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◆ A ronde(輪舞曲)
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「…!」
剣と剣が打ち鳴らす。
幾度も幾度も鳴り渡る。
こころを貫くような緊迫感に満ちた剣劇の音を、彼らは見守る以外できなかった。
誰も彼もが。
何も言えぬまま、何も言わぬまま、それを見ている―
あろうことか、ゲッターチーム…真・ゲッター1すらも!
「り、リョウ!」
「…」
豹馬の声にも、流竜馬は動かなかった。
「何で動かないんだよ、リョウッ!」
「…」
無言。
目を見開いたまま、流竜馬は動かない。
「ハヤト!」
「…」
そして、ハヤトも。
「ベンケイッ!」
「…ダメだ」
ベンケイも、同じく。
彼は、押し殺した声で…重苦しさを、吐き出した。
「ダメなんだ…割り入っちゃあ、いけねえんだよ」
「え…?!」
「これは、エルレーンの戦いなんだ…」
「俺たちが邪魔することは、許されない」
ハヤトとベンケイの不可解な言葉を、豹馬は理解出来ない。
今まさに、目の前でたった一人で戦っている「仲間」を助けようとしないのか―
ただ、見守っているだけで!
「だ、だがよ!」
「わかってる!」
なおも言い募る彼に、叩き付けるようにベンケイが言った。
「…リョウだって、必死に耐えてるッ!」
「!」
その言葉に、豹馬はモニター画面に映るリョウの姿を見る。
…彼は、まっすぐに前を見つめたまま、凍り付いていた。
「わかってる…わかってるさ」
握りこぶしは、あまりに強く握られたせいで、痛みすら感じるほど。
助けに入りたいと思う感情を、必死に彼は押さえつけている。
「だけど、俺は信じる…信じている!」
信じる。信じている。信じたいのだ。
その思いが、彼を支えている。彼をとどめている。
「エルレーンは負けない、決して負けない!」
「…」
「だから、手出ししないでくれ…まだ、待ってくれ!」
リョウの言葉に、とうとう豹馬も黙り込む。
彼はその合間にも、間断すらなく彼女を見つめている―
彼女の戦いを見つめている!
「だって、あいつは…!」
そして内心で祈っている。
あの女(ひと)に、決死の思いを込めて祈っているのだ。
(キャプテン・ルーガ…護ってくれ、あいつを!)
少女を守るためいのちを賭した彼の女龍騎士(ドラゴン・ナイト)に。
あの誇り高く流麗なる、キャプテン・ルーガ・スレイア・エル・バルハザードに。
(だって、あいつは―あんたの弟子、「トモダチ」なんだろう?!)


だが。
リョウにそう請われたところで、彼女に一体何が出来よう?
何故ならば、今この戦場でエルレーンに牙剥くあの男も、嗚呼―
あの男も、他ならぬ彼女の愛弟子なのだから!


「…!」
「くっ!」
数十合も交わされた剣。
ゲッタードラゴンの長剣。エルレーンが振るう剣。
メカザウルス・レギの大剣。キャプテン・ラグナが振るう剣。
同じ女(ひと)から受け継いだ剣法・恐竜剣法―
同じ剣が交わされる。「人間」と「ハ虫人」の合間で。
「喰らえ!」
振り抜いた剣の勢いのまま、キャプテン・ラグナがタイミングを計る。
そして、吼えるは必殺剣の名!
「恐竜剣法・必殺!火龍剣!」
「!」
相対する「敵」の腰部を断ち切る必殺剣が、メカザウルス・レギの剣によって放たれる。
しかし、それを受ける少女もまた、恐竜剣法でそれを打ち払う!
「恐竜剣法・必殺!水龍剣!」
「ぬ…!」
ぎゅん、と空を裂く剣は、円形の軌道を描く!
そしてその剣の軌道が、火龍剣をはじき返した―
「…!」
一瞬動じたその隙をも、エルレーンは見逃さない!
「恐竜剣法・必殺!邪龍剣ッ!」
「なッ?!」
ゲッタードラゴンが、槍になる―
「敵」を貫く槍になる!
放たれた新たなる剣は、必殺剣は―恐竜剣法第四が奥義!
すさまじい勢いで突き出されたその長剣は強烈な回転を加えられ、まっすぐにメカザウルス・レギの胸に向かっていく―!
「!」
間一髪。
それを感じ取ったキャプテン・ラグナは、回避の行動をとろうとした―
しかしながら完全には避け切れず、邪龍剣は左肩にヒットする。
はじけ飛ぶ、メカザウルス・レギの左肩!
コックピットにすら走る、その衝撃。
だが―
「じ、邪龍剣だと…ッ」
機体のダメージよりも、それよりも。
それよりも、キャプテン・ラグナに衝撃を与えたのは―
「ぐう、う…!」
…ぎりぎり、と噛みしめられる牙。
妬心と怨心と乱心が、キャプテン・ラグナの理性をバラバラに砕いていく―

あろうことか、嗚呼―
この小娘は、邪龍剣まで使うのか…
私ですら、「ハ虫人」の私ですらルーガ先生に教わることのできなかった奥義を、四つ目の奥義まで使うのか?!

