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◆ 不協和音
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「エルレーン!お前、何てことしやがるんだ!」
「…!」
格納庫の中に、ハヤトの大声が響き渡った。
十分な広さのある格納庫に、その怒気をはらんだ彼の責め言葉はこもりながらも響き渡っていく…
思わず、格納庫内にいる「仲間」たちの視線が、一転に集まる。
…格納されたゲッタードラゴンの足元、その前で…二人のパイロットが対峙し、お互いをにらみ付け合っていた。
ライダースーツを着込んだ、長身の青年…ゲッターチーム・ジャガー号・ゲッターライガーパイロット、神隼人と。
そして、パイロットスーツを着た…リョウのパイロットスーツを着た少女…たった今、ドラゴン号・ゲッタードラゴンを操り、己の「妹」、No.0と死闘を繰り広げた、エルレーンの姿だった。
エルレーンを見るハヤトの目には、どうしようもないやるせなさがある。
…そう。彼女のとった行動で、結局自分たちの思惑は大きく砕け去ってしまったのだから!
「何故だ?!何故、No.0を殺そうとしたッ!」
「…そんなの、決まってるよ!あれが、リョウを傷つけたからッ!」
「だがよ!俺たちが何をしようとしてたか、お前にはわからなかったのか?!」
エルレーンは、ハヤトをやはり真剣な目で見返しながら…負けないぐらいの大声で間髪いれず言い返してきた。
いつになく強硬な彼女に、ハヤトは怒りを感じながらも、それを何とか押さえつけ…彼女に、自分たちはNo.0を殺すつもりはない、ということを繰り返す。
「…俺たちは、No.0を説得しようとしてたんだ!…だけど、お前があんなことをしちまったら、あいつはますます態度を硬化させちまうじゃねえか!
リョウが必死でやってきたことを、お前は一瞬でダメにしちまったんだぞ?!」
「…!」
「エルレーン…!…この前も、俺は言ったな?!今のお前は、昔のリョウと同じだ!お前は、昔の自分と同じ立場になってるNo.0のことを、本当に何とも思わないのかよ?!」
「…」
「お前は、恐竜帝国で苦しんでいたんじゃなかったのか?!トカゲ野郎どもに冷たくあしらわれてよ…!」
必死でハヤトは言い募る。
エルレーンの中に、No.0に対する哀れみを、慈悲を、憐憫の情を呼び覚まそうと。
No.0は昔のお前と同じなのだ、そんな彼女を哀れむことすらできないのか、と。
「…No.0が何て言ってたか、お前は知ってるか?!…あいつはな、『自由』になるために、真・ゲッターに乗って俺たちを倒そうとしてるんだ!
…俺たちを、ゲッターを倒せば『自由』にしてやる…そうガレリイの野郎から『約束』されてよ!」
「…」
「No.0も、お前と同じなんだ!あいつは、恐竜帝国を逃げたがってる…あの場所で、苦しい思いをしてるんだ!…エルレーン、昔のお前だって、そうだったろう?!」
「…だけど、ッ!」
エルレーンは、ハヤトの説得をさえぎり…再び口を開いた。
「?!」
「けど!…あれは、リョウを傷つけたじゃないか!リョウは、あれを、助けようとしたのに!」
「…!」
「リョウが一生懸命呼びかけても、それを無視して…しかも、あんなことまで!…あんな『バケモノ』、すくう必要なんて、ないッ!」
「え…エルレーンッ?!」
はっきりとそう言いきったエルレーン。だが、ハヤトの困惑も無視して、彼女は一気呵成に言い放つ。
「前も言ったよね、ハヤト君?!…あのプロトタイプはね、マシーンランドを壊して、『ハ虫人』をたくさん、たくさん殺したんだ!…だから、処分されたんだ!
…そんなことやるくらいなんだ、あれは完璧に壊れちゃってるんだ!
…だから、やさしいリョウのこころなんて、あれには全然わからないんだよッ!」
「?!…だ、だがよ!」
エルレーンはなおも怒鳴り続ける。その様は、普段の可憐でおっとりしたところなど微塵も垣間見えず…
その透明な瞳に、憎悪と殺意をみなぎらせているエルレーン…その彼女の、剣呑な表情。
先ほどの戦いのとき、No.0に向けていたような。エルレーンを嫌悪していたかつてのリョウのような。
「私は殺さなきゃならないんだッ!…あれを、No.0を!あれは、リョウを傷つけた、リョウの『敵』ッ…!
