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◆ You listen to me, El-raine!(…あるいは、リョウの苦悩)
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流竜馬は今、彼の生涯において随一であろうというくらい、かなりと幸福であった。
失った自分の分身が、今―目の前にいる。
エルシオンと融合し、再びリョウの前に姿を為したエルレーン。
彼女と再び過ごせる時が来るなんて、今までは夢にも思わなかったことだ…
リョウはその幸福をじっくりとかみ締める。
そして、今度こそ―今度こそ、自分がエルレーンにいろんなことを教えてやるのだ、と胸に誓う。
あの時にできなかった事を今度こそ、と…!

だが。
リョウは知らなかった。
エルレーンがすでにこの場所で、「人間」たちと…「仲間」たちとともに暮らしていた時間の事を。
それは、当たり前の事だが…エルレーンの中に、確実に染み込んでいるのだ。
そして、リョウも程なくそれを否応なく思い知らされることになった。

と、いうわけで、リョウの部屋。
けだるい午後三時…リョウとエルレーンは、ここで思い思いに時間を過ごしていた。
「リョウと一緒の部屋がいい」とエルレーンが主張したため、彼女はこの部屋に付属している簡易ベッドで寝泊りする事になったのだ。
もちろん、リョウにとっても願ってもないことだった。
これからは、ずっと一緒に過ごせるのだから…エルレーンと、一緒に。
そんなわけで、今日も彼らは一緒の部屋で暮らしているのだった。
「リョウー、おやつ食べよお?あのねえ、健一君がくれたんだよぉ」
「おやつ?…ふふ、何食べるんだい、エルレーン?」
「えへへ…!」
そういいながら、何処かより彼女が取り出したのは…
「これー!」
「…インスタントラーメン?」
「うん」
真四角のパックを手に、微笑んでいるエルレーン。
それを見たリョウはちょっと眉をひそめた…
彼の家庭はしつけに厳しく、「健康に悪い」との理由から、こういった類のインスタントモノを食べる事はあまり許されていなかった。
そのため、リョウはあまりこのような食品をあまりいい目で見てはいない。
…が。
彼女の場合、そのような健康うんぬんとはまったく違った次元に問題があった。
「うーん…あんまり身体にはよくないんだけどね、それ…だけど、エルレーンが好きっていうな…お、おあああ?!」
リョウのそのセリフは、途中から驚愕の悲鳴に変わっていた。
「え、あ、ちょ、ちょ、っと、な、なあ…?!」
「…☆」
「お、おま、おまえ、そ、それは、それは…」
「…どしたの、リョウ?」
「…!」
わけのわからない声をあげ、自分を見て明らかに動転しているリョウ…
そんなリョウを不思議そうに見やりながら、再びエルレーンはそれをかじった。
何と、こともあろうに、エルレーンは…
袋を開け、中にある硬い硬い麺をそのまま端っこからぼりぼりとむさぼっているのだ!
そのあまりにも下衆な食べ方は、リョウの理解の範疇をはるかに超えてしまっていた。
厳格なしつけを受けたリョウにとって、こんな無作法で 食べ方なんて、考えただけでも怖気がふるう…
ましてや、大事な自分の分身・エルレーンがそんなことをしているなんて!
「え、エルレーン!な、な、なんで、それそのまんま喰ってるんだよ?!」
「…えー?」
「それはな、なべで煮て食べるもんなの!そのまま喰うもんじゃないの!…さ、それよこせよ、俺が作ってやるから!」
「…」
一瞬、黙り込んだエルレーン。
明らかに不服げな様子で、目線を下に落としている…
そして、彼女はリョウから視線をはずしたまま、こう言い放った。ものすごく不機嫌そうに。
「やぁなの、っ」
「?!…エルレーン!何でだよ?!」
「だあってぇ、私はぁ…こうやって、このまんま食べるのが好きなんだもん!別に、煮なくってもいいもん!」
「あ、あのなあ!そんな食べ方、絶対おかしいってば!インスタントラーメンはお湯で煮て喰うの!柔らかくして喰うの!
…ま、まったく!どこでそんな貧乏大学生みたいなだらしない喰い方覚えたんだッ?!」
予想外にも、エルレーンは自分の命令に従わない…
口答えする彼女に、動揺したリョウはなおまくしたてる。
「むー…」
…が、エルレーンはうつむいたまま。
うつむいたまま、口を閉ざしてしまった。
「さ、エル…」
「…やっ!」
「え、エルレーン!言うこと聞けよ!」
「やなのッ!えごだよぅっ、それはぁっ!」
「…?!」
ぷうっ、とむくれたエルレーン。
彼女の唇から飛び出してきた思わぬ…そして、どこかで聞いたようなセリフに、リョウの目は一瞬点になった。
「え、エルレーン…い、今なんて、」
「ふんだ!『えご』だよぉッ、そぉれはぁッ!」
問い返すリョウに対し、彼女は妙なイントネーションで、やはりその「名セリフ」を繰り返す。
一体、誰に仕込まれたというのだろう…
妙な脱力感。
はあ、とため息が一つ。
そして。
「…」
「い、いちゃあ?!痛いのぅッ!」
リョウに無言で耳を引っ張られ、ぴーぴー悲鳴をあげるエルレーン。
エルレーンに仕置きを加えながら、しかしリョウは…純真な、純真だったエルレーンが、自分の知らないうちにすっかりとろくでもない何かに染まっているのをひしひしと感じていた。
そして、彼は再び強く決心した。
今度こそ、「自分が」エルレーンにいろんなことを教えてやるのだ、と。
とんでもない、恐ろしい事ばかり教える奴らの魔の手から彼女を救い、エルレーンを清く正しく、そして美しく育てるのだ、と…
まるで、初めての娘を持った新米パパさんのようなこころもちであるが―
だが、彼の決意は何処までも悲壮、かつ真剣なものだったのだ…

