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◆ たった一人の出撃
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「…鉄也、鉄也ッ!」
「…」
焦り混じりのジュンの声が自分の「名前」を呼んでも、鉄也は振り向きすらしなかった。
淡々と、格納庫の中を歩み…扉によって、コンソールを操作した。
すると、きしる金属音とともに、ゆっくりと扉が開いていく…
夜の空気が、そこから格納庫の中に音を立てて吹き込んできた。
「あなた、正気なの?!本当に出て行くって言うの?!」
「ああ。…俺は、ここに必要のない『人間』らしいからな」
そんな哀しいセリフを吐き捨て、すぐさま彼はきびすを返す。
向かうのは、グレートマジンガー…彼の愛機。
その彼の行く先に先回りし、行く手を阻もうとするジュン。
彼女の目に映る今の鉄也は、明らかに異常だった。
口調こそ落ち着いてはいるものの、とろうとしている行動もその言動も、全てが無軌道で無茶苦茶だった。
「な、何をそんなにムキになってるのよ?!」
「ムキに?…別に、そんなんじゃないさ」
「嘘!鉄也、一体どうしたって言うの?どうしてそんなに、ミケーネと今すぐ戦いたがるの?!」
「…」
叫ぶように投げつけられたジュンの問いに、鉄也は少し眉をひそめた。
皮肉げな笑みが、彼の顔にかすかに浮かぶ。
「…ジュン、お前ならわかってくれると思ったがな。同じように、所長に見出されて、戦士として育てられたお前なら…」
「わかっているわ。私だって、ミケーネは憎い…だけど、私たちだけでどうにかなるって思っているほど、私は馬鹿じゃないわ!」
「…!」
しかし、彼女は間髪いれずにそう答え返した。
「鉄也…あなただって、本当はわかってるはずよ!自分ひとりで行ったって、無駄死にするだけだわ!」
「…例え、無駄死にするだけだとしても!こんなところで、奴らに対して手をこまねいてみている事しか出来ない今の状況よりは、何倍も、何十倍もましだろうがッ!」
「…!」
やけ、自暴自棄、自滅行為。
どう考えても、今の鉄也の状態は、それ以外の言葉であらわせようもない。
だから、必死になってジュンはそれを止めようとする。
何とか一人で飛び出していこうとする彼を、この場にとどめようと…
「鉄也、あなた一体何をそんなに焦っているの?!どうして、今すぐにミケーネと全面対決する必要があるの?!」
「ふん…そうさ、だから俺ひとりで行くって言ってるんだ。お前について来いとは言わないさ」
「もう少し待ちましょう?ともかく、今はイノセントとディアナカウンターの争いを止めなきゃ…」
「…〜〜ッッ!…お前まで甲児君みたいなことを言うのかッ、ジュンッ!」
「…?!」
突然、鉄也のセリフ…そのボルテージが、とてつもなく高まった。
そのセリフの時だけ。
格納庫の中に響き渡りながら伝わっていく、鉄也の怒号。
いきなり激昂した鉄也に、ジュンは思わず息を呑む…
だが、カンのいい彼女は、すぐにその理由を看破した。
それを知っている鉄也の表情が、瞬時、己の失策に悔しげにひずんだ…
無言。
格納庫の中に、静寂が戻る。
「…」
「鉄也…あなた、まさか…」
「…」
鉄也は、ジュンから視線をそらした。
その失望の色すらこもった彼女の瞳を、正視することは出来なかった。
「…鉄也…あなた、馬鹿よ…」
ジュンが、やがて…ぽつり、と、何処か哀しげにつぶやいた。
同じ境遇をかこつ者の放つそのセリフは、多分に共感の響きが混じっていた。
そう、ジュンもまた…同じように、兜剣造にひきとられ、戦士として育てられた身。
「…」
「甲児君に嫉妬して…自分を見失って…その挙句、自殺みたいに奴らに突っ込んでいくって言うの…?!」
「…」
わかっている。
今自分がやろうとしていることが、とてつもなく馬鹿げた行為であること。
何の勝算もない、感情的で子どもっぽい反抗心と虚栄心が起こす、ただの暴走―
「確かに所長は甲児君の実の『父親』よ。…でも、あの人は。
あの人は、私たちにだって実の『子ども』以上の愛情を注いでくれたじゃないの!」
「…」
そう。
それも、わかっている。
知っている。あの人は、自分たちをこころの底から信頼してくれていることぐらい。
…だが、それでも…
それでも、血のつながりのある、本当の「息子」が目の前に現れれば。
どんな「父親」が、彼よりも…何の縁もゆかりもない孤児をとるというのだろう?!
