Now you are in the Website Frau Yudouhu's "Gag and I."
TOP俺たちゲッターロボマニア>主将と子鬼のものがたり(6)


主将と子鬼のものがたり(6)


その日のメニューも終わり、日も西の山々のほうへと傾き、
「よっし、それじゃ練習終わりだ!
一回戦はあさってだ、無駄に怪我なんてすんじゃねえぞ!」
最後に主将のこんな台詞で、今日の浅間学園硬式野球部の練習は終わった。
お疲れ様でした、の輪唱が鳴り止むと同時に、部員たちはわらわらと散っていく。
夕焼けに染まるグラウンドから、キャプテンの車弁慶が汗をぬぐいながらベンチへと戻ると…
「…あれ、今日も結局最後までいたのかい?」
「ふ、ふん…退屈しのぎにはいいからな」
「そうかあ〜」
そこには、いつものように金髪の少女がちょこん、と座り込み、彼を出迎えた。
彼女が来るようになったのは、ごく最近のことだ。
何処からかふらりと現れて、ずうっと練習を飽きもせずに眺めている。
彼女は名乗りもしないし、何処の学校の生徒かも言わない。
だからあえてベンケイも聞きはしないが、毎日来るところを見ると、近所の野球好きの子なんだろう。
…しかし、今日はもういささかと遅い時間になっている。
夏の夜の到来は遅いとはいえ、時計の針はもう7時に近くなっているのだ…
「けどさ、もう結構遅いぜ?俺、送っていってやろうか?」
「だだだ、大丈夫なのだ!べ、別に、心配されなくとも…!」
バットケースを背負いながらエスコートを申し出る車弁慶に、少女はその不可思議な不遜な言葉遣いではねつける。
そんな彼女に、百鬼帝国の怨敵は、これまたいつもどおりの人のよさげな顔を、困った風な笑顔にして見せた。
夕焼けが、少しずつその濃さを増していく。
やがて、少女がベンチから立ち上がり、おもむろに歩き出す。
青年も、ゆったりとした、彼女を追い越さないほどの歩幅で、その後を追って歩き出す。
「!…あ、ちょっと待っててくれよ」
―と。
自分の背にかけられた言葉に、蒼牙鬼は振り返る。
「オバチャン!2つおくれ」
車弁慶は、店じまいしかけた購買部の扉を開き、店主に小銭を渡している。
それから、壁際に設置された冷凍ケースをおもむろに開き、そこから何かを取り出す。
そして、少女のほうに駆けてきて―
「はい!」
「?!」
夕焼けが、彼の笑顔をオレンジ色に染めていた。
同じ色に染まった小さな長細い袋を差し出され、蒼牙鬼はきょとん、とする。
「な、なんだそれ?」
「え?アイス。あげるよ」
「う…」
突然渡されたそれは、どうやら彼の好意らしい。
けれども、敵とされる人物から、いきなりそんな施しをされて、少女が戸惑わないはずもなく…
「いいからいいから!」
「…」
困惑する蒼牙鬼だが、けれどだからといってその素朴な親切を拒否するようなこともできない。
おずおず、と、その袋を裂くと、中から真っ青なアイスバーが出てきた。
蒼空みたいにきれいな、きれいな色の。
その端をかじると、きいん、と冷たい快感が、甘味と一緒に口中に広がっていく…
セミの音が、遠くで鳴っている。
茜色に塗られていく空。
思わず、少女は微笑んでいた―
「…つめたい」
「やっぱ夏はアイスだよな〜!」
こぼれ落ちたその感嘆に、にっ、と、車弁慶は笑った。
自分の分のアイスをかじりながら、まったく純朴そのもの、といった笑顔で笑って見せる。
…だから。
だから、なおさらに。
彼の笑顔が、少女の心を責めつける。

―どうして?

