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◆ 「救い」に至るまで
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眼前に広がるのは、どこまでも果てない漆黒の天幕。
その一面にばらまかれた、大小さまざまな光点。
そして、その中空に浮かぶのは…月。青白き光まとう月、欠けていく月がある…
その光景を透明な瞳に移しながら、少女は…砂浜に寝転がり、夜空を見ている少女は、考えていた。
「…」
エルレーンの唇は、閉ざされたまま。
肌に感じる砂の感触はひやりと冷たく、心地いい。
たった一人、波が静かに打ち寄せる、夜の海岸で…エルレーンは、考えていた。
(…かばった、のか…あの、No.0は。…ガロード君たちをいじめる人たちから)
…考えていたのは、自分の分身…そして、忌まわしき「敵」のこと、…No.0のことだった。
(変だ…あれは、リョウたちを殺したがってる。リョウたちゲッターチームは殺そうとするくせに、ティファさんたちは守るのか…?)
「…どうして…?」
その問いは、知らず知らずのうち、口を通った言葉になった。
彼女の唇から発されるその問いに答えるものは、その場所にはいなかった…
が、おのずから、彼女の中で推論は進んでいく。
(ゲッターロボを破壊し、ゲッターチームを抹殺するために造られた…私と同じモノ。
…だから?
…だから、リョウたちは殺す。…だけど…そのほかの『人間』なら、そのほかの『人間』になら、あれは、…やさしい、のかな…?)
「…!」だが、そこまで推論が進んだ時…No.0も「やさしい」イキモノなのかもしれない、という考えにまで至るや否や、彼女ははっとなる…
そして、軽くその考えを鼻で笑い飛ばす。
(…ううん。だまされちゃダメだ!そんなこと言ったって、あれは『敵』なんだもの!リョウたちを殺そうとする奴なんて、私が殺さなきゃダメなんだ!私が…)
『…エルレーン…お前、本当に何も思わないのか?!あいつは、No.0は…昔のお前と同じじゃないか!』
「…」…いつかのハヤトの言葉が、突如こころの奥から大きく響き渡ってきた。
その声が、エルレーンの思考をストップさせる。
No.0を「敵」として殺そうとする自分を非難し、批判するハヤトの言葉。
彼がそれを口にした時、わきあがってきたモノとまったく同じモノが、やはり同じようにエルレーンの奥底からわいてきた。
不服と不満、彼の主張の理不尽さに対する多少の怒りをともなって。
(何も…?…どういう事?…同じだからって、それが何なの?…同じだから、あれは私たちを、リョウたちを殺しに来るんじゃないか!)
『今のお前は、昔のリョウと同じだ!お前を誰より憎んでて、お前が苦しんでることも知っていて、それでもお前をただ倒そうとしてた…
そうだ、誰よりもお前に冷たく当たってた頃の、昔のリョウと同じなんだよ!』
「…」だが、エルレーンのこころにこびりついた、ハヤトのセリフが…すぐさまその反論を打ち消した。
耳に反響するような錯覚を覚えるまでに、大きな声で。
そして、そう言われた時と同じように…やはり、エルレーンはそこで何も言えなくなる。
論破されてしまったわけではない。
…だが、それ以上何も言えなくなる…何故だかわからないが。
(昔の、リョウ…)
エルレーンは、思わず目を閉じた。
真っ暗になった視界の中で、ぼんやりと浮かんでくる…「昔のリョウ」。
(そうだ…リョウは、昔は…やさしく、なかった。私を、冷たい目で見てた…まるで、『ハ虫人』みたいな冷たい目で)
そう、昔のリョウは、今のリョウのようにエルレーンを見てはいなかった。
姿を見れば睨みつけ、彼女を冷たく罵った。
エルレーンの置かれている状況を知りながら、彼女を救おうと呼びかけてきたムサシを面罵し、退けた。
そして、彼女を見るリョウの目は…いつも、冷たい嫌悪と憎悪の光を宿していた。
…だが。
(…でも…そのリョウが、私を、救ってくれたんだ…)
ある夕暮れ時、公園で出会った時のリョウ…そのときから、リョウはまったく変わってしまった。
そして、最終的には、いのちを賭けて彼女を救ったのだ…
死の運命にあった彼女の「精神」を、自らの身の内に取り込むという形で。
『これだけは忘れないでくれ、エルレーン…あの時、お前を救ったのは…<敵>だったはずの、リョウだったってことを』
