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◆ フクソウキテイ。
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ゆっくりと、その瞳が見開かれる。
ぼんやりしていた視界がだんだんとはっきりしてくる…
そこは、リョウの私室。
身体を起こすと、自分がベッドにもたれかかっていたことがわかる。
「…」ゆっくりと伸びをして、まだ覚めきらない身体を目覚めさせようとする…
そして、ぱちぱちとまばたきすると、ようやく意識のはっきりした彼女…エルレーンは、さっそく行動を開始した。
…まずは、自分のバトルスーツに着替えなくては。
彼女はリョウが身にまとっていた服をばさばさと脱ぎ、部屋の片隅におかれたあのバトルスーツに手を伸ばした…

「ハヤト君…ベンケイ君…」ふらふらと廊下をさまよう少女。
エルレーンは不安げな表情を浮かべ、ハヤトとベンケイを探している…
着替えを済ませてすぐ、隣にある彼らの部屋を訪ねたのだが、彼らはそこにはいなかった…一体どこにいるのだろう?
ゲッターチームの彼らがいないととてつもなく心細いらしく、少し泣きそうにもなっている。
…と、彼女の後方、曲がり角を曲がってやってきた二人組がいる。
兜甲児と、葵豹馬の二人だ。
「?!」目の前をふわふわと歩いている人影を見た瞬間、彼らは一瞬ドッキリしてしまった。
…すさまじく露出度の高い、女っぽい格好をした、ゲッターチームのリーダー・流竜馬…?!
「身体は『女』でも心は『男』だ、と言っていたにもかかわらず、何故?!」といった思いが一挙に彼らの胸に飛来するが…
ようやくそのことに気づき、はっとなる。
あれは、リョウではない。
…彼の中にいる、もう一人の少女…
「!…エルレーン、か」甲児がぱんっ、と手を打ち、その名を口にした。
「…やっぱり、あの格好…見慣れないからドキッとするぜ」豹馬もうなずきながら、そんなことを言った。
…確かに彼の言うとおり、今目にしているエルレーンの格好は、度肝を抜くほど派手でセクシーすぎる。
黒いビスチェ、黒いショートパンツ。その合間に見える、細いウエストにすらっとした足。
手先と足先にはガントレットとショートブーツ…
そして、それ以外の部分からは、彼女のなめらかな柔肌がさらけ出されている。
…これが普段着(らしい)と言うことを考えると、ヘタな水着などよりよっぽどセクシーかもしれない。
普段のリョウはまったく「男」として振舞っているだけに、そのギャップ、それが他人に与える衝撃はすさまじいものがあった…
だが、明らかに彼らはそれがお気に召しているようだ。
…やにさがった彼らの顔が、それを如実に物語っている。
「へへ、でも…本当にいいケツしてんな、こうしてみると」甲児が正義のヒーローらしからぬセリフをにやにや笑いながら口にした…
その視線は、目の前を歩くエルレーンのショートパンツにロックオンされている。
きゅっと引き締まったヒップが、彼女の歩みにあわせてゆらゆら揺れる…
「あ、さやかが聞いたら怒るぜ〜」
「俺、ちょッくらあいさつしてくらぁ!」…と、甲児はそう言うなりぱっと廊下を駆け出した…
「よう、エルレーン!元気?!」そして、エルレーンのおしりをぽんっ、となであげた!