「それなのに、そんなつまらない嫉妬心なんかで…」
「そんな事はわかっているッ!」
「…!」
だから、鉄也は喉がひきつれるほどの大声で、ジュンの正論を封じた。
「…わかっている。…だが、俺のこころの底には…あいつに対する嫉妬や対抗心が、泥のようにこびりついているんだ!」
ジュンの表情に、惑いと困惑が浮かんだ。
いつも自分を厳しく制し、自分のマイナスの感情というモノを表に出すことのほとんどなかった鉄也…
その鉄也が今、自分の奥底に埋まる、どろどろとした醜い感情をストレートに吐露している。
今の今まで隠し通してきた、だがそれが故に増幅し、膨れ上がり、もはや鉄也自身にもコントロールする事の出来ないくらいに大きくなってしまった嫉妬心…
今の鉄也は、クールさなどまとう事すら出来ないほどに混乱し、砕けていた。
だがそれでも、かすかに残る虚勢が、彼にこんなセリフを吐かせた…
「このまま、俺がここにいれば…みんなを不幸にする事になる」
「…」
「だから、俺は…消えちまったほうがいいんだ。この場所から、みんなのいるここから…」
「…鉄也…あなた、」
しかし、ジュンはそれすらも見通していたのだ。
「怯えて、いるの…?」
「…?…怯えている?…俺が?何にだ?」
思いもしない、その「怯えている」という言葉に、鉄也は一瞬虚を突かれる。
自分の中に認知し得ない、あるはずのないその感情に、異を唱える。
だが、ジュンは…すでに、全てを見透かしていた。
そして、それをそのまま彼にぶつけた―
「…鉄也の、弱いこころに」
「!」
「鉄也は…鉄也は、みんなを傷つけることを恐れているんじゃない!
鉄也は、自分の弱いこころに敗れて、それに押しつぶされていく事に怯えているのよ!」
「…」
「自分の弱さに怯えているんだわ…自分の弱いこころを隠したいから、そんな事を言うんだわ…!」
「…ジュン…!」
ジュンの言葉に、反論は出来なかった。
お前は、「仲間」を傷つけたくないからここを去るという。
だが、その実…こころの奥底では、そんな事を思ってはいない、と。
お前が怯えているのは、自分の弱いこころが露呈してしまう事、己の弱さが白日の下にさらされてしまう事なのだ、と…!
