--------------------------------------------------
◆ 再び、困惑のリョウ
 <Open-Get!...Change NAGARE Ryouma, Switch-on!>
--------------------------------------------------
うっすらと、重いまぶたをもちあげる。
…すると、そこには、薄暗い天井が見えてきた。
何だか、とてもよく眠ったような気がする。
そんな満足感、満ち足りた幸福感に包まれ、流竜馬は幸せにベッドの中で伸びをした。
思いっきり身体を伸ばすと、身体中の筋肉が心地よく目覚めていく…
…と、ふと、彼の視線が、ベッドサイドにおいてある腕時計に向けられた。
結構ぐっすり眠った、という気がするので…もしかしたら、1時間くらい寝坊したのかもしれない。
8時になれば、食堂も込むだろうな…
そんなことを思いつつ、右腕を伸ばしてそれを手にするリョウ…
が、彼が安らかな眠りをむさぼっていた時間は、彼の予想を遥かにかっとんでいた。
…アナログの針による表示板に、デジタル時計のウィンドウがつけられたハイブリッド・タイプの腕時計。
アナログの短針は、数字の「5」を。長針は「2」と「3」の間を指している。
だが、彼が思いのほか早起きしたわけではない、ということを、デジタル時計表示が物語る…
…そこには、「17:11:36」とあったからだ。
「?!…え、ええッ?!」
…午後の、5時?!何と言うことだ、とんでもない時間、自分は眠りこけていたらしい…!
その事実を認識するや否や、さあっと血の気が引いていく。
驚きのあまり、先ほどまでの心地よいけだるさは一挙に吹き飛んだ。
慌てて毛布を跳ね飛ばし、急いで靴を履こうとしたリョウ。
だが、その時…更なる驚くべきものが、彼の目に飛び込んできた。
跳ね上げた毛布の下から現れた、自分の脚…真っ白く、すうっと伸びた素脚。
…確か、ジーンズをはいて寝たはずなのに?!
まさか、寝ている間に寝ぼけて脱いだのか?!
いや、違う…脱いだわけじゃない、よく見れば…黒い、革のショートパンツを、いつの間にか自分は身につけていた。
それは、あのセットを構成する一つだ…
その時、リョウはようやく気づく…
上半身には、やはりいつも着ているトレーナーではなく、ジャンパーのようなものを着ていることを。
しかし、そのジャンパーも、まったく見覚えがないモノだ。
…嫌な予感が、する。
恐る恐る、彼はそのジャンパーのジッパーを下ろしていく…まさか、まさか、と思いつつ、願いつつ。
…だが、そのジャンパーの下から現れたのは、まったく嫌な予感どおりの…そして、確かにあのコスチュームだった。
そして、その1秒後。
リョウの部屋から、「きゃー」とか「ぎゃー」とか聞こえる、なんとも形容しがたい悲鳴が響くのであった。

「…でさぁ、そのカレー食べたんだけどさぁ、俺まだぜんぜん足りなくって…」
「やれやれ、お前の辞書にはきっと『腹痛』なんて言葉は皆目みあたらねえんだろうなぁ…」
「へへへ…そりゃそうだ!…っと」
廊下をぺちゃくちゃしゃべりながら歩く、ハヤトとベンケイの二人組。
エルレーンの「おもり」というお役目を終えてほっとした二人は、食事を取ったりだべったりと、その後の時間を自由に過ごしていた。
…そのうち、いつのまにか二人はリョウのことなどすっかり失念してしまっていたのだが…
そんな二人の行く先に、突如ぽつん、と人影が現れた。
トレードマークのシンプルなトレーナー、ジーンズ姿のその姿…
「…ん?」
「あ、あれ…」
その人影は見る見るうちに大きくなり、やがて自分たちのよく知っている人物のモノになる…
廊下を韋駄天走りで一目散に駆けてきたのは…リョウその人だった。
何か険しい形相をして、自分たち目がけて、脚から摩擦熱で煙が出そうなほどの猛スピードで走ってくる…
その勢いと表情の怖さに二人があっけに取られていたのもつかの間、彼らの前でリョウは急ブレーキをかける。
あっという間に彼らの前にたどり着いたリョウ…
彼は、荒い息を整えようともしないまま、大口開けていきなり二人に向かってわめきだした…!
