--------------------------------------------------
◆ I am "the arms", like your Getter Robot.(2)
--------------------------------------------------
「…」
エルレーンはじっと書斎の扉を見つめていた。
…閉じられたその扉の向こうに、確かに「それ」を感じる。
彼女の顔には、何の感情も浮かんでいない。ただ、彼女はまっすぐな瞳で扉の向こうを見つめている…
「…?…どうした、エルレーン?」
ハヤトが彼女に気づき、声をかけた。
「ん…ちょっと、忘れてたことが…あった、わ」
ふっと彼のほうをふりむくエルレーン。その途端、彼女の顔に穏やかな微笑が戻る。
「…ねえ、ムサシ君」
「あ、ああ、何だ?」
唐突にエルレーンに呼びかけられたムサシ。はっと気づき、返事をする。
「あのねえ、ずっと前から思ってたんだけど…その、背負ってるの…もしかして、剣?」
そういいながらムサシが背にしている日本刀を指差すエルレーン。
「あ、ああ、これか?…う…ん、剣っちゃあ剣だな。刀だよ」
「『かたな』…」
その見たことがないタイプの剣をじっと見ているエルレーン。…と、ムサシのそばについっとよってきた。
「ねえ、ムサシ君。それ、ちょっと、貸して…?」
小首をかしげ、お願いするエルレーン。
…リョウの格好をしたままのエルレーンにそんな風に言われたので、ムサシは頭がくらくらしてしまった。
…まるっきり女の子みたいな話し方をするリョウを見ているみたいで(もちろん今は「エルレーン」だということはわかりきっているのだが)。
「あ、ああ…ほらよ。…でも、何すんだ?」
「…」
エルレーンは無言でムサシから差し出された日本刀を受け取り、鞘からすらっと抜き出してみる。
緩やかなカーブを描く銀色の刃が、エルレーンの顔をきらりと映し出した。
「ムサシ君、これ…ちゃんと斬れる、の…?」
「ああ」
「ふうん…」しばらくその刀を手にし、つぶさに検分していたエルレーン。
…ハヤトたちは一体何故彼女がいきなりそんなことをしだしたのかわからず、あっけにとられている。
「じゃあ、これ…ちょっと、使わせて、ね」
「…つ、使う?」
「うん」
小さくうなずきかえし、エルレーンはくるりと身をひるがえした。日本刀の柄を右手に握りしめたまま、書斎の扉に向かっていく…
「お、おい、どこいくんだよ?!」
「エルレーン君?!」
突然部屋を出て行き、どこかに向かおうとするエルレーンに慌てるムサシや博士たち。
中身が「エルレーン」のままの「リョウ」が何かをしでかしてしまえば、無用の騒ぎを引き起こしてしまいかねない…
だが、エルレーンはかまうことなく歩みつづける。そして、書斎の扉の開閉ボタンを押した…
「あっ?!」
「…」
その扉の向こうに、一人の男が立っていた。…彼は、いきなり開いた扉の向こう、目の前に「リョウ」がたっていることに驚いた様子を見せている。
エルレーンは彼をまっすぐに見つめている…
「別所君!」
博士が彼の名を呼んだ。彼は早乙女研究所所員の一人なのだ。
「あ…は、博士、やはりこちらでしたか。見ていただきたい資料があったものですから、探していたのですよ…」
早乙女博士に向かい笑いかける別所。
だが、その笑みはぎこちない…
それもそのはずだ、自分の前に立ちふさがって動かない「リョウ」が、今だ彼を見つめつづけているからだ…無感情な瞳で。
彼女の視線が彼のいたるところをねめつける。…と、その視線が彼の胸でぴたりと止まった。
彼の白衣の胸ポケット、そこには「別所」と書かれたプレートがついていた。
また、その視線がゆっくりと上に動き…別所の瞳を射る。彼女はじっと見つめている。彼の瞳を。
彼女にはわかった。おそらく他の人間には、言われてもまったく気づかないほどの違いが。
そして、エルレーンは結論を下した。
「…り、リョウ君、ちょっと、すまないが…どいてくれるかな?博士と話したいんだ」
とうとうたまらなくなったのか、別所がそう言った途端だった。
「…よかった。あなたを、探しにいく、つもりだったんだ。…でも、ちょうど、いい」
「…?!」
