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◆ すてきなおくりもの
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「…」
大地にそびえ立つ、巨人の群れ。
前線にいたそのうちの一体、紅の巨人…ゲッタードラゴン。
その足元にある非常口が、甲高いきしり音を鳴らして開いた。
…そこから飛び出るように駆け出したのは、一人の少女。
少女は、熱未だにさめやらぬ大地を駆ける。
爆裂と熱風によって溶解し、黒変し、不毛の大地と成り果てた荒野を。
彼女は駆ける。自分自身でもわからない衝動に突き動かされて。
その後を、数人のパイロットが…やはり、自機から急いで降り、彼女の後を追う。
広い広い荒野。その中を、まるで芥子粒のごとく小さい「人間」が、走る、走る、走る。
少女は、走って、走って、当て所もなく走って…
やがて、急に魂を引き抜かれたかのように、がくり、と膝からくずおれる。
何故なら―彼女の見渡す荒野には、一面、何もなかったからだ。
大地と、空と。そして、大地の上にぶちまけられた、焼け焦げた鉄片、残骸、瓦礫だけ。
彼女の求める女(ひと)の姿は、影かたちすらなかったからだ。
「…!」
「!…え、エルレーン!」
へたりこんだまま、少女は動かなくなった。
そばに駆け寄ってきたリョウたちが声をかけても…その透明な瞳は、動かなかった。
「…」
「…」
だから、彼らも動けなくなった。
動けないまま、大切な「トモダチ」を二度も喪った少女に…ただ、遠巻きな視線を落とすのみ。
「…」
「…エルレーン」
そのまま、彼女は動かなかった。
リョウが声をかけても、彼女は動かなかった。
「…」
「…」
居心地の悪い沈黙、無言の荒野。
広い広い荒野。その中で、まるで芥子粒のごとく小さい「人間」が、立ち尽くす、立ち尽くす、立ち尽くす。
たった一人の少女を取り巻くように…
…と、その時だった。
「…!レーダーに反応…」
「!…こ、これは…ビューナスAじゃないか!」
それは唐突だった。
十数時間前、何故か突然格納庫より姿を消したビューナスA…
そのビューナスが、再びこの場に現れたのだ。
見る見るうちに、ビューナスをあらわす光点が、アーガマのレーダー画面上を滑るように動く。
そのうち、それは肉眼でも捉えられるほど近くなり、大地に立つ彼らの目にも映った。
女性の姿をかたどったその特徴的な機体が、空に光る―
ビューナスAは、彼らから少し離れたところで地に降り立った。
そして…頭部を為すクインスターがビューナス本体から離れ、ひゅうん、と空を切る音をたてながら、着陸する。
やがて、そのコックピットから、パイロットが姿をあらわす。
それはやはり、ビューナスAのパイロット…炎ジュンだった。
「…」
「ジュン!お前勝手に何処に行ってやがったんだ?!」
「…違う、違うの。私の話を聞いて」
「え…?!」
開口一番、ジュンに咎めの言葉をかける鉄也。
だが、彼女は静かに首を振って彼を制し…真剣な目で、彼らを見返した。
無言のまま、彼女はこちらに向かって歩いてくる。
その手に、白い布で包まれた何かを持って…
「…」
「…」
誰も、何も言わないまま。
視線だけが、ジュンに降りかかる。
「あの…私、」
彼女は、そうはじめた。
「私、今まで…どこかに、閉じ込められてたの」
彼女の思わぬ言葉に、一瞬惑う「仲間」たち。
「え…?!」
「何言ってるんだ、お前…?」
「ジュンさん、君…ずっと俺たちと一緒にいたじゃないか」
「違う、だから…私、この2週間ほど、何処かのシェルターみたいなところに閉じ込められてたのよ」
だが、ジュンは…彼女自身どう説明していいか困惑しながらも、ともかく自らの身におこったことを必死で説明しようとする。
「…?!」
「2週間前、哨戒飛行に出た時。あの時、私、怪しいシェルターを見つけて…そうしたら、突然誰かに襲われて。
…気がついたら、そのシェルターの中にいたの」
「…」
「その時…私の目の前に、『私』がいたの。私の格好をした、私にそっくりな姿に変装した…誰か、が」
「…」
ジュンの言葉を、皆は呆けたように聞く…
巻き起こる疑惑と疑念に、動揺しながらも。
「その『誰か』は、私に何の危害も加えようとしなかった…ただ、『しばらくここにいてもらう』って言われて、閉じ込められただけ」
自分でも不思議だ、というように、彼女は言った。
その時の出来事を、思い出しながら。
「そのまま、私、そのシェルターの中にずっといたんだけど…
そうしたら、今日になって、また唐突にその人が現れて、」
ジュンは、そこでいったん息をついた。
「…私を、解放してくれたの」
「何…?!」
「しかも、その人は…私のビューナスAを持ってきてくれたの。
だから私、ビューナスで…方角だけを頼りにここまで来たの…」
「…」
「…そ…それじゃ…」
「あのジュンは、一体…?!」
彼女の今話したことが、本当ならば。
では、2週間前よりアーガマに入り込み、普通に…まったく普通に自分たちと生活していたあの「炎ジュン」は、一体何者なのか…?!
ざわつく「仲間」たちの中で、ゲッターチームも同じく顔を見合わせる。
彼らの胸に、あの時のことがよみがえる―
あの時、ミーティングルームであった「彼女」に感じた違和感。
自分たち3人に不思議なことを言った、あの時の…
「…!!」
「おい、リョウ…」
「も、もしかして…!」