「…∞#↑⊇◇¥$□∝†Å∂∀≡¬〜〜ッッ!!」
「?!」
「ほへ?!」
…が、混乱の極みに達しているリョウの言葉は意味を成しておらず、大声かつ早口でまくしたてられるそのセリフは…少なくとも、二人の耳には言語音に聞こえなかった。
「†∵♂≠$!☆⌒⊃¶∬≪▼£!…◎→≧%■⊂¥℃∬≫‰Å⊥〜〜ッッ?!」
「ま、ま、待って?!ちょ、ちょっと、何言ってんの?!」
「と、とにかく、まず落ち着いてくれ!…で、俺たちにわかる言葉で話してくれ!」
今にも自分たちにつかみかからんといった勢いで、真っ赤な顔で人間語でない言葉をわめき散らすリョウを、何とかなだめて落ち着かせようとする二人。
「…っ、はあっ…はっ、はぁ…」
…すると、ようやくリョウも少しは一時の興奮と混乱が収まったらしい。
乱れた呼吸を多少落ち着け、少しでも冷静さを取り戻そうと、大きく息をつく…
が、その刹那。
彼はぎっ、と顔を上げ、ハヤトとベンケイをにらみつける。
そして、やはり真っ赤な顔をしたまま、いささか混迷気味に…こんなセリフで二人を責めた。
「…きッさまら〜ッ!!…な、何で、何で、何で止めてくれなかったんだよぉッ?!」
「?!」
「は、はあ?!」
だが、いきなりそう言われた二人のほうは、まったくといっていいほどわけがわからない。
そんな彼らに、リョウはなおもまくしたてる。
「さ、さっき、気づいたら!もうこんな時間だったんだ!…俺は、7時に起きるつもりだったのに!」
「…!」
「そ、そんで!そんで!…お、俺、そ、そしたら、あ、あの、あ…と、とんでもない、か、格好を…」
「あ、ああ〜?!…そ、そっか!お前にはそん時の記憶がないんだっけ…リョウ!」
「…!…や、やっぱりか?!やっぱり…」
混乱するリョウの言葉から、何とか彼の動転の原因はつかめた二人。
思い出したようにそう声を上げたベンケイの言葉で、リョウもとうとう確信がもてた。
「…エルレーンが、さっきまで目覚めてたのか!」
が、そう大声を出すなり…矢のような電撃が頭脳を貫く。
「…ッ痛ッ…」
その痛みにリョウは顔をしかめ、思わず手を頭にやってしまう。
「…そうだぜ、リョウ。…相変わらず、頭痛が起きるのはそのままなのか。大丈夫か?」
「あ、ああ…そ、それよりも!」
ぎろっ、と鋭い視線で二人をねめつけるリョウ。しかし、赤く染まった顔はそのままだ。
「貴様らッ!何で止めてくれなかったんだよッ?!」
「だ、だから、何を?!」
「え、エルレーンが!…エルレーンが、あ、あんな格好するの!」
「あんな格好」。
ビスチェやショートパンツで隠された部分以外は、そのまま素肌が露出している「あんな格好」。
ウエスト、腕、脚、胸元…未だかつてあんなにまで自分の肌をあらわにしたことのないリョウにとって、それは(いくら自分の分身、エルレーンで見慣れているとは言えども)掟破りなまでに恥ずかしい格好だった。
それをみんながどんな目で見ていたのか…考えるだに恐ろしい。
それを考えると、恥ずかしさのあまり、全身が発火してしまいそうだ…
「…あ、ああ、あれね…」
「あ、あいつ、あの格好のままアーガマん中を歩き回ってたのか?!」
「えー、まあ、そ…そうだけどさぁ」
あいまいに言葉を濁すベンケイ、だがその内容から事実を悟ったリョウ…
つまり、エルレーンは。
起きている間中ずっと、あの格好をしていたらしい。
俺の身体が、俺が、あの、…水着みたいな、ド派手な…おへそまで出たようなあんな格好で、このアーガマ内を闊歩していた…?!
