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五千円以内で幸せになる方法


7、月見をする

昼はいずこかに身を隠し、夜は夜で常に同じ顔を見せている−そして何も語らず、
汚れた大気のはるか上から人を見下ろしている、月。
 今夜の天気は、晴。寒くはないがそれでも風は止むことなく静かに音を立てて吹いている。
雲はその風に吹かれ、すでに散った。
 そして私の頭上に、月。今夜の月は十六夜月。
満月ではないが、それでもらんらんと、明るい光を
投げ返している。
とても誇らしげな彼女にはちょっとすまない気もするが、
あんまりにえばっているもんだから、
昔小惑星の大量摂取が原因でわーっと一気に発生してしまった、
浅黒い顔中のニキビも良く目立つ。
 「毛穴パックを習慣にすれば、少しづつ毛穴も目立たなくなっていくそうですよ」
 美しさに敬意をあらわするため、丁寧語を使って彼女に話し掛ける。
そういってパイプいすを用意し、
先ほどかってきたローソンの買い物袋の中身を広げ始めた。
 今宵は、月見の夜だ。
 地球の妹星である月を、人はずっと愛してきた。
詩を詠み、彼女に関する物語を創作したり、
暦を作るよすがにしたり、
そして私のように、彼女を愛でつつ酒を飲んだりするのだ。
 「今日は一段とおカレーで…いや、晩御飯じゃないっスよ、
華麗だと申し上げてるんです」
 月がプラチナ色の光のリングをまとった。
 「あれですね、取り巻きのお星様たちも今日はいつもよりずっと輝いていますよ。
冬が近いんでしょうね」
 月がかすかに天空で震えた。
 「月よ、月よ、あなた様んちで変われているのは、ロップイヤーラビットですか
それともノウサギですか」
 月はさらに高くを目指した。
 私はチューハイのプルリングを引き上げた。
ぷしゅっと軽い音がして、しゅわしゅわと歌うように
カンチューハイが踊る。
 「月よ、それでは宴をはじめてもよろしいでしょうか」
 無音。ただ月は銀の光を放つ。
 そう、月は何も語らない。
 だが私は返らぬ答えを受け取っている。
それはすなわち、私自身が己が心に返すものだ。
ちょうど、己が光るのではなく、太陽の光を浴びそれを反射しているに過ぎない、月のように。
 カンチューハイのカンが軽くなっていくにつれ、私の心も地から遊離しだす。
 「連れて行ってくださいよ、あんたのお側に」
 かわりに取り巻きの星がまたたいた。
 ポテトチップスをつまみ、カンチューハイをあおり、
焼き鳥をかじり、月を見上げ、そしてまたカンチューハイをあおる。
宴は淡々と続いていった。
 だんだんと高みへと月は登っていく。
透明な光に満ちたローブをまとった女神アフロディーテの気品を漂わせている。
それはかつて読んだ物語にも似て、静かに、美しく。
 「…そういえば、カグヤ姫さんのご実家って何町何番地にあるんスか?」
 矢のように射られた月光が私の目を刺す。
 月にいさめられた私は慌てて恐縮するフリをした。
 時計の針はゆうに一回転し、カンチューハイ二本もすでにからになった。
私は酔っている。
すでに酔っているに違いない。
それでも、心地よい浮遊感の中で私は確かに月を見ている。
風に吹かれ、表情を微妙に変えながら真っ黒な夜空にひらめく光を、
冷たい硬質な、それでいて人を共鳴させるエネルギーを、
月という星を見ている。
その美しい微笑みによって感じる、ある感覚。
それを、「幸福」と名づけても、よいのだろうか…?
 そういえば、遠い昔、私と同じように月に魅せられ、
水面に映った月を得ようとしてみまかった詩人がいた。
名を李白といった。
だから私は最後に思い切って言ってみた。
 「私を連れて行ってください、彼と同じように」
 月はただ張り付いた微笑みを返しただけだった。
 どうやら、私は女神のお気に入りではないらしい。