…豹馬はあっけにとられたような、しかしどこかうらやましそうな目でそれを見ている。
「…?」…おしりを触られたエルレーン。
だが、彼女は怒るでも恥ずかしがるでもなく、不思議そうな顔で甲児のほうをふりむいた…
「へへ…ん、んん…?」にやにや笑って彼女の反応を待っていた甲児だったが、どうも様子がおかしいことに気づく…
エルレーンは、真顔で自分のほうをまっすぐ見つめている…
男にこんなことをされた女なら、普通かんかんになって怒るか、それか「もう、嫌ねえ」などと言って困ったりするものなのだが…
その視線の意図が読めず、戸惑う甲児。
「甲児君…?」
「お、おお…な、何だ…?」
穏やかな口調で呼びかけるエルレーンに、困惑しながらも答える甲児。
だが、次に続くエルレーンの質問は、彼の想像の範疇をはるかに越えていた。
「どうして、私のおしりを触るの…?」
エルレーンは真面目な顔をして、そう問いかけた。
「?!…え、えっと…」一瞬、驚きのあまりに甲児の目が点になった。
それを聞いた豹馬もぽかんとした顔をしている…
「どうして…?」だが、エルレーンはふざけてなどいない。
真剣に、甲児の行為の意味を問う。
「そ、その…」問い詰められ、口をにごす甲児…
「どうして」と問われたところで、どう説明しろというのだろう?
「さわりたかったから」というか、「ほんのコミュニケーション」というか…まさか、こんないたずらに説明を求められるとは思わなかった。
…しどろもどろになった甲児が、何とかそれでもひねり出した答えは…
「!…あ、あいさつだよあいさつ!」
「…『あいさつ』?…これ、『あいさつ』なの?」
「そ、そーだよ?!うん、そう!」声を動揺で上ずらせながらもそう抗弁する甲児…
自分で言いながら、何度もうなずいている。
嘘をつくとき、人は多かれ少なかれ声色が高ぶるものだ。
「ふうん…!…!」…が、エルレーンがそのとんでもない抗弁の嘘を見抜けるはずもなかった。
どうやら本当に信じ込んでしまったらしい…
その時、廊下の向こうに二つの人影があらわれた。
…それは、捜し求めていたハヤトとベンケイ、ゲッターチーム…!
彼らの姿を認めると、エルレーンはにこっと微笑み、彼らの後ろに駆け寄って…
さっそく、今教わったばかりの『あいさつ』を実行した。
「…ひさしぶりなの、ハヤト君、ベンケイ君ッ!」
「うわあッッ?!」
「きゃああぁあぁッ?!」廊下に二人のすっとんきょうな叫び声が響き渡った。
エルレーンになであげられたおしりを抑えて飛び上がるハヤトとベンケイ…
真っ赤になってふりむいた彼らの目に映ったのは、にこにこと笑う、あのバトルスーツを着たリョウ…エルレーン!
「え、え、え、え、…」
「エルレーンッ?!…な、何しやがるっ?!」
「えー?…『あいさつ』だよぅ」
真っ赤な顔で自分に怒ってくる二人を不思議そうな目で見ながら、エルレーンはしれっと言った。
「あ?!」
「『あいさつ』〜〜〜?!」
「おしりを触るのはー、『あいさつ』なんでしょ?…さっき、甲児君が私にそうしたの!」笑ってそう説明してやるエルレーン。
先ほど甲児に言われたことを、そのまま繰り返す…
「?!」それを聞いた途端、ハヤトの目がぎらりと光る。
…そして、この騒ぎからそっと自分だけ逃げようとしていた甲児につかみかかった。
「こ、甲児、貴様ッ!」
「うわ?!…ご、ごめん、ハヤトッ!」ハヤトに襟首をつかまれ、間髪いれず謝る甲児…
さすがにちょっとは彼女に悪いと思ったのだろうか。
「てめえ、何て事をエルレーンに教えやがった?!…ていうか、お前エルレーンに何してんだ?!」
「す、すいませんほんの出来心なんですッ!か、か、軽い冗談なんだって!」
「冗談って通じてねえじゃねえかッ!エルレーンは本当に知らねえんだよッ!てっめえ…危うくエルレーンが痴女になっちまうところだったじゃねえかッ!」
ハヤトはがくがくと甲児を揺さぶり、怒鳴りつける…本気で彼は怒っている。
それはそうだろう。何も知らない女の子に恐ろしいことを「あいさつ」と称して教えたのだから。
その怒りっぷりが普段の彼からは見られないほど激しかったので、豹馬は甲児の苦境を見てみぬふりを決め込むことにした。
「ごごごごごごめん!だだだだ、だから揺さぶるなって!」
…だが、当のエルレーンはハヤトが怒る理由がわからず、きょとんとした顔で二人を見ている。
そして首をかしげながら、かたわらのベンケイにそれを問うた。
「?…ねえ、ベンケイ君…どうしてハヤト君、怒ってるの?」