その言葉に、博士たちのみならず別所の目にも驚きの色が浮かぶ。
…だが、次の瞬間、彼の目は信じられない光景を映した。
「リョウ」が素早く右手を大きく振り上げ、そのまままっすぐ打ち下ろした…
その軌道は別所の左肩をかすめていった。
そして、どさっという何かが落ちる音と共に、身体が重さのバランスを失い右にかしぐ。
…音を立てて落ちたのは、別所の左腕だった。
「…ぎ、ぎぃやあぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁ?!」
そのことに気づいた別所の口から、驚愕と恐怖の絶叫が吹き出す。
失われた左腕がまだびくびくと動いている…
「え、エルレーン?!」
「エルレーン君?!」
「な、何てことを!」
あまりの出来事に、ハヤトたちは一瞬自分の目を疑った。だが、それは紛れもない事実だった。
ショックで一気に顔色が変わる。
「…よく見て」
…だが、当のエルレーンの口調には何ら変わったところがない…穏やかに、冷静に彼女は言った。
「…?!」
博士たちの目に映ったもの。
…それは、別所の斬り取られた腕、そして、肉が露出した左肩から水のように吹き出る彼の血液…
それは、青かった。
「ぐ、ぐおおぉっ…!」
別所がずるずると後ずさり、エルレーンから距離を取ろうとする。その身体が壁にどさっともたれかかる…
その目には、「リョウ」の姿。青い血液に染まった日本刀を手にし、自分を見つめている…
その瞳には間の感情も浮かんでいない。冷たい光が宿った、透明な瞳…
「な…何故、だ…何故、俺が、ハ虫人だと…わかった…?!」
何とか相手の隙をつこうと、思いつくまま必死に「リョウ」に言葉を放つ別所…いや、ハ虫人。
そういっている間に、彼の右手はそっと腰につけていた光線銃に伸ばされていた。
「…」
だが、エルレーンはそれにも気づいていた。そして、迷うことなく彼女の剣が一閃した。
「ぐぎゃあぁぁぁっ?!」
今度は、ハ虫人の右肩から左腰にかけてを一気に日本刀が切り裂いた。
擬装用外皮が破れ、彼の本来の皮膚である、緑色の外皮があらわれる…そこからまた、彼の青い血が吹き出す。
…そして、エルレーンに降りかかる…まるで、雨のように。
「…く、くそ…」
もはや抵抗することも逃げることもできない。
それを悟った彼は、素早くポケットの通信機を取り出し、いずこかへつながるそれに向かって絶叫した。
「ば、バレたぞ!…は、早く、早く逃げろ!…流、竜馬が…」
だが、彼の通信はそこで無音になった。
日本刀の剣先から、ぽたり、ぽたりと青い血がしたたりおちる。
エルレーンはついに動かなくなったそのハ虫人を見つめ、つぶやいた…それは、驚くほど穏やかな口調だった。
今その語りかける相手を殺したのは自分だというのに…
「…ごめん、ね。でも、恐竜帝国に、このことを、知られると、まずいから」
そして左手で頬に飛んだ返り血をぬぐった…青い筋がかすかに残る。
「あ、ああ…」
「そんな…そんな…」
ミチルの身体ががくがくとふるえている。
今目にしたもののあまりのすさまじさに。エルレーンのすさまじさに…
それは、ハヤトもムサシも、博士も同じだった。
…この研究所内に人間に偽装した恐竜帝国のものが入り込んでいたことはもちろんショックだったが、それよりもはるかに彼らの心胆を寒からしめたもの。
それはエルレーン自身。
あの無邪気で子供っぽく、やさしい少女のもう一つの顔…
「兵器」として造られ、そう教育されたものの冷酷さ、その攻撃力、そして淡々と相手を…何の躊躇もなく、殺したあの様。
あまりの衝撃の大きさに、彼らは動けないでいる…その視線の先には、「リョウ」。青い返り血を全身に浴びた、エルレーン…
「…もう、一人…!」
突然に彼女がはじかれたように走り出した。そして廊下を一目散に駆けていく…
「!…ど、何処行くんだ?!」
「あ、後を追うぞ!」
それを見て我に帰った四人。慌ててその後を追う…
エルレーンはあっという間に階段を駆け下り、日本刀を手にし、全身真っ青に染まっているその姿を見て驚く研究所員を無視し、入り口のドアをくぐり抜ける。
…そして、周囲の様子に注意を向ける…ぐるりと見回したその視界に、研究所から走り出る一人の男の姿が映った!
