなゲッターロケット段を抱えたまま集中砲火を浴びてしまえば、誘爆して粉みじんに吹っ飛んでしまうことは確実だからだ…!
イーグル号とジャガー号からドッキングしたゲッターロケット弾の頭部と胴体部が切り離される…
そしてそのまま落下していく。
一瞬遅れてベアー号からも、ロケット弾の尾部が切り離されていく…
数秒後、銃弾の攻撃を受けたゲッターロケット弾パーツが自分たちの真下で爆発する強烈な爆発音を彼らは聞いた。
絶望的な思いで。
だが、こうなった以上、すぐにでもこのダイの射程距離内から脱出せねばならない!
三人は急いでゲットマシンを反転させ、急速離脱をはかる…
だが、逃げる彼らのゲットマシンに、容赦なく銃弾の嵐が降りかかる!
ダイの砲撃は止むことなく続く。
イーグル号に、ジャガー号に、ベアー号に、無数の銃痕が刻まれる。
そして…とうとうその銃弾は、ゲットマシンの主要機関部をも破壊した。
「…う、うわあぁあぁぁぁッッ?!」
イーグル号の左エンジンが火を噴いた。
その途端三回ほど連続してエンジン近辺に爆発が起こる。
…もはやこれ以上この機体が持たないことを察知したリョウは、緊急脱出ボタンを押さざるをえなかった。
「…畜生ッ…!」
ジャガー号の右側面に、真っ赤な炎が噴き上がる。
燃えさかるその炎の舌は、コックピットの防護ガラスをも溶かし始めた…
やむなくハヤトも緊急脱出手順をとった。
「…!」
イーグル号とジャガー号から、リョウとハヤトのシートがぱあっと上空に飛び出したのを、ベアー号のムサシは見た…
そして、操縦者を失って無軌道に墜ちていく真紅のマシンと純白のマシン。
…強烈な衝撃が、ベアー号を襲う。
どの計器類もエマージェンシーを知らせつづける。
背後から不吉な音。ばちばちと火花が散る音…
それは、このベアー号にも最後の時がきたということを示している。
しばらく呆けたように墜落していくイーグル号とジャガー号を見ていたムサシ…
だが、彼もようやく仲間に続いた。
ムサシもまた、緊急脱出用のボタンを押した…
だが、ショックのせいかその動きは鈍い。
彼の瞳からは光が消えうせている。
…だが、それでもベアー号の爆発までには間に合った。
自分の座っているシートが、まっすぐ上方に打ち出された。
そして背中に負っていたパラシュートがするすると開き…ゆっくりと、彼の身体は宙に浮く。
そのそばに、リョウとハヤトも漂っている。
彼らの目の前で三機のゲットマシンは地面へと墜ちていった…
きりもみ状態になりながら、真っ赤な炎を発しつづけながら。
そして…やがて、その機体は地面に到達する。
地面に、三つの火柱が上がる。そして爆風。
「…」
「…」
リョウ、ハヤト、ムサシは…半ば呆然としながら、それをじっと見つめつづけていた。
今まで自分たちが駆ってきたゲットマシン、無敵のスーパーロボット・ゲッターロボの…砕け散るその様を。
…自分の鮮黄のゲットマシン・ベアー号がこの世から消えうせる、その爆発音を聞いた時…ようやく、ムサシの心にその酷薄な事実がはっきりと認識された。
(あ…ああ、…お、オイラ…オイラ…!)
涙は出なかった。
そのかわりあったのは、強烈な罪悪感に押しつぶされた息苦しさ。
ゲッターロケット弾での攻撃は、失敗したのだ。
そして、イーグル号、ジャガー号、ベアー号…すべてのゲットマシンは撃墜されてしまった。
…すべて、自分の失敗のせいで!!
