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der engere Freund des "Graf Dracula"(1)






片翼をへし折られた鳥を、想像できるか?
一方の羽を無残に砕かれ、飛ぶことすらもはや出来なくなった、奇妙で惨めな鳥を。
今の俺は、その鳥と同じだ。
この世に生まれ落ちてから、いつもいっしょにいたお前を失ってから―
我が善き片羽を失った俺に、もはや飛べる空など無い。
そう、そして、俺のような男には―
この、薄汚れて矛盾だらけの、地上の世界のほうがお似合いだ。
その地べたを這いずり回り、のたうちながら、独り生きながらえる醜悪な鳥。
それが、今の俺だ。




ああ、しかし、それでも―




だが、俺は生き続けようとしている
どうしようもない絶望を抱きながら。




それが、お前との「約束」だったから。








教会のドアをけたたましくぶちやぶる音。
一人静かな祈りを捧げていた神父は驚き、身体を強張らせた。
開いたドアから、神父以外誰もいない教会に転がり込んできたのは…男が二人。
ぜいぜいと肩で息をしながら彼のほうに近づいてくるその男たちの顔には、焦燥と恐怖。
追ってくる何者かから、必死で逃げ…そして、庇護を求めてこの教会に逃げ込んだのは、明らかだった。
そして…数分もたたないうちに、その追跡者がやってきた。
ゆらり、とその人影が教会の入り口に形を為した瞬間、男たちの瞳が恐怖で見開かれた―
…それは、まだ年若いように思われる、一人の青年将校。
彼の後ろには、部下と思しき軍人が2、3人ついてきている。
将校は、冷ややかな瞳で、薄暗い教会の内部をぐるっと見回す。
木で作られたいす。ステンドグラス。そして…
真正面、祭壇の前に一人の神父、その影に…彼の探していた、脱走捕虜たちの姿!
薄い笑みが浮かんだ。彼は、物も言わぬまま…まっすぐに、祭壇に向かって歩み寄ってきた。
捕虜たちは神父を楯にするようにして、その身体をちぢこませ、がたがたと震えている。
大の大人が、それほどまでに怯えている―
事情がよく飲み込めないままであった神父も、事ここに至り、ようやく己の為すべき事を理解した。
「…」
将校の歩みが、止まった。
二人の捕虜をかばうように、年老いた神父が…たいして巨躯でもない身をひろげ、その前に立ちはだかったからだ。
「…お若い将校殿。事情は、わしにはよくわかりませんが…助けを求めている者を、このまま引き渡すわけには参りませぬ。
ここは、一度お引取りを願えませんじゃろうか」
「…」
かなりの礼を尽くし、できる限り穏やかに…神父は、将校に語りかけた。
…が、将校は、無言。
ぞっとするほど無表情な瞳で、神父を見下している。
しかし、次の瞬間だった。
将校の足が、再び動いた。
あっ、と思った瞬間に、神父は無理やり突き飛ばされ、床に背中から倒れこんだ。
痛みにくらめく老神父の視界が、再びクリアになる―
その視界の中には、もはや追い詰められ逃げ場も失った、哀れな二人の男と―そして、青年将校。
「た、助っ、けてくれぇッ…」
「う、うああああ…や、やめてくれえ、ッ」
極限まで来た恐怖のせいか、涙はおろか、鼻水すらぼたぼたと流しながら、懸命に命乞いをする二人。
立ち上がることすら出来ず、べちゃん、と地面に座り込んだままで…
だが、将校は…その哀れを催すほどの嘆願を聞き入れるような男ではなかった。
乾いた音が、二回。
がらんとした教会の天井にはねかえり、かすかに反響した。
二人の男は、瞬時に頭を撃ち抜かれ、遺言すら残せぬまま殺された。
神聖なる教会の床にぶちまけられた、彼らの脳漿。
そのあまりに凄惨な光景に、老神父の胸は衝撃でしめつけられる―
いや、彼だけではない。
将校に付き従っていた部下たちも、その顔には嫌悪と恐怖の色を浮かべている…
「…お、おお…か、神よ…」
神父は十字を切り、せめてもの手向けに、と祈りを捧げようとした。
だが、その時だった―
「…ふん」
軽く、鼻を鳴らす音。
将校の嘲笑に、神父の視線が思わず彼に注がれる…
だが、この人のよい神父が本当に度肝を抜かれるのは、次に彼がつぶやいたセリフだった。
将校は、事切れた二人の男の死骸を、底冷えするような暗い瞳で見つめたまま…小さな声で、こう言い放ったのだ―





あいつを見殺しにしたような神…そんな神の栄光をたたえる家など、薄汚いこいつらの血で汚れればいい!