…リョウたちの『敵』なんて、私が…みんな、みんな、殺してやるんだッ!!」
「エルレーン!いい加減にしろッ!」
ハヤトは大声上げて怒鳴り返した。
その血を吐くような決意、残酷で硬く強い意志、猛るエルレーン…そんな彼女の言葉をそれ以上聞いていたくなくて。
エルレーンは、その怒号にかすかに身を震わせたが…それでも、彼女はひかなかった。
「ハヤト君ッ…?!…どうして?!どうして、あれをすくわなきゃいけないの?!あんな『バケモノ』を、リョウの『敵』を…どうして、ハヤト君はかばうのッ?!」
「馬鹿野郎!お前こそ、どうして…どうして、リョウの気持ちがわからねえんだよッ…?!」
「…!」
「リョウは、No.0を…昔のお前のように、あんなひどい目にあわせたくないんじゃねえか。
…昔、お前がどれほど苦しんでたか、知ってるから…
だから、あいつは、今度こそ、って思ってよ…」
ようやく黙り込んだエルレーン。うつむいたまま、ハヤトの言葉を…リョウの願いを聞いている。
その神妙にしている様を見て、やっと理解してくれたのか、と思いかけたハヤト…
だが、それは彼の甘い望みにしか過ぎなかった。
「…」
「エルレーン…わかってやれよ、リョウの気持ちをよ…!」
エルレーンは、ハヤトの言葉を確かに最後まで聞きはした…が、その一瞬後。
彼女は、顔を再び上げ…ハヤトに、なおもこう言い放ったのだ。
己の信念を。己の判断を。それらを、全て己の義務として。
「…でもッ!…あれは、『敵』じゃない!だから、殺さなくちゃいけないんだッ!」
「…〜〜ッッ!」
努力が一瞬で水泡に帰す、嫌な脱力感。無力感。
一挙に全身を襲うその虚脱感に、意識せず沈痛な吐息が漏れ出でる。
「…エルレーン…!」
ハヤトの喉から、とうとう彼女を説得するに値するだけの言葉が出てこなくなった。
ただ、彼がうめくように発したのは、彼女の「名前」だけ…!
「これだけは忘れないでくれ、エルレーン…」
だが、半ばあきらめながらも、それでもハヤトは言葉を継いだ。
少しでも、彼女のこころを変えるために…彼女の最も愛しているであろう、彼女の分身のことを、あえて口にして。
「あの時、お前を救ったのは…『敵』だったはずの、リョウだったってことを」
「!」
「俺も、ムサシも、あきらめちまったのに…リョウだけが、お前を最後まで救おうとした!…『敵』だったはずの、お前を救ったんだ!」
「…」
「だから、エルレーン…!」
そのハヤトのせりふを最後まで聞く前に、エルレーンは駆け出していた…
格納庫の入り口まで、ぱあっと駆け抜けていく。
「あっ…!」
「…ハヤト君」
入り口のところで、立ち止まる。
ハヤトのほうを振り向かぬまま、エルレーンは、小声で…だが、はっきりと、こうつぶやいた。
「…私、…リョウじゃない…」
「…!」
「私、リョウじゃない…リョウに、なれなかった」
「え、エル…」
「だから私、やさしくない。…リョウみたいに、やさしくは…なれない」
戸惑うハヤトの呼びかけもさえぎり、エルレーンは言葉を継ぐ。
「お、おい…!」
「…ハヤト君。…ハヤト君が、そんなに言うなら…私のほうからは、あいつを殺さないことにするよ。…でも」
エルレーンは背を向けたまま、仕方がない、とでも言うようにこうつぶやいた。
…だが、すぐさまその口調に静かな憎しみと怒りの色が入り混じっていく…
「また、あいつが…No.0が、リョウを…ハヤト君や、ベンケイ君を、殺そうとしたら。…その時は!」
ハヤトを見返り、彼女は真顔で宣言した。きっ、と、ハヤトに視線を投げて。
その視線は、何故か…恐ろしい冷たさを持っていた。
あの時のような、超然とした冷たさだった。
No.0に「49人の自分を殺した」と非難された時、何の動揺もなく「それがどうした」と問い返した、あの時のような…
「…その時こそ、私は…あいつを、殺してやる…!」
それだけ言い残し、彼女は再びきびすを返し…あっという間に、格納庫から去っていた。
彼女の足音だけが、かすかに反響して残っていく。
「エルレーン!」
「ハヤト!」
「?!…ベンケイ?!」
それをとどめようとしたハヤトの背に、誰かが強い口調で呼びかける。
