--------------------------------------------------
◆ 彷徨いびと
--------------------------------------------------
あそこにいたら、いけない。

砂嵐。
吹きつける風は無数の細かな砂をはらみ、豪雨のように荒れ狂う。
その中を彷徨う少女の全身を切り裂きながら。
だが、少女は何も感じない。
何も感じることのないまま、少女は彷徨う。
その瞳に映る一面の砂塵は、彼女の行く末そのもののように、光をも奪うほどの無常さで吹きつける。

あそこにいたら、またみちゃうから。
リョウたちと、ルーガが、たたかうのを、みちゃうから。
わたしは、
なにも、できないから。

呼吸をしようと必死になれば、風とともに細かな砂が口の中に飛び込み、不快な感触が広がる。
それを何とか吐き出し、息をつこうとする…
だが、砂煙に封鎖された荒野の空気は重苦しく、彼女の肺腑を余計に痛めつける。
酸素不足の彼女の脳は、次第に理性を失い…やがて、無駄に空転しはじめる。

わたしは、リョウも、ハヤトくんも、ベンケイくんもだいすきで、
でも、ルーガもだいすきで、
そうして、リョウたちとルーガたちはころしあう。
「にんげん」と「はちゅうじん」は、ころしあう。
わたしは「トモダチ」をまもらなくちゃいけなくて、
わたしは「てき」をころさなくちゃいけなくて、
だから、わたしはリョウを、ハヤトくんを、ベンケイくんをまもらなくちゃいけなくて、
リョウを、ハヤトくんを、ベンケイくんをころさなくちゃいけなくて、
わたしはルーガをまもらなくちゃいけなくて、
ルーガをころさなくちゃいけない。
まもる、だからたたかう、ころす、だからたたかう、
わたしはそれしかできない、わたしは「へいき」。
でも、ころさなくちゃいけないリョウたちをわたしはだいすきで、
ころさなくちゃいけないルーガをわたしはだいすきで、
それなのに、まもらなくちゃいけない人たちをわたしはころさなくちゃいけない。
わたしは「にんげん」?
だから、「なかま」のリョウたちをまもって、ルーガをころすの?
でも、わたしはルーガがだいすきなのに?
それとも、むかしみたいに、リョウたちをころすの?
でも、わたしはリョウたちがだいすきなのに?
ころすの?
まもるの?
だれを?
だれのために?
だれを、まもるために?

少女の精神に刻み込まれた義務と責務は、振り払っても逃れられない濃霧のごとく、彼女の脳裏を覆い隠す。
その堂々巡りは彼女をなおさらに混乱させ、追い詰め、苦しめる。

けっきょく。
けっきょく、まえとおなじなんだ。

渇ききった少女の喉が、何やら言葉らしきモノを紡いだ。

「どうしてぇ…?」

どうして、「にんげん」と「はちゅうじん」は、ころしあわなきゃいけないの…?

その「答え」がわかっているくせに、それでも彼女は問うた。
誰に問うでもなく。独り言のように。

ごう、と風がどよめいた。
その風にあおられ、疲弊した少女の身体は、いとも容易く翻弄される。
少女は、膝をつき、そして前のめりに倒れた。
砂が肌に喰い込み、無常な冷たさを伝えてくる。
ひどく、疲れていた。
まぶたを開けているのすら億劫だ。
眠りたかった。
これは悪い夢だ、そう信じたかった。
だから、少女は抗わなかった。そのまま、深い闇の中に落ちていった。
このまま眠りにつき、もう一度目覚めたら…
この馬鹿げた悪夢は消え去っているのだ、と、思いながら。
そのくせ、こころの片隅では…そんなはずなどないことを、嫌というほど感じていながらも。



少女の頬からこぼれ落ちた涙が、砂を濡らした。
砂嵐は吹き続ける。少女の全身も、澱んだ黄色に塗りつぶして。
砂嵐は吹き続ける。



だが、終わりのない嵐はない。
昼が過ぎ、夜になり、また朝が来て…
やがて、荒野を吹き渡る風にも弱まる兆しが出てくる。
轟音のような風の音も、やがては笛のような弱々しい音に変わっていく。



嵐は、去った。



そうして、砂嵐が去った後。
死の気配しかない荒野、乾いた大地に倒れ付す少女の姿を見つけたのは、幸運にも…プリベンターによって組織された捜索隊、その一隊だった。




back