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Zwei silberne Ringe, ewige Liebesbande(4)


Zwei silberne Ringe, ewige Liebesbande(4)


陰鬱な曇り空の下、それでも青年は満面の笑顔で通りを走っていた。
他地域への派遣から帰ってきたばかりのミヒャエルは、家に帰る暇も惜しいという勢いで、恋人の家へ向かっていた。
もうすぐ会える。ラウラに会える。
そうしたら、さっそくこの結婚指輪を見せるんだ…
ああ、彼女はどんな顔をしてこれを受け取ってくれるだろう?!
左手にしっかりと銀の指輪を二つ握りしめ、息せき切ってミヒャエルは走る。
ぐんと伸びる彼の脚は、地面を軽やかに蹴って舞い上がる。
通りを抜け、街角をいくつも抜け、そしてとうとう…彼は、ラウラの家の前までたどり着いた。
ノックをするが早いか、彼は思い切りそのドアを開いた―
「…ラウラ!」
「!」
「あ…」
「…」
がちゃり、と無作法なまでに派手に開いたドア。
その音に驚き、奥からラウラの母親、父親、そしてマックスが姿をあらわす…
…だが、彼らの顔が…ミヒャエルの姿を見た途端、薄暗く曇った。
いや、それだけではない。この家全体に、何か重苦しい嫌な雰囲気が漂っている―
以前まではそうではなかったのに。
その異変に多少気おされながらも、ミヒャエルは挨拶を口にしようとした。
「あ…久しぶりです、マリアさん、マンフレッドさん…今帰ってきました。…マックス、ラウラは?」
「…い、今さら…今さら、何しに来たんだよッ?!」
「…?!」
しかし、ラウラの弟・マックスに呼びかけた途端…返ってきたのは、きりきりと尖った悪意。
怒りとやるせなさを顔中ににじませ、少年はなおも怒鳴りつけた。
「今さら、何しに来たんだよッ!て、『手紙』出しても来やしなかったくせに!あんなに大事な時に、来やしなかったくせに…ッ!」
「て、『手紙』?!…一体、何のことだ?!」
「とぼけるのかよォッ!」
「ま、マックス…?!」
マックスの怒号を浴びながら、しかしミヒャエルは混乱するばかりだ…
「今さら、何しに来た」。そして、「手紙を出しても来やしなかったくせに」。
マックスの言葉は、彼にとってわからないことばかりだった。
少なくとも、ミヒャエルはこの町を離れていた間、彼宛の郵便物など受け取ってはいなかった。
何か郵便事故でもあったのだろうか?そんなに大事な手紙だったのか…?
だから、マックスの言う「手紙」が、一体何を示しているのか、それすら彼にはわからない…
マックスの激しい怒りに困惑したミヒャエルは、その彼のそばで立ちつくすラウラの母親…マリアに向かって助けを求めた。
「あ…ま、マリアさん。ラウラは何処なんです?」
「…」
「彼女に渡したいモノがあるんです…ああ、見てください!あっちで作らせたんですよ、結婚指輪!早くあいつに見せてやりたい…!」
「…」
だが、どうしたことだろう―
己が娘に渡されるはずの結婚指輪、それを見せられても…彼女の表情は、動かない。
いや、むしろ、みるみるうちに哀しげなものに変わっていくではないか…?!
それは、父親も同様だった。
彼もまた、何処か生気の抜き取られたようなうろ暗い視線で、その一対の指輪を見つめている…
「?…どうしたんですか?ラウラは何処に…」
「…何を、今さら…ッ!」
「やめな、マックス」
猛るマックスのセリフに、母親の声がかぶさった。
それは、とてもとても穏やかな、いや…むしろ、感情の入り混じらない声だった。
「か、母さん…」
「…マックス、ミヒャエル坊ちゃんを案内してやりな。…ラウラのところへ」
「…」
マックスは、母の言葉に一瞬躊躇したものの…やがて、静かにうなずいた。
そしてミヒャエルの脇をすり抜け、彼に外に出るように促す。
(…「案内」…?)
彼ら三人の様子を怪訝に思ったが、それでもミヒャエルは、黙ってマックスの後をついて行くことにした。
…去っていく時、一度だけ彼は振り返ってみた。
マリアは、両手で顔を覆っているようだった…そして、夫のマンフレッドがその肩に手を置き、なぐさめているように見えた。
…そして、その理由を悟ることが出来るほど、ミヒャエルはカンのいい男ではなかったのだ。