振り向くと、そこにはベンケイ…今まで二人の会話を、ただ黙って、じっと…だが、注意深く聞いていた彼がいた。
彼は、思いつめた表情で…ハヤトに向かって、はっきりとこう言った。
「俺は…はっきりいって、エルレーンの言ってることのほうが正しいと思ってる」
「?!…お、お前、何言ってるんだ?!」
「俺も、あの…No.0を説得しようってのには反対だって言ってるんだ!」
「な…?!」
思いもしない、「もう一人のゲッターチーム」の反逆に…ハヤトは一瞬、言葉をまったく失った。
だが、何とかもつれる舌を動かし…彼の真意を問い返す。
「べ、ベンケイ…?!」
「…ハヤト。俺は…正直言って、ぞっとした。…あいつ、尋常じゃねえ。とてもじゃねえが、俺たちの話が通じるような相手じゃねえよ」
それに比べ、ベンケイは実に落ち着いている。
平静に、実に平静に、彼はNo.0が自分たちの手に負える存在ではない、ということをハヤトに指摘していく。
「そ、そんなことは…」
「ない、なんて言えるのかよ、ハヤト!…現に、あいつがリョウに何をした?!」
「…!」
「それに…あの、目。とんでもなく、冷酷な…あいつはリョウでも何でもない。あのNo.0は、リョウの形をしちゃあいるけど、まったく別のモノなんだ!…そう、まるで…」
ベンケイの声色に、恐れと嫌悪がこもった。
「『バケモノ』みたいだったじゃねえか!」
「?!…て、てめぇッ!」
それを聞くハヤトの表情に怒りが浮かび上がる。すぐさま、ベンケイに詰め寄っていくハヤト。
「…」
しかし、意気上がるハヤトを前にするベンケイの表情は、…揺らがない。
彼は、真顔で…いや、なぜか、哀しそうな表情を浮かべ、ハヤトをまっすぐ見ていた。
「…べ、ベンケイ…?!」
「…なあ、ハヤト。…お前やリョウにゃ、やっぱり見えちゃあいねえんだな…」
「な、何がだ…?!」
「…見ろよ」
「え…?!」
促され、頭を巡らすハヤト。
…言い争う自分たちの周りを取り囲む、「仲間」たち…彼らの視線が、自分たちに集中している。
「…」
「わかるか、ハヤト。…お前なら、わかるよな。頭のいいお前なら」
いいや、違う。
彼らの視線…それは、力と意味を持つ声でない言葉…は、「自分たち」に集まっているのではない。
…それは、たった一人に集中していた。
ベンケイではなく、自分に。
困惑とやるせなさ、怒りと同情、悲しみとあきらめ…その全ての混ざりこんだ、だがあきらかに非難の色を帯びた音なき言葉は、全て自分のほうを向いていた。
思わず、ハヤトは息を呑む。
「…」
「そうだ…ハヤト。…ここにいる、みんなも」
言葉を失った、そしてようやく理解したハヤトに…ベンケイは、それを代弁するかのように、穏やかに言った。
「…みんなも、俺と同じように思ってる、ってことさ…」
「…」
「お前だって、本当は思ってるはずだ。No.0が異常だ、ってこと。まともじゃねえ、ってこと。
…お前とリョウは、それを分かっていながら、自分で自分をごまくらかそうとしてるだけなんだよ。
No.0が、エルレーンと同じ…リョウのクローンだから。…だから、エルレーンと同じだ、って思い込もうとしてる」
ベンケイの言葉を、ハヤトは無言のままで聞いている。
反論できる余地はなかった。
ベンケイの言葉は、自分の内心の惑いをはっきりとついていた。
「…だけど…」
だが、それでも。
次に吐かれたベンケイのせりふは、それをそのまま聞き過ごせるほど穏やかなものではなかった。
ベンケイは、ゆっくりとため息と共に…己の絶望を、言葉にして吐き出した。
「…ひょっとしたら、エルレーンも…結局は、あのNo.0と同じ…まともじゃない、のかもしれねえがな」
「?!…ど、どういうことだッ?!」
エルレーンを蔑む、思わぬ「仲間」の残酷な言葉に…かっと怒りの感情がわく。
がっ、と、ベンケイの襟首をつかみあげ、にらみつけるハヤト…
一気に緊迫した空気。ざわめく「仲間」たち。
…だが、ハヤトに吊り上げられていながらも…ベンケイは、何の抵抗もしていなかった。
ただ。
ただ、彼はハヤトを見下ろしている…何か哀れむような目で。
「…」
「…べ、ベンケイ…?!」