「どうして、なのだ?」
「ん?」
「どうして、私になんて…こんなにやさしくするのだ」

少女の唐突な問いかけに、一瞬。
一瞬、百鬼帝国の仇敵は、ぽかん、としたような顔をして。

「…はは」

そのすぐ後で、声を立てて笑った。
どうしてそんなことを聞くのか、とでもいいたげな、やっぱりやさしい瞳をして。

「君、いっつも見に来てくれるしさ!そのお礼…ってわけでもないけど。
やっぱり、見てくれる人がいると、練習でも熱の入り具合が違うってもんさ」

それは掛け値も無い素直な、真っ直ぐな本心。
夕陽を映した車弁慶の黒い瞳が、太陽と同じ色に澄んで笑う。
その笑顔があまりにも輝いて見えたのは、きっと陽光の破片が目に飛び込んだから。
いらつく。
どうして、お前は、そんなにもやさしいのだ。
鮮やかな夕焼け空の下。
少女に向かって、青年が
「なあ、よかったら…あさっての試合も、見に来てくれないかい?」
「!」
彼にとっては、何の気なしに発した言葉。
このごろいつも来てくれるんだから、都合がつけば試合も見に来てくれないか、程度の。
…けれども。
少女の心にその言葉が与えたのは、はじめは驚き、そして…
それに続いてきたのは、わけがわからない感情。
いらつきが、その度合いを増す。
聡明な少女は、動揺している。
暴走し始めた自分の気持ちに、狼狽している。
そんな彼女のこころも知らず、鈍感な野球部主将殿はいたずらっぽく、何処かおどけたふうにこうも言うのだ―
「君みたいなかわいい子に応援してもらえたら、俺たちもっとがんばれちゃうんだけどな〜!」
「…〜〜〜ッッ!!」
かあっ、と、頭に血が昇る。
勝手に顔が紅潮していくのがわかる。
それが、この男に「かわいい」と言われて喜んでいるからだ、と気づいた次の瞬間には、蒼牙鬼の思考はもう溢れ出る感情でぐちゃぐちゃになった。
でも自分のその感情は許しがたくて、何故だか許しがたくて、少女は金切り声を上げる。
「う、自惚れるな、なのだ!」
いらつく。
いらつく。
いらつく。
どうしてこんなに、いらつくのだ?
少女の小さな胸の中を、一気に不快感が満たしていく。
すっとんきょうな声を上げた自分を、困ったような顔で見返してくる…のんき者そのものといった、奴の顔。

―それは、この男の素直な好意を、自分が裏切っているから。
押し込められたその本心がそう絶叫した瞬間、少女は言ってはならない真実を口走りそうになった。

本当は、本当は、私はお前の「敵」なのだ!
人間どもをいつか倒すために、お前をやがて殺すために、私はここに―!

その刹那、だった。
台詞が口に出る、その寸前。
台詞が脳内で反響した、その瞬間。
含まれていた、その言葉が…少女の幼い精神に、ようやくそれを叩き付けた。

「…あっ、」

少女の唇から、ため息が落ちた。
全身から、力が抜ける。
ぱさり、と、食べかけのアイスバーが地面に落ちる。
地面に転がり、氷結した蒼空が散る。

「…ど、どうしたんだい?!」

車弁慶が、何か言っている。
聞こえない。よく、聞こえない。
そうだ。ああ。どうして、今まで、気づかなかったんだろう。
どうして今まで、気づかずにこいつと一緒にいられたんだろう。

「な、何か、俺…悪いこと言ったかい?!」

困ったような笑顔で、私に何か言っている。
相変わらず、馬鹿そうな顔。馬鹿みたいに、やさしい笑顔。
でもそれはお前が知らないからだ、
私のことを知らないからだ、
私はお前の「敵」、百鬼帝国百鬼百人衆が一人・蒼牙鬼、
百鬼帝国は早乙女研究所を倒す、
百鬼帝国はゲッターロボを、ゲッターチームを倒す、
ゲッターチームの一員である車弁慶、お前を倒す、
私は、私たちは、いつか、
お前を、お前を、お前を、殺す、

「えっと、あの…困っちゃったなあ」

なのにお前は私にやさしくする。
なのにお前は私にやさしくする。
馬鹿だ、お前は正真正銘の馬鹿だ、本当に頭の悪い馬鹿だ、
やがてお前を殺そうともくろんでいるこんな卑怯で汚い子どもに、
私なんかにやさしくする、
私なんかに笑顔を向ける、
私なんかに―「夢」を、語る!
お前の大切な「夢」を、コウシエンに行く「夢」を―!
苦しい。苦しい。
ぽろぽろぽろぽろ、勝手に涙がこぼれてくる。
悔しい。悔しい。
呼吸すらもまともにできず、無様に泣きじゃくっている。
苦しい。悔しい。情けない。恥ずかしい。
戸惑っている、弱りきっている、車弁慶。
ゲッターポセイドンのパイロット。
ようやく、気づいた。
自分の中に育っていた奇妙な感覚。
自分の心に巣喰っていた奇妙な衝動。
その正体に、気づいてしまった。