自分の直視したくなかった、出来なかったモノを、目の前に突きつけられている…
鉄也は、その居心地の悪さを無視した。ジュンのセリフに答えることなく、黙殺した。
その反応を見たジュンの瞳から、ふっと力が失せる。
しかし、それでも何とか鉄也をとどめようと、彼女は唇を開く。
「今の鉄也じゃ、ミケーネと戦うのは無理よ…」
「…だから、アーガマに残って、皆に守ってもらう…か?」
「そうよ、だって私たち…」
「そんな方法をとるくらいなら死んだほうがましだ」
だが、鉄也はにべもなくそう言いはなった。
まったくの平坦な口調で、あまりにもあっさりとそれを拒絶した。
「…」
「…俺には、戦士の誇りがある。そうさ、俺は…そのために生きてきたんだ」
「鉄也…」
「お前について来いとは言わない、と俺は言ったぜ。俺のことなんか、放っておいてくれ」
「…」
とうとう、ジュンの言葉が止んだ。
もはや、どんな説得の言葉も、鉄也には届かない事を思い知らされて。
投げやりな風を装った、鉄也のセリフ…
だが、その声色の端々に、きりきりと張り詰めた鉄也の精神が漏れ出でているようだったからだ。
うつむいたジュン…彼女から視線をはずし、鉄也は愛機へと向かおうとした。
が、その時…ゲッタードラゴンの足元に、人影が揺らめいた。
「…」
「!…エルレーン君」
…それは、エルレーンだった。
ゲッタードラゴンの整備でもしていたのだろうか、だが…ともかく、今の会話を聞いていたらしい。
哀しげな顔をして、鉄也のそばに寄ってきた。
「て…鉄也、君…で、出てっちゃうの…?!」
「…」
かすかに涙を浮かべた、透明な瞳。
その瞳を見つめることも出来ず、鉄也は自然、彼女から顔を背ける。
「ね、ねえ!何で?!何で、たったひとりでいっちゃうの?!…どうして、ひとりで…」
「エルレーン君。…君には、わからんだろうよ」
「…?!」
エルレーンを見ぬまま、鉄也は低い声でつぶやいた。
「…前、君とケンカになって、反省室に閉じ込められた事があったよな。その時、君と話して…俺は、思った。
君と俺は、似ている…『似た者どうし』だ、ってな」
「…」
「同じように、戦う事を宿命付けられて…そして、戦う。戦いの中に己の強さを求めて、またその繰り返しで。
今まで、そうやって生きてきたってことも…同じだ」
「鉄也君…」
「…だけど、エルレーン君。君には、俺の気持ちは絶対にわからない…!」
鉄也の声が、高ぶる感情でひずんだ。
「!」
「リョウ君たちに囲まれて、ちやほやされてる君には…絶対に、わからんだろうよ!」
エルレーンの瞳が、震えた。
一片の言葉すら返せない。鞭打たれたかのように、全身を強張らせる…
鉄也は言うだけ言い放ち、そのまままっすぐにグレートマジンガーへと向かっていく。
エルレーンのそばを、何も言わぬままにすりぬけて。
その一瞬、鉄也へ視線を移した彼女は、何か言おうとしたようだったが…結局は、かけるべき言葉を見つけ得ぬままに、唇を閉ざした。
鉄也の姿が、機神たちの間へと消えていく。
彼の靴が立てる規則的な足音だけが、格納庫の中に響いている。
その数十秒後…
グレートマジンガーが、その鋼鉄の脚を大きく一歩進めた。
格納庫の扉は開いたまま。そこからびゅうびゅうと風が吹き込んでくる。
ジュンも、エルレーンも…もはや、何も言えないままで、偉大な勇者の歩みを見つめているだけだ。
一歩、また一歩。
そして、とうとう開いた扉にまで来た時…
その歩みが、ほんの少しだけ…止まった。
きしんだ音を立て、グレートマジンガーが直立する。
その場でしばし動かないままでいる…格納庫の中に、立ち尽くしたままで。
…しかし、それはあくまで刹那。ほんの数秒間だけの事だった。
再びグレートの脚が前へと進む。
大きく伸ばした右足は、ついに…格納庫から飛び出した。

「…」
「…」
無言の二人。開きっぱなしの扉からは、相も変わらずびゅうびゅうと風が吹き込んでくる。
どんどんとグレートマジンガーの姿は小さくなっていく。その風吹き荒れる夜の荒野へと駆け去っていく。
その様を身じろぎ一つせず、ジュンとエルレーンは見つめ続けていた…
重苦しい黒雲が天蓋を覆っている今宵は、月も、星ひとつすらも見えはしない。
まったくの暗黒が支配する世界へと飛び出していった鉄也、グレートマジンガーの姿を、彼女たちは何も言わぬままで最後まで見送っていた…


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