『…私が育てたあの子を、どうか…守ってやってくれ。
あの子はとても強く、賢い。…だが、その反面…とても、もろい。
だから、戦いで…あの子が砕け散ってしまわないよう、
あの子がいつまでも…笑って暮らせるよう、守ってやってくれ…』





「…まさか」
どくん、と、心臓が鳴る。
奇妙な予感に、揺り動かされて。
「まさか…ッッ!」
…彼らの視線の先には、エルレーン。
彼女もまた…今聞いた事実に、何かを呼び覚まされている。
ジュンを見つめるその瞳には、それがはっきりと映りこんでいる―
「…エルレーンさん」
「…」
ジュンが、エルレーンに向きなおる。
「あのね…私ね、その人から…あなたに、預かってるモノがあるの」
「え…」
「昔『約束』していたモノだ、と言えば、わかるからって…!」
「…!」
ジュンの言葉に、エルレーンの透明な瞳が鈍くひらめいた。
「約束」。
それは、まさか―
それは、まさか、あの女(ひと)の―!
ややあって、ジュンは、手にしていた包みをエルレーンに手渡した。
「…」
立ち上がり、無言でその包みを受け取ったエルレーン。
白い布で包まれた奇妙な長細いそれは、存外に軽かった。
彼女は、のろのろと布を解いていく…
…と、そこからあらわれたのは…一振りの剣。
銀色の柄に、青く光る美しい宝石の埋め込まれた…黒い鞘に包まれた長剣。
エルレーンは、その柄を握り、ゆっくりと…それを目の前に構えてみた。
拍子抜けするほど、それは軽い…とても扱いやすそうな剣だった。
…と、その途端だった。
からん、という小さな音。
地面から鳴ったその音に気づき、ふと視線を落とす。
それは、何か赤い石がペンダントトップになっている首飾りだった。
ハヤトがそれをつまみあげ、検分してみる…
「!…これ、ひょっとして…ルビーか?」
軽い驚きの声が、彼の口から漏れた。
…彼の言うとおり、それは大粒かつ透明度の高い、極上のルビーだった。
ピジョンブラッドと呼ばれる美しい血の赤の色に染まる…そのルビーのまわりには、繊細な銀細工。
とても高価で貴重な品であることが一目でわかるような、素晴らしい装身具だ。
そのルビーの美しさに目を奪われ、一同の間に思わずざわめきが広がる。
思わずそのそばに近寄り、まじまじとそれを見つめる…
「…!!」
そのペンダントを見たエルレーンの目が、驚きで見開かれる。
それを、彼女は見たことがあった。
記憶の中、よみがえるたわいもない会話。たわいもない口約束。
ああ、だが…
そのペンダントは、まさに、あの…!
「…あ…」
「手紙…?」
…と、その時、エルレーンが握っていた剣の鞘に何かが結び付けられていることにベンケイが気づいた。
鞘の根元に、無造作に麻紐でくくりつけられているそれ…それは、封筒。
エルレーンは麻紐を解き、その封筒を手にする…ぎこちない手つきで、封を開く。
中には、丁寧に折りたたまれた便箋が入っていた。
それを広げるエルレーン。
折り目をとくのももどかしく、がさがさと紙を伸ばす…
すると、そこには…懐かしい、あの人の書いた文字があった―!
「…あ、ああ…!!」
かすかな声がもれる。
便箋に書かれた文面に目を走らせるエルレーンの瞳に、次第に涙が浮かんできた…
「なんじゃ、こりゃ…恐竜帝国の文字か?」
「…何て書いてあるんだ、エルレーン?」
しかし、背後から覗き込むリョウたちには…恐竜帝国のモノらしい文字で書かれたそれは、まったく読めない。
何が書いてあるのか、さっぱりだ。
それを読むことのできるエルレーンに向かい、何が書いてあるのか教えて欲しいとせがむ。
…一瞬の空白の後、エルレーンはそこにかかれている言葉を、声に出してゆっくりと読み上げ始めた。
そして、エルレーンの口をもってして、それは語られる。
それは、あの女(ひと)の、あの女(ひと)からの、最後のメッセージだった―
「…『親愛なる我が友、エルレーンへ…』」




