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◆ 来たれ我が本当の宿敵よ、我に殺されんがために来たれ
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「…」
アーガマ・格納庫。
その中を、炎ジュンの立てる澄んだ靴音が、かつん、かつん、と響き渡っていく。
彼女はこころもちうつむき加減になりながら、己が愛機に向かっていく…
だが、その愛機・ビューナスAの前に行くに至り、その脚元に一人の青年が寄りかかっている事に気づいた。
「…よっ、ジュンさん」
「!…甲児君」
「ビューナス一機だけで行くつもりだったのかい?」
「…」
それは、甲児だった。
ジュンの瞳に、困惑の色がかすかに浮かぶ。
しかし、甲児は彼女がこうするだろうことを踏んでいたのだ…
鉄也がアーガマを飛び出してから二日。
てんやわんやの大騒ぎが艦内に巻き起こり、アーガマには困惑の声が満ちあふれた。
だが、これは彼の一時的、感情的発作であり、やがて彼は自分からアーガマに戻ってくるだろう…
そういう推測が為されたため、特に捜索隊などは出されないままでいた。
それでも、ジュンは…長い間、彼と同じように育てられ生きてきた彼女は、きっと鉄也を探しに行くだろう。
そう考えた甲児は、ずっとここで彼女を待っていたのだ―
自分も、そう考える一人である、と。
「鉄也さんを探しに行くんだろ?俺も行くよ」
「え、で、でも…」
「…あの時の鉄也さん、ちょっと様子がおかしかったもんな…けど、まさか一人で出てっちまうとまでは思わなかったけど」
「…」
「そろそろ、鉄也さんも落ち着いたころだろうし、迎えに行くんなら俺も行くぜ」
「こ、甲児君…」
一瞬、ジュンは惑った。
実に屈託なく、鉄也を迎えに行くと協力を申し出てくれる甲児。
だが、その鉄也の煩悶の原因が、他ならぬ彼だと彼女は知っているから…
ジュンは惑った。どうすべきかを、惑った。
しかし、結局は…彼の善意を、そのままに受け入れる事にした。
彼女とて、甲児を傷つけたくはなかったからだ。
「…わかったわ、行きましょう…」
それを聞いた甲児は、にかっ、と笑んだ…
太陽のように、明るい笑み。
…と、何を思ったか…彼はくるりと半身振り返り、立ち居並ぶスーパーロボットの中、ゲッタードラゴンに向かってこう呼ばわった。
「…だってよ!お前も行くんだろう、…エルレーン?」
「…!」
すると、そちらに思わず視線を向けたジュン…
彼女の視界の中に、その少女の姿が飛び込んできた。
いつからそこにいたのか…おずおずと、ゲッタードラゴンの影から出てきた。
「エルレーンさん…」
「じ、ジュンさん…わ、私も、行く…」
「…」
「な、何だか、私…嫌な、予感がするんだ…は、早く、鉄也君を迎えに行こ?」
エルレーンは、哀しそうな、何処かつらそうな表情でそう言った。
彼女も、去ってしまった鉄也を止めることが出来なかった―
そのことに少なからぬ罪悪感を抱いているのだろう、だからこうしてこの場に現れたのだ。
「で、でも、あなた…何に乗るの?」
「それなら大丈夫。ゲッターロボGに乗るよ…一人でも乗りこなせるように、アストナージさんが直してくれたんだ」
ジュンの問いに、そう答えるなり…彼女は、ゲッタードラゴンに乗り込むべく向かった。
彼女をとどめようかジュンが迷っているうちに、甲児もいつの間にかマジンガーZのコックピットに入っていた。
「さあ、善は急げだぜジュンさん!」
「…」
そこから落ちてくる甲児の明るい促しに、ジュンは惑った。
しかし、その惑いとためらいを振り切れぬまま…彼女も、己が愛機へと走った。

「…」
「…なかなか、難しいもんだな…」
思わず漏れた甲児の吐息は、失望と少しばかりの諦念が混じりこんでいた。
アーガマを出てから1時間あまり。
ビューナスA、マジンガーZ、そしてゲッタードラゴンの三機は、ある程度距離を置きながら飛行を続けている。
しかし、鉄也を探すとは言っても…それは、まるで雲をつかむようなものだった。
ジロンたちの話によると、このあたりにはめぼしい街も何もないらしい。
では、鉄也は何処に行ったのか?