「おい…」
「…あっ」
「あいつ…戻ってきてやがったのか」
「…相変わらずとんがったツラしてやがるぜ、あの伯爵サマはよ」
「ああ…聞いたか、お前?」
「ああ、聞いた」
「いくら、脱走したからってよ…いきなり撃ち殺すことはないだろうに」
「しかもよ、奴は…教会に逃げ込んだところを、殺したらしいぜ」
「?!…き、教会?!」
「おう…捕虜どもが逃げ込んだ教会でよ、止めようとした神父を突き飛ばして、その前で…」
「…狂ってやがる」
「あいつは、あの野郎は…まともな『人間』の血なんざ、一切流れてねぇんだぜ。情のかけらもねぇ、『バケモノ』だぜ…!」
「ああ…あいつは、」




「あいつは、まさしく『ドラキュラ伯爵』だぜ…あの、ミヒャエル・ブロッケンは!」




「…『ぐらーふ・どらくぅら』?」
「そう」
「それって…『ドラキュラ伯爵』、だろ?何で…」
「あの伯爵様のあだ名なんだよ」
不思議そうに目をぱちくりさせている男に向かい、彼の同僚はそう言って説明してやった。
噂の的になっている人物の「名前」は、ミヒャエル・ブロッケンといった。
だが、むしろその名より、つけられたあだ名のほうで彼は有名だった―
"Graf Dracula"…「ドラキュラ伯爵」。
両親が事故で急死した際、爵位を受け継ぎ「伯爵」になっていた彼は、その爵位に引っ掛けてそう呼ばれていた。
言うまでも無く、「ドラキュラ伯爵」とは…「吸血鬼」である人物を示す「名前」だ。
すなわち、そのあだ名に込められた感情とは―純然たる、悪意と嫌悪、そして恐怖だった。
顔に貼り付けるは徹底的な無表情と無感動。
ひとかけらの慈悲すら持ちえない、冷血な「バケモノ」…
その若さにあたわず、あまりに冷酷に「敵」に相対する彼に対するその悪感情を一言で表すのが、まさにそのあだ名そのものなのだ。
そして…「敵」でないからといって、「仲間」である軍の同僚たちに対し、彼が笑顔を向けるということも無い。
だから、ブロッケン大尉は…軍のほとんどの者から恐れられ、忌み嫌われていた(また、本人もそれを意に介してもいないようだ)。
それは、この同僚も同じらしい。
口に出すのも嫌だ、というような風情で、なおも罵倒を続ける。
「…あの野郎はよ、本当にとんでもない奴だぜ。あの『ドラキュラ伯爵』の奴はな…
不気味な野郎だぜ、職務以外のことじゃろくに誰とも口をきかねぇしよ」
「へー…」
「しかしよ、ベルント…お前、何でまたそんなこと聞くんだ?…あいつには関わるなよ、本当ヤバい奴だって!」
「ん、んー…」
生返事を返していた男は、同僚の忠告を、やはり生返事で受け取った。
どうやら、どうするべきかを思案しているようだが…
ベルント・レーマン大尉は、困ったような表情で、ため息を一つついた。
…右手で、なにやら黒いカード状のモノをもてあそびながら。