『…ふふ、ははは…はあっはっはっはっはっはっ!』
ムサシは、奴らの笑い声を聞いたような気がした。
勝ち誇ったような、あのトカゲ野郎どもの…無敵戦艦ダイにいるであろう、あいつらの…
「…為った!…ついに、我らは…ゲッターロボを、倒したのだ…!」
「見たか無敵戦艦ダイの力を!お前らサルどもが逆立ちしたところで勝てる相手ではないわい!」
無敵戦艦ダイのブリッジでは、バット将軍とガレリイ長官が高らかに笑っていた。
ゲットマシンが三機とも墜落する様を確かに確認した彼らの顔には、勝利の笑みが…会心の笑みが浮かんでいた。
「よし…」
少し奥で、その様子を見ていた帝王ゴールが厳かにつぶやいた…
「…これで、よい…!」
そして、静かに笑む。
とうとう恐竜帝国は、最も恐れていた敵を倒すことに成功したのだ…!
つかつかとコンソールに歩み寄るゴール。
…そして、彼は無敵戦艦ダイの全乗組員に向け、こう勝利宣言を行った…
「…皆のもの!…今の今まで我らを阻みつづけてきた敵・ゲッターはここに滅びた!…よって、我々が恐れるものは…もはや、無い!
前線基地の建設を予定通り進めよ!…そして、今こそ!」
ゴールの声を微動だにせず聞き入る恐竜兵士たち…
彼らは、そして…しっかりとうなずいた。
「…あの『計画』を始動し…再び、我らは地上に帰るのだッ!!」

「…」
「…」
早乙女研究所・地下シェルター。
その一室に置かれた二台のベッド…その上には、リョウとハヤトの姿。
ゲットマシンが攻撃を受けた際、彼らはそれぞれ足と腕に怪我を負ってしまったのだ…
そして、そのベッドのかたわらには、ムサシ。
彼は、しばらく何もいえないままに二人を見つめていた…
自分の失敗のせいで、怪我まで負わせてしまった、仲間の姿を。
ベッドに横たわったリョウは、まっすぐ天井を見つめたまま。
ハヤトは目を伏せ、静かに息をついている…
ムサシの目に涙が浮かんできた…
そして、とうとうしいんとしたその部屋の空気を、ムサシの悲痛な声が切り裂いた。
「す…」
一旦口を開いた途端、ぼたぼたと涙がこぼれ落ちた。
リノリウムの床に落ちていく彼の涙。
「すまねえ、リョウ、ハヤト…!」
それを拭い去ることもせず、彼は二人に謝りつづける…
「お、オイラが、オイラが…!おいらがヘマさえしなけりゃあ、あんなことには!」
だが、二人はもはや彼を責めようとはしなかった。
「気にするな、ムサシ…」
リョウは、やはり天井を見つめたまま…泣きじゃくるムサシを見ないまま、穏やかな口調でそう言った。
「ただよ…ついてなかっただけさ」
ハヤトも静かにそういうだけだ…
いつものように、ムサシの失敗を手ひどく責めたりはしない。
…責めたところで、今さらどうなるというのか?
自らの失敗に打ちのめされるムサシを責めたところで、ゲットマシンがもとに戻るわけでもない。
だから…ただ、「ついてなかっただけ」だと言う。
少しでも自責の念にかられるムサシを慰められれば…と。
「…!!」
だが、その二人のやさしさが…むしろ、ムサシには痛かった。
自分の失敗のせいで怪我まで負いながら…それを責めず、むしろこんな自分を気づかってくれるリョウとハヤト。
やはり、涙は止まらない…
涙で視界がぼやける。
リョウとハヤトの姿が、かすむ。
がちゃり、という音が背後で聞こえた。
…振り向くと、そこには…早乙女博士と、ミチルの姿。
「!…は、博士!お、オイラ、オイラ…!」