「…甲児の奴がエルレーンにろくでもないこと教えたからだよ」
「?」
「あれさあ…『あいさつ』っていうか、その…セクハラなんだよな」
「『せくはら』?」またわからない言葉が出てきた。
「う、うーん…と、とにかく、やっちゃいけないことなんだよ」
いちいちその新語を説明するのもめんどくさいと思った彼は、そう言って話をまとめようとした。
「!…むー、甲児君の嘘つきぃ!」…と、それを聞いたエルレーン。
今教えられたことが嘘だとわかり、ぷうっとふくれて甲児に怒る。
「ご、ごめんエルレーン…はは」
「そうだエルレーン、だからもう二度とあれやるんじゃねえぞ!」甲児をギリギリとしめあげるハヤトも、ふりむきざまにそう釘をさす。
「うん、わかった!」
「そうそう、そんで、もしそんなことやってくる奴がいたら…」それに付け加えるベンケイ。
彼は、いたずらっぽい顔をしながら、軽い口調でこう言った…
「…思いっきり、蹴っ飛ばしてやんなよ!ははは!」そしてけらけらと笑う。
「…うん!」エルレーンはその言葉に、にこっと笑ってうなずいた。
その時だった。廊下の真ん中でそんなことをわやわややっていた彼らの背後に、いくつかの人影があらわれる。
つい先ほどまで機体の整備を終えたばかりのコウ・ウラキとチャック・キース、それにベルナルド・モンシアだ。
「…ん?何やってるんだ、みんな?」気さくに問い掛けるコウ。
なんとも言い返せず、あいまいに笑い返す一同。
…と、モンシアの目に、大変彼好みの格好をしたリョウ…エルレーンが映る。
そのセクシーな格好ににやっと笑い、すうっと彼女の背後に回る。
「…相変わらずすっげえ格好してやがんなぁ!ひゃははは!」
そして、こともあろうにモンシアはその右手をすっと伸ばし…エルレーンのおしりをぽんっと触った!
…彼は、彼なりの軽いジョークのつもりだったのかもしれない。
だが、それはたった今「やってはならないこと」となったことを彼は知らなかった。
「…!!」自分のその場所に触れられた瞬間、彼女の表情がかちっと強張った。
その時、ベンケイはエルレーンの瞳がぎらりと冷たく光るのを確かに見た。
彼女は、くるりと振り向き、そして…

今教わったとおりの行動を、忠実に実行した。

「…で?」
「だからぁ」騒ぎを起こした張本人として、ブリッジに呼び出されたエルレーンたち。
頭を抱えながら説明を求めるブライトに、エルレーンは腰に手を当てて教わったことを繰り返して言う。
「人のおしりを触るのはー、『あいさつ』なんだけど、それは『せくはら』で、やっちゃいけないことなの。…で、もし、誰かが私にやってきたら…」
そこで言葉を一旦止め、ハイキックをするエルレーン…ひゅんっ、と空を切る彼女の右足。
「思いっきり、蹴っ飛ばす…の!」ぴたり、と空中でその足を止め、そう彼女はしめくくった。
彼女の言葉に、ブライトは微塵の悪意も感じることが出来なかった…
エルレーンは、まさしく教わったそのとおりに、自分のおしりに触ったモンシアを壁に蹴り飛ばしたのだ。
顔面から壁にぶち当たったモンシアは意識も吹っ飛び、慌てたコウとキースによってすぐさま医務室に運ばれた…
「な、なるほどね…ふむ、モンシア中尉が医務室に運び込まれた理由はわかったよ。…まあ、自業自得ともいえなくはないが…それにしても、エルレーン君」
「なあに?ブライトさん」鼻にかかった、甘えたような子どもっぽい口調で問い返すエルレーン。
その邪気のなさに気圧されながらも、ブライトは何とか注意すべきことは注意しようとする。
「いくらなんでも、やりすぎではないのかね?…モンシア中尉はなんでも壁に蹴り飛ばされた衝撃で、全治一週間の怪我を負ったというではないか」
「えー、でも、思いっきり…」
「き、君の『思いっきり』は強すぎる!もっと手加減してやればいいのに…」
確かに、セクハラ行為に及んだモンシアは悪い。
しかし、全治一週間の怪我を負わせるほどキツイ報復をかまされたのでは、さすがに彼も浮かばれまい。
「…そうだな、君も女の子なんだから…せめて、ビンタ程度にしておくほうがいいだろう」…と、ブライトはエルレーンにそう言ってやった。
「?…『びんた』?」
「平手打ちのこと」
「!」彼の説明で、その「ビンタ」なるものが何かわかったらしいエルレーン。
にこっと微笑った彼女…
そして、彼女は自分が取るべき行動がそれで正しいかを確かめようとした。
「えいッ!」
ばっちーーーーんっ!!
