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主将と子鬼のものがたり(10)


少女の反逆は、帝国中枢部に大きな衝撃を与えた。
将来を嘱望された幼い天才の暴走は、理解が出来る行動ではなかった。
彼女の操作はメカを破壊したのみならず、そのプログラムをも、そのデータのバックアップをも消去してしまっていた。
海底研究所の面々が長い間懸命に取り組んできた珠玉が、灰燼と帰したのだ。
そして…少女は、理由も動機も何も語らなかった。
そのかたくなな態度は、情状酌量の余地を跡形もなく吹き飛ばす。
とりわけ、ヒドラー元帥の怒りは壮烈だった。
彼の主張する正論は、グラー博士の根拠弱い弁護など軽く吹き飛ばした。
彼女は、「裏切り者」なのだ。
何の一点の曇りもなく、明々白々に。


それ故、当然のごとく。
少女に与えられたものは…「死」そのものだった。


だから、青年は走った。
少女のために、走った。
もう彼女のいのちを救うことはあたわない、それでも。
仲間想いの青年は、少女のためだけに走ったのだ。


がちゃん、と言う、硬質で冷たい音。
それに続き、ゆっくりと暗闇が引き裂かれる―
「!」
蒼牙鬼は思わず、突然溢れてきた光に目をしかめた。
四角く生まれた白光の中に、その頭蓋に角を持つ男の影―
「蒼牙鬼。時間だ」
ヒドラー元帥の見下したような、冷淡な声が響く。
警護の兵どもを引き連れて。
「…」
少女は、無言で立ち上がった。
座り込んでいた鋼鉄のベッドが、ぎし、と、鳴く。
この牢に閉じ込められて、まだ三日も経っていない。
だが…あれほどまでのことをしでかしたのだ、下される刑はひとつに決まっている。
それを思えば、むしろ長かったのだろうか。
無言で促す兵の視線に、少女は粛々と従った。
両手には、鎖。罪人の証。
生気のない足取りで、歩き出す。
その聡明な蒼い瞳は今は絶望に曇り、何も映さない―
歩く、行列は歩く。陰鬱な空気の中。
真っ直ぐに進む廊下の先にあるのは…処刑場。
歩く、行列は歩く。陰鬱な空気の中。
真っ直ぐに進む、少女は歩き続ける―


だが。
その時だった。


その時。
通路の遥か遠くから、鳴り渡る絶叫。
彼女の名を呼ぶ絶叫が―


「蒼牙鬼ーーーーーーーーッッ!!」


少女の鼓膜を、貫いた。


「?!」
「い、一角鬼?!」
どよめく兵たち、うろたえるヒドラー元帥。
一角鬼が、一体ここに何をしに来た…?!
惰弱なヒドラーの脳裏に掠めるのは、あの時の一角鬼の形相。
蒼牙鬼を責める自分を制止し、蒼牙鬼をかばった、あの時の…
よもや、こいつはこの餓鬼を逃がしに来たのでは?!
「貴様、何をしに来た?!」
「蒼牙鬼!」
ヒドラーが声を荒げるも、彼は一切そんなことには構わない。
真っ直ぐに、少女に向かって駆けて来る―
「…」
少女は。
少女は、何も言えないでいる。
自分の名を呼ぶ一角鬼の姿が、見る見るうちに近くなる。
「な…何をしている?!奴を抑えんか!」
「は、はっ!」
内心恐怖したヒドラーのあげる、ひっくり返ったような金切り声。
それを飛ばされるに到り、呆然と見ていた兵たちもようやく自分たちの為すべきことに気づいた。
わっ、とばかりに、一斉に一角鬼に飛び掛る。
「?!ぐ…は、放せ馬鹿どもッ!」
如何な強力の一角鬼とはいえ、十数人に一時にかかられては、丸腰ではふりはらうことも碌に出来やしない。
あっという間に崩れ落ち、地面に倒れこみ、押さえ込まれてしまった。
「さっさと連れて行くぞ!」
それを見やった元帥の表情に、卑屈な安堵の色。
ふん、と鼻を鳴らし、残りの兵たちに命ずる…
「う…!」
急に鎖を強く引っ張られ、蒼牙鬼の細い両腕がきしむ。
なおも心配げな顔で一角鬼を見やっているも、兵に力づくで引かれ、やるかたなく彼女は歩みを進めざるを得ない…
じりじりと、小さくなっていく蒼牙鬼の姿。
じりじりと、死に向かっていく蒼牙鬼の姿。
「…!」
だから。
一角鬼は、身動きを封じられた一角鬼は、
最後に、彼女の最期に伝えなければならない、絶対に伝えなければならないことを告げるために。
のしかかってくる兵どもを押しのけ。
全力で身を起こし。
思い切り息を吸い―
「蒼牙鬼!」
絶叫にして、吐き出す!