「…馬鹿、」

…けれども。
けれども、金髪の少女は、幼すぎた。
それを言葉にすることができるほど理性に長けてもおらず、
それを誤魔化してしまうことことができるほど濁ってもおらず、
彼女が出来たのは、動揺の中、混乱の中、蒼い瞳から大粒の涙をふりまきながら、
きっ、と、車弁慶をねめつけて、声の限りに叫ぶだけ。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿!…お前は本当に馬鹿だ、…車弁慶!」
「え?!」
いきなり泣かれ、いきなり怒鳴られ。
人がいいこの野球部主将殿の困惑も、極地にあろうことが容易に見て取れる。
ああ、彼のそんな表情の変化すら、簡単にわかるくらいに。
それくらいに、自分は、見つめていたのだ…!
一度気づいたその感情は、まるで激流のように少女の小さな身体の中でうねりをあげる。
その激情があふれ出し、決定的な言葉になる前に、
絶対に避けねばならないその瞬間が来る前に、
蒼牙鬼は、思い切り走り出した―
「馬鹿…ッ!!」
小さく空にはじけた言葉だけが、少女の後に転げ落ちる。
「?!…お、おーーーーーーーい?!」
耳をふさぐ。あいつの声が聞こえないように。
必死で走る。あいつの声が聞こえないように。
あいつの声が聞こえないように―!
蒼牙鬼は走る。泣きながら、走る。
金色の髪をなびかせながら、ワンピースの少女が夕闇の中を。
細い両脚が、自棄みたいにむちゃくちゃに大地を蹴る。
走る、走る、懸命に。
走って、走って、走り続けて―