「ぐはぁッ?!」
「?!…ぶ、ブライトさーんッ?!」いきなりエルレーンに頬を張られ、ブライトは派手な音を立てて床にすっころんだ!
とんでもない光景を目にしたハヤトとベンケイが、慌てて駆け寄って助け起こす。
「え、エルレーンッ?!」
「こんなカンジ?こんなカンジでいーい、ブライトさん?」が、当の本人はいたって無邪気なものだ。
こんな感じでいいのかと、ぶたれたブライトに確認しようとする。
「ぶ…」
「…?…ブライトさん?」
…と、ぶたれた左頬を抑えながら、半身を起こすブライトが何事かをつぶやいた。
彼は、エルレーンをきっとにらみつけ、思わず「あの」セリフを口にした。
「ぶったね?!…親父にも殴られたことないのにッ?!」
「?!…そ、それはなんか違ってますブライトさん〜ッ!」
みんな知ってる「あの」セリフ。ベンケイは我慢しきれずすぐさまつっこんだ…
しかし、エルレーンはそのギャグがわからないのでぽかんとしているのだが。
「コホン…んー、まあ、それはそれとして」立ち上がったブライト…ギャグが多少すべったせいか、顔が赤い…
彼はせき払いを一つし、また真面目な顔に戻ってエルレーンに諭すように言う。
「エルレーン君…以前の時も私はいったが、今回のことも…君のその格好が一因のように思えるのだが」
「?」
「…あー…その、だね…年頃の女の子がそんな格好でうろうろしてるのは、何かと問題なのではと…と、特に若い男性には刺激が強すぎる」
ブライトは、頭をかきながら、口ごもりながらもなんとかそういう…
彼の視界に、改めて映るエルレーンの姿。
胸部を覆うビスチェと、太ももの真ん中あたりで断ち切られたショートパンツ。あとはガントレットにショートブーツ…
その他からは、彼女の白い柔肌がさらけだされている。
きゅっとしまったウエスト、おへそがでているのがなんともなまめかしい。
彼女が動くたびに、そのビスチェのすきまからは見えそうで見えないその部分が、あやうくちらりとのぞきそうになる…
そのぎりぎりさ加減がまた魅惑的だ。
…スレンダーなその身体は魅力に満ちあふれ、その格好は彼女のセクシーさを加速させる要因になっている。
普段の「流竜馬」とのギャップに、誰もが驚き…女はあっけにとられ、男はやにさがる。
そしてさらに積極的(?)な男は、モンシアのような目にあうというわけだ。
「…?」彼の言う意味がわからないらしいエルレーン。
小首を傾げて不思議そうにしている…
「だ、大体、ハヤト君!君はどうして止めないのかね?」
その有様を見て、ブライトはエルレーンを説得することをあきらめ、今度は「保護者」にその矛先を向けた。
「いや…どうして止めないのか、といわれても…」しかし、そういわれたハヤトも、頭をかきながらそう言うのみ。
「き、君は何とも思わないのか?!」
「…」そう言われたハヤト。改めて、目の前のエルレーンの格好をまじまじと見つめる…
そう言われてみれば、そうかもしれない。
…いや、確か…自分たちもはじめてこいつにあったとき、そう思ったはずだった。
「…?」
「…言われてみりゃあ…エルレーン、お前本当にすごい格好してやがるよな。…今までは見慣れてたから別にどうとも思わなかったけどよ」
「…すごい?…この、バトルスーツが?」そう言いながら、自分の着ているバトルスーツに手をやるエルレーン。