「おーい」
その男は、振り向かなかった。
だから、彼は…もっと大きい声を出してみる。
「おーーーーーい」
その男は、振り向かなかった。
だから、彼は…もっともっと大きい声を出してみる。
「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「…やかましいッ!!人の耳元でわめくなあッ!」
「…!…へへ、やあっと振り向いたなぁ」
廊下中に響き渡るような朗々たる声で、しかもその男のそばまで寄って思いっきり呼びかけてやるにつけ…
とうとう、その男も無視できなくなったらしい、これまた大声の怒号で怒鳴り返してきた。
だが、それこそレーマン大尉の思うツボ…
彼の関心を多少なりともひくことに成功したレーマン大尉は、こういって会話を切り出した。
「俺、ベルント・レーマン!輸送補給部隊の大尉やってます!よろしっくぅ〜ッ!」
「…」
が…男の反応は、またもや無視。
ふいっ、と視線をそむけ、さっさとその場から立ち去ろうとした。
しかし、レーマン大尉はあきらめない。
「あっちょっと何、無視?それってめちゃくちゃカンジ悪いぜ?」
「…」
「…ねーーーー、ちょっとおおおお!!聞いてよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「…〜〜ッッ!!やかましいと言ったろうがあッ!俺は、無駄にうるさい奴が大ッ嫌いなんだッ!」
…どうやら、よほどレーマン大尉の出す大声が気に触るらしい。
彼のいらつきっぷりを、その鋭い口調と厳しい表情が物語る。
だが、彼の怒りなどなんのその…にらみつけられているレーマン大尉は、ごくのんびりしたものだ。
にっこりと微笑み、のほほんと言葉を続ける。
「だからあ、ちゃあんとお前が俺の話聞いてくれたら、普通に静かにしてるってば。…な?ミヒャエル・ブロッケン大尉?」
「…!…貴様、」
己の名を呼ばれた男の表情が、かすかに険しさを増す。
それを見てとったレーマン大尉は、自分には敵意が無いことを付け加えた。
「おいお〜い、ケンカ腰にならないでくれよ。俺、別に、お前にいちゃもんつけたいわけじゃないんだから」
「…話とは何だ、早く言え」
「あっ、やっと話聞いてくれる気になった?いやあよかった、また無視されたらどうしようかと」
「いいから早く言えッ、俺は無駄な時間を使うのも嫌いなんだッ!」
「…こわぁい」
「早くしろ、とっとと言えッ!」
「…はいはい…」
かなり…いや、相当にぶっきらぼうで人好きのしない態度だが、少なくとも話は聞いてくれる気になったらしい。
改めて、話をはじめようとするレーマン大尉。
「話、って言ってもさ、たいしたことないんだけど」
「たいしたことないんだな。じゃあどうでもいいな」
「ちょ、ちょっと待てって!…あのさあ、お前…さっき、廊下でこれ落とさなかったか?」
ごそごそ、とポケットを探るレーマン大尉。
と…彼の上着の右ポケットから、黒っぽい何かが姿をあらわした。
「…!!」
ミヒャエルの目の色が、変わった。
「!…おっと!」
いきなり、右手のそれを掴み取ろうとしたブロッケン大尉の襲撃をかわす。
唐突なミヒャエルの行動に多少驚いたレーマン大尉は、少しばかり皮肉な口調で、その右手にあるモノ…それは、黒いカード入れ…を示しながら、こう言ってやった。
「いきなりそれは行儀が悪いぜ、ブロッケン大尉?…拾ってやったんだ、礼くらい言ってほしいもんだな」
「…すまない。ありがとう。じゃあそれをよこしてもらおうかッ」
「はいはい、どういたしまして…やれやれ、無愛想なこって」
誠意のかけらも感じ取れない棒読みのセリフを叩きつけられ、苦笑するレーマン大尉。
とりあえず、カード入れを差し出すと…まさしく「ひったくる」というのがぴったりの勢いで、ミヒャエルはそれを受け取った。
「礼は言ったぞ、レーマン大尉。ではな」
「ああ…しっかし、それ…よっぽど大事なモノだったんだな?」
「…」
このうっとおしいとしか思えないレーマン大尉から早く離れたいのか、カード入れを受け取るや否や、さっさと身を翻すミヒャエル。
後ろ姿に投げかけられた問いにも、まったく関心を示さないままで。
だが…次に、背中にこんな言葉が飛んできた途端、ミヒャエルの態度は一変した。
「…ってぇか…いっしょに入ってたコイツのほうが、実はもっともっと大事なモノだったりして…?」
「…?!」
思わず振り向いたミヒャエルの目に映ったモノ…
それはまさに、このカード入れに入れていたはずの、最も大切なモノだった!
…それは、一枚の写真。
端の方は擦れ、多少痛んではいるものの…大切に保管されていたらしく、その写真には折り目一つ無い。