自分を何とかNo.0との戦いから遠ざけようとするハヤト。
彼の言葉が、必死で自分を説得しようとする彼の言葉が、再び思い起こされる。
「…だから…私にも、あいつをすくえ、って言うの、ハヤト君…?」
ハヤトがもしこの場にいれば、彼は真剣な顔をして、「ああ、そうだ!」と言うだろう。
ハヤトのそんな表情すらも、すぐに思い浮かぶ。
だが、それすら…エルレーンの中に凝り固まる敵意を消し去ることは出来なかった。
(だけど…それでも…)
『君は、どうしようもなく、間違ってる…<人間>として!』
「…!」
『非合理的で、まったく筋が通らないかもしれないけど…<敵>であっても、その相手を救えるなら、そのこころ救えるなら…救おうとする。
…少なくとも…そうすべきか、迷う。
…<人間>ならそうするはずだ』
(『人間』なら…そうする、はず…)
…今度は、万丈の言葉が浮かんできた。
No.0を殺そうとする自分に、「よく考え直してみるんだ」と言った彼。
その万丈が言った、自分が間違っている(らしい)理由が。
「人間」なら、救えるものは救おうとするはずだ…と。
『僕たちは、<正義>の名のもとに、多くの<敵>の命を奪ってきた…
でもね…救えるものは救う…その信念だけは、捨てたわけじゃないんだよ』
(…すくう…あれを?…私の、<敵>を、私の、)
『…お前は、自分の<妹>が、自分と同じ目にあっても何とも思わないのかよ?!』
「…いもうと、か…」
同じDNA、同じリョウのクローン。…だから、「妹」、…らしい。
その「妹」の「名前」は…
「…」
その答えは、出てこなかった。
何故なら、答えとなるモノ自体が、はじめから無いのだから…
そう、彼女には…「名前」がない。
彼女は「No.0」、ただの製造ロットナンバーを割り振られた存在。
自分は「エルレーン」であるにもかかわらず、何故No.0は未だ「No.0」…何故、ナンバーで呼ばれるのか…
エルレーンは知っていた。
あの「ハ虫人」たちにとっては、それがノーマルなのだ、と。
(…『エルレーン』。それが、私の、『名前』…)
自分にとって、それは何よりも大切なモノのひとつ。自分だけのモノ。たった一つのモノ。
(だけど、『ハ虫人』たちは…みんな、私を『No.39』としか呼ばなかった。…あの人、以外は)
閉じたまぶたの裏に、その時…ふっ、と、あの人の姿が鮮明に浮かび上がってきた。
穏やかに微笑し、自分をやさしく見つめてくれた…かつての、「トモダチ」。
彼女のことを思い出した、その時だった。
刹那。まるで、明かりがぱっとひらめくかのように、突如…エルレーンは、ようやくそのことに気がついた。
「あ…」軽い驚きとともに、再び目を開く。満天の星がさざめく夜空が視界に広がっていく…
その広がりと同じように、静かな…感動にも近いと思えるような驚きが、エルレーンのこころの中にさあっと広がっていった。
(そうか…私は、しあわせだったんだ…)
それは、唐突に…実感としてわきあがってきた。
その実感を裏付ける何よりの証拠、その証拠を自分は既に持っている…
(私には、『名前』がある…だから、私…『エルレーン』。『エルレーン』っていう『名前』…私の、大切なモノ)
それは、培養機から出され、49人の「自分と同じモノ」たちと戦い、殺し…勝ち残った日。
キャプテン・ルーガにはじめて出会った、あの日。
彼女がその日の最後に与えてくれた、何より素敵なプレゼント…
(この『名前』をくれたのは、ルーガ。やさしかったルーガ…私に、笑ってくれた、私にいつもやさしくしてくれた、大切な『トモダチ』…!)
彼女は、恐竜帝国で…「人間」である自分を差別し、無視し、侮蔑する「ハ虫人」の中で、たった一人自分を「仲間」として見てくれ、大切にしてくれた人だった。
そして、彼女はその「名前」で自分を呼んでくれた…
とはいえ、「名前」で自分を呼んでくれる「ハ虫人」は、彼女の他には誰もいなかったけれども。
(そして、ルーガがいてくれたから…私、『エルレーン』でいられたんだ。…『No.39』なんかじゃなく)
…そこが、違っていた。あのNo.0と、自分では…
(…でも…No.0は、『No.0』なんだ…『No.0』でしか、ないんだ…)
そして、それはつまり…次のような推論を導き出す。
(No.0には、『名前』をつけてくれるひと、やさしくしてくれるひとが、誰もいなかったんだ…!