「昔もそうだったけどよ、何でそんな服着せられてたんだ?」
「あれ?…うーんと、これもそうみたいなんだけど…あのバトルスーツ、鎧なんだよ。剣とか、ナイフとか、そういうモノで斬りつけられても、ある程度なら、防げるの」
「…の割には、肌が出てる部分が多いよな」
「うーんと、それはね、戦うときに、動きやすいようにしてあるの。それで、身体のよく動くところはそのままにしてあるの」
つたない口調ながらも、そのバトルスーツの利点を語るエルレーン。
確かに、そのバトルスーツは身体の関節部分を覆ってはいない。
「ほーう…成程、ね。…俺はまた、恐竜帝国の奴らの趣味かと思ってたぜ」
「…『シュミ』?…ううん、違うよ。…だって、こういう戦闘用の鎧とかじゃなきゃ、『ハ虫人』は服なんて着ないもの」
「そ、そうなのかよ…」かっとんだ彼女の答えに戸惑いながらも、とりあえず彼はそう返事した。
「…んー、だからね…私、わからない、の。…ねえ、ハヤト君…このバトルスーツ、そんなに変?」
エルレーンは小首をかしげながら、かねてからの疑問をハヤトに聞こうとする…
「…昔ね、ミチルさんにもね、そう言われた事あるの…そんなに、おかしいのかなあ?
…私は、これ…動きやすいから、気に入ってるんだけど…」
まったく不思議でならない、というような顔をして、エルレーンがハヤトに質問する。
ミチルにもそのようなことを言われた経験があるので、「人間」にとってこのバトルスーツが奇妙に映るらしいということはわかるのだが…
「ん…まあ、そういう意味じゃねえんだけどな」
だが、「そういう意味」ではないということを知っているハヤトはそうあいまいに答える。
「…?…じゃあ、どういう意味…?」
「…説明しにくいな」
「…?」そう言って口ごもるハヤト…
エルレーンは納得がいかないらしく、もっとはっきりした答えを求めるようにじっとハヤトを見つめている。
「…まあ、そういう格好が嫌いな男はそういないんじゃないか?…ふふ、俺としちゃあ…」…と、ハヤトがにっと微笑ってそう話をしめくくった…
彼好みの「あの」表現を付け加えて。
「…もうちょっと、お前が『ボインちゃん』だったら、もっとうれしかったってところだがな!」
「…??…『ぼいんちゃん』?」だが、エルレーンには当然のようにその言葉がわからない。
「『ぼいんちゃん』って、なあに…?」
「ああ、そりゃあな…」わからない言葉だらけで混乱する彼女の耳に、ベンケイがそっとその意味を耳打ちしてやる。
「…!」その説明を聞いた途端、彼女の表情がさあっと変わっていく…
エルレーンの顔が哀しそうにゆがむ。
「ん?…どうした、エルレーン?」
「そ、それじゃ…」彼女の様子がおかしいのに気づいたハヤトがそう声をかける。
すると、エルレーンは哀しそうにうつむきながら…それでも、おずおずとその不安と心配を口に出す。
「は、ハヤト君は…おっぱいのちっさい、私なんて嫌い…?!」
「…?!」
「わ、私が、『ぼいんちゃん』じゃないから…」目を伏せ、心底さみしそうにそうつぶやくエルレーン…
なんということだろう、自分の胸が小さいばかりに、大好きなハヤトに嫌われてしまうなんて…(本当はリョウの身体なのだが、どっちだって同じ事だ)!
