--------------------------------------------------
◆ ちいさないのち
--------------------------------------------------
緑の草原に、夏の太陽が今日も強烈に照りつける。
寮への家路を急ぐムサシの脳天にも、容赦なく日光が降り注ぐ。
「うえー…あちーあちー!まあったく、なんだってこんなに暑いんだか…」
思わずムサシの口から文句が出てくる。
いつも元気印の彼とはいえ、ここまで日射しがきついとつい文句のひとつも出ようというものだ。
「…?」
その行く手にぽつんと人の影がみえる。その影は、道から少し外れた草むらの中で、何やらごそごそと動いている。
(…!!あ、あいつ…だ!!)
ムサシの目にその影の正体がはっきりと映った。
…それは、エルレーン…あの、恐竜帝国のパイロット、リョウのクローン!
一瞬彼は惑った。ナバロン砲を破壊した恐竜帝国のパイロット、エルレーン…
一度は彼女を説得し、仲間に引き込むことができるのではないか、と自分は考えた。
…同じ「人間」なのだ、きっとわかりあえるはずだ…と。
だが、その思いは打ち砕かれたも同然だった。
あの女はテキサスマックを撃墜し、研究所からナバロン砲の資料を盗み出し、そしてまんまと文次の世界発明研究所に隠してあったナバロン砲を分解してしまった…
(…でも)
ムサシは、それでもやはりエルレーンに対し、どこか憎みきれないでいる自分に気づいてもいた。
…彼女は、メカザウルスに乗っていないときは…自分たちを殺そうとはしない。
そのような命令がないから、と本人は言ったが、本当にそれだけなのだろうか。
…それに、今度だって、彼女は…ナバロン砲を「分解」し、中枢となるゲッター線集光装置のみを奪って破壊した。
本当なら、ナバロン砲ごと爆破したってかまわなかったはずだ。…やはりそれは、文次たちを殺すことを彼女がためらったからではないか。
…彼らもまたゲッターチームと同じ、恐竜帝国には向かう「人間」にもかかわらず…
敵であるはずの女なのだが、その行動の目的がまったく読めない。
…ふっといつかの時のエルレーンの顔が胸に浮かぶ。…「私は『バケモノ』じゃない」と泣いていた、リョウと同じ顔の女。
と、思いを馳せていたムサシの目の前で、その影がひょいとこちらに向きかえった。
エルレーンもそこにムサシがいたことに気づき、驚いているようだ。
「…ムサシ、君?どうして、ここにいるの?」
「そ、そいつはこっちのセリフだ!だから、前も言ったようにここは早乙女研究所の私有地なんだ!恐竜帝国の貴様がはいってくるようなところじゃ…」
いきなり声をかけられ、慌てたムサシが思わずけんか腰になって怒鳴り返そうとする。
だが、その彼の言葉をさえぎって彼女は言う。
「あ、そうそう!あのねえ、私ね、その『シユウチ』って言葉、調べた、よ!」
「は、はあ?!」
「『私有地』…は、誰か持ち主がいる場所のこと。そうでしょ?」
「…あ、ああ」
唐突な彼女の質問に、素で反応してしまうムサシ。
「別に入っちゃいけない場所、って言うことじゃないんだよね。だったらいいじゃない、私がここにいても☆」
「…だ、ダメに決まってんだろー!」
「えー、どうしてー?!わかんなーい!」
しれっと答えるエルレーン。
…なまじ、自分の親友と同じ顔で言われるから、なおさらペースを乱されてしまう。
「と、とにかく、ここから出てけよ!」
「…?…どうして?」
きょとん、とした表情で、素朴に問い返すエルレーン。
「あ、あのなー!ここは早乙女研究所の土地なんだ!…て、『敵』のお前がうろついてんのを、見逃せるわけねえだろ!」
「…どうして?…私、何もしない、わ…前にも、言ったよね?命令がない限り、私…」