悟ってしまった事実、その衝撃のあまり、リョウは…
恥ずかしさと怒りと混乱が臨界点を超えてしまったらしく、ぶちっ、と切れてしまった。
その持っていきようもない感情の高ぶりを、彼は哀れな(そして、エルレーンを止めなかった罪深い)子羊に向ける。
「…〜〜ッッ!!」
「ぐ、ぐげげ!ぼ、暴力はんた〜い!」
真っ赤な顔のまま、ベンケイの巨体を軽々と持ち上げネックハンギングで吊り上げる流竜馬氏、かなり怖い(よくもその細い身体でそんな馬力があるものだ)。
締められているベンケイは、じたばた暴れながら悲鳴を上げる。
「おいおい、やめてやれよ、リョウさんよ。…第一、あいつは起きて部屋から出て来た時に、もうあれを着てたんだぜ。止めるも止めないもないもんだ」
「ば、馬鹿野郎!それにしたって…」
「それに、あれはお前がエルレーンに買ってやったもんじゃねえのか?」
「?!」思いがけないハヤトのセリフに、目を丸くするリョウ。
が、付け加えるように、ベンケイも同意した。
「あーそうそう、あの子言ってたなあ。これはリョウが買ってくれたんだって。昔とおんなじ…『ばとるすーつ』、って言ってたっけか」
「…い、いや…お、俺は…」
今度は、リョウのほうが言葉を濁してしまう。
ちょっと前に、バザーのよろず屋で見つけて衝動買いしてしまった、あの…エルレーンの昔着ていたバトルスーツによく似ていたコスチューム。
ベッドの下に隠しておいたのだが、まさかエルレーンがそれを見つけてしまうとは…
しかも、それを自分へのプレゼントだ、と解釈してしまったらしい。
「エルレーンの奴、大喜びしてたぜ。それこそ、お前が自分のためにわざわざそれを買ってくれた、ってな」
「…」
自分からの思いがけない贈り物(?)に、エルレーンは狂喜乱舞していたという…
よかった、という気持ちと、うれしい、という気持ち。
いとおしい自分の分身がそんなに喜んでいたならば、それでいいじゃないか。
そういう考えも一瞬浮かんできたのだが…それでも、羞恥の感情がまだリョウを引き止める。
「…だ、だけど、…あ、あんな格好で、お、俺の身体で、皆の前を…」
「リョウ」
…が、その言葉をさえぎるハヤト。
見ると、彼は…この上ないほどさわやかに、男前気味に微笑んでいる。
その顔のまま、ハヤトはこう言い放ったのだ…
「いいじゃねえか、どうせその間お前は気を失ってんだ。気にするな」
「き、気にするに決まってんだろ?!」
「…やれやれ、何を馬鹿なことを…いいか、リョウ」
他人事だと思って馬鹿にしている、と怒るリョウ。
だが、ハヤトはそんなリョウの抗弁に軽くため息をつき、首を振り…したり顔で、問いかける。
「…お前、確か前に言ったよな?…『俺の身体なんて、あいつが自由に使えばいい!』ってよ」
「!」
「『あいつがまた、あいつとして…笑えるっていうんなら、俺は何だってやる!』んだよな?」
「う…」
…確かに、そんなことを、…言った記憶が、ある。
エルレーンのことを知らされたあの日、エルレーンが生きていたという思いがけない事実に、嬉しさのあまり…そんなことを口走った覚えが…ある。
「な?言ったよな、リョウ?『俺の身体なんて、あいつが自由に使えばいい!』んだよな?」
「…」
追い討ちをかけるように、にやっ、と笑って、かつて自分が言ったセリフを繰り返すハヤト。
…そう、もうとっくの昔に、自分は決定権を譲り渡してしまっていたのだった。
すでに言質を取られてしまっているリョウに、もはや術はなかった。
…数秒後、とうとうリョウは陥落した。
「はい…言いました…」
「そうだよな。じゃあ話は決まりじゃねえか」
「う、うう…」