『親愛なる我が友、エルレーンへ

あの満月の夜の果たせなかった約束を覚えているか?
あの時渡せなかったものを、渡しておこう。
お前の誕生日祝い…火龍石のペンダントだ。
前にお前に話したとおり、この火龍石は戦士のお守りとなる石だ。
きっと、戦場でお前を守ってくれるだろう。
それと、剣を一振り。
この剣は、軽いが強い白竜岩という鉱石で出来ている。
身の軽いお前にはぴったりの得物だ。
お前が自分自身を守れるように。そして、お前の大切な仲間を守れるように…

だが、お前はもう満月の夜を数える必要はない。
満月は幾度だって巡り来る。
お前が生きている限り…
もう、お前には6ヶ月という終わりはないのだから。
そして、お前は本当の誕生日を迎えるだろう。
その日をゲッターチームと共に祝うがいい。

お前は勇敢で強く、賢い子だ。
だから、流竜馬や神隼人、車弁慶…ゲッターチームの仲間、そして人間の世界から
様々なことを学ぶことができるはずだ。
私が教えてやれなかったことを学ぶがいい。
そうすればお前はもっと強くなれる。
そして、お前が守るべきものを守ることができるだろう。

お前を傷つけたこと、どうか許して欲しい。
あの時代、ゲッターチームと我々ハ虫人との間で
あれほどお前が苦しんでいたことを知りながら、
私はまた、同じ過ちを犯してしまった。
お前が、私のことを想ってくれている事を知りながら…
それにもかかわらず、私はお前に戦うことを強いた。
しかし、お前は…必死で拒絶してくれた。私などのために…
お前はそこまでしてくれたというのに、
私は本当にひどいことをしてしまったな。
許してくれ、としか、今の私には言いようがないのだが…

だが、私はお前のことをずっと見守っている。
いつだったか、私はそう約束したはずだ…そうだろう?
…いつかまた、ゲッターチームと共にあいまみえる日を楽しみにしていよう。
だが、急いで来る必要はない。
決して死に急ぐな。それだけは約束してほしい。
お前はせっかく生きのびたのだから…

いつかまた生まれ変わり、この世界のどこかで会うこともあるかもしれない。
その時、私はお前を探そう。
そしてまた、お前と友人になれたらと思う。
エルレーン。
お前は私にとって大切な存在だった。
初めて出会ったあの時から、ずっと。
お前は、いろいろな事を私に教えてくれた。
50人のモデュレイテッドバージョンの生き残りのお前と、
こういう結末を迎えるのは、運命だったのかもしれない。
そして、これが運命なら…
また、その運命に導かれて、再び出会うことができるかもしれないな。