「そ、そんなこといっても無駄だ!…お前は、現にゲッターナバロン砲を壊したじゃねえか!」
「!…だって、あのナバロン砲は…!」
と、そこまで言って彼女は急に口をつぐんだ。そして、突然きょろきょろと周りをみまわす。
「?!な、何してんだ?!」
「…しっ!」
大声を出すムサシを制して、そっと人差し指を唇に当て「静かにして」というしぐさを見せるエルレーン。
…と、かすかなその「音」が、また聞こえた。今度はムサシの耳にも。
「…なんだろう…」
その「音」の出所が気になるらしく、彼女はその「音」の聞こえる方向を見渡す。
「…!」
「お、おい…」
…そして、とうとう「それ」を見つけたようだ。あさっての方向にかけていく。ムサシを放り出したままで…
「ま、待てよ!」
もちろんそのままでいられるはずがない。
わけがわからないが、ともかくムサシもエルレーンの後ろ姿を追っていく。
と、ある場所で、エルレーンがペたんと地面に座り込んだ。そして、不思議そうな目で真下をじっと見つめている。
「……??」
彼女にそっと近づくムサシ。
そして、彼女の肩口から、その視線の先にあるものをみてみると…
「!」
それは、小さな仔猫だった。
黒いのと、茶色いのが二匹…三匹の仔猫が、大木の根元、草むらの中でよりそっている。
エルレーンはこれを探していたのだ。
「…?」
エルレーンの右手がすっと黒猫に伸びる。
興味深い、といった目でそれを見つめている。
…そして、その手は無造作に猫のしっぽをつかみあげた。
「フギャーーーーー!!」
「わ、わ、馬鹿ッ!どこ持ってんだッ!」
ムサシは思わず、痛みに泣き叫ぶ黒猫を無理やりエルレーンの手からもぎ取った。
当のエルレーンはきょとんとしてムサシを見つめている。
「…私なにか、いけないこと、した…?」
首をかしげるエルレーン。
「お、お前、猫のしっぽはつかんじゃダメに決まってんじゃねえか!痛がるに決まってんだろ!」
「…!そ、そうなの…?!…」
途端にその表情が曇る。
「当たり前だろ!」
急所を思いっきり引っ張られてまだ興奮覚めやらぬ仔猫をなぜてなだめながら、あきれたようにムサシが言い放つ。
…だが、目の前のエルレーンの瞳にみるみる涙が浮かんできたのを見て、どきりとした。
「わ、私…知らなくて…ただ、触ってみたかっただけで…ぐすっ…ご、ごめん、なさい…」
とうとうしゃくりあげてしまった。
「お、おい…な、泣くなよ」いきなりショックで泣き出したエルレーンに、むしろムサシのほうが動転してしまう。
…いったん迷ったが、次の瞬間、彼は涙をぬぐうエルレーンの左手をぎゅっとつかみ、自分のほうに引き寄せた。
「?!」
エルレーンがびくっと震える。ムサシはその手の上に、そっと黒猫をのせた。
…あたたかい感触。やわらかな毛皮の感触。小さな命の重みが、エルレーンに伝わる。
(…かわいい…、可愛い)
自分の手の上で息づくそれは、とても小さくて、弱々しげなイキモノだった。
…しかし、その仔猫の瞳、手、身体…その全てが彼女の心に呼びかけてくるようだった。
「……!」
エルレーンの表情に笑みが生まれる。その小さな仔猫を…いとおしげな目で見つめて。
声もなく、手の上の仔猫を見つめている。やがて、おどおどと右手でその頭にそっと触れてみた。
なでられる感触に、仔猫が目を細めて喜ぶ。
「にゃあ」
小さな声で、礼を言う。
「…………!!」
それだけで、胸一杯に喜びが拡がるのが感じられた。にこっと仔猫に笑いかけるエルレーン。
…一方、ムサシは困惑を隠せないまま、エルレーンの姿を呆然と見ていた。
(…まるで…ほんとうに、子供みてえだ。…こいつ、本当にこの間オイラ達に戦いを挑んできたのと同じ奴なのか…?)
