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主将と子鬼のものがたり(8)


「ははははは…!ご覧ください!人間どもの建物も、あの様ですぞ!」
無数の羽音が、スピーカー越しに震えている。
ヒドラー元帥の勝利を確信した高笑いが、天井に反響しあってこだま返す。
百鬼帝国の王・ブライ大帝も、至極満足そうな顔でモニター画面を見つめている。
そこに映っているのは、ほんの数十分前まではコンクリート造りのビルが立ち並ぶ都市…だったもの。
だが、今は焦土。
海底研究所の俊才たちが造り上げた無人機・メカ戦鬼蜂によって、その全ては穿たれ貫かれ砕かれた。
メカ戦鬼蜂は、その一体一体は2mもない、小さなメカロボット…
とはいえ、その数は膨大、そしてその行動パターンは精密にコンピュータ制御され、まるでひとつの意思あるもののように統率される。
時には雲霞のように散り、時には鉄槌のように凝固し、惰弱な人間たちの街も、抵抗せんと飛来した戦闘機群も、あっという間に飲み込んだ。
「ふむ!海底研究所の総力を上げた、とだけあって、すさまじい性能よ!」
「グラー博士も、メカ戦鬼蜂の出来は完璧だ…と」
新たなる新兵器の性能に悦に入る大帝に、元帥が和す。
これほどまでの能力ならば、おそらく成し遂げるだろう…
あの忌まわしきゲッターロボG、ゲッターチームの殲滅を。
「デモンストレイションには十分すぎるほどの戦果だな…
それでは、そろそろ遊びは仕舞いにして、研究所本体を!」
「はっ!」
命じる言葉。次の目標は決まっている。
鋼鉄の蜂の群れが、送られた指令により、同時にぞろり、とその向きを変えた。

「くそ…何てこった!」
テレビクルーが伝えてくるあまりの惨状に、リョウは思わず拳をテーブルに叩きつけていた。
ヘルメットをかぶったナレーターは、悲痛な声で破壊された街の様子を叫んでいる。
「今までにないタイプのメカロボットだ…
無人機にしても、あの数で、あれほど統制が取れた動きができるとは」
早乙女博士が沈痛な面持ちで漏らした言葉は、科学者としての感嘆か。
どちらにせよ、これほどまでに強力なメカロボットを造れる組織などそう多くはない。
そして、博士の予想通り…群れは、動く。
「博士!蜂ロボットが、移動を開始しました!」
「何?!」
「どうやら、浅間山…こちらの方角に向かってくる模様!」
メカロボットの動きをモニターしていた所員の叫びが、司令室中に響き渡る。
途端、かすかなざわめきを伴って、緊迫感が波のように広がって行く。
リョウの、ハヤトの、ミチルの、博士の表情が、険しいものに成り代わる。
やはり…あれは、奴らの攻撃なのだ!
「く…やはり、百鬼帝国の!」
「博士、ゲッターロボで出撃しなくては!」
「うむ…だが、ベンケイ君との連絡が取れん」
「何ですって?!」
出撃を迫るリョウの言葉に返ってきたのは、思いもかけないセリフ。
この場にまだいないベンケイ、球場にいるはずのベンケイと連絡が取れない…?
「何度も呼びかけているが、応答がまったくない。
おそらく…通信機自体をはずしてしまっている」
「ッ!…あの馬鹿野郎!」
反射的にハヤトが吐き捨てたのは、紛れもない彼の苛立ち。
そりゃあ試合中、しかも甲子園予選大会。
大事な試合だ、こんなものプロテクターの邪魔になる…とでもいいながら外してしまったのだろう、容易に予想がつく。
だが…何ということだ、こんな時に限って!
「博士!こうなったら、俺たちだけでも!」
「だが、三人揃わないと、ゲッターロボの力は半減してしまうぞ!」
「ですが、このままでは…!」
いさめる博士の声は、危機感に満ちている。
開発者の彼は知っている、欠けたチームがゲッターロボで戦うことがどれほど危険なのかを…
3機のゲットマシンから成るゲッターロボは、3人のパイロットを必要とする。
1機がオートパイロットとなっただけでも、全体としてのゲインはかなり減少してしまうのだ!
けれども、そんなことに構ってなどいられない…
リョウの焦燥。博士の苦慮。
と、その時―
「リョウ、お前が行け!」
「ハヤト?!」
決断したのは、ハヤトだった。
「俺が何とか時間を稼ぐ!その間に、ベンケイを!」
「で…でも、それじゃ、お前が!」
奴に声が届かないのならば、お前が奴を捕まえて来い…と。
戸惑うリョウに、ハヤトは不敵に笑って見せる。
「なあに…ドラゴンとポセイドンをオートにして、ライガーでしのいでみせる!
一番すばやく動けるのは俺のライガーだ、あの蜂どもだって!」
「ハヤト…!」
そうだ。確かにハヤトのライガーのスピードなら、あの蜂の群れの攻撃を避け続けることはできるだろう。
だが…ハヤトは、「ライガーでしのいでみせる」と言った。
それはすなわち、ライガー…パイロットが二人も足りないライガーでは、あれを倒せない、ということ。
倒せるどころか、もしかしたら…!
そんな死地の中、仲間をたった一人残していくことに、リョウはためらう。
「リョウ君、行って!」
ミチルも、しかし、歩み出る。
行け、と、リョウを叱咤する。
「私もレディコマンドで何とかハヤト君を手伝うわ、だから早くベンケイ君を!」
「ミチルさん…!」
数秒の煩悶。
リョウの脳裏で、迷いが電光のように飛び交う。
…そして。
「わかりました!俺…あいつを連れに行ってきます!」
「頼んだぜ!」
「ああ!」
きっ、と、その黒い瞳に、強い責任感と意志を込め。
ゲッターチームのリーダーが、駆け出す。
早く、一刻も早く、ベンケイを―!
走り去るリョウの背中を、ハヤトたちは見送り…
「…」
「それじゃ、博士。俺は一足先に出撃します」
やがて、消える頃に、そう短く言い残して。
「…くれぐれも無茶はするなよ、ハヤト君」
「わかってます」
ハヤトは、うなずく。
リョウがバイクで県営球場まで行って、戻って…何十分かかる?
それまで、彼らが帰ってくるまで…たった一人でゲッターライガーを駆り、あの蜂ロボットの猛攻をしのがねばならない。
レディコマンドの助けがあるとは言え…勝算は五分もなさそうな戦いだ。
それでもハヤトは胸を張り、凛とした声で断言する。
「俺と、ミチルさんで…二人が帰ってくるぐらいまでは、研究所を守ってみせます!」