博士の下に駆け寄るムサシ。
泣きじゃくりながら、必死で博士に詫びようとする…
「…ムサシ君」だが、早乙女博士も、ミチルも、また同じだった。
「お…オイラのために、大事なゲットマシンが…」
「また、作ればいい!」
ムサシの言葉をさえぎるように、博士はきっぱりとそう言った。
「…!」
その言葉に驚き、博士を見返すムサシ…
彼は、ふっと微笑んでうなずいた。
「…それより、君たちが生きて帰ってきてくれたことが、わしにとっては何よりもうれしい…!」
「!…は、はかせ…ッ」
なおもそう言って自分を慰めてくれようとする早乙女博士。
…ムサシがなおも言葉を継ごうとした、そのときだった。
…ムサシは、そっと自分の左肩に置かれる博士の手を感じた。
あたたかかった。
やさしい、あたたかさ…
だから、余計につらかった。
博士は、軽くぽんぽんとそのままムサシの肩を叩き…そして、静かに振り返って、部屋を出て行こうとした。
はっとそれに気づき、後を追おうとするムサシ。
…だが、ムサシの目の前で…ぱたん、という小さな音を立てて、扉は閉まってしまった。
「…!」
思わずムサシはその扉に取りついた…
扉に両手をついた瞬間、ばぁんっ、という大きな音を立てる。
その音が、病室にかすかな反響音を立てる…
…やがて、ムサシはずるずるとその場に崩れ落ちていった。
閉まった扉にもたれかかったまま、彼は泣き続けた…
「ち…畜生!畜生ッ!」
何度も何度も、その言葉が彼の喉からほとばしる。
涙まじりの、かすれた声で…彼は何度もそう叫ぶ。
「どうすりゃいいんだ、オイラ…どうすりゃいいんだッ!」
「…」
三人の耳に、悲痛に響くムサシの絶叫。
リョウも、ハヤトも、ミチルも…何も言わないまま、何も言えないまま、それを聞いている。
ムサシは叫ぶ。己に叫ぶ。
自分がやってしまったことのその結果、それに打ちのめされて。
「どうすりゃいいんだッ…畜生ォォォッ!」
ムサシは叫ぶ。
だが、「どうすればいいのか」という彼の問いに答えを与えられる者など…もう、誰もいなかった。

一夜が明けた浅間山に、再び朝がやってきた。
早乙女研究所跡、がれきと鉄くずの山の中…ただ一機残された白い機体。
コマンドマシン。
偵察用のそれは、ゲッターロボに合体変形できるゲットマシンと違い、たいした攻撃力を持たない…
だが、今その底部には巨大なミサイル弾…ゲッター線をチャージした強力な爆弾がくくりつけられている。
その調整もすでに終わり、後は飛び立つのを待つのみ…
…と、そこに駆け寄ってくる一人の少女がいた。
コマンドマシンの操縦者、早乙女ミチル…
彼女の顔には、ゆるぎない、悲壮な決意がにじみ出ている。
ミチルの目の前にたたずむコマンドマシン。
彼女はためらうことなく操縦席に続く縄ばしごに足をかける…
だが、その後姿を追ってきた人影がその細い肩をつかんだ。
…振り向く彼女の目に映ったのは、ムサシの心配げな顔。
「み、ミチルさん!何処行くんです?!」
「…放っておいてちょうだい!…ゲットマシンのない今、残ってるのはコマンドマシンだけなの!」
ムサシをきっと見返し、ミチルは一息にそう言い放った。
もはや、議論の余地は無いとでも言うように。
「?!」
ムサシの顔に衝撃が走る。
…彼女は、こんなマシン…いくら攻撃用の強力なミサイルを装備したとはいえ、装甲もゲットマシンに比べれば格段に薄く、もろいコマンドマシンで出撃するつもりなのか?!