「…!」
彼の姿を認めるや否や、エルレーンはそちらに向かって駆け出した…
男もそれに気づいたのか、その顔が恐怖一色に染まる。彼は森の中に逃げ込もうとする…
「こ、こっちだ!」
ハヤトたちもその後を追う。木々をくぐり抜け、草を踏み分け走る彼らの耳に、とうとうその小さな叫びが聞こえた…!
「…うぎぃぃぃっ…」
「?!」
「あっちの方だ!」
急いでその声が聞こえた方向に向かう四人。
…そして、うっそうとした茂みを超えた途端、その光景は突然に広がった…
「ぐ、う、あ…ああ…」
がたがたと震える、男の姿。彼は地面にべたりと座りこみ、がくがくとふるえながら…恐怖のあまり動けずにいる。
彼のおびえきった視線は、自らの目の前に立つ青年に向けられている…青い血に染まった日本刀を手にした、「流竜馬」に。
彼の左足は、右足に比べて不自然に短い…いや、ひざから下が、すっぱりとなくなっていた。
その断面からは青い血液が…ハ虫人の血が流れ、次から次へと地面に染み込んでいく。
エルレーンは無言で彼を見下ろしている。もはや脚をやられ、逃げることのできなくなった獲物を…
「き…き、貴様、は…な、流、竜馬、じゃないな…い、一体、何故、俺たちが…俺たちが、恐竜帝国の、スパイだとわかった…?!」
流血でゆらめく意識を必死でたてなおそうと、そのハ虫人はしゃべりつづけようとする。
「流竜馬」に向かって。
何故か突然自分たちの正体に気づき、日本刀で切り殺そうとしてきた男を…だが、その「流竜馬」は明らかにいつもと違う。
異常な妖気、異常な冷酷さが、今の「流竜馬」にはある。
「…だって、知ってたもの」
冷静な、何の感情も交えない「彼女」の声が、そう答えた。
その声、その口調、そしてその言葉…「知っている」という言葉が、ようやく彼に悟らせた。
今目の前に立っている「人間」が、何者なのかということを。
「?!…お、お前、は…な、『No.39』…!」
驚愕の色が彼の顔中に広がる。そして浮かぶのは、恐怖の表情…
「…!」
彼の反応に、エルレーンが唇の端でかすかに微笑うのを、ゲッターチームは見た。
「…!!…ば、『バケモノ』めぇええぇぇえっっ!!」
と、最後の力を振り絞り、突然彼は残った右足で地面を蹴り、エルレーンに飛びかかった…!