「?!」
突然の動きに、対応できなかった。
メカザウルス・レギが…かっ飛んできた。
そしてそのまま大剣を振り下ろしてくる、全力をかけて!
慌ててその剣を受け止めんとする―
がきいいいいん、という鋭い音を立てて、ゲッタードラゴンはその剣を防いだ。
だが、そんなことにはお構いなしに、何度も何度もメカザウルス・レギがうちかかってくる!
「うおおおおおおお!おのれ、おのれ、おのれえええええッ!!」
「う…!」
「『人間』が!『人間』が!『人間』ごときがあッ!」
ぎん、がん、ぎきん。
その怒りに任せた乱撃を受ける長剣が、甲高い悲鳴をあげている。
相手の動きを封じると言うよりは、むしろそれは自暴自棄。
怒りに塗りつぶされた剣が、四方八方からエルレーンを襲う…
その勢いのすさまじさに、少女は否応なく防戦を強いられる!
「『人間』ごときが!邪龍剣を…我々の、恐竜剣法をッ!」
「うあッ?!」
思い切り相手の剣を振り払う…
その間隙に、メカザウルス・レギの放った蹴りが貫く。
腹部を重い鋼鉄の脚に蹴りぬかれ、ゲッタードラゴンに衝撃が走る。
そしてそのままの勢いで、地面に叩きつけられる…!
「…!」
コックピットの中、激突のショックで跳ね飛ばされるエルレーン。
鈍い痛みが、その表情を歪ませる。
それを見下すメカザウルス・レギ…キャプテン・ラグナ。
「…おこがましいわッ!」
「く…!」
蛇眼が冷たく嘲笑する―
その端々を、隠しきれない嫉妬で彩りながら。
しかし、ゲッタードラゴンも退かない。
再び空中に舞い上がり、剣を構える。
同時に、メカザウルス・レギも応じる―
二者が見せるその構えは、まったく同一のもので。
そうだ。
あの女(ひと)が見せた、あの女(ひと)が与えた、あの女(ひと)が残した同じモノ。
二人が受け取った同じモノ―恐竜剣法!
それ故、二人の戦いはまるで鏡に映したかごとくの動きを見せる。
宙を切り裂く剣の舞は、輪舞曲(ロンド)に変わる。
エルレーンとキャプテン・ラグナの剣が舞い狂う―



「うぉぉおおおぉぉぉぉおぉッ!!」
殺仕合。
仕合、ではない。それは、殺し合いだ。
『ラグナ…あの子の立場も、慮ってやれ』
その殺し合いのさなか…かつて聞いた、あの女(ひと)の言葉が耳の奥で聞こえる。

『あの子は、<戦う>ためだけに生まれたのだ…<戦う>ためだけに造られた。
だから…戦いに関しては誰にも負けられない、という自負があるのだろう』

『…だが、その力すら、ガレリイ長官の強化(ブーステッド)によって植え付けられ、捻じ込まれたモノなのだ。
あの子がそれを望んだわけではない。
…それを<才>と呼ぶには、あまりに…残酷すぎると思わんか?
そして、そのいのちは半年。
半年しかない中で、あの子は…結局、戦いの中で消えていく運命にある』

『…あの子は、お前の<妹弟子>は…哀しい子なんだよ、ラグナ…』

そうだ。そう聞いていた。
そう聞いていたとしても…わからなかった。
わかりたくなかった。わかろうとしなかったのだ。

「…!!」
殺仕合。
仕合、ではない。それは、殺し合いだ。
『エルレーン…お前はそう言うが、ラグナはたいした奴だぞ』
その殺し合いのさなか…かつて聞いた、あの女(ひと)の言葉が耳の奥で聞こえる。

『あいつは、決してあきらめはしない。
100回や200回失敗したとしても決してあきらめず、何度でも練習する。
…確かに、何でもすぐマスターしてしまうお前から見れば、それは愚かしく映るかもしれないが…』

『だが、確実にあいつは強くなってきた。昨日より今日、今日より明日…と。
その、<未来>を信じて、<努力>しつづけられるという、強いこころ。
…お前に、それがあるか?』