「おお…!」
「なんとすばらしい!」
海底研究所の大広間。
備え付けられた巨大なモニターの中で、彼らの最高傑作は自在に踊っていた。
メカ戦鬼蜂が人間どもの街を容易く蹂躙する様を、研究者たちは興奮の面持ちで見守っている。
鉄甲鬼、地虫鬼、そして彼らの長・グラー博士。
「今のところ、制御は全てうまくいっておるようじゃの。メカ戦鬼蜂の動きにも乱れは見えん」
老博士もうれしげに、自分の部下たちが成し遂げた大きな戦果にうなずいている。
だが。
皆メカ戦鬼蜂の雄姿に見とれているので、気づいていない。
喜びの表情で、彼女がそれを見ていないことに…
「…」
蒼牙鬼は、無表情。
何の感慨すらないふうで、ただその蒼い視線をぼんやりと中空にさまよわせているだけ。
彼女自身もその才能を注ぎ造り上げたはずの百鬼メカロボットの活躍も、今の少女にはどうでもいいことのようで。
ただ、居心地悪そうに、ぼうっと立ち尽くしている…
「…すげえな」
一方、彼女のそばに立つ一角鬼は、喰い入るようにしてモニター画面に見入っている。
あんな小さなロボットでも、きちんとその動きを統制されれば、有人機なみの…いや、それ以上の働きができるのだ。
そして、それをやり遂げた海底研究所の何と言う高い技術力…!
―と。
「!」
「おお…動くぞ」
ざわ、と、観客たちから漏れるどよめき。
メカ戦鬼蜂の群れが、一斉に上空に羽ばたいていく。
もうこの街には用はない、新型メカの威力は十分に立証できた。
…次は、すなわち。
「いよいよ、本丸だな!」
「ああ!」
早乙女研究所、そしてその守護神・ゲッターロボG…!
今まで幾多ものメカロボットを屠り、勇敢なる百鬼百人衆を滅して来た、恐るべき大敵。
しかし、それも今回まで。
メカ戦鬼蜂の鮮烈な力を目の当たりにした彼らには、見えていた―
あのゲッターロボが、無数に穿たれ無様に地に伏すのが!
「それに…聞いたか?」
「何だ?」
研究者の誰かが言った言葉が、ざわめきの中響いた。
呆然と立つ少女の耳に、響いた。
「研究所内のスパイから入った情報によると…あいつら、一人足りねえらしいぜ」
「足りない?」
「ああ」
その時。
どくん、と、小さな心臓が妙な拍動を打った。
あ、と、小さな声が漏れそうになる。
その言葉の意味、そしてその先に続く言葉が、頭の中ではじける。
かすんでいた少女の精神が、みるみるうちに覚めていく。
蒼牙鬼は思わず視線をそちらに跳ね飛ばす、その研究者はそれにも気づかず続けた―