「そんなしょげるなよ〜、リョウ!…いいじゃん、みんなあれ着たエルレーンに釘付けだったぜ?いやあ、よかったなあモテモテで!」
エルレーンが喜ぶなら…これも、エルレーンのためなんだ。
そう思いつつも、思い込もうとしつつも…これからも、こんなもどかしい、恥ずかしい気分を毎回味あわねばならないのか…と肩を落とすリョウに、ベンケイがぜんぜん慰めになってない慰めを、人のいい笑顔のままで述べる。
「う、嬉しかねえ〜!だったらてめえ着てみろ!」
「いや〜ん、俺はそんな細くないしぃ☆きっと似合わないわぁ☆」
「〜〜ッッ!」
わざとぶりぶりくねくねしながら女言葉で謙遜するベンケイを、再びリョウは締めてやった。
「まあまあ、止めとけ止めとけ。…それより、頭痛薬でももらいにいったらどうだ、リョウ?」
「…あ、ああ。そうするよ…」ハヤトの仲裁に、締め上げていたベンケイをようやく離すリョウ。
やっとのことで解放されたベンケイは、ふいー、とかいう気の抜ける声を漏らしながら、痛そうに喉をさすっているのだった。

「あ!」
「…」
「…戻ってる…のかな」
それから、しばらく後。医務室で薬ももらって、多少は頭痛もやわらぎ、落ち着いたリョウ。
彼らは揃って食事をとることにした…
夕食には少し早い時間帯だが、それでも食堂には結構人がいる。
…そして。
その食堂にいる者たちが、皆…ちらちらと、自分に向けて視線を走らせてくる。
ひそひそと話し合いながら、興味と好奇心に満ちた目で。
「…な、なあ、ベンケイ」
「んー?何?」自分の分のカツカレーをとっくに食べ終えてしまい、やや手持ち無沙汰にしていたリョウ。
今だがつがつと白米をかっくらっているベンケイに、とうとう聞いてみることにした。
「な、何か…俺、すっげえ見られてるような気がするんだけど」
「…そりゃあ、そうだろうな。まあ、気にするなリョウ」
が、ベンケイは相変わらずご飯を口の中に詰め込みながら、淡々とそう言うだけ。
「き、気にするな、って言ったって…」
「うーん、これって…お前が悪いんじゃないんだけど、お前のせいなんだよなあ」
「…は?」わけのわからないベンケイの発言に、怪訝な声を漏らすリョウ。
「そうだな。お前は悪かないんだけど、やっぱりお前のせいだ」
「…はあ…」ミックスサンドイッチを食べながら、ハヤトも同意した…
その言葉の意味がやはりわからず、リョウはただ嘆息するしかないのだった。
…と、そこに…遠巻きに見つめひそひそ話で推察するよりも、もっと直接的な方法を好む(つまり「単純」ということ)男が、「仲間」と一緒にやってきた。
「…よ、よう!」
「!…甲児君?」
ややぎくしゃくした態度、だが笑顔らしきモノを浮かべながら、自分たちのテーブルに寄って来たのは…兜甲児と、弓さやか。
「え、えっと…い、今は…『どっち』なんだい?」
「…」
「リョウのほうだ」
そのごくストレートな物言いに、一瞬あっけにとられるリョウ…
言葉を失ってしまった彼に代わって、ハヤトが答えてやった。
「そ、そっか!じゃあ、やっぱりあのまま寝ちまって、それきりなのか」
「そうだ」
「そうかぁ…確か、次に目覚めるまで結構かかるんだよな」
「ああ。…正確にいつだかってのはわからねぇが、大体10日くらい後だな」
「え?そうなのか?」
「?!…そ、『そうなのか?』って…」素朴に問うたリョウに驚いてしまう甲児たち。
だが、彼にとっては当然ともいえる質問だった…
リョウ自身は、つい最近までその事実を知らなかったのだから。
「…ああ、そうさ。…ま、そん時ゃまた『アレ』も我慢するこったな、リョウ!」
「…」苦笑しながら答えるハヤトのセリフに、かすかにリョウの表情が不快げに歪む…
…が、そんなことにはまったく気づかない男・兜甲児。