ムサシの胸に戸惑いがあふれる。「敵」であるはずのリョウのクローン、エルレーン。
…だが、今自分が見ているのは…小さな仔猫とたわむれる、ただの無邪気で素直な女の子でしかなかった。
(…今、エルレーンは隙だらけだ。簡単に倒せるに違いない)
そう一瞬は思った。
しかし、すぐにその考えは捨ててしまった。
仔猫をいとおしげに見つめる彼女を叩きのめすような気分にはなれなかったから…少なくとも、今は。
「…ねえ、ムサシ君!…これ、なあに?」
エルレーンが笑顔で問い掛けてくる。
彼女は「敵」であるはずのムサシに対して屈託なく話し掛けてくる。
「猫だよ。まだ小さいから、子供…仔猫だよ」
だから、ムサシは素直に答えてやることにした。
(…ゲッターにのっていない今はオイラと戦う気はないといっているんだから、まあ、いいか…)
そうは思いつつも、仲間であるリョウやハヤトのことを思い、一瞬気がとがめた。しかし、それはそれとして忘れておく事にした。
(…とりあえず今は、この女に付き合っておくのも悪くないか…もしかしたら、恐竜帝国の事も聞きだせるかもしれないし)
あらかじめ言い訳も考えて、自分にもそう言い聞かせておいた。
「ねこ?仔猫…ふーん、そうかあ!ねえねえ、猫って何食べるの?果物?肉?」
無邪気に笑うエルレーン。
「うーん、魚とか…ああ、そういえば…!」
ムサシは先ほど放り出した自分のカバンのところにかけていき、そこから食べかけのパンの袋を持ってきた。
「これでもいいんじゃねえか」
そう言いながら、小さくちぎって木で爪を問いでいた茶色い一匹の目の前に差し出してやる。
…仔猫はそれに気づき、いったん匂いをかいで確認してから、ぱくっとそれをうれしげに食べた。
「!…わあ、食べた!」
きゃらきゃらと笑うエルレーン。とても可愛らしい笑顔を、ムサシに向ける。
「…お前も、やれば?」
そのあまりの邪気のなさに、ムサシはいつのまにか自分がとっくに警戒心を失っていることに気づいた。
…だが、決して悪い気はしない。
(この程度は、別にいいだろ…リョウ、ハヤト?この女がこんなに喜んでんだし)
パンをひとちぎりとってエルレーンにわたしてやる。
彼女も、ムサシに従ってそれを小さくちぎり、こわごわと仔猫の顔の前に差し出してみる。
仔猫はそのパンにかぶりつき、ぺろぺろとエルレーンの指を舐めた。
「きゃはは、くすぐったい…☆」
「…」
ムサシはそんな彼女の様子を、微笑いながら見ていた。
今目の前にいるのが、「敵」である恐竜帝国のパイロットなんて信じられない。
…素直で明るい、無邪気なただの女の子だ…
と、ムサシはぞくっとするような強烈な視線を突然背中に感じた。
…嫌な予感がする。
恐る恐る振り向くと、丘の上にいたのは…
「…り、リョウ…」
そう、そこにいたのはリョウその人だった。
彼は偶然(ムサシにとっては運悪く)その現場に通りかかったのだ。
…極度の怒りでその眉がつりあがり、双眸にめらめらと炎が燃えている。
「ムサシ!何してやがる!」
「…あれ、リョウ」
エルレーンもようやくそこにリョウがいたことに気づいた。
「あ、あのー」
「何故その女と一緒にいるんだ?!そいつは俺たちの敵だろう!!」
激怒のあまり、とても仲間に対するものとは思えないほど激しい口調でムサシを問い詰めるリョウ。
「い、いや、それは…」
「エルレーン!貴様、何企んでやがるんだ?!」
「…企んでる?何を?」
リョウの激怒ぶりを不思議そうに見つめ、きょとんとしているエルレーン。「どうしてそんなに怒っているのか」とでもいいたげだ。
「ムサシ!答えろ!何のつもりだッ!!」
「い、いや、偶然あっただけだって!たまたま通りがかったらさあ」
「何…?!お前、どうかしたんじゃないのか?!それなら、何一緒になって話し込んでやがるんだ!」
「…ムサシ君に、怒らないで…リョウ?」
エルレーンが唐突に二人の間に割って入った。
「?!」
「私、前から言ってるけど、ゲッターにのってないあなた達と戦うつもりないの…それに」
そこで、にこっと笑ってエルレーンは続けた。リョウのほうに向かって、穏やかな微笑を浮かべたまま歩いてくる。
「?!」
いきなり自分に近寄ってきたエルレーンに対し、身構えてしまうリョウ。
ムサシの目に、リョウの表情が一瞬…ほんの一瞬、脅えを見せたのが見えた。
「あのねえ、ムサシ君にいいこと教えてもらったの!…見て!…これ、『ねこ』って言うんだって!」
