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主将と子鬼のものがたり(2)


「はあ?」
予想外の来客の、予想外の依頼に、大柄のその男はいぶかしげな声を上げた。
「『巨人の星』を、貸してほしい?」
「そう、なのだ」
こくり、と。
金色の髪の少女は、うなずいた。
一角鬼のもとを訪れた蒼牙鬼が望んだのは、今は彼ら一角鬼兄弟が保有している文庫版「巨人の星」だった。
もともとは、彼らが「ヤキュウ」の学習資料として諜報部に命じ入手させてきたものだが…
「だ、だがよ…何で、また?」
「『ヤキュウ』とやらに興味がある、のだ」
問い掛ける一角鬼に、蒼牙鬼は青い瞳を理知の光できらきらさせながら答える。
「それでどうやってゲッターチームを倒すのか…気になる、のだ」
「ああ…」
「お前たちはそうするつもりで特訓しているのだろう?一角鬼」
「う〜ん、まあ…ヤキュウで倒す、ってーか、ヤキュウで近づく、って言った方が正確だな」
「?」
ところが、彼女の想像とは、それは少し違っていたらしい。
首をかしげた少女に、一角鬼は説明してやる。
「つまり、だ」
えへん、と、軽く咳払い。
「あの三人組の一人、車弁慶…あいつに接近するために使おうと思ってな」
「くるま、べんけい…」
その「名前」は、蒼牙鬼も既に知っていた。
いや、百鬼百人衆なら、その「名前」を知らぬ者はない…と言ったほうが正確だ。
宿敵・早乙女研究所ゲッターチームのひとり。
ゲッターロボGを操る、憎きパイロットのひとり…
「そうだ。あいつらの中で、一番警戒心が薄そうな」
「ふうむ」
「そいつがこのヤキュウに熱心らしくてな…何でも、ほとんど毎日必死こいて練習してるらしいぜ」
「なるほど」
どうやら、一角鬼は彼に付け入る隙を狙うために、車弁慶の熱狂する「ヤキュウ」を使おうとの魂胆らしい。
確かに理にかなっているその目の付け所に、蒼牙鬼は首肯した。
が…そんな彼女の言動に、鼻白む一角鬼。
「何だ、蒼牙鬼…お前も奴らと戦おうと思ってんじゃねえだろうな、そんなちまちましてるくせに?」
「ち、ちまちまは余計、なのだ!」
「はん、無理無理!」
「…」
抗う少女だったが、上から押さえつけられるように嘲笑われ…ふにゃん、と、その蛾眉が頼りなげに下がる。
何故なら…
「た、確かに…ま、まだ、私は、自分のメカロボットの開発許可ももらえてないし、それに戦闘許可も降りない…
け、けど!」
そう。
まだ幼少たる彼女は当然ながら戦闘経験がなく、知力に自信はあっても体力や戦闘力は通常の子どもそのもの。
すなわち、他の百人衆のメカロボットの製作に携わることはあっても、自らが指揮官戦闘員となってゲッターチームと抗戦する許可など降りるはずがないのだ。
しかし、少女は意気軒昂。
きっ、と一角鬼を見返し、宣言してみせた―
「い、いつかは!いつかは私が、ゲッターを倒す!そのために、必要なことなら何でも学ぶ、のだ!」
「…ったく!」
餓鬼の意固地さに、軽く舌打ちして。
一角鬼は、くるり、と身を翻し、部屋の中へと本を取りにいく。
「お前みたいにちびっこいガキが何が出来るってんだよ?!
お前は大人しく学校だか研究所だかでおベンキョーしてろって!」
「う、うるさい!馬鹿!一角鬼、馬鹿!」
「ま、『巨人の星』はとりあえず貸しといてやるけどよ!」
背中に降りかかってくる蒼牙鬼の罵声は、聞き流して。
「巨人の星」を抱えてきた一角鬼は、やや乱暴に彼女にそれを手渡す。
もちろん、皮肉めいた釘刺しは忘れない。
「けどよ、あんまり大それたこたぁ考えるんじゃねえぞ…誇り高き百人衆っつったって、お前はまだまだペーペーなんだからな!」
「それはお前も同じ…なのだ!」
「う、うるさい!」
「はう?!」
図星を突かれた一角鬼が、腹立ち紛れに放ったチョップ。
その細い両腕に講談社漫画文庫「巨人の星」新旧あわせて十数冊を抱えていた少女は受け止めることもできず、見事にそのおでこで攻撃を喰らってしまったのだった。


