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◆ The curtain rises(序幕)
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それは、随分と朝早くに。
太陽の光射さぬ帝国にて、帝王がある触れを出した。
その触れを聞いた臣民たちは皆驚き慌てふためきながらも、それでも抗することなく命令に従った。
何故なら、彼らはよく知っていたからだ―
その時が来た、ついに来たのだ。
いにしえの時代より脈々と受け継がれてきた我ら「ハ虫人」の宿願を、今こそ現実のものに。
それは博打だ、勝敗の行方さえ読めぬ世紀の博打だ。
だから、戦えぬ者は去れ、疾く去れ。
そうして祈れ、戦う者の武運を、勝利を、幸運を。
戦う者は残れ、残って備えよ。
いずれやってくる強大な「敵」に、「人間」たちに立ち向かうべく備えよ。


それは、随分と朝早くに。
太陽の光射さぬ帝国は、すでに動き出していた。
「人間」たちの知り得ぬうちに―


「急げ!その時になったら、スムーズに機関が連動するようにしなくては!」
「炎熱マグマ砲のエネルギー充填、現在38%!」
「くそッ、そんなものでは全然足りない!」
「大気改造中は、マシーンランドのほとんどの機能はそっちに持っていかれるんだぞ!
その間の防衛は、メカザウルスとマグマ砲に限られるんだ!
エネルギーの充填を急げえッ、命取りになるぞッ!」
マシーンランド、機関室。
急遽建造された巨大な大気改造装置は、その必要エネルギーの巨大さのため、マシーンランドの航行を司るメイン・エンジンに直結されていた。
巨大なホール全体を覆ってしまえるほどのメカの集合体は、熱と煙、そしてそれらを調整するメカニックたちに囲まれ、静かに沈黙している。
だが、ひとたびその機関が脈動すれば。
それはすなわちこの世界の変革、この世界の革命、そして新しい世界の始まりを紡ぎだすはずだ―
だが、メカニックたちの交わす会話は、最早怒号に等しいぐらいに焦燥していた。
「大気改造計画」の根幹を成す装置自体は、完成はした。
しかし、その装置を起動するためには、マシーンランドは地表に出なくてはならない…
しかも、移動に用いることのできるエネルギーをほぼ全て機関に流し込むために、装置が起動している間はマシーンランドは動くことが出来ない…マグマ層に潜行して隠れおおせることすら、不可能になる!
それ自体巨大な熱量を持つマシーンランドが一旦地表に出れば、「人間」どものレーダーにも容易く捉えられてしまう。
―すなわち、100%こちらを確認し、迫ってくるだろう相手を何とか一定時間防がねばならないのだ。
そのための迎撃を担うのが、一騎当千の猛者たち、キャプテンたちが駆るメカザウルス隊であり、
灼熱のマグマを炎弾と化して相手に撃ち放つ炎熱マグマ弾であるのだが―
「…」
「…始まったようですな」
その様子を、遠見水晶の中に見る…二人のミケーネ人。
暗黒大将軍、そしてゴーゴン大公。
暗黒大将軍の喉から、静かな声が漏れた。
「ああ。どうやら、『大気改造計画』…成ったようだ」
「帝国中の『ハ虫人』が動いているようです。メカザウルス隊も、いつでも出撃できると」
しかし、ゴーゴン大公の報告に暗黒大将軍は眉根を寄せる。
あくまで、彼は現状を現状のままに見透かしていた。
―どう考えても、楽観的な状況ではない、と。
「…だが、少し時が足りぬようだな」
「ええ…」
ゴーゴン大公も考えは同じであったらしく、彼のセリフにうなずいた。
「マシーンランドは計画の実行中、地表に固定され…地中への潜航が出来ない状態になる、と。
ならば、その状態で攻撃を受ければ…容易く爆散するでしょう」
「ふむ…まさに、背水の陣と言うことか」
「そのための防御兵器である炎熱マグマ砲とやらも、エネルギーの補給が間に合わぬ様子」
「…」
暗黒大将軍は、黙り込んだ。
その瞳が、一瞬思案に落ちる。
―だが、存外に彼は早く回答を出し終えた。
いや、それはおそらく、彼にとってはもうすでに決めてしまっていたことなのだ…
彼がこの場所、恐竜帝国マシーンランドに身を寄せた時から…
「…」
「暗黒大将軍、何処へ?」
ずしん、ずしん、と、床が悲鳴をあげる。
暗黒大将軍の巨体が踏み出す足音が、床を連続して揺るがしていく。
背を向け、何処かへと向かおうとする暗黒大将軍の背中に、ゴーゴン大公が問いかけた。
「…地上へ」
「地上へ?何故?」
重ねて問うゴーゴン大公。
暗黒大将軍は、そこで一拍置いて―
死の覚悟すらはらんだ重く低い声で、吐き出すようにこう告げた。
「…あのプリベンターどもと、戦う時がやってきたのだ」
「!」
あまりに突然な発言に、ゴーゴンは一瞬わが耳を疑った。
思わず去らんとする彼の前に走り出で、その針路を阻む。
「将軍!だが…」
「ゴーゴンよ…俺には将軍として、そして武人としての意地と誇りがある」
それでも。
暗黒大将軍は、彼を見下ろし…ただ、淡々とそう言うだけだった。
「…」
「ミケーネの将として過去の汚名をそそぐためには、この手で『人間』どもを叩き潰さねばならんのだ…!」
しかし、そのセリフを搾り出す彼の顔には、苦悩と屈辱、そして抑えきれない闘志の色が色濃く浮かぶ。
それはあの過去の時代より置き忘れてきた彼奴らとの…鋼鉄の魔神を駆る者ども…決着をつけるための。
そして再び彼らが国、ミケーネ帝国を再興するための。
老将の決意は硬く重く、そして悲壮。
そうでなければ、彼はこうは言いはしなかったに違いない―
「それに、この俺が『人間』どもを倒せば…帝王ゴールも、生き残ったミケーネの民を厚く遇してくれよう」
「…」
それ故に、ゴーゴン大公は黙り込んだ。
我知らず、その足を後ろに動かしていた。
彼の往く道をあけるために。
暗黒大将軍は、まっすぐに歩む。一歩たりとも、迷わずに。
歩んで、歩んで、そして…最後に、こう漏らした。振り向かぬままに。
「それでは、後を頼むぞ…ゴーゴン大公」
「…何を頼むと言うのです、暗黒大将軍」
「!…お前」
振り返る。
ゴーゴン大公が、そこにいた。
暗黒大将軍の出撃を見守るためではなく、彼に付き添い、共に戦うために。
ミケーネ人の瞳とトラの両眼、四つの瞳が強き意志を抱きこんで、老将を見返す。
「私とて、ミケーネ帝国のために戦う、武人としての誇りがあります…ここで退くなど!」
「…命の保障はできんぞ」
「かまうものですか」
あくまで、ゴーゴンは退かなかった。
暗黒大将軍の言い捨てた言葉にも、ただそう言って笑い返した。
間。
がちゃり、と、鎧がきしみ鳴る音。
出陣の音だ。
例えそこに見送る大観衆が無くとも。
例えそこに守るべき故郷(くに)が無くとも。
武人とは、戦うために在る。
鳴り渡る銅鑼も太鼓の音もいらない、
彼らが誇りとするモノは―常に、彼らの心中に在る!
「それでは…行くぞ、ゴーゴン大公!」
「承知!」


