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主将と子鬼のものがたり(9)


少女が組むのは、機械の呪言。
CPUを困惑させ混乱させ混迷させそして破壊する、忌まわしい呪いのコード。
数え切れないフェイルセーフを斬り殺し。
理路整然と組み立てられたモジュールを叩き殺し。
幾十にも重ねられたコンポーネントの塊を刺し殺す。
彼女は殺す、彼女と仲間が心血を注いできたはずのメカロボットを。
細い彼女の指が叩き続けるキーボードから、その呪いはうたいはじめた。


「ぐお…!」
ライガー号のコックピットを、不吉な振動と衝撃が貫く。
背骨を揺るがすようなその音に、思わずハヤトは声を漏らした。
「ハヤト君!」
通信機から飛び込んでくるミチルの声も、緊迫感に満ちている。
早乙女研究所より少し離れた山中。
不気味な魂無き蜂どもを迎え撃つべく早乙女博士が指示した空間は、今や身震いするような羽音で包まれていた。
真っ青なライガーのボディには、すでに数え切れないほどの傷。
蜂ロボットの針は、その一撃一撃こそ力強くは無いものの…絶え間なく降り注ぐ連撃を喰らっては、いかなゲッター合金と言えど徐々に砕かれていく。
そして…ライガーの攻撃は、その蜂どもにかすりもしない。
チェーンもドリルも簡単に避けられる、言うまでも無くミサイルもだ!
ミチルもレディコマンドで援護してくれるものの、やはりその攻撃は当たらない…
「ハヤト君、やっぱりダメよ!ライガーじゃこいつらのスピードについていけないわ!
分散して戦うべきよ!」
「いや、ダメだ!」
ミチルの懸命な提案。
だが、ハヤトは、青ざめながらも力強くそれを拒否する。
確かに、この無数の蜂どもを相手にするには、合体形態のゲッターライガーの攻撃はあまりに大振りすぎる。
振り回すドリルはあくまで威嚇、それかせいぜいまとわりつく奴らを追い払うのが関の山だ。
…しかし。
「ゲットマシンのままじゃ、あっという間に蜂の巣にされちまって終わりだ!
少なくとも…リョウたちが帰ってくるまでは、耐えるしかねえッ!」
オープンゲットした戦闘機・ゲットマシン状態では…むしろ、攻撃を耐えることすらできないだろう。
ただでさえパイロットを二人欠いてエネルギーゲインが足らない状態だが、それでも分散形態より防御力は高い。
そうだ、今は耐えるしかない。
後数分…いや十数分…いや、数十分?!
「きゃあッ?!」
「ミチルさんッ?!」
爆音。絶叫。衝撃波。
赤い炎が燃え上がり、黒い煙が後を追う。
見れば…青空の中、レディコマンドが燃え盛っている!
「う…ね、燃料タンクを!」
蜂の一刺しにやられたレディコマンドは、最早風前の灯…
悲痛なミチルのセリフは、もう彼女が戦えないことを如実に示す。
「ごめんなさいハヤト君!…だ、脱出するわ!」
短くそういい残して、通信が途切れ。
操縦席から、脱出装置が空中に射出され。
そして、次の瞬間―
レディコマンドは、ひときわ大きな光とともに爆散した…!
「…ちっくしょうッ!!」
毒づくハヤトの表情に、冷や汗がつたう。
これで、ターゲットは自分ひとり…
より深刻になった戦場に、ハヤトはすでに…たった、一人ぼっちだ。


