--------------------------------------------------
◆ 汝が誇り高き龍騎士ならば
--------------------------------------------------
ベンケイは、目を見開き―その壮年の男を、見ていた。
龍の剣士を、見ていた。
「ハ虫人」なるモノを、初めて己の目で…しかも、こんな至近距離で…見ている。
そのイキモノは、リョウやハヤトから聞いていた通り。
二本の脚で立ち、二本の腕を持つ。尾を持つ。角を持つ。
まさしくそれは、「トカゲを『人間』にしたモノ」だった。
そして今、その「トカゲ人間」が…その牙を、爪を…自分たちに、向けようとしている。
キャプテン・ラグナは、泰然と…自分たちを見下ろしていた。
当たり前だ。
両手両足をロープで拘束された相手に、何を焦る必要があろうか。
彼はただ、その背の大剣を引き抜き、振り下ろせばいい―
それだけで、事は終わるのだから。
さすがの忍たちも、動けない。
絶体絶命の状況に、歴戦の兵士である獣戦機隊も、ただただ息を殺しキャプテン・ラグナをねめつけることしか出来ない…!
ハヤトも、ベンケイも、心の奥底で―刹那、死を覚悟した。
だらだらと冷や汗が額をつたう、ぎりぎりと歯を喰いしばりながら…!
―だが、その時だった。
少女のかすかなうめき声が―闇に、響いた。
「…?」
ふと、キャプテン・ラグナの注意がそちらにそれる。
薄暗闇の中に、目線をやる―
「―!」
くわっ、と、その双眸が見開かれた。
紅の瞳が、あっという間に殺意と憎悪で塗りつぶされる―
同時に、戦士の肉体を同様の殺意が満たしていく。
眼前の戦士の異常に、すぐさまにハヤトたちも気づいた。
わなわなと震える、握られた拳。
闇の中、憤怒の表情で彼が見つめるのは―
許されざる、許すべからざる仇敵!
キャプテン・ラグナが―動いた!
「…貴様…やはり、ここにいたか!」
「う…うぐッ?!」
床に伏した少女の首根っこを、男の大きな腕が掴みあげる―
鋭い爪が、白い喉元に喰い込む!
そのまま、キャプテン・ラグナはエルレーンを宙に吊り上げた―
少女の瞳に―一瞬の困惑、そしてそれに続く恐怖。
意識が戻るなりに、気づけば誰かに首を絞められている…
彼女は気づいたのだ、今自分の首根っこを掴んでいるその男。
あの時と同じ、「人間」を模した擬装用外皮をつけていなくとも…わかる。
こいつは、あの男だ。
自分を「No.39」と呼び、憎み、怒り、殺そうとしてきた―恐竜帝国の、あの男!
だが、生命の危険を感じ抵抗しようにも、エルレーンは喉を押さえ込まれ、まともに呼吸すら出来ない…
両手を縛られたこの状態では、自分の喉を掴むキャプテン・ラグナの腕に爪を立てることすら出来ない!
「貴様、ここにいたか…ここにいたか!」
「き…キャプテン、ラグ…ナ」
「No.39…以前私は言ったな、貴様に!」
だが、あくまで無力な少女に対し、それでも彼は追求の手を緩めない。
いや、それどころか―ますますそのボルテージは上がっていくばかり。
はじめは無理をして押さえつけていた声のトーンが、だんだんとその声量を増し―
「…『貴様は、私の手で必ず殺す』となあッ!」
「ぐ…うう…!」
最後には、絶叫せんばかりの勢いになる!
まるで万力のごとき男の腕は、一切の慈悲すら交えない。
首が、ぎりぎりと締まっていく…
呼吸すらまともにできず、開かれた少女の口からは、最早酸素を渇望する必死の喘ぎしか漏れてこない!
「や、やめろおッ、エルレーンを放せえッ!」
「てめえッ、何しやがるッ!」
ハヤトたちの絶叫。
生命の危機にあるエルレーンを救いにいくこともかなわずにいながらも、それでも彼らは絶叫する!
その絶叫で相手の動きを縫い止めんとするがごとく―
怒りの感情を込めて!
「やかましいわ、黙っておれ『人間』どもッ!」
「!」
…だが、キャプテン・ラグナは一喝でそれを封殺する。
彼らをきっ、と見返したその紅の瞳には―熱情にも似た、憎悪。
「貴様らに何がわかる!このNo.39はなあ…」
紅い紅い紅い瞳。
燃え立たせるのは火。炎。焔。
「我々恐竜帝国を裏切り!多くの兵を殺し!そして…」
断罪。糾弾。
「そして、ルーガ先生をも殺した…救いがたい、外道なのだッ!」
「あぐうッ!」
そして―その怒りの狂乱の為すがまま、彼は思い切り右手を振り下ろす…その手に掴んでいたものごと!
凄まじい勢いで、少女の身体が床をバウンドする。
受け身すら取れず床に叩きつけられたエルレーンの全身を、貫くような激痛が走る―
呼吸すら止まってしまいそうな痛みに、彼女は身をよじる。
必死にそれをこらえ、押さえつけながらも―エルレーンは、頭を起こす。
「わ…わたしは…」
見据える。キャプテン・ラグナを。
透明な瞳が、怒りを込めてキャプテン・ラグナを見据える。
彼女を動かすのは、ただ一途な思いだけ。
それだけは、それだけは違う。
それだけは、絶対に認めない―!
「私は…ルーガを…ころしたり、してない…ッ!」
「ほう、そうなのか?…お前はルーガ先生を殺してはいない、そう言うのか?」
しかし、キャプテン・ラグナはそれを皮肉げに笑い飛ばした。
きっぱりと、言い放つ。
「…だがな、No.39!貴様さえいなければ、ルーガ先生は死にはしなかったッ!」
「!」
「あんな!あんな死に方を…あんな死に方を、するはずがなかったのだッ!」
「あんな死に方」。
憎しみで塗り込められた口調で、吐き捨てる。
その原因そのものに向かって、吐き捨てる。
「…だから、」
紅の瞳が、鋭く光る―
「だから、貴様は死なねばならない…貴様が、のうのうと、生き延びていることは…許されない」
「…」
「死ね、No.39。無様に、惨めたらしく、塵屑のように死ね。それこそが…」
剣の柄に、手をかけ―
「貴様に、ふさわしい!」
「…〜〜ッッ!」
銀色の大剣を引き抜き、少女の頭上に振りかざす―!
「…!」
「や、やめろッ、キャプテン・ラグナァッ!」
硬直するハヤトたち。
ベンケイの叫びが、哀しく司令室にこだました…
しかし当然のごとくキャプテン・ラグナはそんな無意味な制止の声など意に介することもなくその大剣のぎらつく刃をそのまま少女の首筋目がけて叩き込もうと狙いをつけ―