「…はうぅ」
それから、三日も経たぬうち。
少女はとうとう、「新巨人の星」最後の一冊、文庫版第六巻を読み終えた。
惰弱な「人間」どもの創り出したドラマではあるが…その中で生き生きと「ヤキュウ」という戦いを駆け抜けてきた人物たちの熱さは、確かに読む者を感動させずにはおれなかった。
ホシヒュウマの数奇かつ閃光のごとき生き様に、鬼の少女は我知らず涙をうっすら浮かべてすらいた。
「…」
その涙をくすくすとすすりながら、ため息とともに本を閉じる。
…成る程。
ヒュウマやハナガタのような者たちが、一心不乱にその身を捧げる尊いもの―
それが、ヤキュウなのだ。
「…」
はふー、と、またため息を一つ。
文庫本をじっと見つめたまま、椅子にちょこなんと座り込んだ幼い娘は、やにわに決意した。
(…行ってみるか、なのだ)
これほどまでに苛烈なものを好む車弁慶とは、一体何を目指してヤキュウに興じているのか?
その熱中ぶりは、こちらにつけいる隙を与えるまでのものなのか?
そのような、対早乙女研究所戦における、戦略的な意味合いもあったろう。
が…それより、何よりも。
彼女は、それが見たくなったのだ。
好奇心溢れる少女は、ヤキュウを見たくなったのだ…己の目で、実際に。
こんな「人間」のスポーツなどやっているものは、帝国内にはいないに等しい。
一角鬼兄弟は練習している、とは言うものの、たった三人ではシアイもできないではないか(「巨人の星」にあったような)。
そう、それにこれは「偵察」だ。
ヤキュウがどれだけ車弁慶を篭絡するのに有用なのか、そのヤキュウをどのように使えばいいか…
それを調べるための、「偵察」なのだ。
そう言えば、誰にだって邪魔はされまい…?
(ふふん…一角鬼め。私が先んじてしまう、のだ!)
にいっ、と。
愛らしい顔を、ちょっとばかり邪悪な笑みでいっぱいにして。
金色の少女は、さっそくに自分の計画にとりかからんと部屋を飛び出していった。


「…♪」
てくてく、とリズムよく、スカートから伸びた細い脚が地面を叩く。
真っ直ぐに、真っ直ぐに、少女は道を歩いていく。
熱波とともに強烈な光を大地に投げつける夏の元気な太陽は、少女の足元に濃い影を作る。
流れる汗が不快だが、それでも少女は元気よく目的地に向かって歩いていく。
蒼牙鬼は今、長野県は浅間山の山中にいた。
なだらかに続く草原の道を、てくてく、てくてく、と歩いていく。
幼くとも、彼女は恐れ多くも精鋭・百鬼帝国百鬼百人衆が一人。
ゲッターチームを倒すための「偵察」に行きたい、と望めば、その許可は容易に降りた。
そんなわけで、彼女は今…頭のちっちゃな角を隠し、「人間」のふりをしている。
もちろん百鬼百人衆の制服なんか着ない、あんなモノを着ていたら怪しまれるだけだ。
大きな麦わら帽子に、さわやかなスカイブルーのワンピース。
愛らしい彼女によく似合うその服をまとえば、もう何処から見てもそれは「人間」の女の子そのもの。
当然のことながらそんな彼女の姿は誰にも怪しまれることはない…
向かうのは、百鬼帝国が大敵・ゲッターチームが通っているという学校…私立浅間学園。
夏の風が吹き渡っていく草原を道なりに歩いていけば、だんだんと見えてくる…
「浅間学園」と刻まれた校門をくぐると、目の前には校舎。
今日は日曜日…休日なので通常の授業はなく、「ブカツ」と呼ばれるスポーツや趣味の同好会の活動をするものだけが学校にいるらしい。
果たせるかな、その日の浅間学園には人影も少なく、この小さな闖入者を見咎めるものもなかった。
見慣れぬ風景、見慣れぬ建物に、少女は少しばかりおっかなびっくりになりながら進んでいく…
…と。
耳を澄ますと、きいん、かあん…という、空をつんざいていく甲高い音。
少女が、そちらに足を向けてみると―
そこには、だだっ広いグラウンド。
そろいのユニフォームを着た青年たちが、そのグラウンドの中に点在している…
鉄のフェンスで区切られたその物陰から、蒼牙鬼はそっと覗き込んでみた。
…彼らの服装は、彼女があの参考資料の中で見たものと非常によく似ている。
デザインが違い、その胸に「浅間学園」と黒く刺繍がしてあるものの、その背面に大きく番号が書かれているのは同じだ。
それに、彼らが必死に打ち込んでいるその行為。
「ばっと」を握り、ぶうんぶうんと風切り音を立ててそれを振りぬく練習をしている者。
その手に「みっと」をはめ、互いに「ぼーる」を投げ合う練習をしている者…
「…!」
どれもこれも、「巨人の星」で見たとおりの光景!
まったくあの資料どおりだ、完璧じゃないか…!
蒼牙鬼の青い瞳が、知的興奮できらきらと輝く。
ああ、あのページの情景が脳裏に浮かんでくる…
そうだ、これが「ヤキュウ」なんだ!
実物の野球を目の当たりにした少女は、あっという間にそれが「偵察」であることを忘れ、彼らの挙動に見入ってしまう…