「ははは!やった!」
「やっぱり奴ら、ろくにメカ戦鬼蜂を落とせやしないぜ!」
敵機撃墜に沸き立つ、海底研究所の面々。
鉄甲鬼や地虫鬼、グラー博士も興奮を抑えきれない様子だ。
その視線は全てモニター画面に注がれている、あの宿敵ゲッターロボGを彼らのメカ戦鬼蜂が完全に屠るその瞬間を見逃すまいと…!
が。
その時。
「…!」
ようやく、彼が…彼だけが、気づいた。
(…蒼牙鬼?!)
研究者たち同様に、メカ戦鬼蜂の戦いぶりに見惚れていた一角鬼。
しかしながら、とうとう彼は気づいた…
あの少女の姿が、いつの間にかなくなっていることに!
(…!)
ぐうっ、と。
奇怪で不愉快なあの感触が、彼ののどもとまで一気にせりあがる。
慌てて部屋中に視線を走らせるも…やはり、あの小柄な少女はいない!
「…ッ!」
一角鬼は駆け出す。大広間から、一気に。
(まさか、あいつのところへ行ったんじゃ…!)
不吉な予感に押され、廊下を走る。
と―その視野に、あの少女の部屋の扉。
その扉は、開きっぱなしだった。
…そして。
「!」
暗い部屋、モニターの群れ、そのコンソールの前に…肘掛け椅子に座った、少女の後姿。
一体こんな時に何をしているのか…?
かちかちかちかち、と鳴る音が、彼女の存在を示している。
「…おい、蒼牙鬼?」
「…」
呼びかけても、返事は返ってこなかった。
が、薄暗闇の中でもはっきりわかるその金色の髪は、確かに彼女のものだ。
「蒼牙鬼」
何だ、奴のところへ行ったんじゃなかったのか…と、ほっと胸をなでおろしながら。
ひょい、と、背中から覗き込む…
「お前、何やって…?」
「…」
無言。
少女はただ目の前のモニターを見つめ、目にも留まらぬスピードで何かを打ち込み続けている。
部屋に満ちるのは、かちかちかちかちという連続音だけ。
「おい、聞いてんのか?!」
「…」
短気な一角鬼が、無視されたことに苛立ちの声を上げる。
無言。
少女は何も言わない。言い返さない。視線すら、上げない。
ただひたすら、かちかちかちかち―
そのあまりに無礼な態度に、一角鬼が怒鳴り声を上げようとした…
まさに、その時。
「蒼牙鬼ッ…」
「もう、」
かちっ、という音で、そのリズムは唐突に断ち切れ。
コンソールから、少女は手を上げた。
「遅い…のだ」
独り言のように、そう言って。
少女の口から漏れた謎めいた言葉に、いぶかしげな顔をする一角鬼。
その時だった。
小さな破裂音が、響いた。
ふと一角鬼は、顔を上げ、音を出したモニターのほうに目をやる…
「?!なッ…」
驚愕。
目を見張る一角鬼の前で、それは起こり始めた。
「!」
一角鬼は、蒼牙鬼を省みる。


…少女は、微笑んでいた。


そこで、ようやく彼は知る…
この少女が、何をしたのかを!
「お、お前、まさかッ?!」


「!」
ゲッターライガーのパイロット・ハヤトは、己の目を疑った。
今まで必死に蜂どもの攻撃を受け流してきたが…
突然だった。まさしくそれは突然だった。
蜂ロボットの群れが、狂いだした。
「あ…な、何だ?!」
あれほどまでに統率されていた動きが、嘘のように。
あるものはそばにいた蜂ロボットを刺し貫き爆発し、
あるものは錐揉みして墜落していく。
一斉にライガーを狙ってきた蜂の群れが、少しずつ少しずつ自壊していく…
ハヤトにはまったく状況がつかめない。
だが、ともかく奴らは勝手に崩壊していっているようだ…
「どうしたっていうんだ、これは…!」