うっとりと、数時間前に自分たちの前に舞い降りた天使の姿を思い浮かべながら、ごく素直にその思いを口にする。
「あ〜あ、待ち遠しいなあ…エルレーンちゃん!」
「…」
何も口を挟まぬまま、甲児の言葉を聞くリョウ…
見る見るうちにその顔が朱く染まっていくのだが、甲児はやっぱり気づかない。
そして、何も考えぬまま…とうとう、NGワードを口にしてしまった。
「それに、何つってもあの服だよなぁ!…なあリョウ君、よかったら普段でもあれ着てくんない…」
「はっはっは何なら君が着たらどうだい甲児君」
「す、すいません二度と言いませんごめんなさい私が悪うございました」
にやにやと笑みながらリョウにそうもちかけた次の瞬間、甲児の身体は宙に浮いていた。
首根っこつかまれ吊り上げられた甲児…
その左頬に、ぴたぴたとさっき使っていたカツカレー用のナイフを当てながら、ごく穏やかな口調で脅すリョウ。
まったくの笑顔で怒っているのが、流竜馬氏の恐ろしく怖いところである。
慌てて思いつく限りの詫び言葉を口にする神妙な甲児…
と、何とかそれでお怒りをおさめることは出来たようだ。
数秒後、床にぽいっと投げ捨てられる。
慌てて駆け寄るさやかと二人、見上げるリョウの背中…そこからは、静かな怒りのオーラが確かに見えた。
「こ、甲児、もうそのことについては触れないでおけって。殺されるぞ」
「う、うん…よ、よくわかりました」ベンケイが小声で甲児にそうささやいてやる。
こくこく、と、何度も何度も首を振る甲児。
今のリョウの変貌振りがあまりに恐ろしかったらしく、いつの間にか彼の顔色は真っ青である。
…が、何とタイミングの悪いことか。
甲児と同じくらい不注意に、その禁忌に触れてしまう男が、まったくの笑顔を浮かべてやってきた。
「あっ、エルレーンさん!」
「彼女」の姿を見つけるなり、手を大きく上げて駆け寄ってくる。
ボルテスチーム・剛健一。
「!」
「け、健一…」
「あれー、何でもうあの服着てないんですかぁ?!せっかくあんなに似合っててステキなのに…」
「はっはっは悪いけど俺はもうエルレーンじゃなくて流竜馬のほうなんだけど健一君て言うかそんなにあの格好が見たいんだったら君が着てみたらどうだってんだええこの野郎」
「ひ、ひゃい、すいません僕の勘違いでしたごめんなさい竜馬さん」
残念そうに文句をたれる健一の胸元を左腕で瞬時につかみ上げて吊り上げ、右手には腰のホルスターから抜き出した早乙女研究所謹製ゲッター光線銃を構え、健一の眉間にぴたりとつける。
そして、甲児にやったように…穏やかな笑顔を浮かべたままに、リョウは句読点まったく無しで何の抑揚もつけないまま、そのとんでもなく剣呑なセリフを一息ですらすらと言ってのけた。
怒りのボルテージは、蒸し返された分さっきよりも高いらしく、セリフの剣呑度もアップである。
笑っているから、なおさら怖い。よく見たら、そのこめかみがぴくぴくしていたりして、なおさら怖い。
その恐ろしさと彼が放つまがまがしい怒りのオーラに、健一は瞬間、死を覚悟した…
が、つるつると自動的に口から詫びの言葉が出てきたため、何とか彼も一命を取り留めることに成功したようだ。
「り、リョウ!銃は止めとけ銃は!」
が、いさめるハヤトのセリフも終わらぬうちに、またまた彼の怒りを蒸し返す男が出現する。
「よお、エルレーンちゃんじゃないの〜!あの格好はどうしたんだわさ〜?!」
「…!」
ぶちっ、という本日数回目に聞く音とともに…リョウの忍耐は一気にはじけてしまった。
じゃきぃいぃんっ!
とうとうブチキレてしまったのか…リョウは、ご陽気に話しかけてきたボスに向かって、無言のまま…タメも無しに、今度はいきなり銃口を向ける!