しかし。
運命と環境は、そんなリョウの決意を嘲笑うかのように厳しいものであった。

「お〜まっちっさぁ〜んっ!」
「きゃあんっ?!」
何者かが後ろからいきなり飛びついてきた衝撃に、J9メンバー・エンジェルお町は甲高い悲鳴をあげた。
振り向くと、それはエルレーン…
相変わらずうれしそうににこにこ笑いながら、お町を見つめている。
「んもう…エルレーンちゃんったら!…チョメ!」
「えへへ…!わぁい、やわらかくって、きもちいー…☆」
軽く怒られたエルレーンは、しかしながら懲りることなく…いつものように、お町のそれに手を伸ばした。
…それは、たわわに実った果実のごとく、重たげに揺れながら…それでいて、つんと上向いた美しいバスト。
それは、押し当てられたエルレーンの手を包み込むように、くにゅっ、とたわんだ。
エルレーンはお町に会うと、いつもこうやって胸に触りたがるのだ。
男だったら即殺しているところだが、何と言ってもエルレーンは「かわいい」ので、ついついお町もそれを許してしまう。
「あらあら、それじゃあ…こうしちゃおっかな☆」
「きゃん!…うふふ、あったかぁい…!」
「ふふ…!」
今日はサービスしちゃうわよ、とばかりに、そのままエルレーンをぎゅうっと抱擁してやるお町…
その豊満な胸乳が、エルレーンの顔を飲み込んでしまう。
お町に存分に甘えながら、うれしそうにその感触を楽しむエルレーン…
そう、ハヤトのシュミが「ボインちゃん」だと知ってからというもの、彼女はすっかり「ボインちゃん」に憧れるようになってしまっていたのだ。
「いーなぁ、『ぼいんちゃん』…私も、『ぼいんちゃん』になりたいよぉ」
「あらあら、でも…そんなにスタイルいいんだし、それでいいじゃない?」
「えー、でもぉ…私、『ぼいんちゃん』のほうがいいんだもん」
ふかふかしたお町の豊かな胸に顔をうずめながらそんなことを言うエルレーンを、お町は軽くたしなめる。
が、エルレーンの「ボインちゃん」への憧憬は止みがたく…はあ、とため息をついて、少し哀しげに眉を下げた。
…と、その時。
彼女たちの会話に、もう一人…ずいぶんな「ボインちゃん」が加わってきた。
「んー…今からじゃあ、結構難しいかもねぇ。肩はこるし夏場は谷間に汗かくしで、いいことばかりってわけでもないけれどね」
「…」
それは、エニル・エル…フリーデン艦のMSパイロットだ。
胸元の大きく開いた服、くびれたウエストの下には緩やかなカーブを描く美しいヒップ。
どこからどう見ても色っぽさが薫り立つようなエニル嬢、やはり彼女もご立派な「ボインちゃん」であった。
そのご立派「ボイン」に目を転じたエルレーンの顔が、うらやましそうなものに変化する。
「…ま、そのおかげで『必殺技』ができるんだけど」
「『ひっさつわざ』?」
思わせぶりにそう言ったエニル…
その不可思議なセリフに、エルレーンはぴくっと反応した。
すると、それを見たエニルの表情が少し変わった。
「そ。…『ぱふぱふ』っての。男ならこれ一発でめろめろさぁ」
「めろめろ…」
「うーん、あなたじゃちょっと…『ぱふぱふ』やるには足らなすぎるかなぁ」
そう言いながら、エルレーンのその該当箇所を残念そうに見るエニル。
…自分のそこに視線をやったエルレーン、ちょっと哀しげな表情だ。
「むー…エニルさんくらいおっぱいおっきかったら、『ぱふぱふ』できるんだ…」
「そうよー?」
「えー、その『ひっさつわざ』、見たい!どんなのなの?…見せてぇ、エニルさん!」
「うーん、どうしよっかなぁ…?」
わざと渋ってみせるエニルに、エルレーンはたたみかけるように甘えっ子してみせる。
「お願ぁい、エニルさん!」
「やん!…もう、…かわいいんだから!じゃ、ちょっとだけ…」
「…!」
エニルは、にやっ、と微笑い…
まわりに自分たち三人以外誰もいないことを確かめた後、ゆっくりとその服のジッパーを下ろし始めた。
お町もそれを止めるでもなく、にやにやと笑って見ていた―
多分ものすごく面白いことになるだろう…と、内心大変に楽しみにしながら。