マックスは早足で歩き続ける。
かつ、かつ、という硬い音が、せわしなく彼の靴の裏で鳴り響く。
その後を必死に追いながら、ミヒャエルはマックスに問い続けていた。
「…」
「…おい、マックス。俺を何処に連れて行くつもりだ?」
「…」
「ラウラは何処かに行っているのか?…『手紙』とは一体何のことなんだ?」
「…」
無理もない、先ほどから腑に落ちないことばかりだったのだから。
だが、マックスは無言のまま。下ばかり見つめ、歩き続ける。
だから、仕方なくミヒャエルも黙り込んだ…
そして、早足で歩くマックスの後を、ただただついていく。
…十五分ほど歩いたころだったろうか。
唐突に、マックスの足が止まった。
「…ついたよ、ミヒャエル」
「え…?」
ミヒャエルの心臓が、一瞬…奇妙な鼓動を打った。




そこは、共同墓地だった。




マックスの足が、再び動き出す。
「な…ま、マックス、ッ」
「…アンタが行ってから、一ヶ月くらいだっけ…姉ちゃんが、事故にあったのは」
「事故…?!」
「ああ。…買い物帰りだった。ざんざん降りの、雨の夜」
「…」
とうに全ての悲しみを使い果たしてしまったのか―
何の抑揚もなく、マックスは淡々と説明を続けた。
それに反して、ミヒャエルの鼓動はどんどんと速くなっていく。
心臓が壊れそうなくらいに、異常なほどに早鐘を打つ―
「家の、本当に家のそばの道路で…濡れた路面で滑った車が、カーブを曲がりきれずに…勢いよく横なぎに倒れた」
「…」
「姉ちゃんは、それに気がつかなかった」
再び、マックスの足が止まった。
…それは、真っ白な、まだ真新しい墓石の前…
小さなその墓石には十字架があしらわれ、そしてその表面には…神に召された、信仰篤き者の「名前」が刻んであった。




"Laura Schneider"




心臓が、刹那…驚愕のあまり、鼓動を止めた。




「…〜〜ッッ!!」
「姉ちゃんは、身体中強く打って、血を吐いて…それから、一週間後に…!」
「そ、そんな…ら、ラウラ、ッ」
墓石の前に、ミヒャエルは崩れ落ちる。
手に触れた墓石は冷たい。まるで、氷のようだ。
こんな冷たい墓石、こんな冷たい土の下に、あの美しい女がいるというのか?!
あの時抱いた彼女の身体は、あんなにあたたかかったのに…!
「…俺は、すぐアンタに手紙を出したんだ!なのにアンタは帰ってこなかった!なのにアンタは、帰ってこなかったんだよぉぉおおぉッッ!!」
「ら、ラウラ、ラウラ…!」
動転したミヒャエルの手は、何度も何度も墓石の上を滑る。刻まれた死者の「名前」、その上を滑る。
冷たい感触に怖気を奮う…
だが、突如、墓石に這わせていた手の上に、あたたかい水が落ちてきた。
それは、ぽたり、ぽたり、と、休むことなく降っていく…
「姉ちゃんはな、姉ちゃんはな?!大怪我をして、身体中めちゃくちゃ痛いはずなのに!
それでもずうっと、祈ってたんだぞ?!…自分のことじゃなくって、アンタのことを!」
「…!」
「アンタが無事でありますように、って!アンタが幸せでありますように、って!…ね、姉ちゃんは、笑って…!」
「…ら、ラウラ…」
頬をつたいこぼれ落ちる涙は、もはやとどめようもなかった。
マックスが叫んだ、死の床にあってそれでも祈るラウラの姿。いとしい男の幸福を祈る、瀕死の聖女。
その姿がミヒャエルの網膜に浮かび、それがさらに…彼の精神の中息づく、記憶の彼女と重なり合った瞬間。
ミヒャエルの全身を、雷(いかづち)のような衝撃が砕き割った。
「ラウラぁああぁぁああぁぁあぁあぁぁッッ!!」
ミヒャエルの絶叫が、鉛のような空を切り裂いていった…

鈍色の空。そのどこかで、近い雨の到来を警告する低いうなり声が鳴っている。
ミヒャエルは、しばらくの間…ずっと動かなかった。
まるで動きを止めた機械のように。
頭を垂れ、ラウラの墓石の前にくずおれたまま…
硬く握りしめた彼の左拳の中には、あの…銀の指輪が二つ、入っている。
「…」
「その、指輪…無駄になっちまったな」
「…」
「アンタは、きっと…そのうち、他の女(ひと)と結婚しちまうんだろうけど、…けど…姉ちゃんのことも、どうか…どうか、忘れないで」
「マックス」
マックスの何処か遠慮がちな、だが切ない願い…
その言葉を遮って、ミヒャエルは低く押し殺した声で言った。
「誰が、他の女と結婚するなどと言った?」
「…?」
ミヒャエルは、立ち上がる。その視線は、真下…己の恋人の墓に注がれたまま。
「…俺の花嫁は、ただ一人。ラウラ一人しかいない」
「…ミヒャエル…」
「はは、それに…俺は、あいつから、言われてるんだ…」
「え…?」
突如、乾いた弱々しい笑い声をあげるミヒャエルにいぶかしむマックス。
マックスの目に映る義兄(あに)…義兄(あに)になるはずだった人は、こう言って微笑した…
「…『離れているからって、絶対浮気なんかするんじゃないわよ』ってな…!」
「…!」
ミヒャエルは、再び視線を墓石に転じる。
その下に眠るいとしい女に、こころの中で呼びかける―