「な…何だ?!」
「メカロボットの動きが変だぞ?!」
大帝の間にも、動揺のざわめきが満ちる。
一気呵成の攻めを見せていたはずのメカ戦鬼蜂が、何故唐突に…?!
「これはどうしたことじゃ!」
大帝の怒声。
「は、はあ…な、何らかの不具合かと」
卑小な元帥は、最早冷汗三斗。
しかし、口先だけでごまかそうとしても、ブライの興奮は収まらない。
「何を言っておる!メカの出来は完璧だと言ったのはヒドラー、お前ではないか!」
「し…しかし、グラー博士が…」
「言い訳無用!」
不甲斐ない、情けない事態に怒り心頭の大帝、泡を喰ったヒドラーは部下に原因究明を急かす。
「な、何をやっておる!早く、早く、原因を…」
「そっ、それが…?!」
「どうした?!」
しかし、操作を担当していた部下は弱々しい返答を返す。
「…め、メカのコントロールが出来ないのです!」
「出来ない?!」
「ど、何処からか、ハッキングを受けて…!」
「何だと?!」
「!わ、割り出しました!」
すっとんきょうな声。
どうやら、犯人が見つけられたらしい。
だが…その正体は、彼らの想像の遥か埒外だった。
「ハッキングは…海底研究所、海底研究所内のコンピュータから行なわれていますッ!」
「な…」
ヒドラーの絶叫が、大帝の間に反響する―
「何いいいいいいッッ?!」


蒼牙鬼は、わざとそうしたのだ。
すぐに、自分に矛先が向かうように。
自分に憎悪と憤怒が向かうように。
―彼への、彼らへの攻撃から、目をそらさせるように。


「蒼牙鬼…お前ッ!」
顔面蒼白になる一角鬼。
画面の中で次々と、次々と、メカ戦鬼蜂が堕ちていく。
煙を吹いて。まっさかさまに。
「まさか、お前がやったのか…これを!」
「…」
一角鬼の驚愕に、少女は振り返らない。
「何て馬鹿なことを!何でこんなことを!」
「…」
一角鬼の絶叫に、少女は振り返らない。
長大なモニター画面は、止むことなく崩壊していくメカ戦鬼蜂の姿を映し続ける。
…この百鬼帝国の知力の粋たる彼らが造り上げた、精緻なる戦闘兵器が。
「こいつぁ、お前やグラー博士、地虫鬼のガキや鉄甲鬼たちが必死に開発してきたんだろうが?!
それを、何でまた!お前、一体…」
「そう、なのだ。私も、これを、開発した、のだ」
ようやく口を開いた蒼牙鬼の台詞は、何処か傍観者じみていて。
それはあまりにも平坦としていて、一角鬼を困惑させる。
「だったら、何で!」
「…だから」
自らも関与した、仲間たちとともに苦難の果てに練り上げただろうそれを、何故?!
じりじりと昂ぶっていく一角鬼の怒りは、だが、正当だ。
その直ぐな憤りに、少女は…震える吐息に混ぜ込んで、本当の思惑を漏らした。
「それで、あいつを、困らせたくない……のだ」
「?!」
「…今日は」
青い瞳が、震えた。
少女は画面を睨みつけたまま、か細い声で呟いた―


「今日は、イッカイセンの、日、なのだ」
「!」


「だから、研究所を襲ったら…あいつが、帰ってこなきゃ、いけなくなる。
シアイに、イッカイセンに、出れなくなる、のだ」
「蒼牙鬼…お前!」
ぐらり、と、地面が揺らいだ―気がした。
あの不快な感覚が、頭でがんがん鳴り渡る。
揺れに酔った脳からは、まともな言葉が出てこない。
「お前…ッ!」
「…」
「馬鹿野郎…馬鹿野郎ッ!」
そのかわりに、思考だけが、後悔だけが、頭蓋の中でわんわんとうなる。
今更な後悔。今更過ぎる後悔。


どうして。
どうして、あの時―
殴り飛ばしてでもこいつを止めなかったんだ、俺は…?!


「お前、こんなことして無事でいられると思ってんのか?!
こんな、とんでもないこと…確実に処刑される!」
「ああ」
「わかってんのか?!死ぬんだぞ、お前は…殺されるんだぞッ?!」
「…ああ」
大の男が、今にも泣き出しそうな顔をしながら怒鳴る。
必死に叫ぶ一角鬼を、蒼牙鬼はその蒼い瞳で見返しながら…
まるで、それをなだめるかのような穏やかな声で言うのだ。


