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◆ Katze und Du(ねこのてちょう)
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「何?エルレーン君が…」
「え、ええ、そうなんですけど」アーガマ内ブリッジ。連絡を受けたファが、そのことをブライトに報告している。
どうやら、エルレーンが再び目覚めたようだ。…以前の時より、10日はゆうに経っていた。
「確か、彼女が起きていられる時間はその時によっていろいろらしいな。…なら、早いこと彼女を呼んで、話を…」
「そ、それが…ちょ、ちょっとムリそうで」
「え?!どーゆうこと?!」
「そ、その…」驚くブライト。…が、ファもどのように説明しようか、正直困っている。
ファの手にした通信機の向こう側、そこには…

「…☆」
「…ふにゃー…」
「まいったニャア…」シロとクロ、マサキのファミリア…彼らの口から、深いため息がもれる。
…ぐるっとまわされた腕は、先ほどからずっと自分たちを離してくれようとはしない…
抵抗しても無駄だと悟っているのか、だらんと全身脱力し、彼女に身を預けるようにしている。
床にぺたんと座り込み、シロとクロをいとおしげに抱擁しているもの。
それは、エルレーンになってしまった、流竜馬だった。
彼女はうっとりと腕の中の二匹を見つめ、満足げな微笑みを浮かべている…
もはや他のモノなど眼中にもない様子の彼女。
遠巻きに自分を見つめている野次馬のいぶかしげな、どこか困ったような視線などには気がついてもいない。
「…」
「は、ハヤト君。彼女、一体…」
「いや…あいつ、ねこが好きらしくて。…マサキのシロとクロを見つけちまったらしくて、それからずっとああなんです」頬をかきながら、そう答えるハヤト。
そう、エルレーンはどうやらねこ好きらしいのだ。以前、そうだということはムサシから聞いていたのだが…
まさか、こうなるほどとは思わなかった。
先ほど目覚めてすぐに、彼女の目に飛び込んできたシロとクロ。…ねこの形をした、ファミリア…
つまり、彼らは純粋な意味で「ねこ」ではないのだが…ファミリアだろうが何だろうが関係ない。
ねこ好き、いやねこ狂のエルレーンはあっという間に彼らを腕の中に捕まえてしまった。
…それから、ずっとあんな調子なのだ。
「な、なんか目がヤバいし…」
「本当に好きなんだな、ねこが…」
一方、当のエルレーンは、周囲の様子など何処吹く風…というより、たった一人で別世界に行ってしまっていた。
「かあいい…」うっとりとした様子で二匹をその腕に抱きしめ、感極まったようにそうつぶやく。
「にゃ、ニャア…り、リョウ…じゃなくって、エルレーン?」
「お、オイラたちをそろそろはニャしてくれニャいかニャア…?」
「おしゃべりするねこちゃん…はぅ…かあいい…☆」…が、夢うつつのエルレーンにはその言葉は届かない。
シロとクロの訴えの内容はすかーっと素通りしてしまっているらしく、ただ「ねこがしゃべっている→かあいい」ということしか見えていない。
「…だ、ダメっぽいニャア…」
「おてても、しっぽも、かぁいいの…」ふにふにとした彼らの手の肉球をもてあそびながら、彼らのかわいらしさを褒め称えるエルレーン…
その熱っぽい口調、幸せそうな表情に…もはやシロとクロは何を言っても無駄だと感じたのか、とうとう彼女にされるがままになってしまった。
「…と、まあ、あんなカンジで…」
「とてもじゃないけど、動かせそうにないっすよ」
「で…でも…」
「…とにかく、彼女をシロとクロから引き離せばいいんでしょ?俺にちょっと考えが」
皆が困りきった顔でそうつぶやきあっているその時、そう持ちかけた者がいる。
…コウ・ウラキだ。
「ん…?何するつもりなんだ、ウラキさん?」
「まあまあ」そう言って、にっ、と笑ったウラキ…と、彼はぱっとその場から駆け出し、自分の部屋に「あるモノ」を取りに向かった。
…数分後。
その「あるモノ」を片手に帰ってきたウラキが、夢心地のエルレーンに近づき声をかける…
「り…じゃない、エルレーン君?」
「!…なあに、コウ…ウラキ、君?」
「そろそろその二匹、離してやりなよ」
「やなのっ」瞬時に拒絶するエルレーン。きっと目を吊り上げ、ぷいっと向こうを向いてしまう。
「…そのかわり、これあげるから」