だが。
まさに、瞬間だった。



「あんたは、騎士だろうッ!」



「…!」
キャプテン・ラグナの動きが―ぴたり、と、静止した。
振り返る。
床に転がった芋虫どもの中―力のこもった瞳で、きっ、とこちらを睨みつけている男がいる。
その男は…神隼人は、続けて声をあげた。
「あんたは騎士だろう、違うかキャプテン・ラグナッ!」
「…それが、どうした」
「あんたら『ハ虫人』の騎士様はよ!無抵抗の女を殺すのかよッ?!」
「…!」
「両手両足縛られてまともに動けない女をよ!抵抗することも、立ち上がることすら出来ない女をよ…
仇だからって、殺すのかよッ?!」
「…」
ハヤトの放った言葉が、一瞬キャプテン・ラグナを揺らす。
騎士の魂、騎士の正義を問われ、絶句する。
口ごもった彼に向かい、ハヤトは―なおも言う。
「もしそうならッ!…あんたが本当に騎士様なんだか、まったく信用ってもんが置けないなあッ!」
「何だと…!」
「何故なら、俺達はッ」
紅の瞳で突き通されても、逃げない。
ハヤトは、なおも言う。
「俺達は、本当の騎士ってもんを知っているからだッ!」
「…?!」
騎士を、騎士の姿を語る。
それはかつて彼がその目で見た、本当の騎士の―!
「あんたが今『ルーガ先生』と言った女(ひと)!その女(ひと)はなぁ…エルレーンを守るために戦ったんだッ!」
神隼人は、揺らがぬ瞳でそう言い放った。
―キャプテン・ラグナの紅の瞳が…さざめいた。
そのセリフ、その中で紡がれたあの女(ひと)の「名前」―その「名前」が、キャプテン・ラグナの記憶を勝手に暴走させる。
(…やめろ!私に、思い出させるな!)
心中で叫ぶ。絶叫する。
だが、神隼人は容赦もなく、「あの場面(シーン)」を、あの女(ひと)の姿を語り続ける―
「文字通り身体を張って、命がけで!全てを賭けて、大軍に向かっていった…!」
(やめろ!やめてくれ!)
叫んでも、拒絶しても―脳細胞の合間に眠るあの忌まわしい映像を、精神は勝手に再生し始める。
無数のメカザウルス群。
猛るガレリイ長官。
No.39たち、「人間」ども…
そして、キャプテン・ルーガ―ルーガ先生!
「そいつを守るためだけに、勝てるはずのない戦いに向かっていったんだ…!だから、ッ!」
負けることを知りながら
死ぬことをわかりながら
血まみれになりながら
攻撃を受けながら
それでも一歩も退かず
それでも一歩も譲らず
戦って戦って戦って―
その挙句に、散っていった…
こんな矮小な、薄汚い「人間」、「兵器」の小娘を守るために!
それから、嗚呼―
その最期の際、あの人は微笑った…
微笑ったのだ、この小娘に!
心臓が異常な拍動を繰り返す。かすかに自分が震えているのがわかる。
動揺しきったキャプテン・ラグナに…ハヤトは、最後にきっぱりとこう言い切った!



