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◆ ワンダフル入浴(Wonderful-Newyork)
  (アーガマでの日々―
   「炎ジュン」の瞳に映る、エルレーン)
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その日の夜遅く。
リョウの自室、リョウとエルレーンは寝る準備をしているようだ。
「…あれ、エルレーン…頭になんか、ついてるぞ?」
…と、エルレーンの髪の毛に何か小さなものがからみついていることに気づいたリョウが、ベッドメイキングをしているエルレーンの背中に呼びかけた。
「え?」
「葉っぱみたい…とってやるよ」
それはどうやら、小さな観葉植物の葉っぱのようだ…
彼はひょいっと手を伸ばし、それをとってやろうとした。
…だが、それをつまんで取り去ろうとした時だった。
「痛ぁっ?!」
思いっきり髪の毛を引かれる痛みに、悲鳴をあげるエルレーン。
「え?!」
簡単に取れるはずのその葉は、エルレーンの髪の毛から離れない…
いや、彼女の髪はからまりあって硬くなっており、その間にその葉っぱが挟まっているために…
取ろうと引っ張れば、エルレーンの髪の毛も一緒についてくるのだ。
「いた、いたいよ、リョウ〜ッ!」
「…?!」
痛がるエルレーン。
からまりあった髪の毛を丁寧にほぐしながら、何とか痛みを与えないように葉っぱをとろうとするリョウ…
数秒の格闘の後、何とかその葉っぱはとった。
が、リョウはエルレーンのその髪の指どおりの悪さに驚いてしまっていた。
…確かに、自分と同じDNAの持ち主なのだから、自分と同じくせっ毛の髪ではあるのだ。
しかし、エルレーンの髪の毛は…手ですこうとしても、指がすうっと通らない。きしきしと、手触りもとても悪い。
「お、お前…何で、こんな髪の毛ぎしぎししてるんだ?」
「…えー?」
「お前…ちゃんと頭、洗ってるんだろうな?」
「むー!ちゃんと洗ってるもん!私、キレイなのが好きなんだもん!」
いぶかしげにそう聞いたリョウに、エルレーンはむくれながら答える…
そんな手抜きなことはしていない、自分はきれい好きなのだからと強調する。
「リンスは?」
が、次にリョウがこう聞いたとき、エルレーンの表情がきょとんとしたものに変わった。
「え?」
「リンスしてるかって聞いてるの」
「…」一旦、首をかしげたエルレーン…
ちょっと考えた後、あのいつもの調子でリョウに問いかけた。
「…『りんす』って、なあに…?」
「…!」
ようやく問題のありかが理解できたリョウは、頭をかきながら言う。
「…え、エルレーン…今日の夜中は、俺に付き合えよ」
「?…ああ、リョウが…お風呂、行く時?何で?」
「『リンス』の仕方教えてやるから!…さ、そんじゃ早いとこ寝ようぜ…」
そう言って、エルレーンに早く寝るように促す…
そう、今日はエルレーンも、一度夜中に起きなくてはならないのだ。
今までリョウがそうしてきたように。

「…」
ところ変わって、こちらは「炎ジュン」の自室。
ようやく一人きりになれた彼女は、ベッドに横たわり…異種族の中に潜入している緊張感から強張った身体を、ゆったりと伸ばそうとする。
…だが、いかんせん擬装用外皮を着込んでいるのだ。
慣れないその感触はもちろんのこと、ぴたりと肌に張り付くその感触から、いい加減解放されたかった。
(…さすがに、少し蒸れるようだな…我慢できないほどではないが、出来ればシャワーでも浴びたいものだ)
館内の見取り図は既に暗記した。シャワールームの位置もすぐにわかる。
だが、擬装用外皮を脱いで汗を流す、となると…必然的に、誰も利用者がいない時間を狙わなくてはならない。
多少危険な行為だったが…この外皮を脱いで、シャワーを浴びてさっぱりしたいという欲求は、思いのほか強かった。

「炎ジュン」が、行動を開始したのは…深夜も深夜、午前三時。
「…」
あまりの静けさに、つい足音を立てぬように歩いてしまう…
誰も聞いている者などいないだろうに。
シャワールームにそっと入る「炎ジュン」。
だが、そこで彼女は思いもしない状況に出くわした。
(え…?!)
流れつづけるかすかな水音がする、誰かがシャワールームにいる!
…見れば、並ぶシャワーブースの中、奥の一つのブースだけがカーテンが閉められ、使用中になっているではないか!
こんな時間に一体誰だ、と思ったまさにその時、それが誰だか示す、彼らの話し声が聞こえてきた。
「…どっちー?どっちなの、リョウ?」
「こっちこっち!…横に、こういう印がついてるほうが『シャンプー』。…で、こっちの印のないのが『リンス』だよ」
(…え、エルレーンと、流竜馬?!…どうしてこんな時間に…!)