「…!」…が、そう言ってウラキが手にもったそれを見せた瞬間…エルレーンの表情がぱあっと変わった。
それは、手のひらに乗るくらいのサイズの、小さな…かわいい、うすピンク色のねこのぬいぐるみだった。
「ねこー…!」エルレーンの目がきらきら輝く。
「さ、どうする?」その反応を見て、「いける!」と思ったウラキ…再び彼女にそう持ちかけてみる。
「わかったの!…はい、シロちゃん、クロちゃん!」はたして彼女は、今度はすぐさま同意した。
そして、言われたとおりにシロとクロを離してやる。
「ふー…やれやれだニャア」ようやく解放され、安堵する二匹…
「またねぇ☆」
「またニャア、エルレーン」にこおっと笑って手をふるエルレーンに、あいさつし返し…彼らは一目散にどこかへ駆け出していった
(この場にとどまっていれば、またエルレーンにつかまってしまうかもしれないから)。
「じゃあ、はい!」約束どおり、ねこのぬいぐるみをエルレーンに渡してやるウラキ。
「わあ…!」
受け取ったねこのぬいぐるみを、彼女は…心底うれしそうに、ぎゅうっと胸に抱きしめた。
うすももいろの、キュートなやわらかいぬいぐるみ。
「ありがとー、コウ君!」そして、満面の笑みを浮かべ、コウに礼を述べる…
「…あ、ああ!…そ、そうだ、ブライト艦長が君を呼んでるよ。早く行かないと」
「うんッ!」そういわれるや否や、彼女は素直にこっくりとうなずき…あっという間にブリッジへ向かって駆け出していった。
「…」
「…や、やっすいなー、エルレーン…」その変わりようを見ていた甲児の口から、そんな感想がもれた。
「いや、俺も…あんなモノであんなに喜んでもらえるとは思ってなかったよ」
「何であんなもの持ってたんですか、ウラキさん」
「いやあ、こないだバザーに行った時、出店のくじを試しにひいたらあれが当たってさあ。
俺、もてあましてたんだよね。…だから、ちょうどよかったんだけど」
頭をぽりぽりかきながらそう答えるウラキ。
…あの程度のモノであそこまでうれしそうにされると、なんだか逆に「もっといいモノあげればよかった」とすら思えてくる。
「…なんか、カンッタンに誘拐されそうだな、エルレーン…あの調子だと」…と、野次馬たちからこんな声が聞こえてきた。
「ねこのぬいぐるみ見せられたら、誰にでもホイホイついてくんじゃねえか?」
「ハヤトー、お前後から『知らない人が、<これあげるからついておいで>っていっても、絶対ついて行っちゃいけないよ』って言っとけよ」
「あ、ああ…」「保護者」ハヤトにそんな忠告すら飛んで来た…
まるで、幼稚園児の親に言うようなセリフだ。
それにうなずきながら、ハヤトは内心…これからの行き先への不安、それにちょっとの情けなさすら感じていた。

「…」それから、しばらくの後。
目を覚ましたリョウは、そこが自分の部屋のベッドであることに気がついた。
だが、時計を見てみると、いつのまにか時間がだいぶ進んでいる…どうやら、先ほどまでは「エルレーンの時間」だったようだ。
…身体を起こしてみると、果たせるかな、自分が身にまとっていたものは…やはり、彼女のバトルスーツ。
やっぱりあいつはこれを来てそこらじゅう歩き回ってたんだな…と思うと、またひとりでに顔が赤らんでいくのがわかった。
とりあえず、この派手なバトルスーツを脱ぎ、いつもの自分の服に着替えよう。
そう思ってベッドから這いでたリョウ…と、その時、ベッドからぽとん、と落ちたものがあった。
「…?」拾い上げてみると…それは、小さなぬいぐるみだった。
見たこともない、ピンク色のねこのぬいぐるみ…
もちろん、自分のモノではない。
そんな子どもっぽいモノなんて、この部屋に持ち込んだ覚えすらない…
が、ならばどうしてこんなモノが自分の部屋にあるのだろうか。
誰かのモノがまぎれこんだのか…
…しばらくそれを思い出そうとしたが、考えてもわからなかったので…結局、彼はイージーな解決法を取ることにした。

「…あ、シャクティさん!探してたんだ」数十分後。洗濯をしていたシャクティのところに、思わぬ客がやってきた。
「?…リョウさん、どうしたんですか?」
「カルルにでも、と思って…これ、あげるよ」彼はにこっと微笑み、そう言って彼女にそれを差し出した…
ピンク色の、小さなねこのぬいぐるみ。
どうせ自分のものでもないのだから、「子ども」にあげたほうがよろこばれるだろう…
そう思った彼は、カルルのためにそれをもってきたのだ。