そして、彼の視界を真っ二つに裂く、銀の軌道。
一回は、左上から右下に。もう一回は…視界の下方ぎりぎり…ちょうど、自分の首筋があるあたりを通過していった。
どさっ、と音を立てて落ちたものがあった。その音が、やけにゆっくりとゲッターチームの耳に響く。
袈裟懸けに斬られたハ虫人の胸の傷口から一挙に血が吹き出した…
そのまま彼の身体は…首なしの身体は、エルレーンのほうに倒れかかっていく。
真っ青なシャワーが、エルレーンの全身に降りかかる…
その身体を、うざったい、といったような風に、エルレーンはもう一度真横になぎ払った。
すると、斬られた勢いでその身体は後ろに吹っ飛ぶ。
十字の傷からは血液が止まることなく流れ、ばしゃばしゃと地面に水たまりを作った。
「…!!」
あまりの光景に、ミチルは一瞬気が遠くなるのを感じた。
…それを察したムサシが慌てて力がぬけた彼女の身体を支える。だが、ミチルも何とか再び気を取り戻した。
どさり、と吹っ飛んだハ虫人の身体が地面に倒れ伏す。
すると、あたりに驚くほどの静寂が広がった…
そこには、立ち尽くすエルレーン。
青い返り血を浴びた凄惨な姿で立ち尽くす彼女は、驚くほど無表情にその身体の破片を見下ろしている…
「…え、エルレー…ン」
ショックにもつれる舌で、何とかムサシがその名を呼んだ。
自分たちが今までまったく知らなかった一面を見せた少女の名を…
だがその時、彼らは再び驚くべきものを見た。
ゆっくりとこちらに振り向いたエルレーン、彼女は…にこっ、と微笑したのだ。
その微笑みは、紛れもないあの少女の微笑み。無邪気さとあどけなさの残る、幼女のような微笑。
…今しがた殺した敵の返り血に全身まみれていながら、彼女はやさしげに微笑したのだ。
「…ムサシ君…!…これで、もう、大丈夫…だよ」
「だ…だ、『大丈夫』…?!」
「うん」
こっくりとうなずくエルレーン。頬に真っ青な血糊がついている顔に、笑顔を浮かべたまま。
「恐竜帝国が、研究所に送り込んだスパイは…今は、二人だけだった、はず。
…その二人とも、もう、いないから…ゲッター線ソナーのことが、ばれちゃう心配は…ない、よ」
「!…あ、ああ…!」
ようやく彼女の行動の真意がわかったムサシたち。
だが、その方法は、彼らの想像をあまりにも越え、激烈だった。
「え、エルレーン君、君は…」
早乙女博士の口から、乾いた声がもれる。エルレーンはふっと微笑って、博士にもこういった。
「ふふ…博士、…だから、もう、大丈夫だよ。…安心して、ね。…もし、また、スパイが来たら…私が、倒すから…」
彼女の言葉を、博士たちは気が遠くなるような思いで聞いていた。
目の前に立つ、敵の血を吸った剣を手にした血まみれの戦士は…まるで、天使のようなやさしげな微笑みを浮かべて、こちらに笑いかけているのだから…

「…」
「…」
あれから、数時間後。博士たちは研究所の書斎に集っていた。
あのあとすぐ、エルレーンは「再び眠ってしまう」と言ったため、ハヤトたちが浅間学園学園寮まで連れて行き、部屋で眠らせた。
…リョウのベッドに入ったエルレーンはすぐに瞳を閉じ…安らかな寝息をたてた。
その寝顔があまりに無邪気で、やさしげだったから…ハヤトたちはかえって、慄然とした。
敵とはいえ、あんなに冷酷に剣で相手を斬り殺したエルレーン。
その姿に、彼らは…自分の身が震えるのを止めることができなかった。
純粋な、恐怖で。
書斎の机にひじをつき、考え事をしている博士もそれは同じだった。
研究所の所員全員には急いで通達を出した。
…別所と、そしてメカニック1名が恐竜帝国のスパイであったこと。
…そして、今日あったことを絶対に流竜馬本人には告げてはならないということ。
それを徹底させること…
「自分の存在をリョウには知られたくない」と言うのはエルレーンの望みでもあったが、それ以上にこの事件は隠しておかざるをえないほど衝撃的なものであったためだ。
「…お父様」長い沈黙を破り、ミチルが早乙女博士に話し掛けた。
「…エルレーンさんを…」
「ミチル」
だが、彼女の言葉を途中でさえぎり、博士はゆっくりと首を振った。
「彼女は…純粋に、我々のために、ああしたのだ…責めてはならん」
「でも…!」
ミチルはまたあの光景を思い出したのか、ぞくっと身体を震わせる。
「私…怖い…!…あの人が、怖い…!」
「ミチルさん…!」
自分の感情を素直に口にしたミチル。…その思いは、いくら頭で考えたところでやはり否定できないものだった。
ハヤトにも、ムサシにも、博士にも。
「兵器」としての本性を剥き出しにしたエルレーン。
無表情に敵を斬り殺したあの様が、脳裏に焼き付いて離れない。
…そして、それでいながら彼女が見せた、あの可憐な微笑みが…
「ミチルさん…でも、あいつは…大丈夫だよ」
しかし、それでも、ムサシは言った。
彼女を「仲間」と信じる、信じるべきだと強く思う心から。
「エルレーンは、オイラたちのためにああした…だけど、きっと、そのうち…エルレーンだって、変わるさ…!