「おい、蒼牙鬼ッ!」
「!」

突如。
強く左腕を引っ張られ、少女は止まった。
振り向くその濃さ増す夕暮れの中に、影の射す長身のシルエット。
…一角鬼。
何処から現れたのか、学ランを着た彼は…角を隠して偽装はしているものの、確かに一角鬼だった。
自分を追って走ってきたのか、彼も少し呼吸を荒げている。
「お前…どうか、したのか」
「…」
一角鬼が、年の割には背丈があるとはいえ、それでも自身より小さな小さな少女に向かって問いかける。
蒼牙鬼は、必死に息をついているだけで、彼の言葉には答えない。
「おい!何かあったのかよ、言えよ!」
少し、その口調が険しくなった。
少女を見下ろす、そのまなざしも。
それでも、答えは返ってこない。
ようやく、のろのろと、蒼い瞳が一角鬼を見返した…が、そこには、容姿に似合わぬあの傲岸不遜さも、己の才に溺れ他者を見下す自信過剰もない。
あるのは、ただ…怯えの色。
泣きじゃくる涙に濡れた、震えの色。
何かに恐怖しているような、何かにたじろいでいるような。
はっとなった一角鬼は、それを奴の仕業ととった。
「まさか…あいつが、何かしたのか?!」
怒気が呼気に入り混じり、一角鬼の歪んだ唇から押し出された。
その言葉に驚いたのはむしろ蒼牙鬼のほうだ。
何を勘違いしたのか、彼は自分が車弁慶に暴力でもふるわれたとでも思ったらしい。
力無く首を振る、そうじゃない、と否定する。
だって、あの男が自分に何をしたというわけではないのに。
むしろ、あの男は…
だが、一角鬼の思い込みはますます硬直し、怒りのボルテージもますます上がっていく。
「そうか、そうなんだな?!…畜生、あの野郎ッ!!」
ぎりっ、と、尖った牙が黄昏の中でやけに鋭く光る。
冷たい鬼の瞳が、彼の義憤を糧に青白く燃える。
仲間を傷つけられたと誤解した青年の憤怒は、今にもその元凶を殴り飛ばさん勢いだ。
ざっ、と、靴が地面を踏む音。
きびすを返す一角鬼の視線は最早殺気じみた異様を放つ。
そして彼が浅間学園にまだいるであろう奴に制裁を加えんべく歩き始めた―その時。
彼の腕を、小さな手が引き止めた。
「ま…待つのだ!」
「?!」
それは、制止だった。
はじかれたように少女に視線を向ける一角鬼。
…蒼牙鬼は、自分をひたむきに見上げ。
信じられないような言葉を言うのだ。
「あ、あいつが悪いんじゃないのだ!あいつのせいじゃないのだ!」
一角鬼の当惑はもっともだ。
「何を言っている、何を考えてるんだこのガキは?!」とでも言い返しそうな厳しい顔。
一体何故、敵のあの男を擁護するようなことを言うのか…?!
それでも少女は懸命にあの怨敵をかばうのだ。
「け…けどよ!」
だが。
蒼牙鬼の蒼い瞳を縁取っている、きらきらときらめく涙の粒が。
乱暴で単純ではあるが誰より仲間想いである一角鬼の正義感をなおさらに逆立てる。
「こんなガキ泣かせといてよ…俺がぶっちめてやる!」
「だ、だから!」
「どうせあいつは敵なんだ!どうせやるなら…!」
「待て、って言ってるのだ!」
絶叫。
夕焼け空に、悲痛な色をした少女の叫び声が散っていく。
「!…蒼牙鬼」
「い、今はダメなのだ!あいつに怪我とか、させちゃダメなのだ!」
わけがわからない。
まったくわけのわからないことを、蒼牙鬼は言う。
あいつは敵だ。百鬼帝国の未来を阻む、ゲッターチームのパイロットだ。
そいつに「怪我をさせるな」などと、何故少女がそんなことをいうのか、一角鬼にはわからない。
彼の眉根に、苛立ちがはっきりと浮き出た。
「はあぁ?!何でだよ、何言ってんだ?!」
「あ、あの、」
抗議の声を上げる大男に、それでも少女は言い返す―
危ういくらいに真っ直ぐな目で、一つのものしか見えていない目で。
懸命に。必死に。
道理に合わない、理屈に合わない、支離滅裂な言葉。
「あいつらと仲間は、今、コウシエンのために頑張ってるんだ!」
「…?!」
そして。
とうとう少女が放ったその台詞。
一角鬼の顔色が、傍目からはっきりわかるくらいに変わった。
それでも少女は言い募る、言い募る、言い募る。
それがあの青年の語った「夢」そのままだと、少女はわかっていたのだろうか。
「えっと、あ、あさってがイッカイセンで!それに勝ったらニカイセンで!
次はサンカイセン、ヨンカイセンで…
もっと勝ち上がれば、ジュンジュンケッショウにも、ジュンケッショウにだって!」
「…」
その目が。その言葉が。
半ば呆然としてそれを聞く一角鬼に突き刺さる。
壊れそうなほど張り詰めたその無心さが、彼に否応なく悟らせた。
ああ、何て馬鹿なんだ、このガキは。
大馬鹿だ。見る目のない、糞馬鹿だ。
罠を仕掛けにいって、まんまと自分から陥穽に落ちた、どうしようもない、手のうちようもない超大馬鹿だ。
「ユウショウだって、できるかもしれないのだ…
そうしたら、コウシエンに行けるのだ!」
「蒼牙鬼!」
「そ、それがあいつの…あいつの『夢』なのだ!」
怒鳴りつける。それでも少女は怯まない。
自分から罠に転がり落ちた愚かな少女は、それこそ己がことのように、彼らが怨敵について語るのだ。
彼らが怨敵の「夢」について語るのだ。
それが明確な証拠。それが明白な証拠。
「蒼牙鬼…ッ、」
一角鬼の表情が歪む。
沸き起こってきたやるせなさにまかせて、彼は少女を怒鳴りつけようとした。
だが…それは彼の中で上手く言葉にならず、不愉快な澱になってたまっていく。
ああ畜生、このガキの瞳。
透きとおった想いの結晶そのものじゃないか―!
「蒼牙鬼!」
思いが言葉にならない。ただ、怒声になって少女にたたきつけられるだけ。
だから、少女は反発する。
「…ッ!」
どんっ、と、一角鬼の胸部に衝撃。
非力なりに全力で、怒りをこめて。
細い両腕で、少女は彼を突き飛ば―そうとした。
けれども、か弱い少女の一撃で、巨躯の一角鬼を倒すことが出来るはずもなく。
「…蒼牙鬼」
「…」
ざわざわ、と、草を薙ぐ風の音。
夕日も消え失せ、もうそれは夜の世界の入り口。
夏のうっすらと暗いその闇の中では、立ち尽くしたまま、うつむいたままの少女の顔は、見えない。
見えない、けれども。
「蒼牙鬼」
「…」
一角鬼の彼女を呼ぶかすれ声も、最早風の音に飲み込まれそうなほど、小さい。
金髪の少女は、動かない。
吹く風が、ワンピースのすそをもてあそんでいく。
蒼牙鬼は、うつむいたまま、決して一角鬼を見ようとはしなかった。
その名が如き、彼女の蒼い瞳は。


彼女の瞳は、哀しみで氷結した青空の色をしていた―