「?!…え、で、でも!」
「いいんだいいんだ…もらってくれよ。…それじゃあな!」困惑するシャクティに、彼はそう言い残して…さっさとその場を後にしてしまう。
「り、リョウさんっ…!」その背中に声をかけたが、リョウはひらひらと手をふり返すだけ。
あっという間に、廊下の向こうへ姿を消してしまった。
「…」ため息がシャクティの口から漏れる。
今しがた、受け取ってしまったねこのぬいぐるみを見つめる…
彼女の手の中のそれは、大きな黒いビーズの瞳で…変わらない笑顔で、シャクティの困り果てた様子を見ているのだった。

…それからさらに時は進み、数日の後。
食堂で飯を喰っていたハヤトとベンケイのところに、ぱたぱたと誰かが駆け寄ってきた。
…半泣きで。
「うえーん、ハヤト君、ベンケイ君ッ!」
「?!…え、エル…レーン?!」それは、バトルスーツを着たリョウ…いや、エルレーンだ。
彼女は何故か気が動転しているようだ。
「ないのッ、ないのッ!」切羽詰った口調でいきなりそう迫ってきた。
「な、何が?」
「こ、コウ君がくれた、ねこちゃんがないのぅッ」
「ああ、あのぬいぐるみ?ないって、部屋にないのか?」
「うん…どこいっちゃったのかなあ?!お、お願い、一緒に探して?!」そう言いながら、懸命に二人にそう懇願する。
彼らの服のすそをつかみ、「早くいこう」とでも言うようにぐいぐい引っ張る。
「あ、ああ…」
「ちょ、ちょっと待って、このてんぷらそば喰ってから…」エルレーンに右袖を引っ張られながらも、ベンケイは食べかけのてんぷらそばのほうに気を残している…
がくがく揺さぶられながらも、彼はそばをすすり続けている。
…と、わやわややっているそんなゲッターチームの背後に、一人の少女がやってきた。
「あ…あの」
「?」
「…シャクティさん?何か用?」
「え、ええっと…い、今は、…エルレーンさん、なのよね?」
「ああ、そうさ…こいつに何か用か?」
「ええ…こ、これ」そう言って彼女が差し出したモノ…それを見た途端、ぱっとエルレーンの表情が変わる。
「?!…ねこー!」それをシャクティの手からさっと取り去り、大事そうにまた抱きしめる…
無くしたと思っていたねこのぬいぐるみを再び手にし、安堵の表情を浮かべるエルレーン。
「あれ、これって…エルレーンのぬいぐるみ?何でシャクティさんが持ってんの?」
「や、やっぱり…これ、エルレーンさんのものだったんですね。話聞いてたから、そうじゃないかと思ったんですけど…」
「?…これ、一体どうしたんだ?」
「あ、あの…り、リョウさんにもらったんです」
困ったように、だがなんともつくろいきれず…彼女はとうとうそう打ち明けてしまった。
「?!」
「リョウが…?!」
「え、ええ…カルルに、って…」
「へ?!…じゃ、じゃあ…」
「…!…え、エルレーン?!」
「うー…!」…いつのまにかエルレーンは涙ぐんでしまっていた。
ぎゅっと唇を結び、こらえようとするものの…哀しみとショックのあまり、どんどんあふれてくる涙は止まらない。
ぼたぼたと大粒の涙をこぼしている。
「ど、どうしたんだよ、何泣いてるんだ?!」
「どうしてぇ?!どうして、私のねこちゃん、他の人にあげちゃうのぉ、リョウ?!」エルレーンはそう言い、しゃくりあげる…
何ということだろう、自分の大事なぬいぐるみを、勝手に誰かにあげたのは…他でもない、自分の分身だったのだ。
「あ、あー…」
「り、リョウは、私のことが、嫌いなんだ…う、うえぇぇえぇん…!」そうして、ひときわ大きな泣き声をあげる…
まるきり子どものようなその泣き声に、思わず食堂にいる皆がこっちを振り向いたほどだ。
「あいつ知らなかったんだって!それがお前のぬいぐるみだってわからなかったんだよ」
「そ、そうですよ、エルレーンさん!」慌ててエルレーンを慰めようとするベンケイやシャクティ。
「ぐすっ…ひっく…」
「別にリョウも悪気があってそうしたんじゃないんだって。単に知らないぬいぐるみが自分の部屋にあったから、よかれと思ってカルルにやろうとしたのさ」
「今度俺たちからあいつにちゃんと言っとくから!…ほら、だから泣き止めって!」
「う…」
「…おやおや、どうしちゃったんだい、エルレーン君?」…と、そんな彼女に声をかけたものがいる。
「?…ば、万丈君?…それに、みんな…」涙の浮かぶ目をこすりながらふりむくと…そこには、万丈や甲児たちが立っていた。
「お前、なぁに泣いてんだ?」