思わず動揺してしまう「炎ジュン」。
どうしてこんな時間に、シャワールームにいるのだろう(しかも、何故彼らは二人して女性用のシャワールーム…しかも、一緒のブースに入っているのだ)?!
「へー…あっ!」
「…!」
エルレーンの小さな叫び声。
と、同時に、閉まったカーテンの下にあいたわずかな隙間から、からからと何かがすべり出てきた…
それは「炎ジュン」の前でぴたっと止まる。…ちいさな、小びんのようなモノ。
「まったく…何してるんだエルレーン…」しゅん、と音をたて、すりガラス状になったスクリーンカーテンが開く…
中から出てきたのは、流竜馬。
「…え、ええッ?!」
シャワールームに響く、「炎ジュン」の驚愕の声。
「あッ…?!」
リョウも、思わぬ人影の存在に気づき、愕然とした表情を浮かべる。
「炎ジュン」の目の前に立つ流竜馬…
その姿に、彼女は思わず絶句した。
バスタオルを巻いた、彼の姿…だが、まとったそのタオルは、彼の胸の部分まで覆い隠している。
そして、その胸の部分は…大きくはないが、それでも確かに男のものではないふくらみを持っていた。
…一瞬、目が点になった。
信じられないモノを見た驚きで。
「じ、ジュンさん…な、何で…」
「あれー、ジュンさん?」
リョウの喉から、乾いた声がもれる…
それとは対照的に、同じくブースからあらわれたエルレーン…彼女はのんびりした口調でそう言うのみだ。
「り、リョウ君…あ、あなた、あなた…む、胸が」
「…い、今さら、何言ってるんだよ…ま、前にばれちまったときに説明しただろ。
…お、俺は…お、『男』だけど、か、身体は『女』なんだって」
真っ赤に顔を染めながら、まるでふてくされたようにリョウはそう言い…ふいっと視線を「炎ジュン」からそらした。
「そ、そ、そ、そうだったかしら、あ、あはは…」
彼の言う「前」が、当然ながら「炎ジュン」にはわからない。
強張った笑顔を浮かべ、何とか笑い声のように聞こえる声を出す…
「…そうだよ。しらばっくれなくてもいいだろ…」
「…」
「…」
「…あ、あんまり…じろじろ、見ないでくれるかな?」
「あ…ご、ごめんなさい」
…いつのまにか、「炎ジュン」の視線はまっすぐリョウの胸に釘付けになっていた…
彼が確かに「女性」であることを確認するように。
その視線を避けるように身を軽くかがめ、そっぽを向くリョウ。
「それが嫌で、こんな夜中にシャワールームに来てるんだから」
「そ、そう…」
半ばやけになったような、多少ぞんざいな口調でそんなセリフをはくリョウに、彼女はあいまいな返事を返す…
どうやら、彼は自分の身体…「女性」の身体を見られるのが嫌で仕方ないらしい。
先ほど「『男』だけど、身体は『女』だ」と言っていたことも、そういうことなのだろうか。
「や、やっぱり…え、エルレーンさんと、同じなのね?」
「…正確に言ったら、こいつが俺と同じなんだけど」
「炎ジュン」の言葉に、リョウは補足を付け加える。
…自分のクローン、エルレーン…彼女のスレンダーでしなやかな身体、そして小さ目の胸…
それはつまり、自分と同じモノということ。
…と、そのクローン体がいきなり会話に口をはさんできた…無邪気な口調で。
「そーだよー?…だからねえ、おっぱいがちっちゃいのー」
「?!」
「え、エル…」
エルレーンのとんでもないあけすけな発言に真っ赤になるリョウ。
が、彼の煩悶など知ることなしに、彼女は両手のひらでそのこぶりな胸をタオル越しにぷにぷにともんでいる。
「もっとおっぱいおっきかったらよかったかもー、そしたらハヤト君がよろこびそう」
「い、いいんだってば!…お、お前のおっぱいは、ハヤトを喜ばすためについてんじゃないんだから!」
「えー、じゃあ何のためについてるのー?」
リョウのその言葉に小首をかしげ、ストレートに問い掛けるエルレーン…
顔が真面目なところを見ると、やはりふざけているわけではなく、真剣にその理由を知りたいらしい。
「そ、そりゃ、赤ちゃんにおっぱい飲ませるため…」
「ああ、そういうの…やっぱり、おっきいほうがたくさん出るからいいんだねえ」
「そ、そういうわけでもないらしいけど…」
「じゃあどうしてー?」
「え、えっと…そ、そんなことは、まだお前は知らなくていいの!」
…とうとう彼は彼女の納得する説明を与えてやれず(そりゃそうだ)、そういって無理矢理話をしめくくった。
「えー、またそう言ってはぐらかすー…」
「いいんだってば!そんなことより先に、もっと知らなきゃいけないことがあるだろ?!