銃を向けられたボスが、瞬時に顔面蒼白になるのが見て取れた。
同時に、その場が一気に大パニックになる…
「おわー!じゅ、銃は止めろってー!」
「きゃー!きゃー!」
「お、落ち着け、リョウ〜ッ!」
「〜〜ッッ!」
「た、たちけてー!!」
「ひー!」
「り、リョウさんご乱心〜!」慌てて銃を構えるリョウにしがみつき、必死でその怒りを静めようとするハヤトとベンケイ。
が、二人がかりでもなかなかリョウを押さえ込むことが出来ない。
ゲッター光線銃を振り回し、般若のごとき形相で暴れる流竜馬氏、かなり怖い。
その周りで悲鳴をあげるさやかたち、間に挟まって泡を喰っている甲児たち…
そうして、食堂にしばらく阿鼻叫喚の声が不吉に響き渡るのだった…

…で。
てんやわんやが続き、数分後。
「…ふう…」
やっとのことで怒れるリョウを落ち着けることに成功したハヤトとベンケイが、どっと湧き出る疲労感に重いため息を吐き出す。
「…」
「と、ともかくだ…リョウは、あの格好が嫌いなんだ。あいつの前で、二度とそのことを口にしないように」
「り、了解です」不愉快そうに黙り込んではいるものの、一応は落ち着いたらしいリョウ…
そんな彼に聞こえぬよう、ごく小さな声で注意を飛ばすハヤト。
もちろん、一同青い顔をしたままこくこく、とうなずく。
「そ、それはともかく」
…と、改めて真顔になる甲児。
「聞いたぜ、リョウ君。…エルレーンのこと」
「あ、ああ…」
「いろんなこと、まだ知らないんだってな?…大丈夫、俺たちもいろいろ協力させてもらうぜ!」
にかっ、と太陽のように明るい笑顔を浮かべ、彼はそうのたまった。
「?!…き、協力はうれしいけど…」
…が、一方そう言われたリョウ。
「協力」の意味がわからず、少し困ったように頬をかく。
「俺はやっぱりバイクかなー、それとも…」
「あら、やっぱりおしゃれよ、おしゃれ」
「…?!」そして、甲児とさやかの掛け合いに、きょとん、とする。
が、そうこうしているうちに、気づかぬうちに自分たちの周りに集まってきた「仲間」たちの間から、さまざまなオファーが飛び込んできた。
「おいどんはマンガの描き方を教えるですばい!」
「じゃあ、僕たちはロボット工学かなぁ、小介君?」
「ええ、超電磁システムとかはどうでしょうかね、日吉君」
「あ、あの…」
漫画家志望の西川大作がそうのたまえば、同じ超電磁チームの天才お子様コンビ、北小介と剛日吉はやはり自分の得意分野をエルレーンに伝授しようと話し合っている。
「キッドさんなら何にします?」
「人呼んで『ブラスター・キッド』、当然射撃に決まりでしょう!」
「チョメ!…そぉんな物騒なモノなんかより、どうせ撃つなら…殿方のハートの撃ち抜き方、とか?」
「ひぇ〜っ、お町さんたら!」
「…」リョウがその声にふりむけば、そこには宇宙の始末屋J9のショートコント。
本気かギャグなのか定かではないが…一応、エルレーンに教えてあげよう、という善意から出た言葉らしいので、突っ込みはしないリョウ(…だが、「キッドさんの射撃のほうにしておいてくんないかなあ」と思ってしまったのも、また事実である)。
そして、意外な人物もその輪の中にいた。
いつの間にか、人垣の中に加わっていた、少年テロリスト・ヒイロ・ユイ…
彼は無言のまま、リョウを見つめ…何かを握った右手をすっと目の前に掲げて見せた。
…それは、何かのスイッチらしきもの。
そして、何事かを語るかのようにうなずきかけるヒイロ。
「…」
「…お!…ヒイロの奴も協力してくれるってよ。やっぱり得意の自爆技?」
「?!…お、お気持ちだけいただいておきますッッ?!」
が、無言のヒイロのパフォーマンスに添えられたデュオの説明に、さすがにリョウも動転の声を上げる。
そんな技伝授してもらっては困ります、とばかりに、丁寧な言葉遣いながら、心底の緊張と怯えの混ざった口調で、リョウはそれをすぐさま辞去する。
ぶんぶんと、取れんばかりの勢いで首を往復左右移動させる。
そう言われたヒイロの表情が、かすかに残念そうなモノに切り変わったのだが…あえて、リョウは鈍感で気づかないふりをする(気持ちはうれしいのだが、できれば気持ちだけでとどめておいてもらいたい)。
