--------------------------------------------------
◆ 両価性ambivalence
--------------------------------------------------
ラット熱騒ぎが終わってからというもの、ここのところは…ずっと、平和だった。
イノセントの長、アーサー・ランクと、月の女王、ディアナ・ソレルの会談は、波乱を含みながらも終了した。
彼らはお互い争うことの無益さを強調し、手を差し伸べあうことを誓い合った。
(もちろん、その決定を良しとしない一派も…イノセントにも、ムーンレィスにも、双方に…あるので、彼らとの戦いは不可避となってしまったわけだが)。
状況が大きく一歩前進し…皆の表情も、この大仕事をやり遂げたという自信にあふれ、輝いている。
ここ最近は、特に襲撃もなく…
平和な、実に平和な時間が流れていた。
…彼ら、三人を除いては。

ブライトたちには言えなかった。
言ったところで、彼らに何をしてくれるように望んでいるのか、それすらわからなかったから。
他の「仲間」たちには言えなかった。
言ったところで、彼らに理解してもらえるのかどうか、それすらわからなかったから。
そして、当然…エルレーン本人にも、言えなかった。
だから、あの出来事は…あの信じ難い、信じたくない邂逅を、彼らは自分たちの胸のうちにだけ押し込めたままでいた。
時折、隙を見て…三人だけで、これからどうするのか、どうすればいいのかを話し合った。
だが、それは話し合いにすらならなかった…
絶望的なシナリオを避ける手立てなど、何一つ思いつかなかったからだ。
そのシナリオは…あの女龍騎士とエルレーンが再び出会った瞬間に、幕を開ける。
その瞬間を恐れ、その瞬間に起こるであろう悲劇を恐れながらも、それを回避するアイデアを出せないままでいた。
エルレーンをゲッターロボGから降ろし、戦線から遠ざけるということも考えた。
だが、いくら彼女を説得し、戦闘の場から引き離したところで…あの女(ひと)が自分たちの前に姿をあらわせば、同じことだ。
もしくは、アイアン・ギアーかフリーデン、ソレイユに移し、別行動をとってもらうということも考えた。
しかし、恐竜帝国軍がそちらを襲わないという保証もない。
また、自分たちのこんな勝手な望みのためだけに、進軍ルートを変えさせることなど、とてもではないが通らない案だろう。
こうして、最後には…「何故あの女(ひと)がまたあらわれたんだ」「何故今頃になって」というような嘆息。
「あの女(ひと)があらわれなければよかったのに…!」というような、言ったところで意味のない、やるせなさとやりきれなさでいっぱいになった悲歎で終わる。
「話し合い」と称したところで、それは無為な時間を費やしているだけだ。
それでも、何もしないわけにはいかないから、少しでも希望を見出せやしないかと彼らは知恵を絞る。
そして、今日も…ゲッターチームは、彼ら以外誰もいないミーティングルームで、何ら実りのない話し合いを続けている。
「…何で、」
リョウが、また同じようなセリフを、心労とともに吐き出した。
「何で、こんなことになっちまったんだろう…」
「…そんなこと言ったって、どうにもならんだろうが」
繰り返される泣き言にうんざりしたのか、ハヤトがややぞんざいに切って返した。
だが…リョウとて、そんなことは重々承知の上だ。
承知の上で、それでも…どうしても、口に出してしまう。
何も出来ないから。何も変えられないから。
何も、してやれないから…
三人とも、再び口を閉ざしてしまう。
テーブルの上のコーヒーは、すっかり冷めてしまった。
しばしの沈黙。うつむいたままの三人は、そのまま動かない。
こうして、この件に関する彼らの話し合いは、無言のうちに、うやむやに終わってしまう…
お定まりの手順だった。
…しかし、今回は少し違っていた。
空白の数十秒後。
つぐまれた唇が、再び開かれた。
「…なあ」
「…ん?」
「何だ…?」
それは、リョウだった。
顔を上げないまま、彼はぼそぼそ、と言葉を紡いだ。
「正直に言ってくれ。…お前らは、」
「…?」
「お前らは、あいつがどうすると思う?」
「え…?」
「エルレーンが、ルーガさんに会ってしまったら。あいつは、どうすると思う…?!」
「…!」
三人の間に、見えない緊張が走る。
彼らの抱く恐怖、今までは口に出来ないでいた、それそのものを…リョウは今、はっきりと言い放ったのだ。
「り、リョウ!」
「あいつは、どうするんだろうか…あいつは、あの女(ひと)を見たら、一体どうする?!」
「…!」
「あ、あいつは、俺たちを…!」
「やめろッ、リョウッ!」
ハヤトの怒声が…そう、それはもはや怒声だった…リョウの言葉の続きをぶった切った。