『シャンプー』と『リンス』の使い方とか!」
不服そうなエルレーン。
だが、リョウにちょっと怒ったようにそういわれると、ようやくさっきまで取り組んでいたそのことを思い出したようだ。
「あ、そうだった…ジュンさん、それ…『しゃんぷー』、貸して?」
「え…ええ」
「えっと、こっちで頭を洗って、泡を流したら…今度は、こっちの『りんす』を髪につけるんだね」
「うん、髪に。頭の地肌じゃなくってね。…で、しばらくおいとくんだ、そのまま。…そうしたら、きれいに洗い流す」
手に持ったもう一つの容器と、「炎ジュン」に手渡された容器を見比べながら、使用法を確認するエルレーン。
「そうすると何がいいのー?」
「髪がさらさらになるだろ?
まったく、『ボディソープ』で頭まで洗っちまうから、さっきみたいに髪の毛がぎしぎしに痛んじまうんだよ」
…そう、今の今までエルレーンは、全身を洗うための「ボディソープ」を使ってその髪の毛も洗っていたのだ。
確かに、髪の汚れは取れることは取れるのだが、それではキューティクルも痛んでしまうし、髪に必要な油分も全て取り去ったままになってしまう。
だからさっきのような状態になってしまっていたのだ(彼女は何の疑問も持たずにずっとそうしてきたようだ)。
「はぁい、わかったのー」
「…そう言えば、ジュンさんは何で今ごろここに?」
…と、リョウは気づいたように、「炎ジュン」に向かってこんな夜中にシャワールームにあらわれた理由を問う。
「あ、ええ…ちょ、ちょっとなくしものしちゃって。ここじゃないかと思ったんだけど…違ったみたい」
「炎ジュン」はとりあえず、口からでまかせを言った。
「そうか…何探してたんだい?」
「た、たいしたものじゃないんだけどね。…それじゃ、私はもう行くわ」
早いところこの場から離れたほうがいいらしいことを悟った彼女は、くるりときびすを返し、シャワールームを出ようとする。
「あ…ジュンさん」すると、その背中にリョウが呼びかけた。
「何?」
「…悪いけど、今の時間帯に俺がシャワー室使ってるって事は、みんなには内緒にしといてくれないかな?」少しすまなそうな、だが真面目な口調で彼はそう懇願した…
この深夜の時間帯なら、誰にも自分の姿を見られずにシャワーを済ませることが出来るのだ。
なるべくなら、この「秘密の時間」は誰にも邪魔されたくなかったし、これからもそうであって欲しいのだ。
「…わかったわ。秘密にしておく」
「ありがとう…それじゃ、おやすみ」「炎ジュン」がそう言ってうなずくと、彼は安心したようにふっと微笑んだ…
「ええ」そんな彼に笑顔を返し、彼女はシャワー室を後にした。
しゃっ、と、またシャワーブースのカーテンが閉まる音が聞こえた。
そしてまた、水の流れる音が静かに響きだす…
「リョウ〜、目が痛いのぉ」
「あーもう…シャンプーしてるとき、目を開けちゃうからだよ。…洗い流すよ?」
「痛いのー…」
「大丈夫だってば…」
エルレーンとリョウの交わす会話が、水音に混じってシャワールームに響く…
その会話を背中で聞きながら、「炎ジュン」はその場を後にしたのだった。

「…」
廊下をふらふらと進む「炎ジュン」…今見たもののショックが大きすぎ、ぼんやりしてしまっている。
(は、はは…そ、そうだったのか…)なんだか、おかしくすらなってきた。
(が、ガレリイ長官…ようやく謎が解けましたよ)
かつて、流竜馬のクローン作成に関して「いくらクローニングしてもメス型になる」と言っていた、ガレリイ長官の言葉が思い出される。
(エルレーンたち、流竜馬のクローン体は、メス型に「なってしまった」のではなくて…もともとの「原型」自体が、メス型だったんです…)
そう、それなら道理にあうというものだ。
…だが、確か恐竜帝国の調査では、流竜馬は「男性」ではなかったか?!
かつて彼らゲッターチームの情報収集が行われた際作成された報告書にも、はっきりとそう書かれていたはずだ…
それに、異種族とはいえ、自分たち「ハ虫人」の目から見ても、彼は…「男」そのものだったのだが。
(うーむ…に、「人間」とは…な、なかなか、よくわからないものだな…)
カルチャーショックのあまり、多少頭がくらくらする。
そのせいか、シャワーを浴びるという当初の目的をさっぱり忘れてしまっていたことに気づくのは、彼女が部屋に戻ってからだった。


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