…そして、そこまでくると…ようやく、リョウにもそのいきさつが理解できた。
ふと、隣に立っていたハヤトと目があう…彼は、にっと笑い返してきた。
そう、きっと、彼が話してくれたのだろう。
エルレーンが、かつて「人間」として生活できなかったがために、「人間」の世界のことをほとんどまったくといっていいほどに知らないということを。
…だから、みんなは。
彼女が色々なことを知れるように、自分たちが得意な、様々なことを教えてくれようとするのだ…
彼らのやさしさが、胸にじん、と来た。
自分の分身、エルレーンは…こんなにやさしい「仲間」たちに囲まれて、これから時を過ごすことが出来るのだ。
今度は「人間」として。色んなことを少しずつ学びながら、惑いながら、知りながら…
…だから…自分がエルレーンに直接会うことが出来なくとも、きっと大丈夫に違いない。
リョウの胸の中を、そんな確信がゆっくりと満たしていった。
自分の頼もしいチームメイト、ハヤトとベンケイが、そして、このすばらしい「仲間」たちが、彼女を導いてくれるに違いないから…
…だが、残念ながら、プリベンターの誰もが皆、そう思っているわけではない。
その、証拠に。
「…はっ!」
リョウたちを取り囲む楽しげな人の輪を、少し離れた場所から冷たい目つきで見やりながら…剣鉄也は、吐き捨てるように、いかにも面白くなさげなふうに、短い嘲笑をもらすのだった。

…時は変わって、これは…それから一時間ほど後のお話。
アーガマ・ブリッジ。
「…か、艦長」
突然、自分の背中にかけられた呼び声に振り向いたブライト艦長。
その目が、驚きで丸くなった。
「!…や、やあ?!…え、ええっと…」いきなり、視界に飛び込んできた「彼女」の姿。
驚きのあまり、やや裏返るブライトの声…
彼の困惑を見透かしたように、リョウは自分から、自らが「彼女」ではないことを口にした。
「お、俺…流竜馬のほうです」
「そ、そうだよな、は、はは…そ、それで、私に何か用かな?」
「あの…これ…」
そうつぶやきながら、リョウが差し出してきたもの…それは…
「!…ああ、私のジャケット!」
「お、俺には、何でかちっともわからないんですけど、何か気がついたら着てて…」
そう、目覚めていた時着ていたジャケットだった。
まったく見覚えのないそのジャケット、実はよく見たら…"B. Noa"の刺繍が右肩部分に小さく施されていることに気づいた。
そのジャケットの持ち主、そしてそれをいつの間にか自分が着ていたという過程の裏にあるモノ…
それを悟ってしまったリョウは、慌ててブリッジにやってきたというわけである。
「いいんだいいんだ…私が半分無理に着せたんだから、…彼女に」
…ほぼ半裸といっていいほど過激な格好をしたがる、あの…君の「妹」に。
「あの…でも、リョウ君、その…」ブライトが改めて、あのエルレーンの格好について注意を促そうと言葉を継いだ時。
それに先んじて、リョウが端正な顔を朱く染め、ややぶっきらぼうな調子で言い放った。
「わ…わかってます。…お、俺だって嫌です」
「え?!…そ、そう?!」その答えに仰天するブライト…
「え、ええ…そ、そりゃあ嫌ですけど」
が、そんな彼を見やることもなく、リョウはうつむきっぱなしのまま…真っ赤な顔をしたまま、もごもごと…何やら、決意らしきことを小さな声でつぶやく。
「い、嫌ですけど…あ、あいつが、エルレーンが喜ぶって言うんなら、お、俺は…」
「…」棒立ちになったままそう語るリョウの様子から、彼のいかんともしがたい苦悩とジレンマが嫌というほど伝わってくる…
自分としては死ぬほど嫌だが、他でもない彼女が喜ぶのなら…と。
そのいじらしさ、やさしさ、そして可哀想さに…ブライトは、内心そっと、彼の愛情と忍耐とが報われますように、と祈る。
「あ、あの…まあ、何て言っていいかわからんが…が、頑張れ、リョウ君」
「…」本当に、何の慰めにも励ましにもなっていないブライトのセリフ。
そのせりふを聞いているのかいないのか…
やはりリョウは真っ赤な顔をしたまま、複雑な表情で立ちつくしているのだった。


back