「ジュンさん、なんか心当たりみたいなものない?鉄也さんが行きそうな…」
「…」
「…」
甲児の問いに、無言で首を振るジュン。
そんなモノがあるはずがなかった。だからこそ、今自分たちがやっている事が、無謀で無意味だとしか思えない。
しかし、一縷の望みをかけ、彼女は眼下に広がる荒野に視線を走らせる…
が、その刹那。
「…あッ?!」
短い叫び声をあげたエルレーン。同時に、エルレーンのゲッタードラゴンが空中で静止した。
甲児たちもそれに気づき、マジンガーZとビューナスAの動きを止めた。
「!…どうかしたかよ、エルレーン?!」
「れ、レーダーに…グレートの、グレートマジンガーの反応が…」
「!」
震える声で、エルレーンはそうつぶやいた。
見間違いではないかと思い、もう一度レーダーを凝視する…
しかし、それは確かに見間違いなどではない。
レーダーの端も端、画面の断ち切れるところぎりぎりに…機影が、一つ。
そしてその認識コードは、その機体がグレートマジンガーであることを示していた!
「よ、よし、でかした!そいつぁどっちの方向だ?!」
「え、ええっと…に、西と北の間…」
「北西か…」
うれしい喜びがにわかにわく。
何という幸運か…たった三機だけで、グレートマジンガーを見つけることが出来たなんて!
「!ビューナスのレーダーでも確認したわ!」
「よっしゃあ、それじゃあ行くか!」
「ええ!」
方向を素早く確認し、急いでそちらへ機首を向ける。
三機のエンジンが、火を噴いた。
そして、甲児たちの駆る三機のマシンは、空を斬って飛び去っていった。
グレートマジンガー、剣鉄也の元へと。

十数分もしないうちに、彼らはそこにたどり着いた―
それは、立ち尽くしていた。荒野の中に、立ち尽くしていた。
「…!」
「て、鉄也!」
「鉄也さん!」
それを肉眼で視認した途端、エルレーンたちの表情が安堵でゆるむ。
その巨人は、確かにグレートマジンガーだった。
だだっぴろい、荒れ果てた大地以外には何もない場所に、ぴくりとも動かぬままで。
と、三人の通信回線が開かれた。グレートマジンガーからのモノだった。
そこに映っているのは、やはり…剣鉄也。
怪我などしている様子もない。
ほっとしてしまったのか、ジュンは少し涙ぐんですらいる。
「…」
「鉄也さん、やあっと見つけたぜ。ずいぶん心配したんだぜー…」
「…」
鉄也は、何も言わなかった。
モニター画面の中の彼は、ただ、こちらを見つめ返している。
「な、なあ、まだなんか怒ってんのかよ?
だ、だけどさあ、ともかくいっぺん俺たちと一緒にアーガマに帰ろうぜ。それから、もう一度話しようじゃねえか」
「…」
「…鉄也、さん…?!」
「どうしたの、鉄也…」
「鉄也君…?」
甲児の声、ジュンの声、エルレーンの声。
しかし、鉄也は無言。
「…」
どろっ、と濁った瞳で、こちらを見返しているだけ。
その様があまりに異様で、甲児たちもとうとう黙り込んでしまう…
鉄也の瞳にいつも宿っていた、あの冷静で冷徹なまでの鋭利な輝きは、もはやない。
だが…長い、気持ちの悪い空白の、その後。
鉄也の唇が、かすかに蠢いた。
「…ろ…す…」
「…?何か言ったかい、鉄也さ…」
その言葉はかすかなノイズをはらんで響き、ただのこもった低音としか聞こえなかった。
それ故、もう一度それを聞き返そうと、甲児が耳をそばだてた時だった。
鉄也の唇が、かすかに蠢いた。
今度は、はっきりと言語の形を為して。
それは、三つの音声で構成されていた―
「…殺す」
「?!」
その三つの音の連なりの意味を、一瞬ジュンたちは理解する事が出来なかった。
あまりに、意外すぎて。あまりに、信じられなくて。
しかし、鉄也の次のセリフが、今発された言葉が聞き間違いなどではなかった事をはっきりと証明する…
「兜甲児…お前を、殺す!」
「…?!」
喉が、詰まった。瞬間、声が発せなくなった。
だが、強張った喉をむりやり動かし、甲児が鉄也に呼びかけんとする。
「?!…な、何言ってんだ、鉄也さん?!…ひ、ヒイロのモノマネでもしてんのかよ?!」
「殺す…殺してやる、兜甲児ッ!」
「て、鉄也…?!」
何かの悪いジョークかと、甲児がおどけ混じりに言うが…跳ね返ってくるのは、やはりきりきりととがった殺意の宣言。
その宣言は異様な熱気をはらんでいる。だが、その表情には力も無く、ただどんよりとした暗さがあるだけ…
その気色の悪いコントラスト、そして何より敵意と殺意を叩きつけてくる鉄也自身に、甲児たちの精神が動揺と動転のうちに叩き落された、その時…
天蓋から、実に耳障りな哄笑が振ってきた!