はじかれたように、口をつぐむリョウ。
その顔には、苦悩と焦燥がありありと浮かび上がっている。
「お前、一体何を考えてるんだ?!」
「そうだぜ、リョウ!お前、まさか…」
「…だ、だけど!」
「どうしたんだよ、リョウ?!そんなことを言うなんざ、お前らしくねぇぜ!」
「…!」
何かを言いかけたリョウの言葉は、ハヤトの叱責でかき消された。
再び、リョウは口を閉ざす。
ハヤトとベンケイも、ただ…そんなリョウを見ていることしか出来ない。
「…」
「…」
だが、やがて。
ベンケイが、その人のよさそうな顔を困惑でいっぱいにしたまま、静かに問い直した。
「どうしたんだよ、リョウ…お前、何でそんなことを」
「…怖いんだ」
「…?」
「リョウ…?」
リョウの答えは、たった一言。
だが、その一言の表す内容は…とても、重い。
彼の危惧していること、彼が恐れていること…その重さを、今度は明確な言葉に変える。
リョウの喉が、強烈な息苦しさでしめつけられる。
しかし、それでも…吐き出された息は、言葉に変わってしまった。
彼が怯えている、ある「未来」の予想に…
「あの女(ひと)が、あらわれ、たらッ…エルレーンは、行ってしまう、かも、しれない…ッ」
「…?!」
「あの女(ひと)のところに…恐竜帝国に…ッ!」
その言葉は、ハヤトの瞳を凍らせ、ベンケイのこころを貫いた。
「な、何で、そんな哀しいことを言いやがるんだッ、リョウ!」
「だって!だって、そうじゃないか…!」
反論するハヤトを、悲鳴のようなリョウの叫びが切り裂く。
「俺たちは、結局…エルレーンを、ひきとめられなかった!」
「!」
ハヤトの表情が、衝撃で強張る。
それは、リョウの精神を長きに渡って縛り付け、ハヤトの胸をくさびのように刺し貫き続ける、あの過去…!
その過去が、今再び姿をあらわす。
「あの女(ひと)は、死んでいなくなっても!それでも、エルレーンを縛り続けた…ずっと、ずっと!」
リョウの前に。
ハヤトの前に。
そして…エルレーンの前に!
「お、俺たちには…きっと、止められない、エルレーンを…止められない!」
「…」
「だ、だけど、それよりも、もし…ッ」
それはリョウを動揺させる。リョウは誰よりも激しく動揺する。
かつて抉り取られたこころの傷が、今また切り裂かれ血を流す…
しかし…それでも、自分たちは戦わねばならない。
戦わねばならないのだ、この現実と…!
だから、ハヤトは叫んだ。
鞭で打つように。
殴りつけるように。
リョウを、正気に返せるくらいに。
「リョウッ!!」
「…!」
突如あがったその大声に、はじかれたようになるリョウ。
驚いたような顔をして自分を見返してくる彼を見据え、ハヤトははっきりと言ってやった。
「お前がそんな弱気でどうすんだよ?!お前がそんなふらふらしてたら、俺たちだってどうしようもねえじゃねえかッ!」
「ハヤト…!」
「そうだぜ、リョウ」
今度は、ベンケイが言う。
力なく笑いながらも、懸命に笑顔を取り繕いながら、確信を持っているかのように取り繕いながら。
「エルレーンは、『人間』なんだぜ…トカゲ野郎どもの『ハ虫人』のところに、かえすわけにはいかねえだろうが」
「…ベンケイ」
「大丈夫だって、信用しろよ」
リョウの肩をぽんぽん、と軽く叩き、彼は続けた。
「お前ら、今までずうっと一緒だったじゃねえか」
「…!」
「ずうっとずうっと、よ…一緒だったじゃねえか」
「…」
「…な?だから、そう気に病むこたぁねえって!」
そうして、ベンケイはにっ、と笑った。
それを見ていた、ハヤトもまた。
…必死に楽観を装う、装おうとするハヤトとベンケイ。
彼らの気持ちもわかる。わかるが故に、リョウは…とうとう、弱々しげに微笑んだ。




…それでも。
リョウは、胸のうちだけで思った。




エルレーン。
もし、その瞬間が来たら…あの女(ひと)が、お前の前にあらわれたら。
お前は、一体どっちを選ぶんだ?
俺たちか、それとも…やっぱり、あの女(ひと)なのか?
…それなら、それでもいい。
俺たちのところにいるよりも、あの女(ひと)のそばにいたい。
お前がそう思うんなら…
だけど、俺は…とてもじゃないが、そうは思えないんだ。
お前は、やさしい女だから。
お前は、そんなふうに生まれてしまった奴だから…!




お前は、結局、選ばないんじゃないか…?!
俺たちも、あの女(ひと)も!
そう、あの時と同じように…!




リョウの焦燥は終わらない。
ある予感、とてもとても嫌な予感が、彼の中でめぐり続ける。
だが、だからと言って…彼には、何も出来ない。
彼らゲッターチームに出来ることは、何一つないままに。




そうして、彼の恐れていた「その瞬間」は…刻一刻と、忍び寄ってくるのだ。





back