「ははは!…何言ってやがる、エルレーン!」それを聞いたハヤト。
彼女の発言に思わず彼は思いっきり吹き出してしまった…
おかしそうに笑いながら、エルレーンの肩を叩いてこういってやる。
「…お前は特別ってことにしといてやるよ!」
「…ほ、本当?!」それを聞くやいなや、彼女の表情がぱあっと輝いた…
よくわからないが、胸が小さくてもハヤトに嫌われずにすむらしい、そう思った途端にエルレーンは飛び跳ねんばかりに喜ぶ。
「ああ…はは、それに」
ハヤトはくすくすと微笑いながら、最後にこうも言ってやった…
「…細身の女も、嫌いじゃないしな!」

「…あ、あのー…君たち?話を元に戻してもいいかな?」
なんだかチーム内だけで話がどんどん変な方向に向かっていっていたため、会話に参加できないままだったブライト艦長が、無理やり話を本論に戻そうとする。
「と、ともかく!…それは、戦闘用の鎧…『バトルスーツ』なんだろう?」
「うん」
「なら、それを着るのは戦闘時だけにしておきなさい。別に、目覚めるたびにそれに着替えずとも、リョウ君が着ている服そのままでいいじゃないか」
「えー…せっかくリョウが買ってくれたのにぃ…」不満げにふくれるエルレーン。
「…彼も困っていたようだったがな…」
「んー、それに…私、リョウの服、汚したくないの…」
「ん…?」ぽつり、とつぶやかれたその言葉。
ブライト艦長がそれをよく聞き取れず、問い返そうとしたその時だった。
エルレーンは、平静な顔でこう言い放ったのだ。
「また返り血浴びちゃったら、嫌だもの」
「え…?!」思わずブライト艦長は己が耳を疑った
。だが、今聞いたことがまちがいでないことを、次に続くエルレーンのセリフが証明していく。
「あのね、昔ね…私、研究所に入り込んでた恐竜帝国のスパイを斬り殺したこと、あったの」
「?!」ブライト艦長の細い目が、驚きのあまり見開かれる。
ベンケイは今聞いた彼女のセリフが信じられず、ぽかんとしている…
しかし、自分の発言に彼らが度肝を抜かれていることなど、彼女はいっこうに気づかない。
それどころか、恐るべき事実を語りつづけるではないか…
淡々と、実に淡々とした口調で。
「でもね、その時ね…たくさん返り血を浴びちゃって、着てたリョウの服、汚しちゃったの。
…リョウが起きた時、すっごくびっくりしてて…一生懸命それを洗い落とそうとしてたけど、洗っても血は落ちないの」
そのときのことを思い出したのか、ちょっと哀しそうな表情を浮かべる。
「その服、リョウがとっても気に入ってた服だったらしくって…リョウ、すっごくがっかりしてた。
…だから、またリョウの服汚して、リョウが哀しくなるの、やだなあ…」
そう言って、リョウの服を着たくない理由の説明をしめくくったエルレーン…
だが、その内容は、血も凍るほど冷酷だった。
…つまり、彼女は斬り殺した相手の返り血を浴びて、リョウの服を汚したことを気にしているのだ。
敵の命を奪ったことではなく、リョウの服のほうを。
「そ、そ、そうなのか、は、はは…」ブライト艦長ののどから、乾いた笑いがこぼれ出る…
しかし、その笑みは困惑と疑念にひきつったまま、動かない…
それも当然のことだろう。
殺人という己の暗い過去を、彼女は何の良心の呵責もなく語っている…
それも、リョウの服にも値しないモノとして、その敵を語っているのだ。
これが本当ならば、エルレーンは…
「…」しいん、とした、奇妙な静寂がブリッジを覆った。
誰もが「信じられない」といった表情で、エルレーンを見つめている…
当の彼女はその反応の理由がわからないまま、きょとんとした顔でブライトを見つめている。
「…な、ならさあ、エルレーンも自分の服買ったら?」