それでは、
お前の往く道に、幸運と武運が在らんことを祈る

愛をこめて
ルーガ





「…!!」
「エルレーン…!」
読み終えた途端、エルレーンの両目から…つうっと涙がひとすじこぼれおちていく。
涙にぼやける瞳で、何度も何度もその文面を読む。
そこに書かれた言葉、その一つ一つをかみしめるようにして…
そして、彼女の手紙の朗読を聞いた者全ての心にも…ようやくその事実が理解された。
手紙の主…この13日間、本物のジュンを幽閉し、自らがなりかわってアーガマに乗り込んでいた、「炎ジュン」。
彼女こそ、勇敢かつ流麗な、あの女龍騎士。
そして、どこまでも自分の「トモダチ」エルレーンを守ろうとした、あの恐竜帝国のキャプテン…
キャプテン・ルーガだったのだ!
「じゃ、じゃあ…あの、ジュンさんは…!」
ベンケイの、ハヤトの、そしてリョウの脳裏に、あの時の「炎ジュン」の姿が瞬時に浮かぶ。
あの時はまったく意味のわからなかった彼女のセリフが、今、明確に彼らの中で意味を為した。
「…!!」
それは、キャプテン・ルーガの願い。
自分の友人、エルレーンを託す、と。
彼女を守れ、と、あの女(ひと)は言ったのだ…!
ベンケイの、ハヤトの、そしてリョウの胸に、今ようやく染み渡る。
彼女の思いの尊さ。彼女の思いの真摯さ。彼女の思いの強さが…!
我知らず湧き出た涙が、彼らの頬をぬらす。
いとおしい友を守って散ったあの高潔な龍騎士(ドラゴン・ナイト)の、あまりに深い慈愛に打たれて…
ハヤトは、涙を流し手紙を読みつづけるエルレーンに、そっとそのペンダントを差し出した。
それを受け取り、大切そうに両手のひらで包み込むエルレーン…
「…ルーガ…!…お、覚えてて、くれたんだ…!…『約束』、覚えてて、くれたんだ…!」
「『約束』…?」
「うん…!」
涙混じりの声で、エルレーンはとつとつと語る…キャプテン・ルーガと交わした、あの「約束」のことを。
「わ、私…死ぬ前…まだ、恐竜帝国に、いた時…る、ルーガが、言ってくれた…
わ、私の、『誕生日』を、お祝いして、あげるって…!」
「…」
「私…は、半年しか、生きられなかった、から、『誕生日』なんて、本当は、ないのに…!
け、けど、ルーガは…私の、好きな、満月の夜…さ、最後の満月の夜に、祝ってやろうって、言ってくれて…!」
「最後の満月の…夜」
「そ、その時、この、火龍石をやる、って、いってくれて…!」
そう言ったきり、彼女は言葉を発せなくなった…
剣とペンダントを抱きしめ、ただむせび泣く。
キャプテン・ルーガのやさしさに、最期まで自分を想い続けてくれた彼女の残したモノを抱きしめて。
「…素敵な、人だったんだな」
リョウは、そんなエルレーンに…ぽつり、とそう言った。
「…」
「素敵な人だったんだな、お前の『トモダチ』は…」
「…そう、だよ、リョウ…」
涙をぬぐい、エルレーンはそうリョウに言う…
きらきらと輝く透明な瞳が見つめるのは、今は亡き「トモダチ」がくれた…大切な、「誕生日」のおくりもの。
「ルーガは…私の、すてきな…たった一人の、『ハ虫人』の…『トモダチ』だよ」
そっと目を閉じ、彼女のことを思い出す…
誰よりも自分のことを愛してくれた、やさしい「ハ虫人」。
昔も、今も、変わることなく、自分を守ろうとしてくれた、美しいあの女(ひと)の笑顔を。
同じ時間を過ごした、いとおしい女(ひと)。
いろいろなことを教えてくれた、尊敬すべき女(ひと)。
誇り高い女龍騎士、恐竜剣法で立ち向かう者を薙ぎ払う天下無双の剣聖…
そして、自分の一番最初の、「ハ虫人の」…大切な「トモダチ」!
「今までも…そして」
そして、エルレーンはゆっくりとそのペンダントを自分の首にかけた…
きらめくルビー、火龍石のペンダント。




「これからも、ずうっと…!」





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