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◆ prelude〜prima donna(序曲〜「第一の女」)
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「…何、」
マシーンランド・帝王の間。
大戦を目前に控えそぞろ落ち着かぬ帝王ゴールにその知らせがもたらされたのは、彼らの出立よりしばらくたって後だった。
「暗黒大将軍とゴーゴン大公が…?」
「は、はい。十数の部下を連れ、何処かへ…」
「…」
報告する恐竜兵士の言葉を聞く帝王ゴールの表情が、わずかに曇る。
彼は察したのだ。老将たちのもくろみを。
それ故に、空虚を見る彼の瞳には、己らの無力を憂う悔恨の色が浮かぶ。
「ゴール様、暗黒大将軍殿は一体…」
「…まったく、我らが不甲斐無いばかりに」
バット将軍の言葉にも答えず、帝王は一人ごちた。
「我らが不甲斐無いばかりに…客将にすら、そのような」
「…ゴール様?」
そんなゴールを垣間見、いぶかしむバット。
だが、帝王がこういうにつれ…彼もようやく、それを理解する。
「暗黒大将軍は、戦地に赴いたのだ…彼奴らと戦うために!」
「えッ?!」
「彼奴らプリベンターと戦うために、出撃したのだ…!」
帝王は顔を上げる。竜眼が、鋭い視線を持って将軍を射る。
「すぐさま援軍を送らねば!…バット将軍!」
「は、はッ!…し、しかし」
しかし、バット将軍の口をついて出てきたのは、肯定の言葉ではなかった。
「しかし、現在…ほとんどの兵が『大気改造計画』最終段階実行のための準備に追われており、援軍にまわせるような…」
「メカザウルス隊はどうした!あれなら…」
「で、ですが、ゴール様!メカザウルス隊はもともと『大気改造計画』中にマシーンランドを防衛するため揃えたもの、ここでその数を減らすのは…」
「むう…!」
嘆息するゴール。
…作戦の状態は、ぎりぎりのところにある。
もともとマシーンランドを固定し、「大気改造計画」が完成するまで防衛に徹する…というのが、本作戦での主な戦略である。
そこに迫ってくるプリベンターどもの攻撃から耐え抜くのですら、現在のメカザウルス隊・炎熱マグマ砲の両方を持ってして何とか…という状況だ。
マシーンランドのスーパーコンピューターは、両軍の戦力がほぼ同等である、と回答した―
ただし、それは「現在恐竜帝国が持ちうる戦力を全て出し切るとして」という条件下で、だ。
…沈黙した帝王の間。
会話の途切れたその空間に、その時―別の音が、割り込んできた。
ブーツが鳴らす残響する靴音。扉から姿をあらわしたのはー
「帝王ゴール様」
「!」
「誰だ!」
「…私です」
「キャプテン・ラグナ…!」
その長身の影は薄明かりに照らされ、キャプテン・ラグナに姿を変える。
帯剣し、マントを翻し、鎧小手を余すことなく身につけたその姿は―まさしく、戦いに出でる剣士のもの。
果たして、壮年の将は帝王にこう述べた…
「私が参りましょう」
「な…何だと?!」
「私が、暗黒大将軍殿の援軍に参ります」
「だ、だが、お前は…メカザウルス隊に、」
「…わかっています」
バット将軍の困惑した言葉を途中で断ち切り、悲壮とすら言えそうな表情を向ける。
「これは、私の…私の、誠に勝手な嘆願でもあります」
「何…?!」
「お願い致します」
深々と、頭を垂れる。
「どうか、私を…奴らとの戦いの場へ、往かせて下さい」
「何故だ、キャプテン・ラグナ?!何故…」
「それに、」
彼の低い声が、静かに空気を振るわせる。
「それに、マシーンランド防衛の要たる炎熱マグマ砲のエネルギー充填には、まだ時間がかかるはずです」
「ぬ…!」
「そのための時間を稼ぐためにも。私が彼奴らを翻弄し、消耗させてまいります」
「キャプテン・ラグナ…だからと言って、何故お前が、今!往く必要があるのだ?!
下手をすれば、お前は…!」
だが、バット将軍は反論する。
有能な部下であり、かつこの大作戦の戦闘要員たるキャプテン・ラグナを、その前哨戦で失うようなことになっては…と。
なおも彼の翻意を促そうとするバット将軍だったが、その時…帝王が、手振りで彼を黙らせた。
そして、帝王の龍の目が…キャプテン・ラグナを見据える。
「キャプテン・ラグナ」
「…はい」
「それだけではなかろう」
「…」
キャプテン・ラグナは、答えない。
ただ、まっすぐに視線をこちらに向けているだけ。
「わしにはわからぬ。だが…」
「…」
だが―それでも、わかる。感じ取れてしまうのだ…

(今のお前の目は、まるで…!)