「…あんたみたいに、無抵抗の相手を嬲り殺すような奴が、騎士であるはずがないッ!」



そして、神隼人の最後の一矢は、キャプテン・ラグナの深奥を貫いた。



「…」
静寂。
剣士は、しばし呆けたように…魂を抜かれたかのように、どこか呆然とした表情で、ハヤトを見返していた。
先ほどまで浮かべていた悪鬼のような憤怒は、何処かに消え去っていた…
まるで、憑き物が落ち、正気に戻ったかのように。
「…ふん」
―軽く、鼻を鳴らした。
その表情は、何処か…弱々しい苦笑にも似ていた。
…がしゃり。
鋼鉄の鎧が、わなないた。
「!」
「…エルレーン?!」
再びエルレーンに近づくキャプテン・ラグナの姿に、慌てふためくハヤトたち。
怯える少女を前に、彼は大剣を大きく掲げ―そして、振りかざす!
「…!」
思わず、エルレーンは硬く両目を閉じ…本能の故か、縛られた両手で頭をかばうように覆う。
刹那―
その両腕が、突如全ての拘束から自由になった。
「あ…」
目を、開く。
身体のどこにも、斬撃の跡はない。
血も、ただ一滴すら流れてはいない。
キャプテン・ラグナのゆるりとした一振りで断たれたのは…今の今までエルレーンを縛っていた、両手のロープ。
自由になった両手をもてあましながら…その意図が飲み込めず、きょとん、とした顔で彼女はラグナを見返す。
―紅の瞳が、それを無表情に見下ろしている。
続いて、キャプテン・ラグナは剣先を彼女の両足のロープにも喰い込ませる。
戒めの縄を斬りほどきながら、彼は…まるで独り言のように、苦みばしった表情でつぶやいた。
「…龍騎士(ドラゴン・ナイト)の道を…『人間』風情に諭されるとはな。この私が…」
「…う、」
「…何をしている。とっとと、貴様の『仲間』を解放してやれ」
「…」
彼女の戒めを全て解いたキャプテン・ラグナは、困惑仕切りのエルレーンに、冷淡な声で言い捨てた。
だが、それは慈悲ではない。
決して慈悲ではないことを、エルレーンは混乱しながらにも感じていた。
何故ならば、ああ―こんなにも冷たく、彼は自分を見下している。
そして、こう言うのだ。
「貴様を殺すのは…あくまで、戦場において。私の恐竜剣法で…屠る」
「…!」
そう。
自分を殺すのは、ここではない。
…あくまで、戦場において。
それだけなのだ。彼が今自分を助けたのは、見逃したのは、慈悲でも何でもなく―


その時。
エルレーンの思考の流れを、強大な振動が断ち切った。
「な…?!」
「!」
「何…ッ」
激しい揺れが、司令室を揺らす。
まるで、大地の嘆きのように。
まるで、天空の怒りのように。
揺れる。揺れる。全てを、揺さぶる。
目覚めてはならないものが、目覚めさせてはならないものが目覚める…!
大地はおののく。天空は罵る。
その両者の震えが、全てを揺るがしているのだ―!


back