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◆ 再びたちあらわれる、過去
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「…ちっくしょう、くそッたれがぁッ!」
「…!」
があん、と、激しく両こぶしを叩きつけられたテーブルが鳴った。
ブリーフィングルーム…
そこに集った「仲間」たちは、今まさに炎のごとく燃え上がっている、リョウの憤怒のすさまじさを目にしていた。
「トカゲ野郎どもめッ!懲りもせず、まだあんな薄汚い手を使いやがるってのかよおぉおおおぉぉッッ?!」
「り、リョウ!お、落ち着けッ!」
「…これが、落ち着いていられるってのかよッ、ハヤトォッ!」
とどめるハヤトの手を振り払い、絶叫するリョウ。
燃えたぎらんばかりの彼の怒りは、先ほどから治まる気配すらない。
恐竜帝国を罵り、「ハ虫人」たちを罵り続けるリョウ…
彼の中には、再び同じ愚行を繰り返さんとする卑怯な異種族の「敵」どもへの怒りが、それこそ烈火のごとくに渦を巻き暴れている。
「奴ら、恐竜帝国の奴ら!よりにもよって、また…また同じことを繰り返そうッてんだぜ?!…同じように、俺のクローンを造って!
…また、『兵器』として使い捨てようってのか、『人間』をォッ?!」
「ま、まず、とにかく落ち着きたまえ、リョウ君ッ!」
「…!」
…が、いさめるブライトの言葉で、何とか多少は我を取り戻す。
ともかく罵声を上げるのをやめ黙ったリョウを前に、ブライトが問いかけた。
「…と、ともかく…我々も、まだよく状況がわからない。…だが、とにかく、あれは…エルレーン君と同じく、」
「ええ…恐竜帝国が造った、俺の…クローン、らしいですね…」
「だ、だけど…あの子、エルレーンと全然違ってたじゃないか。…何ていうか、その…」
「わからない…『プロトタイプ』、って言ってたみたいだったが」
エルレーンとNo.0、同じリョウのクローンだというにもかかわらず…そのあまりの気性の差異に困惑しきりの「仲間」たち。
甲児が皆を代表するかのようにそう問うたが、当のゲッターチーム、リョウもそれを理解してはいない。
「あいつ、エルレーンのことを…何て言ってたかな、えっと…」
「『モデュレイテッド・バージョン』とか言ってたっけ」
「…そのことについて、エルレーン君から何か聞いた事はあるか?…もしくは、あのNo.0というパイロットについてでもいいが」
「…」
リョウもハヤトも、力なく首を振る。
そう万丈から聞かれて、彼らははじめて自覚した…それは、遅すぎるくらいであったが。
自分たちは、今までエルレーンとともにいたけれど、その実…彼女自身の過去は、よく考えてみればたいして知りはしないのだ。
恐竜帝国で、半年あまりの時間を過ごしたエルレーン…
彼女は、一体どんな経緯で造られ、どんな事情を背負い生きていたのだろうか…?
「もともと、何故恐竜帝国はリョウ君のクローンを造ったんだ?」
「…以前に、エルレーンから聞いた話のとおりなら…」
ハヤトが、昔彼女の口から語られた言葉を思い出しながら述べる。
「『ハ虫人』は、もともと思考スピードってやつが俺たち『人間』より遅いらしい。
…だから、俺たちに対抗するため、同じ思考スピードを持つ『人間』を、『兵器』として使おうとした」
「それが…エルレーン君。そして…」
「…ええ。…あいつ、のようですね…」
「くそッ、恐竜帝国め…まるきり前とおんなじ手を使ってくるとは、奴さんども、よっぽどにお前が気に入ってるらしいな…リョウ!」
ハヤトがちっともおもしろくなさそうに、ジョークめいたセリフを吐き捨てる。
…そう、それはまったく前と同じ構図だった。
リョウのクローンという少女、「人間」の少女を…自分たちにぶつけてくる。
「兵器」として強化(ブーステッド)されたその戦闘力はオリジナルより高く…自分たちをきりきり舞いさせるには十分。
だが、何より卑劣なのは…同じ種族、同じ「人間」である自分たちを戦わせるということだ。
同種、同じ「人間」どうし…だから、否応なしにその間には何らかの感情が生まれてしまう。
その当たり前の情…
それは、否定も打消しも出来ず…それ故に、自分たちは苦しんだのではないか。
リョウの脳裏に、あの時の情景が揺らめいて消えた。
砕けていく自分を必死に取り繕い、自分たちゲッターチームを殺す、と息巻く。
だが、その精神の破綻がついに訪れ、耐え切れずに泣き崩れる。
末期の血を吐きながら涙を流し、それでも操縦桿を離すことの出来なかった、「兵器」であることから逃れられなかった…
エルレーンの、かつて自分たちと戦った時の、エルレーンの姿が―!