「…よかろう」
「?!…ゴール様?!」
「…ありがとうございます」
帝王は、それ故に…彼の申し出を、拒まなかった。
それが戦略上プラスであろうと、無かろうと―彼をとめることは出来ないと悟ったから。
それが証拠に、彼の瞳はまるで―あの時の女龍騎士のもののようだったから!
「往くがいい。お前の望むことを為すがいい」
「はっ…」
キャプテン・ラグナは謹んでその命を受けた。
かつん、とブーツを鳴らし、帝王に剣士の礼をする。
「無人機を数機伴い、少しでも奴らの戦力を削ぎます。そして、出来れば母艦を攻撃し、動きを止めます」
「…武運を祈るぞ、キャプテン・ラグナ」
「ありがとうございます、バット将軍」
バット将軍に敬礼し、キャプテン・ラグナは誓ってみせた。
「…マグマ砲の準備が完了するまで、後二時間足らず…いのちを賭けて、少しでも足止めを!」
「馬鹿者」
「はっ…?」
だが。
老いた将軍は、断じた。キャプテン・ラグナの勇むこころを。
「馬鹿者。そんなことに『いのちを賭けて』もらっては困る」
「…」
「お前には、帰ってきてもらわねば困るのだ。無論、暗黒大将軍とゴーゴン大公にも」
「…」
「ともに戦ってもらわねば困るのだ。…無為に死に急がれては、困るのだ」
それは、遠まわしな、だが真摯な、部下を思う言葉だった。
…闘志に強張ったラグナの表情が、少し和らいだ。
「…わかりました」
そうだ。
帰ってこなければならないのだ。
帰ってきて、そして、「仲間」とともに戦って…「未来」を掴まねばならないのだから!
「それでは…失礼致します!」
「…うむ!」
きびすを返す。
帝王と将軍の視線を背に浴びて、龍騎士(ドラゴン・ナイト)は帝王の間を辞する。
びりっ、と、己の表皮を電気のようなものが走っていったのがわかった。
戦いの前の緊張感が、昂(たかぶ)る感覚が、走っていく。
刹那、あの小娘の面影が網膜にちらついた。
あの忌まわしい憎らしい妬ましい怨めしい「人間」の小娘の姿。
さあ、行くのだ。
その小娘のいのちの息吹を、己自身のいのちの轟きでかき消してしまえ―
自分の胸にそう言い聞かせ。
キャプテン・ラグナは闇を歩む―

「…鉄也!」
「ああ、聞いた!」
プリベンター母艦・アーガマ。
廊下を駆ける剣鉄也の背に、炎ジュンが鋭く言葉を放つ。
それを受けた鉄也は力強くうなずいた。その駆ける脚を一向に止めぬまま。
「…暗黒大将軍が、とうとうやってきやがったってな!」
「戦闘獣もいくらか引き連れてきているようね」
「…ふん、慣れっこだろう?」
「そうね」
鉄也の軽い皮肉まじりの返答に、炎ジュンはさらり、と流す。
だが、その平静とも思えるような顔だちの中で、その両眼のみがぎらぎらと…強固な意志に裏打ちされ、ぎらぎらと光っている。
「こんなところで死に負けてたまるもんですか。私たちは、帰らなくちゃいけないんだから」
「…」
鉄也も、無言で和した。
そう、それは彼女の希望、そして彼自身の希望でもある―
「自分たちの時代に、自分たちの世界に…!」
「ああ、そうだ」
二人は駆ける。まっすぐに駆ける。
彼らの魂、戦うための依代(よりしろ)、鋼鉄の戦士。
彼らが待つ場所に走る。ともに戦うために。
「だが、例えこの『未来』の世界でも…俺は、あいつらに屈しない!」
「ええ!」
「俺は…グレートは、決して戦いから逃げたりしない!」
剣鉄也のこころの中に、誓いの言葉が響き渡る。
(俺は「剣」、俺は「楯」!)
彼を無敵の戦士に変える、それは尊く深く熱い誓いだ…!
(「仲間」たちを守るために、俺は戦うんだ―!)