「…ふ、くく、ふははははははははっ!」
「!」
「そ、その声…ダンテ!てめぇかあッ!」
天を見上げる甲児の顔を、鮮烈な怒りの表情が彩った。
その怒号に答えるがごとく、もしくは神の降臨のごとく、腹立たしいほどに優美でゆるやかな動きを持って、それは天空から舞い降りてきた…
そして、グレートの斜め少し後方、その中空にてぴたりと動きを止める。
黒い襤褸(ぼろ)をまとった死神…戦闘獣ダンテ!
「くっくっく…そのとおりだよ、兜甲児…!」
「てめぇ、鉄也さんに一体何しやがったんだッ?!」
「なぁに…その男の言うとおりだよ。剣鉄也、そ奴自身に…」
ちらり、と、視線を鉄也の駆るグレートマジンガーに投げ、いやみったらしい微笑を浮かべる。
すでに自らの「人形」となった、哀れな木偶を…
しゃらん、と、ダンテの手の内のリングが鳴った。
「兜甲児、貴様を始末してもらう事にしたのだよ」
「!」
「な、何ですって…?!」
あまりにあっさりと発されたダンテの言葉に、言葉を失う。
「仲間」どうしで殺し合わせる、と…
ダンテは、確かにそう言ったのだ!
「く、はは…しかし、あの時は笑えたよ…
どれほど自分の力に自惚れておるのかしれんが、たった一人で我らに向かって飛び込んで来たのだからな!自滅行為もいいところだ!」
「…!」
そう得々として語り、鉄也の無謀と不遜を嘲笑って見せる。
…ジュンは、何も言い返さず…ただ、歯噛みするのみ。
「だが、ただ殺してしまうにはもったいないのでな…その前に、一働きしてもらおうと思ってね」
「な、何が一働きだ!鉄也さんを返せッ!」
「ふん…愚か者め。我が妖術、貴様などに破られるほどもろくはないわ。…それに…」
甲児の怒号を軽く鼻であしらうダンテ。
…と、その表情が、穏やか…かつ、弱者を上から見下したような、哀れみと慢心が混ざりこんだモノに変わった。
そして、同じ色を帯びた声は、こう語ったのだ。
「…その男も、心の奥底ではそれを願っていたのではないのかな…?!」
「…?!」
甲児は、その意味深な言葉の意味を理解する事は出来なかった。
意識がそちらのほうにそれた瞬間…自分の座するマジンガーZのコックピット、そこ目がけて一直線に迫りくるモノを彼は感じ取ったからだ!
「う、うわッ!」
「甲児君ッ!」
ジュンの悲鳴。
慌ててマジンガーを操作し、思い切り上半身をかがめる。
すると、先ほどまでコックピットがあった場所を、風巻き上げる鉄拳がかっ飛んでいった…
しかし、そこにあるのはもはや空のみ。何も砕くことなく、その鋼鉄の豪腕は主の元へ戻っていった。
「兜甲児…殺す、殺してやる…!」
がしゃり、という音とともに、放たれた右腕はグレートマジンガーへと戻った。
通信画面に映る青年は、相変わらず胡乱な視線を向けながら、ぎらついた殺意を剥き出しにしている。
「…畜生!どうして、マジンガーの『兄弟』同士で戦わなきゃならねえんだ?!」
舌打ちする甲児。
改めて、画面に映る鉄也に向かい、呼びかける…
「誰かに操られるなんて、鉄也さんらしくないぜ!」
「…俺の邪魔をする奴は、叩き潰す!」
だが、会話はまともに成り立たぬまま。
鉄也の瞳に、自分を正気にかえそうと躍起になっている甲児の姿はもはや映らないのか…
「目を覚ましてくれ!」
「兜甲児は、俺の、大切なモノを奪っていく男…」
「?!…ど、どういうことなんだ?!」
「兜甲児さえ、兜甲児さえいなければ、俺は…ッ!」
何を言っても。呼びかけても。
返るのはただうつろな視線、そしてわけのわからないセリフだけ…
―いや。それは、正しく言えば…「甲児にとっては」わからないセリフだった。
ジュンは悟った。
何故、鉄也がダンテの手に落ちたのか、そうまでさせるほどに彼のこころを弱らしめたその原因は何か、を…
…そして、沈痛そうに瞳を閉じた。
鉄也の馬鹿、わかっていたのに、と胸のうちで唱えながら。
「ち、畜生ッ!ぶちのめしてやるッ、ダンテッ!」
「…はは、よかろう…よいモノを見せてやるよ、兜甲児…!」
しゃらん、と、またダンテの手の内のリングが鳴った。
すると、それを呼び鈴としたかごとく、突如大地が揺れ動く―
突然の地震に泡を喰っている甲児たち、彼らの目の前で…
それが、その鉄(くろがね)の腕が、大地を引き裂いた!