「…♪」
「ん?…エルレーン、やけにゴキゲンだな。何かいいことでもあったのかい?」
それから、二、三時間ほど後のお話。
食堂で食事を取っているゲッターチーム…
にこにことうれしそうにサンドイッチをほおばっているエルレーンに、リョウが声をかけた。
いつもにまして機嫌のよいエルレーン、そのかわいらしい様子に目を細めながら。
「うんッ!」
「へー、何、何?」
「えへへぇ…しょーらいに、きぼーが持てたのです!」
「将来に…」
「…希望?」
「な、何それ?」
瞬時、三人の目は点になった。
わけのわからないことを言い出すエルレーンに、三人分の視線が集まる。
…が。
彼女の次の言葉を聞いた時の衝撃は、彼らの度肝を軽く抜いていった。
「…あのねぇ、エニルさんにね、『ひっさつわざ』教えてもらっちゃったのー!」
「ひ、『必殺技』…?!」
「うん!…『ぱふぱふ』ー!」
「『ぱ』ッ…?!」
「…?!」
「そ、それって…」
何だか、どこかで聞いたことのあるような、ないような。
その「ぱふぱふ」なるモノが相当気に入ったのか…エルレーンは頬を上気させて、その威力を語って見せる。
「はぅ…それはそれはすごい『ひっさつわざ』なのです…すっごくふかふかで、ぽにゃぽにゃで、うっとりしちゃう…
あれじゃあ、男の子だけじゃなくって、女の子だって、めろめろなの…!」
「?…な、何、それ?」
「えへへ。あのねぇ…こぉゆーの、っ!」
言うなり、エルレーンは立ち上がり…向かい側の席に陣取っていたベンケイに、その両腕を伸ばした。
そして、彼の頭を引っつかむや否や、いきなり自分の方に引き寄せた。
『?!』
ハヤトとリョウが、一瞬彫刻のごとく強張った。
エルレーンは、ベンケイを思い切りその胸に抱きしめている…
というか、彼の顔を思い切り自分の胸に押付けている?!
「…♪」
「л○≦凵吹「ф±♭〒〜〜ッッ?!」
「んっとぉ、あのね…ほんとうはね、このままね、おっぱいでかおをはさむのね?…そんで、ぱふぱふ、ってするのぉ」
エルレーンに捕らわれ、その胸元に顔をぎゅうッと押付けられ…混乱と動転のあまり、声にならぬ悲鳴をあげながらじたばた暴れるベンケイ。
押付けられる圧迫感とエルレーンの身体の柔らかさ、そして彼女の発する香り…それらに囲まれ(虜にされ)、まさに今彼は窒息寸前だ。
が、そんなベンケイの苦境(もしくは極楽…か?)など気にもなっていない様子のエルレーン、彼を抱きしめたまま淡々と「ぱふぱふ」の解説をしている。
「え、え、え、え、え、エルレーンッ!ととと、とにかく止めなさいッ!!」
「べ、ベンケイを離してやれよ…」
我に返ったリョウとハヤトは、何とかエルレーンを諭そうとするが…動転のあまりか、すっかりその声も裏返ってしまっている。
その大声でまわりの者もそちらに振り向く…が、あまりにわけのわからないその光景に、皆目を点にしている。
…二人がかりで止められたエルレーン、十数秒の後…ようやくベンケイを離してやった。
「…」
が、やっと解放されたベンケイは…ただただ、遠い目をして悦楽に漂っている。
真っ赤な顔をした彼、もはやこころここにあらず、といった感じだ。
「…こんなカンジなの。知ってた?ベンケイ君」
「…」
「あ、あ、あはは、あはは…」
テーブルにがっくりとうなだれ、弱々しい笑い声をあげながら、リョウはショックのあまり涙ぐんでいた。
(…エルレーンが、俺のエルレーンが、…アブナイ女の子になってしまったぁッ…?!)
そりゃあ涙も出るだろう、エルレーンは…自分の気持ちも知らず、理想とはまったく正反対の方向に突っ走っていくのだから。
衝撃と無力感のあまり、リョウはさめざめと泣いている…情けなさに、笑いながら。
が、そんなリョウになど目もくれず、エルレーンはハヤトとベンケイを相手に説明を続けている。
「でもねえ、今の私じゃねえ、胸が無いから出来ないんだよう。…だけどねえ」
「は、はあ…」
「だけどね、…『かれし』っていうのをつくったら、もしかしておっきくなるかもしれないんだってえ!」
「…」
「…」
とくとくと語り続けるエルレーン。もはや、二人は声もでない。
えらくあけすけなその内容に、もうどうコメントしてよいかもわからない。
「だからね、だからね!…私、『かれし』つくって、『ぼいんちゃん』になるのぉ!」
「?!」
「え、えっと…」
「うふふ、そしたら、ハヤト君にも『ぱふぱふ』してあげるね!めろめろにしてあげるの!」
「お、お前…い、意味わかって言ってんのか…?!」
「うん、わかってるよぉ!…えへへ、だからそれまで待ってねぇ!」
ハヤトが半ば呆然としながら口にしたセリフも、真っ向から笑顔で返され…さすがのハヤトも途方にくれてしまった。
「…リョウ〜、大丈夫か?」
「…ふふふ、ふふ、ふはははは…あはははははは…!」
「…ご、ご愁傷様です…」
すでに正気で受け止めきれる一線を超えてしまったのか、リョウはテーブルに突っ伏したまま泣き笑っていた。
己の理想を完膚なきまでに破壊する残酷な現実に泣きながら、乾いた笑いを喉から力なくもらし続けるリョウに対し…
ベンケイは、ただただ両手を合わせるのみであった。
…個人的には、大変美味しい思いをした、と思ってはいたのだが。