「おい、エルレーン!エルレーン!」
「…リョウ」
アーガマ・廊下。
足早に歩む少女に呼びかけたのは、流竜馬。
その後ろには、神隼人と車弁慶の姿もある。
鳴り渡る警報音が、この艦に迫る危機を告げている…今もなお。
「お前、何処行く気なんだ?警報が鳴ってるだろ、危ないから…」
「…格納庫」
「!」
にもかかわらず。
にもかかわらず、彼女は格納庫に向かう…
格納庫で何をするというのか、その答えは一つしかないだろう!
察したリョウの瞳に、戸惑いと困惑が混じった。
「お前、まさか…」
「うん…私、戦う」
彼女の言葉に、リョウの表情がざあっ、と変わっていく…
青ざめたリョウの絶望的な視線を前にしながら、それでもエルレーンは目を伏せたりはしなかった。
抗する。彼女は、既に選んでいるのだから。
「エルレーン、お前!」
「私、決めたんだ…こうするって、『選んだ』の」
「だ、だけど、俺は!」
「うん…わかってる、リョウ」
だから。
必死に言い募るリョウを、むしろ包み込むような…理解するような、あるいは丸め込むような微笑を持って、エルレーンは静かに見つめ返す。
ハヤトもベンケイも、その微笑を前に何も言葉を挟めない…
「!…なら!」
「…でも、」
しかし、透明な瞳は揺らがない。
少女は、告げた。
あくまでも穏やかに、だが剛直に。
「あの人たちからは、私、逃げちゃいけないんだ…逃げられない、んだ」
「…!」
「一人で、背負うつもりなんてないよ…けれど、逃げられない」
「…」
必然的に、リョウは言葉が告げなくなる。
強い確信を持って放たれた少女の言葉は、意思に満ちていて―
「あそこにはね、リョウ」
少女は、はっきりと告げたのだ。
それは同じDNAの持ち主、同じ『人間』であると言えど、彼女しか持ち得ない、彼女しか知り得ない確信の―!
「私が捨ててきた、私が裏切った人たちがいる…!」
「エルレーン…!」
一瞬、リョウは…息を呑んだ。
気圧された、のだ。
少女の瞳が放つ、その力の強さに。
それは今まで見たことがないほどに、強くて、まっすぐで、危うくて―
「私が、やらなきゃいけないんだ」
「…」
「それに…あの人も、逃げない」
けれど、それは確かに彼女の言葉。彼女自身の言葉。
「あの人は、必ずやってくる…絶対に!…だって、あの人は、」
「!」
「あの人は、龍騎士(ドラゴン・ナイト)だから…!」
その言葉を、最後に。
少女は、言葉を継ぐことを止めた。
そして、リョウも。
向かい合う、エルレーンとリョウ。
「…」
「…」
「…」
「…」
無言。
随分長い間の、無言。
その無言の最後、エルレーンは…すまなそうな顔をして、ほんの少し微笑ってみせた。
「…ごめん、ね、リョウ」
「…謝るな」
「え…?」
「謝るなよ、エルレーン…!」
すると…リョウも、微笑った。
根負けした、とでも言うような、感服した、とでも言うような、だが決して不快なのではない…という、微笑。
と、その微笑が、闘志をはらんで不敵な笑みに変わった。
「なら!…なら、俺たちも一緒だ!」
「!」
「お前が、そう覚悟を決めたんなら!俺たちだって、つきあってやるさ!」
「リョウ…!」
自分をいつも、いつでも見守ってくれるリョウの力強い言葉。
いつものように。いつもどおりのリョウが、そこにいてくれる。
「やれやれ、こうなるような気はしてたがな…」
「ハヤト君!」
「まあ、いいさ…お前も言い出したら聞かない奴だからな、こっちも腹は座ってるさ!」
ハヤトはそう言って、鷹揚に…だが、いつものように、気障っぽく薄く笑んでみせた。
いつものように。いつもどおりのハヤトが、そこにいてくれる。
「だけど、こいつぁデッカイ山だぜ〜、エルレーン!」
「ベンケイ君…!」
「まさしく九回裏ツーアウト満塁って奴だよ…死ぬ気でやらねぇとな〜!」
冗談めかしたようなベンケイの言葉は、彼なりのいつもの激励。そして鼓舞。
いつものように。いつもどおりのベンケイが、そこにいてくれる。
「さあ、それじゃ…いくぞ、エルレーンッ!」
「…うんッ!」
いつものように。いつもどおりのリョウが、ハヤトが、ベンケイが、
「仲間」がいてくれるのだ―
だから、怯えることは無い!
ただ、自分の「選んだ」道を突き進むだけ…!



「ゲッターチーム!…出撃だッ!」




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