「それでも、イッカイセンのほうが」
「…!」
「シアイのほうが」


迷いも、惑いも、消え失せた、
そこにあるのは、純粋すぎて…その他には、何も映らない想いだけ。
澄んだ想いは真っ蒼で、それこそ少女の二つ名にふさわしく。


「あいつが、シアイに出るほうが、…大事」
「蒼牙鬼…!」


少女が、あまりにも超然とそう言い切ったものだから―
一角鬼は、最早かけうる言葉すらすべて失った。
蒼牙鬼は、真っ直ぐに、真っ直ぐに、何も見ないまま、ただ前を見つめている。
一匹、また一匹、メカ戦鬼蜂最後の一匹までもが墜落して砕けていく、その様を、何も見ないままに―


そして。
そのどうしようもないショウが、終わった頃に。


「!」
「そ…蒼牙鬼!」
と。
ばたばた、と、にわかにやかましい幾多もの足音。
振り返った一角鬼の視界の中に駆け込んでくる…少女の同僚たち。
そしてその背後に控えているのは…ヒドラー元帥に、その配下ども。
「う、嘘だよね?!君がアレをやったなんて…嘘だよね?!」
「違うんだろう蒼牙鬼、そうだよな?!」
「…」
地虫鬼が、鉄甲鬼が、懸命に蒼牙鬼に呼びかける。
何かの間違いではないか、と、
こんなことをしでかしたのはお前ではないはずだ、と。
少女は答えない。
少女は顧みることすらせずに、石像のように硬直したまま。
「蒼牙鬼よ…お前ではないよな、頼むからそうだと言っておくれ」
「…」
「なあ、そうじゃろ?そうなんじゃろ、蒼牙鬼…!」
グラー博士が、懸命に蒼牙鬼に呼びかける。
何かの誤解ではないか、と。
こんなことを引き起こしたのはお前ではないはずだ、と。
親愛なる師の呼びかけは、悲痛な感情で彩られていた。
その響きが、幼い百鬼百人衆のこころを否応なく震わせる…


少女は、やがて―
その重い口を、開く。
仲間を、師を、彼らを絶望しかさせない答えを、口にする。
「…私が」
花のような愛らしい唇が、罪を告白する。
「私が、やった、のだ」
「!」
瞬時にして空気が凍てつく。
硬直するグラー博士たち。
それでも、少女は。
「私が…メカ戦鬼蜂を、破壊した、のだ」
己の罪を、ただ、告げた。


―と。
氷結した空間を引きちぎる、傲岸な足音。
ヒドラー元帥が怒りの表情もあらわに、立ち尽くす少女に近づき、
「…っこのお、クソガキが!」
「あうッ?!」
罵声と同時に、思い切りその頬を張り飛ばした!
小柄な少女は勢いよく跳ね飛ばされ、受け身もろくに取れず床に転がる。
痛みに身を捩じらせる蒼牙鬼に、なおもヒドラーの激怒が収まることはない。
「クソガキが!クソガキが!…せっかくの勝利が!掴みかけた我らが百鬼帝国の栄光が!
…貴様のせいで、灰燼と帰したわッ!」
「ぐ…!」
「銃殺だ!貴様は銃殺刑だ!このふるまい、貴様の下らん命でもって少しでも償えッ!」
「…!」
何度も、何度も、何度も。
頭を抱え込み身を縮める小さな少女を、元帥のブーツが蹴りつける。
何度も、何度も、何度も。
鈍い音が響くたびに、苦痛に歪む蒼牙鬼の顔。
ひどく一方的な私刑に、とりまきも思わず顔を歪める―
が。
彼が、一歩歩み出、腕を伸ばす。
「やめろッ!」
「ぐ?!」
「い、一角鬼!」
割って入った。
一角鬼の大きな手のひらが、容赦も無い強力でヒドラー元帥の右腕を掴む。
「な…なんだこの手は、放さんか一角鬼」
予想外の横槍に、惰弱な元帥は及び腰。
その剣幕だけはえらそうに、一角鬼に吐き捨てる。
「こいつがやったことは死罪に値する、貴様が何を言おうとも…」
「そうだ…」
一角鬼は、反論せず。
だが、ヒドラーの腕を掴むその手の力をゆるめず。
「そうだ、蒼牙鬼がやったことは、帝国への反逆だ。
だから…こいつは、死なねばならない」
「だったら…」
「だがな!」
ヒドラー元帥が言葉を重ねようとした、瞬時に。
かっ、と、巨躯の青年が双眸を見開き、吠え付けた―
「死よりも重い罰はねえんだよ!
…これ以上、てめーが!てめーが罰を加えることは出来ねえ!
出来ねえんだよ、ヒドラー元帥ッ!」
「…が、あ?!」
押しつぶされたような、ヒドラーの無様な悲鳴。
凄まじい圧力が、一角鬼の掌から生じる。
まるでその暴虐を振るう腕を、そのまま握り砕いてしまわんとでもしているがごとくに。
たまらず、一角鬼を突き飛ばすようにして元帥はそれから逃れる。
一角鬼は見据える。無言で。
「わ、わかった!…くそ、馬鹿力が」
「…」
「そ…蒼牙鬼を連行しろ!早く!」
「…」
これ以上構っていられない、といったていで、一角鬼を無視しようとするヒドラー。
そうして、部下たちに命じ、反逆者をひったてんとする…
グラー博士も、鉄甲鬼も、地虫鬼も、誰も、何も言わない、何も言えないまま。
幼い少女も、また。
何も言わない、何も言えないまま、
研究所から連れられて行った。
百鬼帝国に刃向かった反逆者として―