そうさ、ラウラ。
離れていても、浮気なんてしやしないさ。
例え、天国とこの地上、空を挟むくらいに遠く離れていても…
そう俺はお前と「約束」したんだから。
俺にとって、お前以上の女なんて…そう見つかりはしないだろうがな?
だから―俺の女は、お前だけ。
俺のいとしい花嫁。愛する人よ。
俺は―




"Ich gelobe es, dich zu lieben―――AUF EWIG."
お前を愛し続けることを誓う―――永遠に。





ミヒャエルはそうつぶやき、自分の右手の薬指に…男用のそれをはめた。
曇天の空。薄暗い墓地に、肌寒い風が吹いた。
突如、雷鳴音が空気を裂いた。
それを皮切りに、ぽつ、ぽつ、と雨粒が落ちてきた。
しかしすぐにそれは大粒の雨になり、そして勢いよく天空から降り注ぎ始めた。
突然の雨に全身を打たれながら、ミヒャエルはなおもラウラに告げる…




ラウラ。
俺は…もはや神を信じない。
あれだけ神の愛を信じ、神の加護を祈り、そして…俺のために祈ってくれた、こころやさしいお前。
そんなやさしいお前にこんな残酷な仕打ちを強いた神など、俺はもはや信じない。
いや、俺は…むしろ、神を憎む。
俺からお前を奪い去り、清廉な信心の報いにと、冷酷な運命をお前に与えた神を憎む。
そう…憎み続けるだろう。




ミヒャエルは、目を見開いた。
そこには、それまで彼の中には見えなかった…どす黒い闇がまたたいていた。
そして、彼はきびすを返す。そして、何も言わぬまま…その場を去っていく。
一瞬、マックスは、彼に声をかけようとした。
だが、できなかった。
ミヒャエルの瞳に見えた、暗い光が…彼にそれを阻ませた。
マックスは、無言のまま去っていくミヒャエルの背中を、ただ見送っていた。
その背中はやがて小さくなり、土砂降りの雨の中、とうとう何処かへ消えてしまった―
それが、マックスが彼を見た最後の時となったのだ…








「…」
かちり、かちり、かちり。
静まり返った部屋に、時計の秒針が進む音だけが響き渡っている。
いつの間にか、その短針はずいぶん前へと進んでいた―
回想の中に我知らず溺れているうちに、夜はさらに深くなっていたのだ。
…ブロッケン伯爵は、無言のまま。
左手で、チェーンの先に在るリングをつまみあげる…
鈍く光る、銀のリング。
その内側には、あの日彫金師が刻んでくれた、あの女への愛の言葉…




ああ、そして、ラウラ―
お前に「約束」したことが、もう一つあったっけ。
それは―




あの時、戦場で一度命を失った時…
俺は死ななかった。死ねなかった。
次に覚醒した時、俺はもはや「人間」ではなかった。
Dr.ヘルによって身体を作り変えられた、首すら胴から切り離された「バケモノ」…
異形の怪物に、俺は成り果てていた。



ラウラ。
これはお前の呪いなのか?
「簡単に死ぬな」、その「約束」どおりに俺は死ななかった。
それとも、これはお前の祈りのもたらした加護か?
…ともかく、俺は死ななかった。
「人間」でなくなったとしても、それでも―



ラウラ。
お前は今も、この空のどこかで、俺のために祈ってくれているのだろうか?
汚れきった、邪悪な「バケモノ」のこの俺のために?
そうでなくてもいい。
清らかなお前には、俺のような罪深い男など似合いはしないだろうから。
だが―
俺も、情けない。
それでも、こころの何処かで…お前が俺を見守ってくれていることを望んでしまうのだ。
俺のために、祈り続けてくれていることを…!


ラウラ。我が永遠の花嫁よ―
俺…いや、「我輩」は、今も生きているよ。
この世界を、そしてこの世界を作り、それでいてお前のような清らかな女を見殺しにした神を憎みながら。
ああ、ラウラ。
それでも、我輩は―




今でもお前を愛している。
お前のための銀の指輪を、いつも胸に抱きながら―




そして、長い長い空白の後…
ブロッケン伯爵は、ミヒャエル・ブロッケン伯爵は…再び、深緑の軍服を着込んだ。
…その奥に、あの指輪を―あの首飾りを隠しこんで。