「あいつら――」


「あいつら、勝ってたんだ!」
「!」


鼓膜を震わせたその言葉に、
少女は振り返る、
真っ蒼な瞳が一角鬼を見抜く、


「あいつら、イッカイセンに!勝ってたんだ!」


一角鬼は告げる、
懸命に叫ぶ、
彼女はそのために己を捧げたのだから。


「あいつ、勝ったんだよ…あの日に!」


「だから!今日はニカイセンで!次はサンカイセン、ヨンカイセンで!
もっと勝ち上がれば、ジュンジュンケッショウにも、ジュンケッショウにだって!」


一角鬼は、そこで一旦息をついて。
そして、大きく息を吸って。


「…ユウショウだって…できるかもしれないんだ!
コウシエンにだって、行けるかもしれないんだ!!」
「…!」


少女の蒼い瞳が―震えた。


しかし。
二人のそのやり取りは、彼ら以外にはまったくわけのわからないことで。
兵士たちは戸惑いざわめき、ヒドラーは苛立ちも明らかに表情を険しくする。
「何をわけのわからんことを…!」
「うるせえ!お前には関係ねえッ!」
「な?!て、帝国元帥の私に向かって…!」
元帥の言葉に、一角鬼ははじき返すかのような勢いで怒鳴り返す。
一角鬼の暴言に、にわかに殺気立つヒドラー元帥。
だが―
「もういい」
涼やかな声が、それを断ち切った。
その場にいた誰もが、はっ、となるくらいに。
安寧に満ちた、波一つ立たぬ水面のように静謐な声。
「!」
「蒼牙鬼…」
皆の視線が、一人の少女に集まる。
意図読めぬ反逆者、死を賜りし咎人。
もうあと十数分と残っていない己の生を、惜しむでもなく、哀しむでもなく。
彼女は、そう…


少女は、微笑んでいた、のだ。


「行こう、ヒドラー元帥。もういい、のだ」
「…?!」
穏やかに、少女は言う。その顔に、微笑すらたたえて。
それは先ほどまでの魂を引き抜かれたかのような、死人の表情ではない。
いや、むしろそれは…満ち足りた喜びに彩られた、安らいだものだ。
銃殺刑を目前としていながら、その泰然とした態度は何なのか…
困惑するヒドラー、しかし少女は最早彼のことなど見てはいない。
「そうか…勝った、のか」
うれしげに、その口元にこぼれるような笑みを浮かべて。
頬を薔薇色に上気させ、蒼牙鬼は一角鬼に笑いかける―
「ありがとう、一角鬼」
「…!」
一角鬼は、言葉を失った。


本当にうれしそうな、その微笑み。


お前はすべてを失ったのに。
自己犠牲、なんて言葉じゃ足らなすぎるくらいに、お前はすべてを失ったのに。
そうして、あの男は、今ものうのうと生き延びているあの男は、そのことを一切知ることがないのに。
なのに。


なのに、お前は…
どうして、そんなに、屈託なく笑うんだ?!


涙が、溢れそうになった。
けれども一角鬼は唇を噛み締め両手を手のひらに爪が喰いこむほど硬く硬く握り締め耐えた。
涙が一粒たりともこぼれないように、と。
今、泣きたいのはお前じゃない。
今、泣くべきなのはお前じゃない。
本当に泣きたい、本当に泣くべきはず彼女が、嗚呼、微笑っているのだから―!
「…」
最後に少女はもう一回、一角鬼に微笑みかけ。
そうしてきびすを返す。背を向ける。
ヒドラーたちもそのそぶりを見、再び歩み始める。
歩く、行列は歩く。陰鬱な空気の中。
真っ直ぐに進む廊下の先にあるのは…処刑場。
歩く、行列は歩く。陰鬱な空気の中。
真っ直ぐに進む、少女は歩き続ける―
だが。
最早、少女の瞳は闇に曇ってはいない。
その二つ名のとおり、その「蒼牙鬼」の名のとおり、蒼く蒼く澄んでいる。
…行列が進んでいく、一角鬼を制圧していた兵たちも、やがてばらばらと彼から離れていく。
一角鬼は立ち上がる、行列を無言で見送る。
小さくなっていく少女の背は、どこか誇らしげにすら見えた。
そのことに、彼はとても驚いた。
刹那―
ようやく溢れ、こぼれだしてくる。彼の意思とは裏腹に。
死に往く少女を悼む涙。己の想いに殉じた、あの少女のための涙。