が、その時。
夏の空気をふるわせる、青年の雄たけびが少女の鼓膜を貫いた。

「…らああああ、バックいくぞーーーーー!!」
「おおおーーー!!」

きいんっ!
「ばったーぼっくす」に立っていた、ごてごてしたプロテクターをつけた青年。
彼が、「ばっと」で思い切りそれをひっぱたくと、
ひときわに大きな音を立て、真っ白い「ぼーる」がかっ飛んでいく―
白球を追って、グラウンドに散らばった者たちが走っていく…
「…!」
プロテクターをつけた、その青年の顔つき。
彼女は、それを知っていた。
諜報部よりの情報資料で、知っていた。
そう、すなわち、彼こそが―
(…あれが、くるまべんけい…か)
「ばっと」という棒切れで、次々とボールをひっぱたいている。
どうやら、これは「のっく」というヤキュウの練習方法の一つのようだ。
だが、しかし…
少女は、じいっとその怨敵を観察し…にいっ、と驕った微笑を浮かべた。
大柄な身体ではあるものの、そのしまりのない顔つきを見ればわかる。
おおらかでのんびり屋…と情報には書いてあったが、何のことはない―
(ふふん、お馬鹿そう、なのだ。
あいつなら、確かに扱いやすそう、なのだ)
なるほど、一角鬼兄弟が目をつけたのもわかる気がする。
表向きは好青年だが抜け目ない流竜馬より、いまいちつかみどころのない神隼人より、ずっとずっと近づきやすそうだ。
「くふふ…!」
少女は思わず、ほくそ笑んでしまう。
帝国で恐れられているあのゲッターチームの一員が、見てみれば…こんなに、御しやすそうな男だったなんて!

…が。
その時だった。

「ねえ!」
「ッ?!」

びくっ、と、文字通り少女は飛び上がる。
いきなり、背後よりかけられたのは、明らかに自分を呼ぶ声。
想定外のことに、蒼牙鬼の小さな心臓はきゅんと縮まり、石化する。
はじかれたようにふりむくと、そこには…いつの間にか、帽子をかぶった少年が立っていた。
「キミ、そこで何してんの?」
「…?!」
「あ、もしかして日本語しゃべれない?じゃぱにーず、のー?」
「う…」
なおも気安く話しかけてくる、同年輩ぐらいの少年。
帽子を後ろ前にかぶった、その小柄な男の子の名は…早乙女元気。
早乙女研究所の長・早乙女博士の次男なのだが、蒼牙鬼はあいにくそのことを知らず、彼の顔も知らなかった。
仕方なく、蒼牙鬼は投げやりな返事を返す。
「そ、そんなことはない、のだ。平気、なのだ!」
「ふーん…それで、キミ、ここで何してんの?」
しかし、そんな彼女のつれない態度も意に介さないのか、彼はさらにしつこく声をかけてくる。
「お…お前には関係ない、のだ!」
「ひょっとして、野球部に用があるの?」
「なッ、ない!絶対ない、ぞ!」
懸命に否定する蒼牙鬼…
が、「野球部に用はない」と言いながら先ほどまでずうっと彼らの練習風景を見ていたのだ、その弁明が通るわけもなく。
困惑する元気の表情が、怪訝そうなものに変わって。
「…変な子」
ぼそっ、と呟かれた元気の一言を、蒼牙鬼のさとい耳は聞き逃さなかった。
…まずい。
ここで怪しまれては、元も子もない―!
「お、お前こそ!ここで何をしている?!」
思わず吹き出た冷や汗を拭いながら、無理やりにでも話をあさっての方向にそらそうと試みる蒼牙鬼。
が、その問いに対する少年の答え…
その答えを聞いた時、更に少女の心臓はどきり、と強張る。
「僕?ベンケイさんに差し入れ持ってきたんだよ」
「!何だと…?!」
待て。
今、この餓鬼は、「ベンケイ」と言ったのか。
「ベンケイ」…あの、車弁慶の知り合いなのか?!
動転する少女は思わずその顔に驚愕の色を表してしまったが、元気のほうはそんな彼女の様子に気づくふしもない。
「忘れてっちゃってさ、ベンケイさん。お母さんに頼まれて、おむすび持ってきたんだ」
聞いてもいないのに、そう言いながら手にした風呂敷包みを振って見せる。
そして、つい、とグラウンドに歩み寄り、
こともあろうに、大声でこう呼ばわったのだ―


「おおおーーーーーい!ベンケイさぁーーーーーーーーんッ!!」
「…ッ?!」