…と、無理やりベンケイが明るい声を出し、その雰囲気を変えようとした。
「…!…わあ、いいの?!」ぱっと顔をほころばせるエルレーン。
「でも…金はどうすんだ?」
「あ…」
「誰かから、あまった服をわけてもらうか?」
ハヤトがそう提案した、その途端だった。
「そういうことならまかせてください!」
「?!」
「け、健一君?!き、君、何処から…」限りなく気合の入った宣言が、一同の背後から響き渡る。
ふりむくと、そこにはいつの間にブリッジにやってきたのか、健一の姿があった。
「エルレーンさん、俺の服でよければいくつかさしあげますッ!」
「え…いいの、健一君?」
「もちろんですぅっ!」きらきら輝くような期待の目で自分を見つめるエルレーンに、健一は満面の笑みで力いっぱいそう言った。
「リョウさん…もとい、エルレーンさんは幸い身長が俺と同じくらい!だからちょうど…ぐごはぁッ?!」
…だが、彼の熱弁は途中で悲鳴に変わり、断ち切れた…
と、ドタマを思い切りどやかされて床に倒れ伏す健一の影からあらわれたのは…
岡めぐみ、同じボルテスチームのくのいち少女だった。
「おほほほ、うちのリーダーが失礼致しまして…」めぐみが浮かべているのは笑顔。
だが、その右手は健一を思い切りどつきたおした拳のままにぎゅっと握りしめられているので、笑っていても、えらく怖い。
「め、めぐみ…」
「あんたもまた、何処から出てきたんだ…」
「まったく、何考えてんのよ健一は…デレデレしちゃってみっともないったらもう」
ぶつぶつつぶやきながら、色香に惑わされ暴走する自分たちのリーダーを見下すめぐみ。
「?」
「エルレーンさんだって、男モノなんかより女モノの服のほうがいいわよねー?!」
不思議そうな顔でその光景を見つめるエルレーン。
めぐみは彼女のほうをふりむき、にっこりと笑いかけながら…今度は、自分がそう提案した。
「…?…えっと…どんなのか、よく、わからないけど…」
「エルレーンさんには、私たちの服を分けたげるわよ!…ね、それでいいでしょ?」
「!…わあ…!うふふ、うれしい!…ありがとう、めぐみさん…☆」
すると、心底うれしそうにそう言ったエルレーンは、突然めぐみの身体をぎゅっと抱きしめた…
「…!」途端、めぐみの顔がぱあっと赤くなる。
いくら相手は女の子とはいえ、その顔は普段は「流竜馬」として見ている「人間」の顔なのだ。
まるで、リョウに抱きしめられているみたいで…どぎまぎしてしまう。
そんな光景を見て、思わず苦笑するハヤトたち…
だが、健一だけはエルレーンに抱きすくめられているめぐみをうらやましそうに見ている。
…と、我に返っためぐみ。
ちょっと恥ずかしそうに彼女の抱擁をそっと振り払い、彼女は気を取り直してエルレーンにこう誘いかけた。
「…そ、それじゃ、みんなにも声かけて、さっそく集めましょ!」

それからしばらくの後、リョウの…エルレーンの部屋には、めぐみの呼びかけで集まってきた女性クルー数人がそれぞれ自分の服を片手に集っていた。
閉じられた部屋の扉…その隙間から、女たちの会話がもれ聞こえてくる。
「きゃあー!いいカンジー!」
「…そう、なの…?」
「うん、すっごいカワイイー!」
「こっちも着てみて、エルレーンさん!」
「うん…!」
「そっちのシャツだったら、このパンツのほうがいいかも」
「スカートのほうがよくない?」
「ね、ね、ちょっとこれも試してみて?」
「うん!…よいしょ、っと」
「…あーん、でもいいなあ、エルレーンさん…」
「…なあに?」
「こーんなに、ウエスト細くって!」
「きゃん?!」
「ほーんと、うらやましいー!」
「やぁん、変なとこ触っちゃやなのー」
「きゃはは、こうしてやるー!」