…あの、『ハ虫人』たちのなかで、『人間』のNo.0は、ずっと、ずうっと、…ひとりぼっち、だったんだ…!)
「…」綺羅星がまたたく。その遠い星の輝きを見つめながら、彼女は思いを馳せた。
(私に、ルーガがいてくれなかったら…私、どんなに、さみしくて、つらかっただろう…?)
…確かに、自分は…キャプテン・ルーガを失った。
大切な友人の死は、もちろんつらかった…
はらわたがねじきれるように思えるような苦しみ、そして自分を取り囲み押しつぶしてしまう、孤独の恐怖。
しかし。
愛する者を得て、それを失うのと…最初から、そのような者を持たずに、孤独であるのと。
どちらが、もっと残酷で苦しいのだろうか?
エルレーンは、後者だと思った。
いとおしい「トモダチ」の笑顔も見たことがない、見ることが出来ないなんて…あまりに哀しすぎるではないか、と。
(かわいそう…なんだ。あの子は)
エルレーンのこころに、ふっと浮かんだ言葉…「かわいそう」という言葉。
今まで激しく敵愾心を燃やし、殺す対象、「敵」としてしか見ていなかったイキモノに対する…それは、新しい感情だった。
そのことがわかると、一時に様々な思いがあふれ出てくる…
No.0に対するイメージが、まったく別のモノへと変わっていく。
(あの子は、ひとりぼっちで…『名前』もない、かわいそうな子なんだ。
…きっと、昔に、マシーンランドを壊したっていうのも…ただ、怖かっただけなんだ。
自分をいじめる『ハ虫人』が怖くて、大嫌いで、『敵』だと思っちゃったからなんだ)
そう考えると、彼女の行動にも理解が出来た。
マシーンランドを壊したのも、聞いていたような単なる「暴走」などではなく、彼女にとってしてみれば「自己防衛」だったのだろう、と。
残酷で己を無視し、冷酷にあしらう「ハ虫人」を、彼女はむしろ「敵」だと感じてしまったなら…
(それは、きっと今も…リョウたちがいくら呼んでも、聞かないのも…怖いから、なんだ。
…自分は、あの人たちの<敵>として造られたから。
だから、どんなに言われても…また、自分を傷つけるものかもしれないから、怖いから…近づかない)
そして、そのままでは…リョウたちの説得に、あのNo.0が応じる可能性は、とてつもなく低いままだ。
(でも…)
…だが、もしも。
(…もし…あの子に、『名前』をくれて、やさしくしてくれるひとがいたなら…あの子は、きっと、うれしいって思う)
そうだ。きっとそのはずだ。
キャプテン・ルーガに会うことが出来た、彼女と一緒に過ごすことが出来た自分がそうであったように。
(そうしたら、あの子はきっと笑う…リョウみたいに、笑うのかな。…それとも、…私みたいに、笑うのかな?)
彼女が戦場で見せた、あの闘争心に満ちた、好戦的な笑いではなく。
狂気に満ちた、猛り狂う壊れた「兵器」の笑いではなく。
もっと素直で、うれしそうな、楽しそうな…そう、ティファたちにNo.0が見せていたという、笑顔。
「人間」の、笑顔。
(…見てみたい、な)
エルレーンは、そう思った。
(見てみたい…あの子が、私に、笑ってくれるところ。きっと、…やさしい顔で、笑うんだ…
昔、リョウが私に笑ってくれた時みたいに…!)
エルレーンの胸に浮かび上がってきた衝動…それは、あのNo.0が、自分に笑みを向けてくれることを望む思いだった。
今は敵対している相手、憎みあっている相手でも…もしかしたら、わかりあえるかもしれない。
かつて、自分とリョウがそうだったように。
一緒に暮らすことができる、一緒に笑いあうことができる、と…!
「…そうか」
そこまで考えが至った時、エルレーンの顔に笑みが浮かぶ。
ようやく、たどりついた。
ハヤトや万丈が言っていたことの意味が、はじめてはっきりと腑に落ちた。
そして、彼らが自分にそれを望んだ意味も…
「私、やっとわかったよ、万丈君…」
ぽつり、とつぶやくエルレーン。
吹き渡る風が、彼女の声を空に散らしていく…
「…あの子と、私は、同じモノ…私は、」
彼女の決心を、星々と月が聞いている。
凛としたエルレーンの決意の言葉が、寄せては返すさざなみの音に混じって、夜の海岸に静かに響いた。
「私は、あの子を、…すくいたい…!」


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