「…ブライト艦長。お願いがあります」
「何だ、リョウ君…?」
「…俺に、」
リョウの瞳の中に、炎が揺らめいた。
「俺に、あいつを…説得する、チャンスをください…!」
その途端、時間が…一瞬止まった気すらした。
「?!」
「な…どういうつもりだ、リョウッ?!」
「…あいつを『敵』として倒しちまう前に!…俺たちの側につくように!俺に、あいつを説得させてくださいッ!」
あがったざわめきで、空気が揺さぶられて波紋を生んだ。
突然のリョウの思いつめたような発言に、どよめくブリーフィングルーム。
「り、リョウ?!」
「?!」
同じゲッターチームのハヤトもベンケイも、唐突な事を言い出すリョウに混乱の兆しを見せている…
「り…リョウ君ッ、正気なのか?!」
「ええ!俺は、本気です…俺は、あいつと戦いたくない!」
顔を強張らせ問い返したブライトに、一瞬の惑いすらせず彼は言い放った。
「し、しかし…!」
「あいつは…あいつは、No.0は、エルレーンと同じなんです!」
「!」
彼の口から放たれた、あの少女の「名前」…「エルレーン」という言葉に、誰もがはっとなる。
瞬間、誰もが自分の頭の中で、No.0とエルレーンの姿を重ね合わせた…
あの邪悪な少女の狂笑に、無邪気な天使の微笑みを。
それは一瞬だけ、奇妙な感覚をもたらす…
あのNo.0も、本当はエルレーンのような少女なのかもしれない、という発展した思考。
それは、同じ顔、同じ姿が連想させるただの希望的推測、錯覚に過ぎないのだが…だが、それでも、彼らのこころの中にいくばくかの隙をつくりはする。
反論の言葉が飲み込まれた。皆、リョウの言葉に黙って聞き入る。
それを知ってか知らずか、リョウは、なおも彼女の物語を語る…
「あの『ハ虫人』どもに手前勝手に造られて、俺たちにぶつけるためだけに造られて…徹底的に冷たくあしらわれてた!
…そして、結局それは最後まで!エルレーンは、ただの『兵器』として、使い捨てにされたんです!」
「…」
「そんなトカゲ野郎どもが、あのNo.0を『仲間』として扱ってるはずが無い!
かわいそうに…きっと、あいつは!…あいつは、『ハ虫人』たちに冷たい目で見られて、苦しんでるんだ!」
「…」
「あいつは『人間』だ…俺たちと同じ、『人間』なんです。だから、あいつはあんなトカゲ野郎どもとじゃなく、俺たち『人間』と一緒にいるべきなんだ!」
「…」
「俺たちは…俺たちは、結局エルレーンと戦わざるを得なかった。…俺たちは、エルレーンを救えなかったんです」
ふと、リョウの顔に影が差す。思い起こしたのは、あの過去の悲劇…
お互いがお互いの事を思いながら、それでも結局は殺しあった、殺しあわざるを得ない状況にまで追い込まれた悲劇を。
そして、今…再び目の前にたちあらわれるのは、その過去とまったく同じ状況なのだ…!
きっ、とリョウの目つきが鋭くなる。万感の決意を込めて。
「…だけど、今度こそは!今度こそは、同じ過ちを繰り返さない!俺たちは、戦う必要なんてないはずなんです!」
「り、リョウ君…だが、」
「ブライト艦長…!…戦う必要の無い相手とまで、俺は戦うつもりはありません!」
「…!」
間髪いれず言い返す。ブライトに言葉を継ぐ隙すら与えずに。
「俺は…救ってみせます、No.0を。…今度こそ、絶対に…俺は、救ってみせます!」
リョウはそう断言した。きっぱりと自信を持って。
それ故に、その何の確証もない彼の言葉の説得力の無さは、隠れてごまかされ、表からは見えなくなってしまう。
そして、彼はこういう文言で…己が信念と思い込みと断定に虚飾された文言で、セリフを締めくくった。
「あいつは、俺のクローン…『妹』みたいなもんなんです!あいつは、俺の『敵』なんかじゃないッ!」
「…」
「そうだ…エルレーンと、同じように…!」
力説するリョウ、その意気に誰もが押されている。
皆、戸惑ったような、困惑したような表情で、どうしようもなく…ただ、ぼんやりと彼の主張を聞いている。
「り、リョウ…お前、」
「ハヤト!お前もそう思うだろう?!」
「…!」
惑うハヤトの言葉の先に、リョウの呼びかけが覆いかぶさった。
驚くくらいに、熱情のこもった口調で。
「俺は、今度こそ、救ってみせる…そうだ、ハヤト。…俺たちが、あいつを救うんだ!」
「…」
その瞳は、あの光でぎらついて見えた。
時折彼が見せる、どんな困難すらも貫き通してしまうような強烈な意思と感情の光…
もう、無理だ。
ハヤトは瞬時に、そう悟る。諦念が彼の中を埋めていく。
こうなってしまった時のリョウは、もう誰の言う事も聞かない。自分の思うままに突っ走っていく。
そう、あの時だってそうだった…エルレーンと最後に戦った、あの時だって。
「あ、ああ…」
だから結局、ハヤトも…そう弱々しげに答える以外なかった。
もはや、誰も正面きって彼に反論しない。
戦う必要の無い相手だから戦わないし、自分たちは、同じ「人間」である彼女を冷酷な「ハ虫人」の手から救いだしてやるべきだ、というリョウの主張。
その主張は、非の打ち所も無いくらいに高潔で、美しく、そして正しかった。
そして…正しいが故に、誰も反論できない。
抗弁の言葉など口には出来ない…
いくら、理想に走る彼に一抹の危うさを感じていても、そして何より、あの「かわいそう」と彼が言う少女…あのNo.0の異様なまでの凶悪さに戦慄を抱いていても!
「リョウ…」
ベンケイは、他の「仲間」たち同様…そんなリョウを見ていた。
どこか遠くを見るような、他人事を見ているような醒めた目で。
ベンケイは…リョウが救おうと望んでいる、あの少女…No.0の姿を、ふと思い起こした。
途端、彼の背筋に…あの時感じたモノとまったく同じモノが気色悪く駆け上がっていく…
それは、怖気をふるうような嫌悪感に他ならなかった。
そして、それは…かつて、エルレーンに対して感じた「何か」に、どこか似ているような気がした。


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