「…」
「ま、ちょうどいい…お嬢様のご機嫌がなおるようないいモノを、この波嵐万丈がもってきたところさ」
「おっと、俺たちも!」
「?」首をかしげるエルレーンとハヤトたち。
…そういえば、彼らの中の何人かは、後ろ手に何かを隠し持っているようだ。
「はい、エルレーンちゃん…これ、万丈とあたしたちからのプレゼントよ☆」
「…!!」
「?!」
そう言って、ビューティが差し出した「何か」…それを見たエルレーンたちの目が、驚きでまんまるくなる。
ベンケイなどは、驚きのあまりに食べかけていたてんぷらそばの麺が喉につっかかってむせている。
もうちょっとで鼻から出るところだった。
まるで光が差すように、彼女の顔にぱあっと輝くような笑みが戻った…
そして、彼女は一目散にその「何か」に飛びついた。

「え?!…あ、あれは、エルレーンのものだったのか?!」リョウの驚愕の声があがる。
…あの後、エルレーンが眠ったその後に目覚めたリョウは、先ほどの事件の顛末をハヤトとベンケイから聞かされていた。
「そうさ。ウラキさんがねこ好きのあいつにやったものだったんだよ。…それをお前がシャクティにやっちまうから、あいつビービー泣いて大変だったんだぜ」
「そ、そんな…!…お、俺、知らなかったんだ!知らなかったから、だから…」必死にリョウはいいつのる。
別に自分には悪気なんてなく、ただよかれと思ってしたことだと。
エルレーンを傷つけるつもりなんて、毛頭なかったのだと…
だが、それを聞かされたところで、ハヤトたちにはどうしようもない。
「俺たちに言うなよ。…言っても無駄だぜ」
「そんな…エルレーン…」
「だからお前、もうあのぬいぐるみを捨てたり誰かにやろうとするなよ。…でないと、また俺たちがあいつなだめるのに苦労する」
「…ごめん、本当に…すまなかった」
「俺たちに謝っても仕方ないだろ」
「そ、そうなんだけど…お、俺は…俺には、あいつに直接謝ることなんて、出来ないから…」
そう言い訳するようにつぶやくリョウ…
が、その口調には、いくばくかのやるせなさが混じっているように思えた。
「そ、それじゃあ…あのさあ」
「何だ?」
「あの…さっき起きたら、お、俺のベッドの上…なんか、ねこのぬいぐるみだらけで…なんか、『ねこ牧場』みたいになってたんだけど、あれももしかして…」
「ああ。お前のそのダッサいネーミングセンスは別として、それ全部エルレーンのだからな。いじるなよ」
「…」そう答えるハヤト。やはりそうだと思ったのか、それとも自身のセンスをけなされたのが嫌だったのか、リョウはなんとも複雑な表情を浮かべている。
万丈たちが次々にエルレーンに差し出したもの、それは様々なねこのぬいぐるみだった。
あるものは小さく、あるものは大きく…だが、どれもふわふわでかわいらしい、小さな女の子のこころをひきつける魅力に満ちたキュートなモノだった。
ねこ好きのエルレーンには、たまらないほどうれしいプレゼント。
コウ・ウラキのぬいぐるみの一件を聞いた彼らが、エルレーンのために持ってきてやったのだ。
「いろいろもらってたからなあ。あいつ、それまでしくしく泣いてたのに、そのねこのぬいぐるみの大群見たら、一気に超ご機嫌になっちまったからな」
「いやあ、万丈さんのやつは特にでっかかったなあ」
「さすが金持ち。スケールがでかい」そううなずきあう二人。
万丈のプレゼントしたねこのぬいぐるみは、他のモノよりひときわ大きく、エルレーンを狂喜乱舞させた。
大きさが60cmほどは十分にあっただろうか…
「…目が覚めた時、あれに抱きついてたのに気づいた時は、正直…一瞬わけがわからなくなったぜ…」
「抱き枕状態?」
「…ああ…俺の部屋が、なんか、ちょっと…」
…どこぞのデパートのファンシーショップのようになってしまった。
「まあ、言いたいことは分かるが…我慢しろ。そうでないと…」
「わかってる。…またエルレーンが泣く、ってんだろ。…捨てたりしないよ。あいつの大事なものなんだったら。…だけど」
「だけど?」
悩めるリョウが、頭を抱えながら言った次のような言葉に…思わずハヤトとベンケイは苦笑を誘われるのだった。
「…ベッドの上、ほとんどあいつらに占領されてて…ね、『ねこ牧場』、これ以上増えたら、…俺は一体どこで寝りゃあいいってんだ?!」


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