地面の中から飛び出してきた、紅と黒、白の輝き。
その輝きは人型を為し、彼らの前にそびえたった―!
「…?!」
「あ、あれは…」
「そ、そんな…ッ?!」
「ふ、ふふふ、あはははははははははは…!」
エルレーンの驚愕。ジュンの衝撃。甲児の動揺―
そして…勝ち誇ったかのようなダンテの狂笑!
「ま、マジンカイザー…ッ?!」
ショックに目を見開いた甲児…彼の喉が、弱々しく震える声で、その魔神の「名前」を紡ぐ。
そう、その名は「マジンカイザー」…「魔神皇帝」。
人々を守護する戦神にも、破滅をもたらす魔王にもなりうる脅威のマシン―
それは、あの時代…かつて甲児が駆り、そしてバルマー戦役が終わると同時に地下深く封印されたはずの機体だった!
「はははは、そうだ、兜甲児よ…貴様のマジンカイザーも、すでに我が手中に在り!」
「な、何故ッ?!何故、マジンカイザーを…」
「くくく…恐竜帝国が真・ゲッター同様に発掘済みだったのよ。究極の魔神も…今は、私の木偶人形よ!」
「ゆ、許さねえ…ダンテ、てめぇは絶対に許さねぇッ!」
「ふん、それは結構…だが、」
甲児の燃えるような怒りも、まったく意にも介さずに。
にたり、と、ダンテの唇が陰湿な微笑のカタチに歪む―
「『偉大な勇者』と『魔神皇帝』に、お前たち三機で立ち向かえるかね…たった、三機だけで!」

「…ってぇと…これで、終わりか…」
点検を終えたアストナージの口から、思わずそんな独り言が漏れた。
アーガマ・格納庫。
彼は、先ほどからかかりきりになっていた真・ゲッターの点検を今しがたようやく終えたのだ。
「ふぅ…ま、大丈夫そうだな。一応変な箇所はないみたいだし」
クリップボードを片手にもてあそびながら、酷使した身体を休めようと格納庫を出ようとする…
だが、その時だった。
ずどぉおおぉおん、という鈍い巨音とともに、地面が激しく揺らめいた。
「?!」
思いもしない突然の揺れによろめく。だが、倒れる寸前、何とか身体のバランスを取り戻した。
そのアストナージの目に飛び込んできたモノ…
それは、ありえない光景だった。
「う、うわ…ッ?!な、何で…」
驚愕でその叫び声がひずんだ。
だが、格納庫の中に彼の声は霧散していくばかりだ。
そのような無力なただの音が、それを止められるはずも無かった。
「お、おい!誰がアレを動かしてるんだ?!一体、誰が…」
驚きのあまり、思わずそう口走っていたアストナージ…
しかし、数秒もしないうちに気づく。
それを動かしているパイロットがいるべき、そのコックピット…そこは今修理のために、いくつかの主要なパーツが取り外されてしまっているはずだ、ということを。
例えそこに人が在ろうとも、今の状態では動かすことは出来ないはず…!
だが、彼の歩みは一向に止まらない。
ひたすら前へ前へ、ある一点を見つめたまま歩んでいく…
その歩みがやがて止まる。閉ざされた、扉の前で。
そして、右腕を―真・ゲッターに負わされた傷もまだ修理されていない―大きく振り上げた…
「…!」
その意図を察知したアストナージは、その爪が扉に触れる前に、彼に扉を破壊される前に…扉を開くため、慌ててコンソールを操作した。
アストナージの動き、そして扉が動く硬い音から、扉が開こうとしている事を悟ったのか…彼は、その腕を寸前でぴたりと止めた。
扉がきしりながら開いていく。彼は、それを見ているのか、見ていないのか…ただ、赤い瞳をかすかに光らせているだけ。
とうとう、扉が全開となった…その向こうには荒野が広がり、そこから風が吹き込んでくる。
そして…彼は、惑うことなくそこから飛び出した。
雄たけびを一つ、その場に残して。
風を切り、空を切り、あっという間にその姿は荒野の向こうへと吸い込まれていった。
アストナージは、ただただ呆然とそれを見送った。
メカザウルス・ロウが…遠い空の向こうへと、飛び去っていくその様を。


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