「何だかわからないが、ポセイドンのパイロット…研究所にいないようだぜ」


「!」
息を呑む。瞳孔が縮まる。その唇に、焦燥が浮かぶ。
少女は状況を理解した。
そして、これから起こるだろう事も理解した。
彼女の動揺も知らず、彼らは楽しげに語っている…宿敵の陥った苦境を。
「確か、ゲッターロボってのは…一人パイロットが欠けてもパワーが半減するんだろ?」
「そうか…なるほど、チャンスだぜ!」
その先は、最早少女の心には届いてもいない。
思考が荒れ狂う彼女の心には。
だが、嗚呼、幼くか弱い少女の精神には…同じ言葉しか去来していない。


どうしよう。


どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。


どくん、どくん、と、心臓が気持ち悪いぐらいに力強く打つ。
かあっ、と、頭のてっぺんまで血がのぼっていくのがわかる。


どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。


聡明な理性は動かない。恐怖する感情だけが叫び続ける。
だから、理に長けた彼女は、なおさらに混乱する。
それでも荒れ狂う恐れを何とか押し込み、少しでもこの状況を変えるべく考える、
考える、
考えようとする。
考えようとして――――――



――――あ。



はっ、と、なる。
開かれた瞳に、光が戻った。
唐突に。
まったく唐突に、その考えは降りてきた。
そうだ。
こうすれば…あいつを助けられるじゃないか。
自分なら、きっと出来る…
だって、あれは私が造ったモノなのだから。
「…」
けれども、
けれども、一瞬…少女は、惑った。
見上げる視界の中に、大きな背中。
いまだモニター画面を見つめている、一角鬼の姿―
蒼牙鬼の瞳に、憂いが揺れる。
仲間想いの男が自分に叫んだ言葉が、両耳の間で何度も揺らぐ。

「お前…お前、頭いいんだったら自分がどうだかわかってんだろうが!
自分が、おかしくなっちまってるってこともわかってんだろ?!」

「いいか、車弁慶は敵なんだ!俺たち百鬼帝国の未来を潰す、悪なんだ!」

「蒼牙鬼、なあ…こんなこと続けてたら、いつかバレちまった時、お前…
下手したら、処分を受けるかもしんねえんだぞ。だろう?」


ああ。こいつは正しい。悔しいぐらいに、正しい。
こいつは、私を案じているんだ。
敵に自ら近づこうとする私を、それが露見したときに降りかかってくるだろう罰を案じている。

間違っているのは、私なのだ。

わかっている。
わかって、いる。
それなのに、ああ、
どうして、私は、
こんなにも、こんなにも、固執しているのだ?
見たいのだ。あいつの姿が、見たいのだ。
あいつが大好きなヤキュウをしている姿を見たい。
あいつはあんなにも一生懸命で、楽しそうで、輝いていて―


―だから。


その邪魔は、させない。
誰にも、させちゃいけない。


少女の瞳が、混じりけすらなく透き通った。
迷いも、惑いも、消え失せて、
そこにあるのは、純粋すぎて…その他には、何も映らない想いだけ。
澄んだ想いは真っ蒼で、それこそ少女の二つ名にふさわしく。


少女が、ふらり、と、向き直り。
己の破滅に向かって―踏み出した。


「ッタライク、バッターアウッ!」
審判の絶叫が、熱風に溶けていく。
大きく振りぬかれたバットは、むなしく宙を切った…
長野県営球場では、なおも熱闘が続く。
私立浅間学園対県立三坂高校の戦いも、中盤に差し掛かったところだ。
4回表、浅間学園側の攻撃は、一塁・三塁に走者を残したまま終わった。
肩を落としてベンチに戻る打者を、キャプテン・車弁慶が出迎える。
「す、すいません、せっかくだったのに…」
「なあに、まだ4回だ!
それより、相手チーム…今のところ上位打線もあまりノレてない、さっさとしとめるぞ!」
プロテクターをかぶりなおし、チームメイトに檄を飛ばす。
そう、勝負はこれからだ。
まだ両者ともに点は取れていない、0-0の均衡。
ここで戦況を動かすためにも、鉄壁の守備を!
「よっし、しまっていこうぜ!」
『おうっ!!』
一斉にグランドに駆け出していく、浅間学園ナイン。
スタンドから降ってくる声援が、太陽の熱波と混じって注がれる。
だから、むせ返るようなその空気の中にいるベンケイには気づかない、
彼は知らない、気づいていない―
自分の大切な仲間たちに、危機が迫っていることを。