その不可思議な視線に、ハヤトの怒りがかき消されていく。
まるで自分を同情しているようなベンケイに、ハヤトは困惑せざるをえない…
ベンケイをつかんだ右手から、みるみるうちに力が失せていく。
そして、とうとう彼を放してしまう。
ハヤトから解放されたベンケイ。彼はなおもハヤトを哀れむような目で、まっすぐに見つめながら…静かに、己の心中、己の真意を告白した。
「…お、俺は、はじめて…エルレーンにあった時、思ったよ。…リョウのクローンだって言うけど、どっかふわふわした…とろい、でも素直なかわいい女の子だって。
…だから、あいつが『兵器』だったなんて…にわかにゃ信じられなかった」
彼の声色が、失意に沈んだ。
「けど、…戦ってる時の、エルレーンは…」
「…」
「さっきだってそうだ。…エルレーンの奴、まるで壊れちまった機械みたいに、『<敵>だから殺さなきゃいけない』ってよ…
あいつも、やっぱりどっか…おかしいんだよ。何か、大事な部分が…イカれちまってるんだ」
「ベンケイ、てめぇッ!」
その残酷な、突き放したようなベンケイの態度に、さすがに激昂するハヤト。
…だが、ベンケイはハヤトに臆することもなく、きっぱりと言い返す。
「…でも、エルレーンは…少なくとも、味方だ。…俺たちの『仲間』だ。…だけど、No.0は違う!」
「違う、だと?!…いいや、そんなことはないッ!…昔みたいに、エルレーンの時みたいに!…俺たちは、No.0を…」
「ハヤト」
何故か、ベンケイは薄く微笑いながらつぶやいた。
…それが、どこか自嘲とあきらめの響きを伴っていたように聞こえたのは、果たしてハヤトの気のせいだろうか。
「…俺は、その『昔』を知らねぇんだよ…」
「…!」
「だからよ、余計に…そうは思えねえんだよ。お前やリョウは違うんだろうがな…」
「…」
そう、彼は知らない。『昔』を知らない。
恐竜帝国という『敵』との激しい戦い…その戦いすら、ベンケイは知らない。
三人の中で、ただ一人、遅れてきたゲッターチームメンバー。
それが、彼だった。
ハヤトの胸に、ようやくその事実がしっかりと沈む。
だからこそ。
だからこそ、No.0に対する彼の見方は、率直で何の歪みもない…何のバイアスもかかっていない。
…そして、自分たち以外のプリベンターの「仲間」たち…彼らもまた、ベンケイと同じだということも。
自分たち、自分とリョウだけなのだ。
あのNo.0に対して、「救おう」などという感情を持っている、持っていられるのは。
そうだ…むしろ異常なのは、自分たちなのだ。
「…ともかく、俺は…賛成できない」
「ベンケイ…!」
「『<敵>だったら、必ず殺す』って言うエルレーンにも、正直賛成しかねるけどよ…だけど、No.0に関しちゃあ、あいつの言い分のほうがマシに思えるぜ」
最後にそれだけ言い捨てて、ベンケイはその場をあとにした…
その後姿にかける言葉すら出てこず、ハヤトはそれを見送るしかなかった。
後に残るのは、ハヤト。
彼の周りを取り囲む「仲間」たちは、何も言わぬまま…何も言えないまま。
ある者は視線をはずし、ある者は心配げにハヤトの様子を伺ってはいるが…あえて彼に声をかけようとする者は、誰もいなかった。
「…くそッ!」
「…」
があん、という音。
どうしようもないフラストレーションをはらそうとでもするかのように、ハヤトはゲッタードラゴンの足を蹴り上げた…
うつむいた彼の口から、罵りの言葉がついて出る…どうしようもない、やるせなさと惑いに満ちた言葉が。
その罵声すら、誰の何の反応も生まず…彼の苦悩のカタマリは、ただ格納庫に静かに霧散していった。
「…くっ、リョウさんよ…!のんきに眠ってる場合じゃ、なさそうだぜ…!」
彼が最後に漏らしたのは、弱音が混ざった、そんな皮肉。
自分たちゲッターチームのリーダー、今はエルレーンの中で眠れる「仲間」。
ばらばらになっていく自分たちのこころを、そのつくろいきれないほころびを…知らぬままでいる、ゲッターチームのリーダーに対する…


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