「…」
だだっ広いそこは、「処刑場」という名前だけがついた、ただの空間。
コンクリートに四方を囲まれたその場所が、少女が最期に見る風景。
「蒼牙鬼。何か言い残すことはないか?」
その一方の壁に立たされた少女は、銃兵隊を率い真向かいの壁面に立つヒドラーに問われた。
「ない」
しかし、少女はただこう言い切り。
その後で、
「本当はある、けれども」
小さな、だが揺らがないはっきりとした言葉で、
「それはお前たちに聞かせる言葉じゃない、のだ」
「…ふん」
彼らにそれを伝えることを拒絶した。
それに対して―冷酷な鬼は、ただ、鼻を鳴らすのみ。
「…構え」
それから、数秒もしないうちに。
ヒドラーが、右手を高く掲げる。
銃兵隊が、一斉にその銃口を少女に向ける。
少女は、蒼牙鬼は、だが―怖じてはいなかった。
彼女の蒼い瞳は、既にそちらを見ていないから。
少女が見上げるのは高い空。
晴れ渡る夏の大空は何処までも何処までも澄み渡っている、
確かにこの空は続いている―
彼が見上げているだろうあの空へと続いている―!
蒼牙鬼は見上げる、自らの瞳と同じ色に染まった天蓋を。
そうして、少女は。
少女は、微笑みをたたえて心の中で叫んだ。
それは、届かない声援。
それは、届かない祈り。
それでも少女は祈るのだ、祈らずにはおれないのだ、
最後の最後の最期の一瞬までも!
切なる想いを込めて、
真摯な想いを込めて、
最後の最後の最期の一瞬までも…!




あさまがくえんこうしきやきゅうぶ…




「撃て―――!!」




がんばれ―――!!




―――きぃんッ!!
甲高い高音が、天空をつんざく。
と、同時に、四番バッターの打ち返した球は、見る見るうちに高く高く舞い上がり、そして…!
「…しゃああああーーーーッ!」
「やったあああああーーー!!」
「キャプテンーーー!ナイスーーーーー!」
浅間学園側ベンチから、一斉に上がる絶叫!
どよめきが球場を一挙に支配する、夏の空間を支配する…!
キャプテン・車弁慶の放った一打は、この熱戦に更なる火を燃やす。
「ホームラン…かよ!すごいな、ベンケイ!」
彼の活躍ぶりを観客席で見守っていたリョウは、思わず感嘆の声を上げていた。
この2回戦、攻撃初回から浅間学園チームは3点をもぎ取るという幸先のよさ。
そして、今のベンケイの2ランホームランで、さらに得点差は広がった…
「やるじゃねえか、ベンケイさんよ!…これは、二回戦も勝ちあがれそうだな!」
「ああ!うちの野球部も、意外と強いんだな!」
どうやらこのまま行けば、またも浅間学園が敵チームを打ち破り三回戦進出することが叶いそうだ。
着実に勝利を積み上げていけば、よもや甲子園にも手が届くかもしれない…!
…だが。
ひょっとしたら。
ひょっとしたら、ここまでたどり着くこともなかったかもしれないのだ…
あの時、敵が突然自壊し出さなければ。
「それにしても…こないだの奴は、一体何だったんだろうな?」
「ああ…」
「突然、同士討ちしだして…」
ゲッターライガーを正確に、計算されつくしたかのような動きで攻撃し続けてきた、あのメカロボット。
しかし、ある一瞬より、唐突にその動きは混乱をきたし…結果として、自ら崩壊した。
単純なプログラミングミスか、それとも何らかの意図なのか。
それを知る余地は、今の彼らにはもうないのだけれども。
「…まあ、何にせよ」
ハヤトが、天を仰ぐ。
遠く遠く突き抜けるかのような、夏の青空。
「あいつの試合によ…水をさすような羽目にならなくてよかったぜ」
「そうだな…!」
そう言って、互いにうなずきあう。
視線の先には、彼らの仲間の姿。
白いグラウンドの上、夏の輝きの中。
車弁慶が、チームメイトの歓声を浴びながら、笑顔でフィールドを駆けていく―