「…」
帝王は、ひれ伏し祈っていた。
その膝を折り、一心不乱に祈っていた。
(我らが神々よ…今こそ、我ら「ハ虫人」に力をお与えください)
恐竜帝国マシーンランドの地下深く、地下深くの階層。
帝王のみしか立ち入れぬ空間。
それは、神殿だった。
「ハ虫人」という種族に連なる神話、それらに謳われた旧き神々を奉る神殿だった。
繊細な彫刻に飾られた壁画の中に、旧き神々の姿が息づく―
帝王は、ひれ伏し祈る。
今から始まる、帝国の存亡をも賭けた戦い。
その戦いに、旧き神々の加護があるように。旧き神々の守護があるように。
(凶悪なる者を打ち滅ぼす力を。邪悪なる者を打ち倒す、正義の鉄槌を我らにおあたえください)
帝王は、こころの中で深く祈る。
自分たちの勝利を、「正義」の勝利を、ただ一心に。
(そして)
伏していた身体を上げ、立ち上がる。
眼前に広がる、自分を取りまく神話の世界。
旧き神々の似姿を前に、帝王ゴールは高らかに叫んだ―
「我ら『ハ虫人』に、再びあのまぶしい太陽の光を!」
その視線は、自然と…壁画に描かれた一人の女神へと向かう。
四枚の大きな羽を背に持った、その美しき異形の女神を見る彼の瞳に見え隠れするものは、憧憬なのか恐怖なのか崇拝なのか憎悪なのか。
美しき女神は、その視線に射られたとて―無言のまま、美しい微笑を浮かべたまま。
そう、神話の世界にて、龍たちを…彼らの祖先を葬り去った時のごとく、美しく穏やかな微笑みを。
「そして、今日こそ―我らは、貴女を乗り越えよう!貴女を乗り越え、あの美しい地上を、我らが手に!」
だから。
だからこそ、帝王ゴールは叫ぶ。
糾弾するように。宣告するように。
そうだ、これから始まる戦いは―他ならぬ、彼女との戦いであるからだ!
かつて彼ら「ハ虫人」を地獄の底に突き落とした、滅びの女神である彼女との―!
「博愛にして冷酷!残虐なる叡智の女神!我らを愛でそして打ち捨てた、破壊の化身―」




「…『滅びの風(El-raine)』!」





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