「あはは、やめてぇさやかさんっ!」
「うふふ…!」
…部屋のドアの前の廊下で、ハヤトとベンケイはそんな会話を立ち聞きしていた。
「…ずいぶん楽しげなことで」
「すっかりみんなのおもちゃだな」
「はは、なんかすっかりみんなもなじんじゃったっていうか…」
「…ま、すこぶるいい傾向じゃねえか」
「そうだな」ハヤトの言葉に、ベンケイは笑って同意した。
…が、彼の脳裏に、ふっとまたあの言葉がよぎった。
彼は一瞬躊躇したが…それでも、聞いてみたいという気持ちを抑えられなかった。
「…あのさあ、ハヤト」
「何だ?」
「さっきの話なんだけどさ、エルレーン…あ、あの」
ベンケイがそこまで言うと、ハヤトはすぐに彼が何を言いたいのか理解した…
そして、彼の言葉を先回りして口に出す。
「…『ハ虫人を斬り殺した』って言ってた、そのことか?」
「!…あ、ああ…あれって」
「…本当だ」
ハヤトはベンケイの問いに、嘘偽りない…だが、残酷で信じがたい、あの少女の明るさからはまったく感じることが出来ない…真実を告げた。
「!」それを聞いたベンケイの顔色が少し変わったのを、ハヤトは見逃さなかった。
昔のエルレーン…そして、自分たちゲッターチームとの関係を知らない、あのころはゲッターチームでなかったベンケイには信じられないのだろう。
にこにこと笑い、甘えたような口調で話す、子どものように無邪気なエルレーン…
彼女が「ハ虫人を斬り殺した」と、しれっと言ってのけたことが。
だが…目の前でそれを見た、ハヤトはそれが真実だと知っている。
そのときのことを思い出しながら…彼に説明してやる。
「…あいつは、やっぱり『兵器』として造られたから…『敵』に対しては、本当に容赦がない。
そのハ虫人は恐竜帝国のスパイ…俺たちの、ゲッターチームの『敵』だったから…あいつは、素直に殺した。
…それ以外の方法を、あいつは知らないんだ」
「…」ベンケイは無言のまま、それを聞く。やはりどこか、「信じられない」というような顔で…
「この間の…エルレーンがあらわれた時だってそうだったろう?…あいつは、微笑みさえ浮かべて、恐竜帝国のキャプテンどもを撃墜した…」
「…」
「けど…それだって、これから変わる。『戦って、殺す』以外の選択肢を、あいつは選べるようになるはずだ」
ハヤトはきっぱりとそう言った。
それは、かつて彼の戦友…ムサシが言ったことと、同じことだった。
「俺は…エルレーンをそう変えていくのは、結局こんなこと…こんな、何でもない、普通の…普通の『人間』としての生活だと思うんだ。
毎日普通に『人間』の中で暮らして、いろんなこと学んで…そうして、少しずつ変わっていく。
…だから、これでいいんだと思う…」
「うん…俺もそう思うよ、ハヤト…」ベンケイも、微笑ってうなずいた…
「ああ、そうだろ?…はは、それにしても…女どもだけでお洋服の試着会、か。すごい、年頃の普通の女の子らしいじゃないか?」
と、ハヤトは急におどけたような口調でそう言い、にやっと笑って見せる。
「うん、そうだな!ははは…!」
「!…あ、そうだ、ベンケイ…今日のこと、リョウには秘密にしておくんだ」その時、はっと何かに気づいたらしきハヤト。
「?…何でだ?」
「何で、って…そうしないと…」
目を伏せ、一旦間をおいた後…ハヤトは真顔でこういってのけた。
「…マジンガーZとジムカスタムのパイロットが、他殺体で発見されるようなことになりかねないからだよ」
「!…あー、はは…納得です」
ベンケイも彼の意図していることをすぐわかったらしく、苦笑まじりにそういうのだった。


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