「み、ミチルさんッ…」慌ててムサシはそれをとどめようと、彼女の身体を縄ばしごから引き離そうとする。
「離してッ!」だが、それを必死で振り払おうとするミチル…
ミチルの目にはもはや、自分たちの最後の手段であるコマンドマシンしか映ってはいない…
それをとどめようとするムサシの言葉など、彼女にはもはや聞こえないも同然だ。
「…!」
…だからムサシは、強硬手段をとらざるをえなかった。
「…くうっ?!」
かはっ、と短く息を吐き出し、ミチルは瞬時に気を失った。
…その腹部には、ムサシの手刀がめり込んでいた…
不意打ちの当て身を喰らったミチルは為すすべもなく、意識を失って前のめりになって倒れこんでいく。
その彼女の身体を、ムサシはそっと受け止めた。
ぐったりとしたミチルの身体を、そのまま地面に静かに横たわらせる…
「…」
ムサシはミチルを見ている。自分が大好きだった女性の姿を。
その姿が、一瞬ゆらっと揺らめいてぼやけた。
そして、こらえきれなくなった涙が頬をつたい、ぽたぽたと流れ落ちていった…
「ごめんよ、ミチルさん」
涙をぬぐい、彼は自分がまとっていたマントをはずして彼女にかけてやる。
彼女に届かないとわかっていても、彼はそうつぶやいた。
「…オイラ、ミチルさんが大好きです!だから、危険な目にあわせたくないんです…!」
ミチルのまぶたは、閉じられたまま。
だから…彼の告白も、痛々しい謝罪の言葉も、哀しい決意のにじんだムサシの表情も、彼女には何一つ届かないままで…空に散って、消えていった。
ムサシは身をひるがえし、コマンドマシンに向かう…
縄ばしごに足をかけ、一段一段を踏みしめるようにのぼっていく。
コマンドマシンのコックピットに乗り込んだ彼は、計器を素早くチェックした…
何の問題もないようだ、いつでも飛び立てる…
「…こんなの、荷物になるだけだ!」
ムサシは何を思ったのか、かぶっていたヘルメットと、背負っていた日本刀を無造作に手につかみ…コックピットから外に放り出した。
からん、かちゃんという音を立てて、その二つが床に落ちる。
いつも彼が身につけていたムサシのヘルメットと日本刀…それなのに今、放り出されたヘルメットと日本刀。
まるでそれは彼の形見になるかのように。
「?!…む…ムサシ君ッ?!」
そこに、階段から駆け上がってきた早乙女博士があらわれる。
彼の目に映ったのは、今まさにコマンドマシンで飛び立とうとしているムサシの姿だった!
「博士、そんじゃ行ってきます!」コックピットのスイッチを操作し、キャノピーを閉じる。
「いかん、ムサシ君!…戻れ、戻るんだッ!」
その彼を必死で制する博士…なんとか彼を思いとどまらせようと。
「…だーいじょうぶですよ、博士!」
だが、おどけたような口調で…彼はそう言った。
そして、彼は最後に…重い決意と悲壮な覚悟、それでも希望と強い意思に満ちた、その全てが入り混じった複雑な感情のこもった声でこう言った…
「…『今度』は、うまくやりますから…!」
「…!」
ムサシのそのセリフ。早乙女博士は一瞬言葉を失った…
と、その刹那、コマンドマシンは炎を上げ、天空高く舞い上がる!
突風がそこから巻き上がり、砂ぼこりが博士の視界をさえぎった。
その姿を半ば呆然と見守るのみの早乙女博士…
そんな博士に、ムサシはにっと笑いかけ…そして、コマンドマシンは青空を切り裂き、小さな点となり、そしてやがて消えてしまった。
「…」
早乙女博士は、無言のままそれを見送る。
コマンドマシンの姿が見えなくなっても、いつまでも、いつまでも…
「今度」。彼は確かに、そう言った。
…ムサシ君はやはり、自分のミスを許せなかったのだ…
だから、傷ついたリョウ君やハヤト君、ミチルをおいて、たった一人で!
たった一人で、自分の失敗の償いをするために…!
(…それなのに、君は…)
早乙女博士は、心の中でムサシに呼びかけた。
その胸には、先ほど見せたムサシの笑顔が焼きついたまま…
(君は、笑って行くというのか?)
帰れる算段すらほとんどない、絶望的な旅路へと。
博士は見つめている。
コマンドマシンが飛び去った、青い空を。
その青空の下、太陽のまばゆい光が早乙女研究所跡地を照らし出している。
がれきと鉄くずの合間で、早乙女ミチルが目を閉じたまま横たわっている…
彼女の仲間が今、最早帰ることのないだろう、片道切符の旅に出た事に気づくこともなく…


back