…もっと、違ったやり方で、あんなふうじゃないやり方で…!」
それ以上はうまく言葉にならなかった。
だが、ハヤトたちはその意図を察した。そして、無言でうなずくのだった…
彼らもまた、彼女を受け入れることを選んだのだから。

学園寮に戻ったハヤトとムサシ。…洗い場のほうで、なにかばしゃばしゃと水音がする。
「…!」
…覗き込んでみると、それはリョウだった。
彼はたらいの中に何かを突っ込んで、湯でこすっている…と、彼が二人の気配に気づいたのか、ひょいとこちらを振り向いた。
「!…お、おう」
「ハヤト、ムサシ…おかえり」
その言葉は、「リョウ」のものだった。
「…」
「…うん」
顔を見合わせ、ほっと息をつく二人。…どうやら、エルレーンは静かに彼の中で眠っているようだ。
「なあ、ハヤト、ムサシ…」
そんな彼らにリョウが声をかける。なんだかふに落ちない、というような顔をして。
「な、何だ?」
「俺…研究所に、行ったよな?」
「は、はあ?」
質問の意図がわからず、ムサシが間の抜けた声をあげる。
「ん…いや…」
自分でも困惑しているらしいリョウ。ようやくその理由がわかったハヤトが慌てて言葉を継いだ。
「な、何を言ってるんだリョウ…お前、さっきまで俺たちと一緒にいたじゃねえか。…で、お前は先に帰ったんだろ?忘れちまったのか?」
「…そう、なのか…?」
「そうだろうがよ。…おいおい、ボケちまったのか?」
あえておちょくるような口調でそう言うハヤト…
ムサシもやっと気づく。
エルレーンでいたときの記憶が、リョウにはないのだ。
だから、彼はいぶかしんでいる。
何故召集を受け研究所に向かったはずの自分がいつのまにかベッドに寝ていたのか、なぜその間の記憶が飛んでいるのか、を。
「そ、そうだよー!…リョウ、疲れてんのかー?」
なんとかそれをごまかそうと明るい声をあげるムサシ。
…そんな二人の様子を見て、ふっとリョウは自嘲するような微笑を見せた。
「そ、そうだよな…はは、俺、どうかしてるな」
「ああ…ところで、何やってんの?」
「ん?これか?」
ムサシがたらいを指差したので、リョウはその中にあったものを自ら引き上げて、二人に見せた。
それを目にしたとたん、二人は自分の顔色がさあっと変わるのがわかった。
それは、先ほどまでリョウが…エルレーンが着ていた、トレーナーとパンツ。
…そのいたるところに、真っ青なしみが、まるでインクびんをぶちまけたかのようについていた…
「そ、それは…」
「さあ…俺もよくわからないんだけど、いつのまにか…こうなってて」
心底不思議そうにリョウは言いながら、またたらいに張られた湯にそれをつけ、せっけんで汚れをこすり落とそうとしている…
だが、そのしみは、消えない。
湯で温められたその青いしみは…ハ虫人の、エルレーンが斬り殺した…
先ほどまでの「もう一人の自分」が斬り殺したハ虫人たちの血液は、しっかりと凝固してしまい、いくらこすってもとれはしない。
その青いものが血液などとはまったく気づかないリョウは、不服げな顔をして幾度も幾度も服をこすり合わせ、そのしみを取ろうとしている。
「まいったなあ…どこでこうなったんだろう。これ、気に入ってたのに…」
ぶつぶつとつぶやきながら、その不毛な作業を続けるリョウ。
彼の姿を、ハヤトとムサシは何もいえないまま見ていた…


back