全速力で道を飛ばし、リョウはやっとのことで県営球場にたどり着く。
サイドカーを乗り捨てんばかりの勢いで飛び降りるや否や、彼は一目散に駆け出した。
ゲートを駆け抜け、人のまばらな通路を疾走し、だがベンケイがいるだろう一塁側ベンチへの道がわからず、
焦れたリョウはともかくベンケイの姿が見える場所に行こうと、手近なスタンドへの入り口にダッシュする。
―と、刹那。
通信機が、甲高い悲鳴を上げた。
「どうした?!」
『リョウ!…奴らが、奴らのメカロボットが!』
「大丈夫か?!今球場だ、すぐにベンケイを…!」
薄暗い殺風景な通路、響くのはハヤトの声。
息を切らしながら怒鳴り返すリョウに、だが彼は混乱した様子で告げる。
『それが変なんだ!…メカロボットが、勝手に自滅しやがって!』
「…?!」
あの蜂ロボットが、勝手に…?
それは何らかの故障なのか?
それにしても、こんなにも都合よく―?!
『まったくわけがわからねえ!ともかく、どんどんあいつら墜落して…』
伝えられた驚くべき内容に疲労も重なって、走る足取りが重くなる。
走りはやがて歩きになり、そして…長細く切り取られた闇の終わりが近づく。
「――!」
まぶしい太陽の光が、瞳を貫く。
焼け付くような夏の白光が眼前いっぱいに広がって―!

…幾分かの、間。

『…おい、おいリョウ!聞いてるか?!』
「…」
『リョウ!』
「…」
突如応答を返さなくなった相手に、通信機がやかましくがなりたてる。
スタンドに立ち尽くすリョウは、しばし呆然とその光景を見つめていた。
どよめく観客。鳴り響くブラスバンド。真っ黒いスコアボードに、真っ白い数字の列。
燃え立つ空気の中、彼は思わず息を呑んでいた―
『どうして、リョウ?!』
「…ああ、聞いてる」
がなり続けるハヤトに、生返事を返し。
リョウが、微笑った。
「聞いてるさ」
ささやき返す。応援席の、狂喜の声にかき消される。




リョウの瞳に映っている光景、それは―
顔いっぱいに笑って、浅間学園ナインが飛び跳ねている。
対戦相手校のピッチャーが、マウンドで悔しげにくず折れている。
そして、彼の親友が。
戦況を動かすホームランをぶちかました浅間学園主将・車弁慶が、誇らしげにダイヤモンドを駆けている姿―