『だから、お前の<兄弟子>はな…たいした奴なんだよ、エルレーン…』

そうだ。そう聞いていた。
そう聞いていたとしても…わからなかった。
わかりたくなかった。わかろうとしなかったのだ。



わかろうとしなかった。
それが、自分たちが『選んだ』道なのだ。
だから、こうなったのだ。



「恐竜剣法、必殺ッ!地龍剣ッ!」
「!」
そして、エルレーンの雄たけび!
その叫ばれた剣の名を聞くと同時に、思わずキャプテン・ラグナは防御の構えを取る―
つもりだった。
だが、何故か。
彼の身体は彼の意思に反し、メカザウルス・レギを半歩後退させていた。
刹那!
銀色の軌道が、眼前をまっすぐに貫いていった―
…「横」ではなく、「縦」に!
「な…っ、」
一瞬それに度肝を抜かれ、そして次の瞬間に戦慄が走る。
冷や汗が、我知らず頬を伝っていった。
(な、何と言う…何と言う!)
もし。
もし、あの刹那に、地龍剣を防ぐつもりで剣を下段に構えていたら―
あの剣撃で断ち割られていたのは脚部ではなく、レギの顔面…
このコックピットがやられていただろう、あの異様な一撃で!
(脚をなぎ払う地龍剣を、まさか一刀両断の斬撃にしようとは…!)
心臓がぎゅっ、と握られるような痛み。
予想外…いや、まったく理解することすら出来ない戦法だ。
フェイント技である地龍剣を、あのような攻撃技に変えようとは…!
何たる才能だ、何たる機転だ、何たる技量だ、何たる剣士だ!
「…〜〜ッッ!!」
途端、キャプテン・ラグナの胸をどす黒い憎しみが埋める。
蛇眼が、紅き蛇眼が燃え上がる。
(…私が…「ハ虫人」の、私こそが!私こそが、「正当なる」恐竜剣法の伝承者のはずなのに!!)
あの異種族の小娘のほうが上だと言うのか。
あの裏切り者の小娘のほうが上だというのか。
あの忌まわしい憎らしい妬ましい怨めしい「人間」の小娘のほうが―
ルーガ先生を奪っておきながら、
ルーガ先生を我が物にしていながら、
それでいながら―
恐竜剣法すら、その伝承者たる誇りすら自分から奪うと言うのか?!
「く…くっそぉぉおぉおおぉぉおぉぉッ!!」
男の咆哮が、蒼天に轟く。
だが、それは今までのただ猛るものとは違っていた。
むしろ苦悩と懊悩に満ちた、苦しげな痛ましげな叫びだった。
「何故だぁッ!何故…」
キャプテン・ラグナの表情が、歪む。
震える瞳に、あの怨敵の姿を映して。
嫉妬と、激怒と、憎悪と、羨望とに蝕まれた瞳で。
「何故貴様は『ハ虫人』に生まれてこなかったのだああぁああァッ!!」
「!」
「そうすれば!そうすれば、『許す』ことぐらいは出来たかもしれんのに!」
「…!」
悲痛な嘆きにも似た響きを持って、放たれたその怒号。
その怒号に、エルレーンも同じく叫び返す―
同じく、悲痛な嘆きにも似た響きの混じった言葉で。
「…そんなこと、ッ、そんなこと、言われたってわからないよぉッ!」
「!」
「わ、私にわかるのは!…私は、『人間』で!『ハ虫人』の『敵』で!
だから、『ハ虫人』は、みんな私のことが嫌いで!
…だけど、ッ」
きっ、と顔を上げる。
うっすらと光る涙が、彼女の透明な瞳を曇らせる。
「…ルーガが、ルーガだけが、私のことを好きでいてくれたってことだけだあぁああぁァッ!!」
「ほざけええええええええええッッ!!」
エルレーンの叫びを、だがキャプテン・ラグナは怒号でかき消した!
そして、メカザウルス・レギが剣を構えなおし…すさまじい勢いで、ゲッタードラゴンに斬りかかっていく!
「…!」
キャプテン・ラグナの絶叫。
鼓膜をつんざくその絶叫に焼かれながら―だが、エルレーンは見ていた。
冷静に。冷淡に。冷酷に。
ああ。彼は、忘れている。
怒りのあまりに、忘れている―
恐竜剣法の真意、何より重要なその精神を。
それは―「完全なる防御、その後に放つ強撃」。
あの女(ひと)は、そう自分に教えてくれた。
にもかかわらず。
同じ女(ひと)から学んだ彼は、怒りのあまりにそれを忘れた―



ゲッタードラゴンは、剣を構える。
エルレーンの瞳が、まっすぐ前に向く。
静止。
逃げるでもなく、向かうでもなく。
ただ、そこに在り…身構えている。
メカザウルス・レギが一直線に襲ってくる。



その一瞬に、エルレーンの透明な瞳が間隙を見切る―
その一瞬に、エルレーンの透明な瞳が軌道を見切る―
その一瞬に、エルレーンの透明な瞳が弱点を見切る―
その一瞬に、エルレーンの透明な瞳が全てを見切る―



怒れる龍の咆哮、龍の断罪!龍の牙、龍の爪、龍の剣!
それは「恐竜剣法」が最後の必殺奥義!
彼の女(ひと)が見せた、彼の女(ひと)が与えた、彼の女(ひと)が残した、それは最後の必殺奥義!



そして、それは発動する―!




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