そして、それからまた一時間ほど後のことだった。
「…あ、見っけたー!」
「!…エルレーン?」
廊下でコン・バトラーチームを呼び止めてきたのは、エルレーンだった。
その中に北小介の姿を認めた彼女は、うれしそうににっこりと笑った。
「小介君!探してたの!」
「え?…僕、ですか?」
名指しされ、少しきょとんとなる小介に、エルレーンはうなずいてこう言った。
「うん!…小介君は物知りだから、きっと知ってると思って!」
「おう、そうだぜ?こいつ、ナリはこんなちっちゃいけど、脳みそはやたら詰まってんだ!」
「や、止めてくださいよ豹馬さ〜ん…で、何を聞きたいんですか?」
どうやら、彼女は小介の頭脳に御用があるらしい。
その頭脳の鎮座する頭をぺちぺち叩きながら明るく請け負う豹馬の手を振り払いながら、小介は改めて彼女に問う。
「えへへ…あのね、」
かわいらしく小首をかしげ、エルレーンが口にした彼女の疑問とは―



「…『かれし』って、どうやってつくればいいの…?」
『…はあ?!』
その瞬間、五人の声がいっせいにハモった。



が、凍てついたコン・バトラーチームのことなどお構いなしに、彼女は矢継ぎ早にその疑問を叩きつけてくる。
「えっとお、『かれし』って何で出来てるのかなあ?どんな…どんな『ざいりょう』がいるのか、教えてほしいの」
「…」
「で、その『ざいりょう』、バザーで買えるかなあ?…つくるのって、結構大変?私、機械とかなら得意なんだけど…」
「…」
「うーんと、後…ねえ、『かれし』って、どうやって使えばいいの?おっぱいおっきくするためには、どういう風に使ったらいいのかなあ?」
「…」
「それとね、小介君…」




これらの質問群に対し、北小介がどのように答えたか、コン・バトラーチームがどう対応したのか…それは、定かではないと言う。





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