そういいながら、エルレーンは腕に抱いた黒い仔猫をリョウに見せる。まるで、自分の宝物を見せるように。
「は、はあ?!」そのわけのわからない行動にあっけにとられるリョウ。ムサシも、その様子をぽかんと見ているだけだ。
「ねえ、可愛いでしょ?とっても、可愛いの☆」
「お、お前…」
リョウがなんとか言葉を搾り出そうとした時、エルレーンは突然リョウの右手をぎゅっとつかんだ。
「?!」
一瞬の油断のせいで腕をとられたリョウに緊張が走る。
…だが、エルレーンがその右手にそっとのせたのは、今まで腕に抱いていた仔猫。
彼は突然自分がいた場所が変わったことに気づき一瞬戸惑いを見せたが、またすぐに落ち着いたらしく、リョウの手に身をすりよせた。
「…?!」
わけがわからず、混乱するリョウ。
「ね?ふわふわでっ、ちっちゃくてっ、すっごく可愛いの!でしょ?」
仔猫の可愛さを力説するエルレーン。
自分の目の前で一生懸命に喋る、自分と同じ顔をした「女戦士」を見つめたまま、リョウはあっけにとられたままだ。
「…ね?リョウは、ねこは、嫌い?」
「…い、いや……」
無邪気なその質問に、さすがの彼も、とうとう素直に答えてしまった。
「そう!よかったぁ☆」
そう言ってにこっと笑うエルレーン。…と、ムサシのほうにくるりと向き直り、笑顔でこういった。
「…ムサシ君!『ねこ』のこと、ありがとう!…ムサシ君、とっても、やさしいんだね!」
「え…あ、いやあ…」
いくら敵とはいえ、可愛い女の子にそういわれて喜ばないような彼ではない。思わず顔を赤くしててれ笑いする。
「…ムサシ君は、やさしい…本当に、やさしいね…!」
にこりと微笑み、じっとムサシの目を見つめるエルレーン。
透明な瞳にムサシの姿が映りこむ…てれたように頭をかいて微笑っている、「人間」ムサシの姿が。
「…それじゃあね、ムサシ君、リョウ!」
そう言い残すだけ言い残し、唐突にエルレーンは草原をあさっての方向に駆け出した。
「?!お、おい、待てッ!」
リョウがその背中に怒鳴りつけるが、最早手遅れだ。彼女の足は素早く、どんどんその姿が小さくなっていく。
…そして、その姿はとうとう緑の海の中に消えていった。
「……なんだったんだ、あいつ…」
彼女が消え去った方向を見つめ、一人つぶやくムサシ。
「…なあ、そう思わないかリョウ…?!」
振り向いたムサシが硬直する。
…そこには、真顔で怒りのオーラをたちのぼらせている、「本気」のリョウがいた。
「…ムサシ。お前には、後からたっぷり話したいことがある」
「え、っていうか、その…」
「…言い訳は聞かんぞ!…まったく、お前ときたら、ちょっと可愛い女だったら敵でもいいのか!」
「そ、そう言う言い方はないだろう!」
自分にも非があるとはいえ、さすがにリョウのその物言いは癇に障る。
というより、自分と同じ顔の女を評して「可愛い」って、自画自賛か!と思ってしまったのも確かだ。
…無言でにらみあう二人。…だが、その時リョウの腕にいた黒猫が、短く「…にゃあ」と一声鳴いた。
「!」
はっとそちらをみる二人。
仔猫はそんな二人を丸い目で見つめ、もう一回「にゃあ」と鳴き声をあげた。
「…ははっ…」
思わず笑いがこぼれた。
「な、なんだよ…」
リョウも怒りの勢いが少しそがれてしまったようだ。そっと彼を地面に降ろしてやる。
…と、黒猫は一目散に兄弟のところに走っていった。
「…あ、あのさ、リョウ…オイラはさ、別に、あいつと仲良くしようと思ったわけじゃなくて、本当に偶然…」
「…わかった。わかったよ、もう…だが」
きっとそこで彼の視線がきつくなる。
「もうあの女には近づくなよ…あいつは、俺たちの『敵』なんだから!」
彼はきっぱりとそう言いはなつ。まるで、議論の余地はないとでも言うように。
…しかし、ムサシの胸にその言葉は染みとおっていかなかった。
仔猫を抱いてはにかむエルレーン。
あの少女が、本当に自分たちの敵なのか、敵になるのか…もはや、自分でも判断しがたくなっていた。
ただ、どうしても。ムサシの胸にまたあの惑いがよどむ。
「人間」のエルレーンを、恐竜帝国に「兵器」として扱われる彼女を、このまま放っておくのか…?
その答えをともに考えてくれそうなのはハヤトぐらいだろうか。
…少なくとも、今は何も言わないでおくほうがいいだろう。
少なくとも今、リョウの前では。


back