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◆ 仕掛けられた罠
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母艦・アーガマ。
「ぽいんとぜくろす?」
「そう、ポイントZX」
おうむ返ししたエルレーンの発した言葉を、ベンケイももう一度発した。
「何でもイノセントの使ってた昔の基地なんだってさ。今は廃墟らしいけど」
「ふーん、そこに何しに行くの?」
「ああ、何か使えそうな武器や弾があったら持ってこう、ってことらしいぜ」
ハヤトも加わり、エルレーンに説明してやる。
補給を行う目的に基づき一時ポイントZXに向かうという案は可決され、すでに一行はその廃棄された基地へと進路を向けていた。
あさってには余裕で到着するだろう。
そして、ベンケイはこんな言葉で締めくくった。
「とりあえず、先遣隊として俺たちゲッターチームと獣戦機隊が出るらしいよ」
「へえ…」
「エルレーン、お前も行くことになるんだぜ多分」
と、ここでハヤトから思わぬセリフ。
きょとん、となったエルレーン、不思議そうな顔をして問い返す。
「え、私も?」
「いや、だってリョウ寝込んだままだしなー。多分無理だよ」
「うん、そうだねぇ…」
そう、ここのところずっと体調がよくなかったリョウ…
とうとう昨日から本格的に熱を出して寝込んでしまったのだ。
メディックの診察から、彼はラット熱に罹患していることが判明した。
ワクチンの残りがまだあるので、治療は容易だが…それでも、すぐに出撃できるほどには回復しない。
というわけで、リョウは一人寂しくベッドに臥しているのだった。
それにしても、随分タイミングが悪いことだ…
ハヤトは軽く首を振りながら、彼らしい皮肉まじりのセリフでこう評した。
「まったく、皆がすっかり治ってからラット熱にかかるなんてよ…相変わらず、流行遅れもはなはだしいぜ!」


恐竜帝国マシーンランド。
キャプテン・ラグナに出撃指令が出たのは、その日ももう遅い頃だった。
「ポイントZX…ですか?」
「そうだ」
バット将軍を前にしたキャプテン・ラグナが受けたのは、ポイントZXなる施設への出撃だった。
「諜報部からの情報によると、奴らは補給のために廃棄基地ポイントZXに向かうらしい。ちょうど、我々のマシーンランドへ向かう方角とは別…そこで迎え撃つ」
「足止め…ですね」
キャプテン・ラグナの言葉に、バット将軍はうなずいた。
「そのとおり。『大気改造計画』が完成するまで、まだ少し時間が要る。
できれば、奴らが修理のためしばし移動不可能になるくらいまで、追い込んで欲しい」
彼の言うとおり、「大気改造計画」はほとんど完成してはいるものの…まだ、時間が必要だ。
その状態で「人間」どもの部隊にぶつかれば、元も子もない。
そのためにも、一戦二戦交えつつ、奴らを縫いとめておかねばならないのだ―
時間稼ぎにしては危険が大きすぎるが、やるしかない。
「…わかりました。では、早速部隊を編成します」
「頼んだぞ」
バット将軍に一礼し、キャプテン・ラグナはすぐさま出撃準備に向かう。
(…あの忌々しい『裏切り者』の『兵器』も、来るかもしれぬ)
ぎりっ、と、奥歯を噛みしめた。
強張った表情の奥に、また憤怒が見え隠れする―
ぎらぎらと尖る肉食流特有の牙が、光っていた。


ポイントZX。
吹きすさぶ砂嵐の中、町々からぽつん、と離れ、ただ一つある廃棄済みのイノセントの基地。
そう、それは「廃棄済みの」イノセントの基地…
そのはず、だったのだが。
しかし、外郭こそ機能停止させられているように見えるものの、電力などのインフラはいまだ潰えてはいない。
地表に出ている部分はまったく機能しておらず、廃墟のごとくみえるかもしれないが…
いや、廃墟のごとく「見せかけて」いるのだ。
工作員の仕込んだ情報という撒き餌に釣られて寄ってくるであろう、「敵」を誘い込むために。
…そして、その地下。
地球環境に耐えかねるほどに脆弱化したイノセントでも生活できるように空気に滅菌処理が施された地下施設。
そこでは、極わずかではあるが、イノセントが活動していた。
彼らは、上層部から下された命令を着々とこなしている。
他の基地より派遣され、このポイントZX内にあった「何らかの兵器」らしきものを使用可能にするため、復旧作業に当たっているのだ。
だが、その作業中の彼らは、誰一人その「何らかの兵器」の正体を知らない。
遥かいにしえよりこの地に沈み続け、そしてイノセントたちが保存し続けてきた、その「何らかの兵器」の正体を知らない。
そして、知らないがゆえに、そのような無謀ができるのだ。
その「何らかの兵器」を使えるように直すような、愚劣極まりない無謀ができるのだ。
それが証拠に、その「何らかの兵器」の正体を知るビラム司政官は…司政官室で、血の気ももはや感じないほど青い顔をして、スクリーンの前に立ち尽くしていた。
壁面を覆う巨大なスクリーンに映し出されているのは、白ぶくれした老人…彼らイノセントの長、イノセントを支配する独裁者、カシム・キングだ。
『…例の物、復旧は進んでおるか』
「は、はっ…作業工程は順調に進んでおります。あさってにはもう使用可能になるかと」
スピーカーが、耳障りなしゃがれ声を再現する。
その音に耳をつんざかれながら、それでもビラムは何とか答え返した。
『ふん…』
醜い老爺が、満足そうに笑む。
その笑みが、ビラムにはとてつもなく恐ろしく見えた。
わかっている。
今のジロンたちシビリアン、そして彼らとともに行動している、あの強力無比な軍団…イレギュラー。
彼らがどれほど強く、そして抗いがたいかを。
しかし…
しかし、その「敵」を倒すためとはいえ、あの超兵器を使ってもいいものなのか?!
再び地球の環境を地獄へと買える、あの超兵器を…!
そんなビラムの苦悶をもまったく解することなく、カシムは至極嬉しそうだ。
己の策に酔い、己の策にはまって苦しむだろう「敵」どもの姿を思い、その想像に酔っている。
『ククク…まったく、楽しみだ』
「…」
吐き出されたそのセリフは、まるで腐臭を放っているかのようにすら思えた―
『わしに抗う馬鹿どもめ。…出来損ないのシビリアン、邪魔者のイレギュラー…
皆、あの超兵器で文字通り消し飛ぶがいいわ…!』


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