その写真の中には、二人の人物が映っている。
一人は、ミヒャエル・ブロッケン大尉その人…
今よりももっと童顔に映っているところからすると、少々古い写真のようだ。
驚くべきことに、写真の中の彼は、笑ってすらいた。
素直そうな笑みを浮かべているその写真の彼は、軍内でも恐れられているこの仏頂面の悪魔からは、想像も出来ないくらいかけ離れていた。
そして、その笑顔の原因は…おそらく、彼の隣に移っている人物なのだろう。
それは、一人の美しい女性だった。
肩で髪を切りそろえたその少女は、ミヒャエルと同い年くらいだろうか。
かわいらしい笑顔を見せて、彼の隣で笑っている…
写真のそこここからも、この二人の間にあるモノが何なのかすぐ感じ取れる。
それは、そんなあたたかい写真だった。
「キレーな姉ちゃんだな、この人!これ、お前の女だったりするの?」
「…〜〜ッッ…!!」
「!…あ、あらら…?!」
ミヒャエルのほうに目を転じ、何の気なしにそう問いかけたレーマン大尉…
だが、ミヒャエルの顔を見て…彼の表情に、驚きが浮かぶ。
…ミヒャエルは、耳まで真っ赤になっていた。
いつもの無表情さ、クールさは何処へ飛んでいってしまったのか、動揺もあらわな今の彼の顔には、普段の冷静さのかけらも無い。
顔を赤らめ、困ったような、照れたような、怒ったような複雑な表情の彼…
思春期の青年でもそこまでしないだろう、というほどの、うぶな反応だった。
よっぽどこの手の話に弱いのか、それとも彼女の写真を見られたことが相当ショックだったのか…
すっかり気が動転してしまっている様子のミヒャエル、とにかく写真を取り返そうと手を伸ばした。
「そ、そんな、こと…お、お前には関係ないだろう、レーマン大尉!…か、返せ!」
「…おぉっと!」
「!…な…?!」
が、その途端、レーマン大尉の手がぱっ、と後ろにひかれた。
いたずらっぽい笑みを浮かべ、彼は楽しそうにこう一人ごちてすらいる。
「…へへっ、面白ぇ!…あの、噂の『グラーフ・ドラクゥラ(ドラキュラ伯爵)』が、ねえ…
カード入れに、いとしいカノジョの写真を入れて、肌身離さず持っているような奴だったとはねぇ…!」
「い、い、いいからッ!返せ、それ…か、返してくれッ!」
「んー、そうだなぁ」
必死に懇願するミヒャエルの目の前で、当の写真をひらひらさせながら…
しばし考え込むそぶりを見せたレーマン大尉、今度は突然こんなことを言い出した。
「お前のカノジョがどんなんか、見せてもらったし…今度は、俺のカノジョを見せてやるよ」
「…は、はあ?!」
「今週の土曜あけとけよ!俺のカノジョ、料理うまいんだ!晩メシご馳走してくれるように頼んどくからさ!」
「な、何…?!」
「鈍い奴だな!土曜日、俺に付き合えって言ってるんだよ…そん時、これ返してやるって!」
「?!…な、何で、そんなこと…ッ」
唐突の強引な誘いに、目を白黒させるミヒャエル。
だが、そんな彼の困惑など気にすることもなく、レーマン大尉はこう言って笑った。
「…いやいや、お前…面白いわ!興味出てきた!あいつにも会わせてやりたいし!」
「え、ええッ…?!」
「じゃな、ブロッケン大尉…ミヒャエル!」
「お、おい、ちょっ…レーマン大尉!」
と、さわやかにそう言うだけ言い放ち、その場を去ろうとするレーマン大尉。
慌てたミヒャエルの呼び止める声に、彼はくるり、と振り向き…にかあっ、と音のしそうなほど、鮮やかな笑顔を向けてきた。
「…ベ・ル・ン・ト!」
「?!」
「俺の『名前』は、ベルント!今度からそう呼んでくれよ、な、ミヒャエルッ!」
それだけ言い残すと、レーマン大尉はからから、と笑いながら…あっという間に、姿を消してしまった。
…そして、後に残されたのは…呆然としている、ブロッケン大尉だけ。
「…?!」
まるで、つむじ風のようにいきなりやってきて、しっちゃかめっちゃかにかきまわしていった、あの男…
あの理解がし難い(そして、苦手なタイプだ)男が去って数秒ほどして、やっとのことで彼も状況をつかむことが出来た。
次の土曜日は、奴に付き合わされる羽目になったのだ。
何故だか、奴は、自分に興味を持ってしまったらしい…わけがわからないし、またわかりたくもないが。
もちろん、そんなうざったい人付き合いなどごめんだ。
しかし、行かねば、奴に取られてしまったあの大切な写真を取り戻すことが出来ない…!
深い深いため息が、勝手にミヒャエルの唇からもれた。
一回だけだ、一回だけなんだから、と思いつつ…
しかし、あのへらへらと能天気な男の顔を思い切り殴ってやろうか、と、彼は真剣に考え始めてしまった。
写真さえ取り返せれば…などと、考えながら。